斎月千早の受難なる日常7 あるマンションと零落神
プロローグ
民俗学者・柳田國男は、妖怪のコトを零落したカミと言っていた。
零落とは、落ちぶれたと言う意味らしい。
カミが落ちぶれたというより、信仰をされなくなった、忘れられてしまったカミが、妖怪になってしまうという話。
明治維新以前は、そのような話は各地にあったのだろう。
民族信仰のなかで、忘れられたり、信仰されなくなったカミは、一定数は存在している。
でも、それは人間側の都合というより、自然災害や疫病で集落が壊滅してしまい、その土地で信仰されていたカミが、零落した。その『モノ』が、土地ゆかりの人間には、物怪・妖怪にしか見えなかったと、私は推測している。
百鬼夜行に登場するような、九十九神も妖怪化したカミ。
付喪神とは、また別の存在。
『齢、百年を前にして、物に魂が宿り物怪になる』
絵巻などに描かれているのは、日用品などに手足や目があり、踊っている作品が、ソレ。
付喪神は『物に宿った魂』を、カミとして視た存在だと思う。
御神体になるような『物』が、その例だと言えるだろう。
そのような『物』は、時として、自らの意思を持つコトもある。
それゆえに、その『物』自体を神様として信仰していたりもする。
最近は、そのような『物』は美術品や文化財として扱われているが、かつての信仰対象。
だから、文化財や国宝であっても付喪神。カミとしての信仰はされなくても、大切にされているので、まず零落し化けたりするコトはないだろう。
あるとしたら、ただの美術品や骨董品としか見ず、己の利益道具としか扱わない場合。
そのような『物』は、『曰く憑き』と言われてしまう。
そのようなモノが関係していた、ある話。
エピソード1 怪奇現象が起こるマンション
事故物件。瑕疵物件。
物件で人が亡くなると、次の人に伝えなければならない。
病死・殺人・自殺などがある。
昔は、忌避されていた。でも、家賃が相場より安くなるので、借り手はいた。
不動産屋や大家が、人を雇って短期間住んだことにして、告知義務を無かったことにしたりもする。なかには、心霊現象が起こることを期待して住む人もいた。
最近では、安いのと心霊現象目当てで、借りる人が一定数いるとされている。
あるマンションで怪奇現象が起こっていると、SNSに出回っていた。
心霊現象とか、ポルターガイストとか、そのような内容。
編集部には、ネットに詳しい人がいて、その様なコトだけを検索出来るツールを作ってくれて、それを利用して、私は、その情報の中から『本物』を探していた。
編集長の指示でもあったし、自身の研究目的にも利用する。
膨大な情報の中に『本物』は、一割。その中で、私が求めているモノがあるかといったら、まず無い。一件あれば良い方だ。
ほとんどが、ガセネタ。あるいは、ヤラセ的なもの。
心霊写真とか映像とかも、仕組まれたもの。
昔は、夏になると決まって、心霊番組が放送されていたけれど、加工技術が進んで、誰でも簡単に心霊モノが作れるようになり、心霊番組は成り立たなくなった。
たまに放送していても、内容が動画配信者の作ったもの以下なので、視聴率が取れないのも原因らしい。あとは、心霊スポットとして紹介され、人が集まり、DQNのたまり場になったりして、近所迷惑・不法侵入が増えるので、クレームが入る。
例えその場所が『用意』されたロケ地だったとしても。
限りなく『本物』に近く、知的好奇心を擽る番組は、殆ど無い。
心霊スポットになる背景とか、その史実まで解説するコトは、ゴールデンタイムの番組では、まず無い。あくまでも、エンタメで娯楽目的。
そんな中、ここ数ヶ月、特定の物件に関しての怪奇現象や幽霊話がSNSで広まっていて、ネット上だけでなく、週刊誌やゴシップ雑誌などで巻頭を飾るなどしていた。
幽霊マンション・怪奇マンションなどの呼び名まで付けられている。
その話題は、秋葉ゼミでも編集部でも話題となっていた。
ゼミの方では、盛り上がっていたけれど、編集部では静観状態。
「なんだか、面白いコトになっているねぇ」
欠伸をしながら、編集長が言った。
「取材、するんですか?」
退屈そうに、左京さんが問う。
「どうしようかな」
編集長は、つまらなそうだ。
「そのマンション、最近できた、大きなショッピングモールの近くですよね?」
地図を見て、言うと
「そう、再開発で有名なエリア。マンション自体は、バブル後期に最先端技術と設備を備えた分譲マンション。当時、かなり話題だったよ。超高級マンションーオクションとか言われててね。バブルの頃だけあって、いろいろとエグい人達が入居したそうよ。でも崩壊後に破産して出ていく人が多くて、空部屋ばかりになったので、改装して賃貸になっているよ」
答える編集長。
「ふーん。考えると、胡散臭い成金が浮かぶよ」
と、左京さん。
「うちは、まだ取材はいい。もう少し、話題に進展があれば動こうかなと、考えている。その時になったら、声をかけるからよろしく」
編集長が、乗り気でないのは解るが。
今のところは、静観している方がいい。
しばらく、ネットや雑誌をチェックすることにした。
バブルが頂点だった頃に、豪華なマンションを建てるために、林や湿地を開拓し整備して様々な施設も造った。バブルの成功者向けの住宅地といった感じ。
バブル崩壊で、物件を手放す人が増え、残ったのが、例のマンション。
最近になって、再開発エリアに指定されたとかで、建物が入れ替わる様に建てられていた。
大きなショッピングモールもでき、話題のエリア。
新しいマンションや、タワーマンションなども建ち始めて人気らしい。
そんななかでの、幽霊騒ぎだった。
土地の歴史に詳しい人なら、知っているかもしれない伝承だけど。
再開発エリアの辺りは、貝塚があり、江戸以前からのゴミ捨て場だった。
関東大震災後に土地を整備する時に、当時の道具が大量に出土した記録が残っている。
古道具や壊れて棄てられた瀬戸物や道具などには、九十九神や物怪が宿って化けるという言い伝えがあったので、発掘された物をまとめて塚を造り祠を建てて、鎮めたという場所。
特に怪異の話は無かったけれど、戦後に区画整備をし開発しようとなったとき、その土地は最後まで、担当する業者が決まらなかったという。
当時は、まだ伝承や迷信を心底信じている業者が残っていたのだろう。
だけど、バブルに入ると、古いものは全て壊し新しく造る考えが広まった。
そのような土地の背景は、無視されて開発された。
おそらく、祠も塚も壊されてしまっているだろう。
そのような場所で、今回の幽霊騒動。
騒動、ね。今更、怪異が引き起こされるとは。
再開発エリアに『なにか』在るのは、確かだけど。
教授も編集長も、静観しているし、してくれと言っている。
それは、樹高さん達も同じだった。
「静観か」
と、呟いて、自分で苦笑した。
幽霊マンション
最初に遭遇した現象は、音と振動だったんです。
築年数が四十年近いから老朽化によるものか、マナーの無い住人の生活音だと思っていた。
だけど、住人の生活音では無かった。今まで、上下左右の生活音なんて聞こえなかった。
それが、住人みんなが、同じ現象を感じていたんです。
管理会社に調査してもらっても、異常は無いと。
最近、問題になっている、ネズミや野生動物・害獣といわれる動物が住み着いているのでは、とも思って聞いてみたところ、それも異常がないと。
そのあたりは、半月に一回にマンション全体の消毒をしているので、無いと。
でも、昼夜関係なく、特定の部屋ということでもなく、奇妙な音と振動があるんです。
なんていうか、ランダムというのかな。そんな感じで。
その振動と音の現象から暫くして、今度は、音というより「声」みたいなのが聞こえだして、触っていないのに物が動いたり、家電が勝手に電源が入ったり切れたり。
十数年まえにあった、何処かの町の公営住宅アパートで、幽霊騒動があったでしょう?
