好きな作品がエタった読者と更新忘れたアホ
”この連載小説は未完結のまま約五か月以上の間、更新されていません”
何度リロードしても同じ文。今この瞬間、更新されるのではないかという希望を抱くこと何百回。
ボクは「強くても独り」というファンタジー小説を開いたページを離れる。久しぶりに熱狂し、更新を心待ちにしていたネット小説。仕事で疲れ切った僕を勇気づけ、楽しませてくれた作品。上司の雑な指示とミスしすぎな同僚に囲まれたボクの、心の支えと言ってもよかった。それが五か月以上前から更新されていない。時々作者が投稿を忘れること以外は毎日欠かさず更新していた。なのにエタった。
冬。外は朝とは思えないほど暗く、照明も寿命でほの暗い。心のように寒い自室で、ボクはパソコンに向かっている。
椅子をクルリと回転。先のように「強くても独り」の更新を待ちわびて失望したあと、ボクは毎度の如く理由探しをしている。
更新されないのは、作者が死んでしまったからだろうか。でもツイッターとかで報告はないし、そもそもなろう以外で存在を見ない。活動報告もない。こんなことになったのはポイントがほとんどなかったからだろうか。PVが少なかったからだろうか。でも、でも、百話までは更新したじゃないか。
ひと通り理由を考えたら、作品の振り返りをする。
この作品は、魅力的な主人公も見どころのひとつ。主人公は魔法の扱いにかけては天才少女。しかし人付き合いが苦手で、トンチンカンな会話をしてしまうことも。それでいて寂しがり屋であるために孤独に悩んでいる。ここがボクの共感ポイントを稼いでくれる。そんな彼女が、旅を通して人と出会い、ヒロインと出会い、成長していく。その姿を追いかけたくてずっと読んでいた。ドSなヒロインとのこれからも気になる。
さらに旅の途中で現れる謎も多い。主人公に全世界の魔法知識の収集を命じた文書院には陰謀があるらしい。主人公の出自には不明な点が多い。禁忌として語り継がれている聖伝書のありかはいずこ。並べただけで気になる点は多い。そしてそれらは全て、明かされることもなくなった。
そうそう、強調したいのが主人公のコミュ障加減だ。これが恐ろしくリアル。作者の背景を勘ぐってしまうほどに。そこから治していく方向もリアリティがある。世間からズレている自分を否定しだした頃の主人公(60話以降)をヒロインが支えて、でも共依存関係は断っていてと、なんというか、とにかく素晴らしい関係だ。これを尊いという。
……でも続きがない。
どうしてエタってしまったのだろう。改めてパソコンを見る。
こういった創作活動ではモチベーションが大事とそこかしこで言われている。ボクはマトモに作ったことないから解らないけど、この作者もモチベを失ったのだろうか。だとしたらどうして。
小説の情報に目を通す。ポイントだの、ブクマだの、ユニークだの、それらは全て低い。ランキングは大気圏外、宇宙の外。数字の差がデカすぎる。
でも……そんなこと気にするなら流行を書くべきだ。
ボクの心は段々と怒りへ傾く。そうだ、最初からポイントが取れる所で活動すればよかったんだ。そうすれば……そうすれば、でも、この作品はなかったんじゃないか。そんなところにいたのなら。
小説情報に戻る。そこで、数字のない項目を発見。
感想。0件。
ボクは、どの小説にも絵にも動画にも、コメントを寄せたことがない。その行動に理由はなく、一般的なサイレントマジョリティーアクション。
けれど、今ボクが感想を書けば数字が増える。数字が増えれば作者のモチベになるかも。
いつの間にか唇が痛い。上の歯で噛み締めていた。
ボクはどうして感想を書かなかったのだろう。書けば、この作者を小説に呼び戻せたかもしれないのに。モチベの一つになったかもしれないのに。続きが読めないのは、続きがないのは、ボクのせいだ。
そうだ、評価を送ることだって忘れていた。なんてことだ、作者が消えたのはボクのほうだ。
罪悪感とは行動への原動力だ。
キーボードに、指を這わせる……
……キーボードから手をどけて、オレはフッと息をこぼす。「強くても独り」という自作のファンタジー小説を書き終えたのだ。
「あ、また投稿忘れた」「もういいやめんどくさい」と思って投稿をやめたのは五か月以上前。元々サイト、つまりはなろうに挙げていたのは区切りとしてちょうどよかったからだ。原稿書いて、修正して、投稿。この一連の流れを執筆に取り入れたかったからだけ。完成しないと無限手直し編のスタートだ。評価も読者もどうでもいい。オレは我ながら、評価がなくても創作を続けられる異常物書きなのだ。そうでなくとも、評価も感想も来なかったから失踪しても誰も悲しまない。
しかし……長かった。一つの作品を書ききるのに何か月もかかるなんて。読書だけの頃には考えもしなかった。長くても一か月で読み終えていた本も、何か月、何年と時間を割いて作られたのだろう。ほかの創作物もそうだ。漫画も映画も動画もゲームも、みんな時間をかけて制作された。消費していただけのオレには持ちえなかった「敬意」を、物語を書くことにより手に入れた。まぁクソなものにはクソと言うが。それはそれアンドこれはこれ。
フォルダに並ぶ原稿を見ながら悦に浸る。全くオレは大した奴だ。評価も声援もなしに書ききってしまうのだから。今日ぐらい高い牛肉を食べても許される。
そうだその通りだ。よし和牛を食うぞ。そうやって肉について調べようとグーグルを開く。そこで、指が止まる。ブックマークに「小説家になろう」があった。
懐かしい。古巣の噂を聞いたような郷愁に誘われ、サイトに飛び込んだ。
トップページは相変わらず。大昔のおしゃれみたいな外観だが、変わらない故郷は安らぐもの。ログインなんて久しぶりで、パソワードのメモをつくからひっくり返して見つけた。ユーザーネームはとても変な名だ。ちょっと恥ずかしい。
ホーム画面が開いた。現代のサイトには見えない簡素さ。白まみれの背景。少ない投稿小説。感想が来ました。
感想? 警告色のような赤色で告げるそれは、オレの作品に対して感じ、想ったことが書かれているもの。
オレにはこれを送られる覚えがない。だから疑問故にクリックした。
「強くても独り」に対し、物書きも驚く文章量で感想が来た。だが讃嘆ではなく慟哭であった。
このキャラが好きだ。このシーンが好きだ。この謎が好きだ。この考えが好きだ。この話が好きだ。この小説が好きだ。だからどうか、続きを書いてくれ。待つから、頼むから。
そのようなことが書かれている。
えーと。
どうしよう。
投稿めんどくなったからやめましたなんて絶対言えない。もう最終話まで書きましたなんて指が裂けても書けない。修正も終えて完結済みですなんて返信したら……。
この素晴らしい感想をいただいた状況が、よりドラマチックだったならなぁ。たとえば大怪我からの退院後なら、たとえば鬱に苦しんでいるときであったなら……それなら涙で語れるのに。これならエッセイランキング万年一位なのに。実際は炎上確定追放刑。
オレはこれからどうすればいいのか。服とマウスと床を濡らす冷や汗は、何も答えてくれやしない。