まるで、あの事件の様な感じで、怖いねと、あの話を知っている人は、
「なんだか、同じ様な感じで、怖い」と、話していた。
そして、そんななか「幽霊を見た」「お化けをみた」と、多くの住人が話し出し、マンション全体が、幽霊アパート事件と同じだと言い始めた。
その事は、何度も住人と管理会社で話し合っていたのですが、はぐらかす感じで。
まあ、マンションの構造とか欠陥では無かったし、害獣が巣くっているワケでも無かったので、一部の住人が勘違いで騒いでいると言うことになったんです。
「勘違い」「ホラー映画の影響」とかで。
そんな感じで「気のせい」で済ませていたのですが、幽霊騒動アパートの様な事が起こり始めたんです。
物が浮遊したり、飛んできたり。誰も触れていないのに。
そして、幽霊もハッキリ見えだしてきて、声を聞いたり。
「お化けのせいで、体調がすぐれない」という事を言い始める住人も。
それが一人だけでなく、部屋も性別年齢も関係なく、原因不明の頭痛や目眩に悩まされるようになった。子供のなかには、血まみれの幽霊を見たあとに、高熱を出して寝込んだり。
ここまできたら、幽霊アパートの再来だと、住人達は、怪現象の原因を突き止めろと、管理会社に言い出した。だけど、管理会社は取り合わなかった。
幽霊が原因なら、霊能者に祓ってもらおうと意見があったけど、詐欺だったり高額を吹っ掛けられてるのが、気がかりで、結局、放置されて。
で、住人の中の誰かが、ネットに投稿した事で、今の騒ぎに。
騒ぎは困りますが、これまでの問題が解決出来るのなら、なんとかして貰いたい。
マスコミは、こういう話は好きでしょう?
心霊番組の様に、幽霊が原因なら、その番組でなんとかして欲しいですね。
こちらとしては、眉唾の様な事に、お金は掛けたくないといのが、住人の意見ですが。
これが、幽霊騒動になっているマンションの住人代表が発表した話。
その話とは別に、体験談がある。編集部の記者のもとに寄せられた話がある。
「五歳の子供が、部屋の隅で壁に向かって話ているので、何を話しているのかと聞いたら、”お茶碗やコップが踊っていた”と答える。別の子供の体験は、”壊れた玩具が並んで部屋の中を歩いていた”」
その様な体験談は、数件ある。なかには
「ボロボロの日本人形と、子供が遊んでいるのを、見た。そんな人形を与えた事は無い」
子供に関する事は、『古い物』と戯れている。
後で子供に聞いたら、覚えていないと答えたり、『お友達』と答えるという。
親からしてみれば、不気味で仕方がないと。
幽霊マンションでは、幾つかのパターンがあるようだ。
『古い物』で実体が無い様なモノは、土地柄だろう。
そこは、納得できる。騒動が収まったら、ゆっくりと調査したい土地だ。
私達は、静観を決め込んでいた。
他のオカルト系雑誌は、例のマンションの特集を組んで盛り上がっていた。
『うち』以外が、挙って取り上げているのに、扱っていない事を知る、一部の読者からは、
「なんで、特集しないの?」と、意見があった。
おそらく、『うち』が『本物』しか扱わない事を知らないのだろう。
大学でも、秋葉ゼミ以外の学生達は、関心を寄せて盛り上がっていた。
『秋葉ゼミは本物しか扱わない』を知っている人からすると、
「ガセネタ?」と、いった感じで、なんとか、秋葉ゼミから情報を得ようとした。
秋葉教授は、幽霊マンションについて、ゼミ生達に箝口令を強いていたので、誰も口を割らなかった。秋葉ゼミが、沈黙している件なので、盛り上がっていた学生も次第に、その話題から遠ざかり、興味を失ったようだ。
マンションの子供が言うように、本当に古道具が踊っていたというなら、視てみたい。
探りをいれても、気配はあるけど、踊ってはいない。
百鬼夜行、遠い昔から伝わる、モノノケ達が踊りながら行進するモノ。
平安時代が一番、盛んだったらしいけど、人目につかなくなったり、視るコトの出来る人が少なくなってしまったのか、百鬼夜行は伝承となって語り継がれた。
江戸時代の妖怪ブームで、再び注目された。
江戸時代は、色々な信仰が生まれた時代でもあった。
お伊勢参りが有名だ。そこから派生した、伊勢講。
三尸の虫と庚申講。鳥山燕石の妖怪絵。怪談噺。歌舞伎の演目にも、怪異に関係する話があったりする。円山応挙などの、幽霊画は今なお有名だ。
江戸時代までが、古い時代から受け継いできた信仰や話が残っていて、人々のなかにソレは受け継がれたのだろう。
日本に、古代から存在していた、そのようなモノは、明治維新とともに消されてしまったと言っていいと思う。
新しいものばかりに目がいき、それを浸透させるために、古きモノを排除する考えは、間違っていると思う。
ソレが、巡り巡って体積され今の日本社会になっているのだから。
例の幽霊マンションを、一部のエンタメ番組が取り上げた事で、騒動は大きくなった。
そのエンタメ番組は、オカルト全般をネタにした番組。都市伝説や怖い昔話、UFOやUMAなどを取り上げているのだけど、どれも薄っぺらく信憑性は無い。番組に出ている芸能人の中に、人気があるという俳優や芸人がいるだけで、なんとか視聴率があるという感じの番組。その番組が取り上げたものだから、騒ぎは大きくなった。
各テレビ局が、『ネタ』として放送するため、マンションに押し寄せてしまう事態となった。数十年前にあった、とある公営住宅のアパートで、怪現象が続いた事件があったけど、その時の再来みたいになってきた。
『静観』『暫くは傍観者で』樹高さんや教授、編集長が言っているので、今は手出し出来ない。公営住宅の時はまだ、ネットは一部でしか利用されていなかったから、マスコミや週刊誌だけで収まっていた。それでも、テレビで見た野次馬が押し寄せて、大騒ぎに。
挙げ句の果てには、「お祓いします」と、自称霊能者や祈祷師がやってきては、真似事をして、金銭を巻き上げようとする詐欺事件まで起きた。
その上、その現象を科学的に解明しようとする学者なども登場。
結局、その騒動は一年近く続いて、とある霊能者が除霊祈祷したら、収まった。
正確には、その霊能者が住民達や周辺の人達を説得出来るような『会話』が出来たので、落ち着いたと言える。
その後、その霊能者は有名になり、今も現役の『霊能者?』として、エンタメ系のオカルト番組に時々、出演している。
あの土地が、曰く付きだったかは、なんとも言えないけれど。何処の土地にも、昔・遥か過去には、血は流れているし、大勢死んでいる様な場所はある。ソレを言ったら、むしろ、その様なコトが無い土地の方が少ない。
だから「過去の怨念」と、言って騙す様な似非霊能者や詐欺師がいるのだ。
あの時の、怪異騒ぎの時は、真面目なニュース番組までが取り上げる事になった。
今回は、ネットの時代だし、SNSが中心ともいえる社会だ。
炎上というより、その界隈では『お祭り』 否定は『炎上』状態。
このままだと、良くない方向へ進んでしまうだろう。
良しも悪しも、人の思考は『念』となるし、ソレが怪異の原因にもなるのだから。
このまま事態が、大きく大袈裟になっていけば『ソレ』は、いずれ現れる。
『静観』を決め込んでいる理由は、知っているけど、そうなってしまったら、どうするのだろうか。ーまた、とばっちりを受けそうだ。
それから、一週間が過ぎた。相変わらず、世間から注目され『祭り』状態。
そのコトが原因なのか、それとも心因性なのだろうか。
住民が言うには、テレビや雑誌が取材に来てから、現象が激しくなったと。
「念が、様々な思惑が集まっているみたいだな」
秋葉教授は、冷ややかに言った。
「放置していて、大丈夫ですか?」
細川君が言う。
「構わないから、そうしている。まあ、そのうち」
教授は、そう答えて話題を反らした。
それ以降、秋葉ゼミのなかで、あの幽霊マンションは、話題にしない事となった。
編集長も
「うちで取り扱う件では、無いわ。まあ、全てが収まったら考える」
と、やはり『静観』を決め込んでいるのは変わらないようだ。
テレビをつければ、何故かニュースでも取り上げていたし、バラエティ系もネタとして扱っている状態。そこまで、盛り上がるのかが、理解出来ない。
ネットのオカルト系も、ここぞといった感じの『祭り』だ。
むしろ、取り上げてない、触れていない、オカルト系のサイトは少なかった。
ー溜息が出る。
このまま、夏まで引っ張るつもりなのだろうか? と。
そんな、ある日
『静観』を決め込んでいるなか、突然、教授が調査に行くと言い出した。
痺れを切らしたと思ったけど、違った。
別の物件だという。
編集長からも、『記事にしたい』と言われた。どうやら、二人で決めたらしい。
例の幽霊マンションの件で、『自分達も』本気を出すと言ったところ。
そこは、十年以上昔、幽霊騒動のあったマンモス団地で、現在は、廃墟団地として有名らしい。廃墟系サイトや心霊系サイトには、外観だけの写真が載っている。
管理物件なので、敷地内には入れない。たまに、不法侵入して動画を配信している人間がいるけれど、見つけ次第に削除されている。
不法侵入する配信者が、逮捕される物件としても、『有名』。
監視・セキュリティがフル稼働だという。バリケードを超えると、警報音が鳴る。
無人なのに、何処からか、強面の警備員が来て警察送りにされるという。
廃墟マニアのあいだでは、『手を出しては駄目な廃墟』として、有名。
私は、その廃墟は、ほとんど知らなかった。
どちらかというと、ネット上の『都市伝説』だと思っていた。
だけど、ソレは事実で実話。
「例の幽霊マンション騒動で、廃墟団地の地主が、やっと説得に応じてくれた。だから、気兼ねなく調査取材が出来る。取り壊して、更地にしたいので『後始末』を頼まれた。ソレが条件ね」
と、編集長は、ニコニコ顔で言う。
「後始末? お祓いでもしろってこと?」
左京さんが問う。
「そう。うちが取り上げるのは『本物』だけ。廃墟団地は、外からでは解りにくいけれど、奥まったトコロに、中心があるの。ソレもろとも祓ってしまうまでを記事にする予定」
編集長は、資料の束を差し出した。かなりのページがある。
この廃墟団地の事は、子供の頃、テレビで見た気がする。
その時の記憶では、ただ『怖かった、恐ろしくてたまらなかった』
ブラウン管越しに強烈なモノを感じ、その先の記憶は無く、何故か、婆ちゃんに叱られたのは覚えている。
ーだから、本物。
「ゼミからは、何人来る予定?」
左京さんが、問う。
「細川君と、木瓜さん。問題なさそうなら、他の人が見学に来るかもと、教授が。見学と言っても、課題です。バリケードの内側を、見るだけだそうで。あとは、情報から推測して、レポートを出す。ゼミ内だけのことで、箝口令付です」
「まあ、妥当ね。本物と偽物を見極めるコトが、出来るようになるには必要な事だし。今回も、二人で行ってきて。許可証とセキュリティカード。2つセットで持っていないと、警報に引っ掛かるし、解除するのにも必要。ああ、一応、マスターキー。電源落ちたら、こっちの物の方が確実だから」
編集長は、カードキーと、鍵の束を差し出す。
許可証は人数分。鍵の束は二つ。多分、最終的に、左京さんと私って事になるのだろう。
エピソード2 廃墟のマンモス団地
高度成長期からバブルの始めに、土地を整備して建てられた、団地。
五階建ての鉄筋マンションが、四棟ある。中央の公園を囲むように、東西南北に建っている。それぞれ、東棟と西棟と呼称されている。地図で見ると、カタカナの『ロ』。
居住棟以外にも、管理関係の建物や集会所みたいな建物があり、団地を囲む様に、緑地帯がある。その他には、敷地内の片隅に、神社……。
定期的に手入れはされているが、緑地帯だった場所は林の様になっている。
そして、それらを囲む工事用の簡易壁。
外に面しているところは、セキュリティ会社の看板が貼り付けられていて、防犯カメラが並んでいる。雨風にさらされた壁には、落書き。
侵入スペースは、鍵が幾つもついたゲートだけ。
商店街や住宅外の外れにある、管理された廃墟。そこへ続く道も、ゲートで閉ざされているが、道路の封鎖用なので、飛び越えて入ろうと思えば入れる。
だけど、廃墟団地の敷地内には入れない。警察の巡回ポイントにもなっている。
壁の一部分に造られたゲートは、まだ新しく、認証用のカードかマスターキーが必要。
下見ということで、左京さんと私、ゼミ生の細川君・木瓜さん・清水さんをはじめ、レポートを書くというゼミ生がくっついて来た。
資料を渡された時から、土地絡みの『何か』が視えていたけど、現地に来ると、ソレは強くなる。今は、ゼミ生もいるので、探ることは出来ない。
噂では、心霊スポット。もちろん『本物』である。
正直、人間絡みのコトは関わりたくないのだけど、敷地の隅にある神社が気になっていた。
なんていうか、神社の『フリ』をしている『ナニか』が。
ゲートのセキュリティを解除して、敷地内へ。関係ない人が入って来ない様に、内側から鍵をかけておく。敷地を囲っている壁に、なんらかの封印が掛けられているのか、内側は空気が淀んでいた。物理的に風通しは良いのに。
『淀み』があるというコトは、やはり、そういう場所なのか。
街路樹代わりの目隠しの木々は、鬱蒼とした林みたいになっている。
管理されている物件とはいえ、木々の手入れまではしていない。
足元は、日に割れたアスファルトやレンガの歩道からは、雑草が伸び放題。
ー夏なら、無理だな。いろんな意味で。
来てみたかったというゼミ生に、建物の外側を一周だけという条件で、一緒に歩いて回り、ゲートに戻り、ゼミ生を外に出した。後日、感想をレポートにして出すように言って、私はゲートを施錠した。
建物内は、いろんな意味で危険なので、ゼミ生は同行させられない。
そこは来る前に説明していた。
それに、建物に入る許可は、ゼミ生達には出なかったから。
建物に入るのは、左京さんと私。細川君と木瓜さん。二人は、秋葉教授の弟子志願なので、教授から出された課題の為だ。
過去の情景を、土地が記憶している。賑やかだった、団地。
良い記憶だけでなく、負の記憶の方が強く記憶されていて、ソレに結びつくように人の念がある。幽霊と呼ばれる存在。千人程が暮らしていた団地だ、色々なコトがこびり付いていても仕方がないが。それだけで、心霊スポットにはならない。私達からすれば。
敷地の隅にある神社。御祭神は不明の廃神社だ。気配は神社にはなく、敷地の中央だ。
東西南北に棟がある。その中心が、公園になっていて、そこに在る感じだ。
古い地図では、その辺りに小さな神社があったが。関係はあるのだろうか。
正体不明の神様ー土地神ーかな。でも、悪意はない。眠っている感じだ。
「なかなか、広い団地ですね。まさに、高度成長期のなごり」
細川君は、テンションが高い。
「視線を感じて、気味が悪い」
木瓜さんが、言った。
「仕方ないよ、実際、いるから。今の所は、害がある霊はいない。でも、それは、今のトコロだけだから、気をつけた方がいいよ」
と、左京さん。
秋葉教授に弟子入りしたければ、いちいち気にしていたら、やってられない。
「神様の方は、どうだった?」
左京さんが、問う。
「留守にしているのか、気配はない。祟神とか、そういう感じは無いけれど。取り壊しが出来ない理由の一つには、なっているようです。幽霊とは、関係は無さそう」
御祭神の気配を探ってはみたが、殆ど反応は無い。
怒っているわけでも、荒ぶっているわけでもない。
だけど、土地に根をおろしている感じはする。産土とも気配が違う。
だとすれば、やはり、昔から土地に祀られていた神様で違いないので、土地神様か。
「ヤバそうな気配は、西棟が強い。恨み辛みを呪詛のように吐いている霊がいる。その霊に縛られている霊がいる。ああ、これだから、人間関係は面倒なのようね」
と、左京さんは眉をひそめて、私を見た。
「それだけだったら、まだマシです。団地という場所柄なのか、狭い中での悪い人間関係。それがこじれて、人間の嫌なところ丸出しの霊もいる。いちいち祓うのが、面倒。神社があったから、御祭神のチカラを借りて、一気に祓ってしまおうと考えていたけれど、こちらの呼びかけには、応じてくれない。なんだか、嫌気がさしているのか、別の理由なのか、少し解ったのは、不服」
溜息混じりに、私は答えた。
「まあ、今回は、調査取材だけでなく、祓いも頼まれている以上、頑張らないと」
ニッコリ、笑って、左京さんは言った。
「除霊するのですか?」
木瓜さんが、言う。
「ここは”本物”だから。それに、除霊でなく浄霊。根底に在る、土地神様を祀り直す必要もあるし。人間の業が、塊となって残っている。幽霊だけじゃあないから、面倒」
私は、溜息混じりに答えた。
三十年程、人が営みをしていた場所だ。それも、小さな集落程の人口だった。だから、人間同士のトラブルも、多かっただろう。恨み辛みなどの感情は、楽しいとかの感情より残留する。資料には、自殺・殺人などの記録もあった。全ての出来事が団地の中で、起きて完結している様な事。廃墟になって、野次馬が騒いで、事件が続いた。それも、殺人や自殺まで。だから、壁で囲って、セキュリティ設備を設置した。
―負の感情が、呼ぶのだ。そういう土地が、存在するのだ。そんな場所だ―
建物に入る前に、防塵マスクを装備する。アスベストがあるので、注意するようにと言われていたから。その辺りは、水谷教授のアドバイスだ。だから、色々と揃えて来た。
南棟から調査を始める。入り口には、取って付けた様な門。その鍵を開けて中へ。
防犯カメラが設置してある。資料には、防犯カメラには色々と『写って』いたと。
ソレを見せて貰ったのだが、なるほどなと、思うモノだった。
加工でもCGでもない。『本物』だ。
生活感が残ったままの部屋、そこで、今なお生活している『気配』だ。
それが、写っている。他にも、色々と写っていて、編集長は嬉しそうにしていた。
それだけで、十分記事になるからだ。
今回は、依頼者がいて、お祓いを頼まれている。
それも、夏の特大記事にするつもりだとか。
探索をする。五階建ての一階の端から、ジグザグに歩いて上階へ行って端の階段から下階へ。ところどころ、野次馬が書いた落書きがあったり、ゴミが散らばっていた。
マスターキーがあれば、全部屋を開ける事が出来るが、四人で出来るものでは無いので、気配の強い部屋をピックアップして、視て周る事にした。
残留思念が多い。生活感が残っているからなのか?
幽霊は、今のところは、見当たらない。でも、気配はある。
廃墟なのに、生活感が生々しいのが不気味だ。
「ここ、ホームレスとかが住んでそう」
木瓜さんが、言う。
「なんで、そう思う?」
細川君が、問う。
「なんていうか、今も誰かが暮らしている感じがする。―ソレが幽霊?」
「幽霊に近いモノ。残留思念だね。ソコにソレを幽霊だと思う念が集まって、疑似幽霊に。思い込みが産んだモノ。殆どの心霊スポットは、ソレが絡んでいる。その辺りは、心理学で説明がついたりする。僕達が求めているのは、科学的では説明のつかないモノ。ソレを、カタチにして記録する」
少し違う気もするけれど、細川君のテーマ。
秋葉ゼミは、一般的な民族学ではなく、人の目に触れながらも注目されないモノだ。
ソレを簡単に説明すれば、いわゆる『オカルト』『神秘や神智』の世界。
大半の人には、知られていないコト。それを語り継ぐこと。
「う〜ん。でも、生々しくて、気持ち悪い」
と、木瓜さん。
「それは、ここが廃墟で心霊スポット。野次馬の思念が集まるから、どうしても象ってしまう。その中に、本物がいるから、心構えは強くしていないと駄目」
左京さんが、解説を入れた。
それにしても、幽霊の類は存在しているが、子供の頃にテレビ越しに感じた凄まじい気配の正体が解らない。敷地隅の廃神社と関係していると思っていたが、読み間違えたのか。
アレは、人間の持っているチカラではなかった。
ここに来て、土地のチカラとも関係しているのかと考えていたが、ハズレ。
ただ、中央の公園だ。あの廃神社は、もともと公園になっている処にあった。
手続きを踏まずに移転させたようだけど、肝心の御祭神が不明だし、探れない。
あの時の気配も、調べないと。
南棟は、簡単な祓いをして、他の場所から入り込まないように、結界を張って終わる。
一日では、無理なので、あとは簡単に下見をしてから、進めて行く。
細川君は、ともかくとして、木瓜さんは続くのだろうかと、心配してしまう。
―面倒だ。人間の思念の塊とか幽霊は。あの、寺さんのように、問答無用で散らして還せれば、どんなに楽だろう。でも、コレは記録しないといけない。論文に記事にと。
状態が最悪の西棟は、最後にして他の棟から片付けていくことにした。
さっさと取り壊して更地にしたいが、それをしようとしたら、事故が続いた。
だから、私達に依頼した。
その原因も、探らないといけない。あの時の気配の正体も、だ。
敷地内の廃神社について、調べないと。この土地の古地図を探して、どんな土地であったかを知る必要がある。私がするべきことは、そちら。
そうなると、幽霊などに構って気力を消耗する事は避けたい。
建物を施錠して、セキュリティを設定しながら考える。
廃神社の御祭神と廃墟の怪異が繋がっているなら、手順が必要。
左京さんは、ともかく。細川君と木瓜さんは、あてにはならない。秋葉ゼミである以上、巻き込まれる覚悟はあるから、来ている。御祓いの知識はあっても、それは学問的知識だ。
幽霊などを、祓う事は出来ない。下手にやられると、逆効果になるから、試すなと言っているが。期間内に祓ってしまい、コトを収めるのはキツイ。
除霊でなく、浄霊でないといけないのだから。
―連絡が、つくのかな。
この際、仕方がないか。
敷地を出ると、空気が変わる。淀みはあるものの、中と比べればマシだ。
「面倒なコトを、引き受けちゃったね」
と、左京さん。考えは同じか。
「一人心当たりがあるけど、呼んでも大丈夫かな?」
「大丈夫だと思うよ。でないと、手が足りない。浄化させるには、時間も足りない。その上、原稿も書かないといけない。編集長も、厄介な案件を持って来たよ。このところ、ガゼが殆どだったから。この件は、張り切っている」
溜息混じりに、左京さんは答えた。
「あー。とりあえず、連絡して話てみる」
駅で別れて、帰路についた。
喰神様の時に連絡先を交換しておいて、良かった。ただ、引き受けてくれるか、だ。
相変わらず、オカルト系のSNSでは、幽霊騒動のマンションで盛り上がっていた。
それを見ていたら、疲れてしまった。
ネットニュースでも、扱われている。
『幽霊騒動中のマンションで、霊感商法詐欺が相次ぐ』
と。あの公営住宅と同じ騒動だ。騒ぎに乗じて金銭を巻き上げる、霊感商法だけでなく、詐欺などは犯罪だ。法的制裁を免れても、犯した『業』は付き纏う。
それは『呪い』や『祟り』となるから、逃げるコトは出来ないのに。
愚かなことだ。
幽霊騒動も、そのうち大きくなる。
それだけ、世間の注目を集めてしまっている。あの廃墟マンションが、そうであるように、思念や記憶が強ければ、ソレは一つのカタチとなってしまう。
生きている人間が、結局一番恐ろしいと、いう話になるのだから。
寺さんは、それほど親交がある人ではないけど、話は出来る相手だ。
喰神様の件で、手伝ってもらったけど。今回は、どうだろう。除霊ではなく、浄霊だ。
あの時の廃墟で、浮遊霊を散らした方法では駄目だけど。
簡単な説明をメールで送り、それから電話をかけた。
しばらく、コール音が続く。出てくれないか、と思い始めていたところ
「なにか?」
と、ぶっきらぼうな声がした。
「久しぶりです」
私は、定形通りの台詞を言う。
「あー、あの時は大変だったな。で、また、何か厄介ごとに巻き込まれていたり?」
声が、笑っている。メールを見ているのかな。
「―そうです。かなり、面倒な仕事で」
「浄霊かー。それは、面倒だよな。散らしてしまった方が、早いけど。ソレが出来ない場合は、なぁ。相手が聞き分けが良かったら、それほどでもないが」
「えーっと、協力してくれますか? 今回は、依頼を受けてのコトなので、謝礼は出ます」
あんまり、お金の話はしたくないが、依頼者が必要な資金と礼金は出すと言っているので、伝えてみた。
「やり方は、俺のやり方で良い? 浄化―成仏させれば良いのだろう?」
「はい。とにかく、大勢いるので、一体一体に対して行わないといけない。いわゆる、浄霊。それが、仏教か神式とかは関係ないと思うので。納得して、浄化してくれたらいいので。さすがに、私と左京さんだけでは、期間内に終了させるのは無理なので。お願いしたいのですが」
「いいよ。でも、条件が」
表情は解らないが、何か企みでも?
「なんですか?」
「今、騒ぎになっている、幽霊騒動マンションについて、詳しく知りたい。管理会社とか不動産関係とかを」
「ああ。あのマンション。資料はありますけど、それが知りたいことと関係しているかは、解らないですが?」
「送ってくれる? 自分が読むだけだから。で、今後の予定は?」
寺さんが引き受けてくれたので、今後の予定を伝え、廃墟マンションの資料と、言われたマンションの資料を、メールしておいた。
寺さんは、私とは違うモノを視ているはずだ。だから、違う視点で、廃マンションのコトを視るはずだ。
蠢く人間の幽霊と、眠っているのか封じられているのか、よく解らない状態の御祭神も。
廃神社・神様が祀られていない、空っぽの神社には、悪いモノが宿るという。
ソレが、影響しているのか。
私は、人間の霊魂―幽霊は苦手だ。対処は出来る。だけど、色々と邪魔な存在なのだ。
特に、神様やモノと交渉したり、探りを入れる時は。
おそらく、今回も、ソレだろう。
寺さんを加えた五人で、廃マンションの東棟を周る。
相変わらず、僧侶には見えない。あの時よりも、マッチョに見える。
「まあ、少なからず興味はあるし。それに、未練がましく現世にしがみついているのなら、さっさと、あの世へ送った方が本人の為だろうし、なにしろ生きている人間に影響があるなら、そうするべきだ」
と、敷地内に入った、寺さんが言った台詞。
西棟は別にして、東棟と北棟は、別れて浄霊に向かえば効率的なのだけど、細川君はともかく、木瓜さんは一人では無理だ。
てっきり、寺さんの事だから、
「出来る人間がいるなら、別れて、やった方が早い」
と、言うのかと思ったら
「かたまって動いた方がいい」だった。
相変わらず、生活感が生々しく残っている。廃村や廃集落などで、家財道具が残されているわけでもない。それなのに『生活感』がある。生きた人間の出入りは、絶対にない。あるのは、管理している業者か警備会社。そういった気配ではないのだ。
ここまで、ここの団地が機能していた頃の生活感があるのが、妙だった。
それほど、ここに執着する事があったのか?
最近話題の、何かとマウンティング主義も、昭和の頃は無かったと思うが。むしろ、その逆で、高度成長からバブルにかけてだからこそ、エゲツない人間関係が、団地に存在していたのだろうか? ありえなくも無いが、渡された資料には、単なるトラブルによる殺傷事件や自殺の事しか載っていなかった。調べがつかなかったのだろう。
編集長が集めた資料だから、伏せる様な事は無い。いつも、エゲツないリアルな現場の資料が載せてある。
「人間の幽霊が、生きていた頃の事を繰り返しているな。悪い霊ではないけれど、ここの団地・マンションに囚われている。当時は、こういうマンションを所有し住んでいる事が、一つのステータスだったんだろう。その頃の、物欲が残っていて、縛られている。それに、団地もまた、当時の事や住人の思いを宿している」
寺さんは、東棟を回った、感想を言った。
「団地・マンションが、記憶する?」
木瓜さんが、問う。
「ああ。それだけ、ここが当時としては、ハイスペックだったのだろう。なんていうか、理由は不明だが、ここの廃墟全体が九十九神の様な妖怪みたいだ」
寺さんの答えに、私は、ギョッとした。
―この廃墟そのものが、九十九神? 団地も、その一部なのか。
「どうする、斎月さん。人間の霊だけ浄化させても、土地そのモノを何とかしないと、全ての浄化とは言えないぞ」
そう言われて、返す言葉が見つからない。
『土地』そのモノが、九十九神化している話なんか、始めてだ。
それに、私には、そういう風には視えなかった。土地神様が関係しているとしか。
「どうする、千早ちゃん。九十九神が関係しているなら、そちらからする?」
と、左京さん。
「―いえ、人間の幽霊・亡霊から浄化させてしまおう。九十九神とか土地神様とかは、幽霊の類を浄化させてから。でないと、土地そのモノの背後関係や歴史を視れない」
正直、寺さんが来てくれれば、一気に片付くと思ったけれど、見解は違った。私では、視えないモノを視ていた。それが、恐らく幽霊が邪魔で、視れなかったモノだ。
ただの浄化作業だけではない、この件は『調査と取材』も兼ねている。
その上、論文としての題材でもある。私はともかく、二人は両立出来るのだろうか?
秋葉ゼミは、命懸けなコトもある。ソレを了承して、来ているとはいえ、二人を守らないといけない。
―面倒。自己責任で来ているとはいえ、何かあれば目覚めが悪い。
この廃墟、そのものが九十九神だとしたら、根は複雑。
百鬼夜行に現される九十九神は、妖怪だ。
そう考えると、廃墟そのモノが妖怪化しているコトになる。
妖怪化した、理由は?
寺さんの言っていたコトが、関係しているのだろう。
ソノ根源と向き合うとしたら、二人は絶対に巻き込まれるだろう。
私には、二人を守るより、根源に在るモノの方が大切になった時、守る事は出来ない。
そんな事を考えながら、南棟の作業を進める。
二人は、多少は視えたり感じたりしているが、それだけだ。
「なあ、こんなこと言うと、気を悪くするかもしれないが、二人は外れてくれないか? ここは、ただの廃墟心霊スポットではないから。人間の幽霊くらいなら、障る程度で済むかもしれないが、この土地自体が、九十九神みたいになっている。理由は、深く調べないと解らないが。深入りすると、ヤバいぞ」
南棟を出て、帰る準備をしている時、寺さんが言った。
「え、どうしてですか? 心霊スポットの調査と浄霊が、危険なんですか? 教授は、行ってこいって、言ってくれましたけど」
木瓜さんが、反論。
「秋葉ゼミは『本物』を扱っているんだろう? 試されているんだと思うぞ。ソレが解らないなら、首を突っ込まない方が良い」
と、寺さん。
「他のゼミ生は、外側だけの『見学』だったでしょう。アレ、教授がゼミ生を見極める為に、やったんだよ。で、そのなかで、行ってもいい覚悟がありそうな学生を選別していた。だけど、御眼鏡に叶う学生はいなかった。どうしても、行きたいと言った、僕達二人だけが、同行を許されたのは、他の学生よりも『体験』があったから」
細川君が、言う。
「おそらく、調べが進むと、厄介なモノに向き合う事になる。そうなると、自分の事は自分で守るしかない。いくら、護符を身につけていてもだ」
「それじゃあ、論文は?」
反論する、木瓜さん。
「土地の歴史を調べる事で、書けると思うよ。何も、浄霊作業を論文に書かなくてもいい。そもそも、ソレは論文にならないだろうけど。表むきの論文なら、ここでの『作業』は発表出来ないし」
左京さんが、言う。
木瓜さんは、俯く。秋葉教授の弟子になりたいと言うが、見極めがつかなければ、無理だ。
それに『チカラ』も無い。作法は、いろんなところに散見されているが、ソレも見極めが必要なのだから。
『ただの心霊スポットで、本物の幽霊がいる』という場所なら、同行していても、世話はないだろう。
始めは、ここも、そんなモノかと思っていたが、ソレは違っていた。
ここは、ヤバい。
表通りまで戻って、改めて思う。
―教授、見誤ったのか? 編集長も、何か別のコトを隠している? それとも、本当に解らなかったのか?―
気が重い。
「じゃあ、僕達二人は、現地調査ではなくて、土地の歴史を調べますね。斎月先輩が気にしていた、敷地内の廃神社のコトも調べてみます」
細川君が提案した。木瓜さんも、しぶじぶ納得して、二人でソレを調べてくれる事に。
細川君と木瓜さんに、土地の過去を調べてもらっているあいだ、私達は北棟の浄化を始める。むしろ『土地の歴史』を調べる方が『民俗学』だ。
北棟では、自殺が多かったらしい。同じ造りのマンションだけど、北棟だけが少しだけ高い。地盤の関係らしいけど、ソレ以上は判らない。
『飛び降りマンション』として、当時は、そのようなスポットだったとか。
団地の住民だけでなく、当時はここしか、高い建物がなかったので、ここから飛び降りれば必ずと、いうことで、人がわざわざ来ていたという。
そのような理由のマンションは、各地にあるから、ここが特別ということはないのだけど。
『呼ぶ場所』は存在する。ここは『呼ぶ場所』だったのだろう。
北棟からは、今なお飛び降りがある。そういう事が続いたので、余計にセキュリティを導入する事にしたのだと。
死んで霊となって成仏できず、繰り返し飛び降りを繰り返している。
ここは、何故か死者の魂を縛っているのだ。
「侵入者対策や防犯の為とはいえ、廃墟に最先端のセキュリティとはな」
寺さんは、不思議そうに言った。
「大きな廃墟でも、敷地の外側に壁を造る程度なのにな。防犯カメラがある場所もあるが、外側だけだし」と。
「確かに多いよね。聞いた話では、違法薬物の取引が横行していたからだとか、殺人現場や遺棄に利用されたりしたからとか。あとは自殺防止。でも、それにしてはちょっと不思議。管理地だからなのかな。それらが理由なら、各部屋にも設置すると思うけど」
左京さんは、首を傾げる。
「管理者―依頼人は、なにか言っていなかったのか?」
「キレイさっぱり浄化させて欲しいと。でないと、取り壊しが出来ない。作業に入ると、事故が必ず起こる。フツウの地鎮祭は駄目だった。幽霊の目撃もある、死体も出る。作業しているなか、自殺も起こったと、聞いているけど」
寺さんの質問に答えたけど、詳しく細かい情報は知らされていない。
なにかがあるはずなのだけど。
「ふーん。取り壊し作業で障りが出たは時々あるけど。ところで、防犯設備を設置した時は、どうだったんだ?」
「なにかを見たとか、聞いたとかはあるけれど。起こった障りとしては、原因不明の高熱を出したとか、妙な影に付きまとわれたとかね」
左京さんが、答えた。
「なるほど。この団地に『手出し』をしようとしたら、障りがあるということか。根は深そうだな」
寺さんは、溜息を吐いた。
―思ったより、深刻か。団地という場所が九十九神・妖怪化するのは、初めて接する案件だ。妖怪は、零落した神と言うが。あの廃神社と関係があるのだろうか。
それとも、この土地自体に問題があるのだろう。
細川君達の、調査結果を待つ事になりそうだな。
北棟の浄化作業を一通り終えて、セキュリティ設定に鍵を掛ける。
寺さんが、敷地内を視て回りたいと言ったので、何か見落としがないかも兼ねて歩く。
レンガ敷きの歩道は朽ち果てて、割れた隙間からは雑草が生えている。
錆びた街灯が並んでいて、大きな廃墟というよりも、ゴーストタウンに似ている。
幽霊の類ではないけれど、幾つもの気配が動いている。
―土地に問題か? 土地も九十九神みたいになっているのか?
在りし日の残像とも、土地の記憶ともいえるのか、当時の様子が重なっている感じがする。
井戸端会議の主婦・走り回りながら遊ぶ子供達・ベランダで洗濯物を干したり、そこから子供を呼ぶ声。そのような、ありきたりの生活感。その残像みたいなモノの中に、本物の幽霊が混じっている。
「幽霊なら浄霊や除霊できるが、土地の記憶というか残像は、どうすることも出来ない。なにか、残像を映し出しているモノがいるのか、あるのか」
寺さんは、公園の方を見る。
「あの公園は、ヤバいな。そもそも、ここを造る時に地鎮祭を行っていない感じだ」
言いながら、公園の中へ。
殆ど立枯れ状態の垣根が、囲んでいる公園。よくある低木の垣根。
フェンスで囲わないのは、都会の中でも自然を感じたいからだったのだろうか?
玉垣にも似ている。あの廃神社を、移動させたというのは、本当みたいだ。
空っぽの神社。かつて、祀られていた御祭神も不明。
細川君達の報告を待つしか無いか。この土地には、神様がいた気配すら無いし。
寺さんに、ここに御祭神不明の神社があって、敷地の隅に移動させた事を話した。
「それは……。御祭神不明というより、神様ではないナニかだったと感じる。でも、そういった意味不明な存在も神様として祀るから、記録なしで視ると、ワケが解らなくなるな」
と、寺さんが言った時だった。 私は、不意に足元が沈んでいく感じと目眩を覚えた。
二人は気づいていない。私は、まるで泥沼に足を取られ、纏わり付く泥のようなモノに掴まれる様に、沈んでいく。
不快。現実では無いのは理解しているが、とにかく不快。
私が一番嫌いな『人間の業』が、地中で蠢いている。ソレが、掴んでくる。
心の中で、一番強い祓い言葉を復唱していると、ソレは私を放し地中深く沈んでいった。
「大丈夫、千早ちゃん」
左京さんの声で、意識が戻る。
「―今、ナニモノかに引摺りこまれそうになった。底なし沼の様な足場で、その底には『人間の業』が蠢いていた。気持ち悪い。やっぱり、土地の歴史を詳しく調べる方が先かも」
そう言って、私は大きな溜息を吐いた。
「もしそうだとしたら、気楽にとは、いかないな。俺も、ツテを通じて調べる」
寺さんは、そう言って、地中に向けてなのか、真言を唱えていた。
―業が深い。人間の負の感情。
もとより、人間は『負の感情』や『恨み辛み』『僻み嫉み』の方が、誰かを『優しく思う』より強いと思う。
『恨むコトなかれ、辛むコトなかれ』は難しい。
だから『懺悔、懺悔。六根清浄』
教授と編集長に、先程の出来事を報告して、依頼された期間を長くしてもらった。
細川君と木瓜さんに指示した事は、まだ時間がかかりそうだ。
私が、土地の過去を視れば済むと思うが、邪魔が入る。その原因が判らない。
二人に指示した、『土地の過去』は秋葉ゼミの課題とする。
先程の件で、待っている事が出来なくなった。
最古の地図を持っていないかと、編集長に訪ねたが、出てきたのは、大正時代のもの。
「かなり探したけれど、これ以上、古いのは無かったよ」
言って、古地図を広げた。
古地図には、森の中央に神社がある。その周囲は、家と田畑。少し離れた辺りに、住宅や商店がある。一見ありきたりな古地図。
だけど、何故か、森と田畑の間には、鮮明な境界線らしき線が森を囲んでいた。
「昔から、曰くありげな土地みたいだね」
左京さんは、地図の東西南北を図りながら言う。
「古地図より、当時の集落を地図みたいに描いた感じがする」
と。
言われてみれば、そう見えてくる。森と神社を描いたモノだと感じる。
「もしかして、この時代から、あの土地に問題でもあったのかな?」
左京さんは、私に話を振った。
「あの時、感じたのは、視たっていうか。底なし沼には、人間の業が溜まっていて、ソレが誰構わず、沼の底へ引き込むモノ。もし、ソレが土地と関係しているのなら、この古地図が描かれた以前は、別の風景があった」
「―底なし沼に、人間の業ねぇ。江戸時代に、あっちこっちを埋め立てているから、そのような場所があっても、おかしくはないわ。昔は、沼などに死体や穢れを棄てていた。その歴史からして、森と神社は、ソレを封じる為だと。封じる為の神社と森を、最終的に開発の為に壊した」
溜息混じりに、編集長は言う。
「推測だけでは、駄目なんだよね。私達が求めているのは『真実』だから」
そう言われると、振り出しに戻ってしまう。
「地質調査をしてみたら? 大学に詳しい教授がいるんでしょう」
左京さんが言う。
「名案ね。ボーリング調査してみれば、土地の歴史が判る。まあ、物理的なんだけど。それでも、証拠になるし」
編集長が、賛同するが…‥。
「障りは、どうするんです? 私の視たモノが、あの廃墟を支配している存在だったら、巻き込まれる人が増えます」
地学物理学の水谷教授なら、そんなモノは気にせずに協力してくれるだろうし。ボーリング調査みたいな事なら、課題として学生に任せるかもしれない。
耐性の無い人が、アレに触れたら、ヤバい。
肝試しで立ち入って、障りに触れて、どうにかなったから、浄化を頼まれたのに。
「障りから、守ってあげるのも、仕事のうちだよ。千早ちゃん。地質調査を詳しくやってくれるのなら、その様に先方に伝えるし、調査をする人達に障りがいかないようにする」
編集長は言って、何時もの様に、ニヤリと笑った。
―大丈夫なのだろうか? アレは、かなりヤバかったのに。
障りが気になる。だけど、物理的な情報と証拠が欲しいのは確かだ。水谷教授は何度か、秋葉教授の依頼で、曰く付の土地の調査をしているので、ある程度の耐性はある。
とりあえず、話だけでもしてみることにした。
土地の歴史は、地質にある
水谷教授に、廃墟団地のある土地が昔どんな土地だったのか、伺いを問う。
「大昔の地図なんて、残っている方が運が良いんだ。資料が残っていない時は、自分で調べるしかない。地層なんか、調べても調べてもデータが存在しない、そう思っていたら、新発見だったと。調べられていない土地は、無数」
と、持論。
「東京なんかは、埋立地だらけだ。沼や湿地、干潟を江戸の頃から埋め立ててきた。中心部の古地図は残っているが、それ以外の場所は残っている方が珍しい。そういう土地には、名残のある土地名がついている。そのことは、お前の方が詳しいはずだが」
「新照城―しんしょうき。新は沈・照は沼・城は棄。という当て字と推測しています。そこから、大昔は沼地か湿地だったのではと」
自分の体験した事を含めて、説明した。
「なるほどな。でも、いいのか?」
「依頼主が、更地にして手放したいとか。地質調査をしても、構わないでしょう。怪異の障りからは、護りますので、お願いします」
水谷教授を、説得。引き受けてくれたが、障りに遭わないようにしなくては。
物理的背景が関係しているのは、確かだろう。
調査する地点は、公園を中心に東西南北。簡易的な装置で、地面に穴を開けて採取する。
障りによる事故が起こらない様に、注意しながら進めていく。
「よくもまあ、こんな軟弱な土地に、マンモス団地なんか建てれたもんだな」
採取された土を見て、水谷教授は言った。
「今なら、無理だ。昔は、その辺りが杜撰だったし。直下型地震が来れば、崩壊して液状化する様な土地だ」
「埋立地と、いうことですか?」
「ああ。あの古地図以前は、沼か池だった。そこを埋め立てて、利用したんだろう。もっと掘り返せば、なにか出てくるかもしれないが、下手に掘ると、地盤が緩いのでヤバい。団地の基礎がどうなっているかが判らない以上、崩れる可能性がある」
水谷教授は、団地を見つめる。
「採取した物の、分析結果が出たら知らせる。それにしても、集合住宅などの怪現象は、その地質に問題がある場合がある。法令に則って建築しても、ずっと深い処までは調べないだろうし。そこにある、鉱物などが干渉する事が原因ってのもあるからな。ある意味、面白い」
そう言って、早々と撤収していった。
私が、視たモノと感じたモノ。底無し沼のような場所。
そういう場所は、色々な『モノ』を棄てる場所として使われている歴史があるが。
この土地が、遠い昔、沼であって、そのようなコトが行われていたのなら、建物を祓って浄化させても、土地の奥底から湧き出てくるのではないだろうか。
―これは、考察というより、直感だ。
改めて認識すると、足元が不安定になった気がした。
問題大アリの西棟を、祓って浄化させるのは、土地の解析結果が出てからの方がいいか。
そのことを、皆に伝えた。
他にも、管理棟や集会所がある。そこも、同じ用にしないといけない。
その二棟は、居住棟よりもマシなので、後回し。
どう扱えば良いのか解らない、廃神社。もう一度、探ってみる必要がある。
空っぽの社。在るべき御祭神はいない。もとは、どんな神様が祀られていたのだろうか。
自宅マンションに帰り、シャワーを浴びて身を清める。巫女装束に着替えて、仮の社としている部屋で、いつも行っている神事をする。ここは、神様の通り道に接しているし、マンションが建つ前は、小さな神社があった。その神社を壊して建てたものだから、色々とあった。空部屋に、仮の社を造り祀ることで、それは収まったが。
この部屋には、行き場の無い『物』が安置している。
神様関係で、深く探りを入れたい時は、この部屋でやっている。
廃墟マンションの土地と、あの時視たモノ感じたモノを思い出しながら、ソレをイメージしながら、紐解いていく。そうしながら、深いところへと潜っていく感じで探る。
―沼か池。沼に近い池。澄んではいない。泥沼、汚泥。淀み。
そのようなモノが、浮かんでくる。
広大な湿地の中にある、底が見えない淀んだ沼。湿地には、葦や蒲などが生えている。
湿地は、問題ない。生き物も多く生息している。湿地の周りには、集落。
問題の沼は、それらの中央にある感じ。で、沼の辺りに、小さな祠。
祀られている存在は、視えなかった。
沼は、穢れの巣窟。おそらく、いろいろなものを棄てていた場所だ。
ソレ以上先まで視るのは、無理だった。
あの廃墟は、湿地と沼の上に建っているのか。
水神の類ではない。沼に棄てたものが出てこないように、置いた祠。
そんな感じか。『沼から出ないように』という願掛けのまじないを込めた祠に近い。
神様は勧請していない。住民の自己流のまじないの祠。
探ったものが、本当ならば、あの土地は、忌み地。穢れた土地だ。
土地の地質の分析結果が、怖い。
どこまで調べれるのかは、判らないが。
いろいろ棄てていたのなら、その『成分』も検出されるだろう。
―穢れ地・忌み地。ソレそのものを、祓い浄化させる。
私に、ソレができるのだろうか。
分析結果は、翌々日には出た。
簡単でいいからと、言っていたので、大まかな結果だけを先に教えてくれた。
結果は、あの時、視たモノを物理的に証明していた。
【骨や毛、陶器の欠片・布の繊維。有機物】
それは、つまり―埋葬地だったのか、棄てていた場所だということ。
「骨とか毛が、人間か動物なのかを調べるのには、他に回すけどどうする?」
水谷教授に問われる。
「それは、結構です。それより、地盤は?」
「水はけが、極端に悪い。池や沼を埋め立てた、あるいは湿地。よくもまあ、そんな土地に、デカい建物を建てたもんだな。規制とかが、無頓着だったとはいえ。大きな地震だと、崩壊と液状化で、再起不能。そんな土地だ」
と、説明。
「それに、団地の中心にある公園が、昔は、沼か池だったはず。ボーリングしてみたが、出てきた土が、固形を留めていなかった。見た感じ水気の多い泥だった。それなのか、公園に向かうように、建物が傾いている。早かれ遅かれ、倒壊するぞ」
測量結果を、PCに出す。
「ずっと住んでいたら、体調や精神に影響がある。そういうことは、物理的にある。オカルトではなく、な。居住者のほとんどが、同じ体調不良を訴えていた物件があった。詳しくしらべたら、地盤の傾きが原因だった。そんな話がある。すぐに、あの建物が倒壊するとは思えないが、調査を続けるなら注意しろ」
物理的な事も、危険。
寺さんが言う『土地自体が、九十九神―妖怪化している』
その原因が、かつて沼か池だったのと関係しているのは、確かだ。
穢れを棄てていた、忌み地という過去も、地質調査で判明された。
祀られていた、神様は初めから存在していなかった。
アレは、気休めに設置したのだろう。
怨念渦巻く西棟と公園のある場所が、かつて沼か池だった。
西棟は、住民などの死霊だけでなく呪詛めいたモノが固まっている。
その中心に、昔、棄てられた穢れなどがある。
在るべく土地神様が不在。もともと存在しなかった。
周囲の土地の神様に、交渉できるか。出来たなら、チカラを借りられるのか。
寺さんも、難しいと言っていたし、左京さんも同じだ。
もう少し時間が欲しい。
秋葉教授と編集長に伝え、まとめた資料を渡した。
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都心のマンションの怪奇現象騒動は、廃墟団地の浄化作業中も、盛り上がっていた。
集団ヒステリーというのか、その話題に注目している人たちまでも、怪奇に遭ったとネットでは、騒ぎになっていた。
ずっと、廃墟の浄化作業をするのも、気が消耗するので、少し休みをもらった。
寺さんが、騒ぎのマンションを見に行きたいと言ったので、編集長のツテで入り込む事にした。ゼミ生達には、秘密。左京さんも同行し、三人で向かった。
「SNSやニュースで見るより、人が多いな。皆、暇なのか」
件の騒動マンションを、囲むように、メディアの人達や動画配信者なのだろうかがいる。
「再開発エリアになっているんだって。なのに、この騒動」
笑いをこらえて、左京さんは言う。
「実際、現場を見ると、思っていたより酷いな」
寺さんは、敷地を一回りして来て言った。
「まあ、ね。この辺りは、貝塚だったし前時代には、ゴミ捨て場みたいな土地だったから」
私は、言う。
重要な、貝塚ではないとされているが、ずっとゴミ捨て場的な土地だったのは、確かだ。
「それにしても、自称霊能者みたいな人も、ちらほらいるね。これは、ある意味ネタになりそうだけど」
「で、どうするつもりなんだ?」
寺さんは、私に問う。
「まだ、放置していても大丈夫でしょう。裏で手を回して、なんとかしてもらう予定になっているし。実害が無いから、私達が動く必要は無いと思う。それに、あの廃墟を浄化する方が先だから。あそこは、ちゃんと神様を勧請しないといけない土地だから」
考えると、気が重くなる。
「―だろうな。手伝える事は手伝うから。ここの結末を、教えてくれよな」
と、寺さん。
私達は、件のマンションを囲んでいる人達を遠巻きに見ながら、これからの事を話した。
あの廃墟は、少しづつ浄化を進める。浄化をしたら、穢れが入り込まないように結界を張る。すべての浄化が終われば、然るべき神様を勧請するのと、地鎮祭を執り行う。
水谷教授の分析結果を、依頼主に提出する。
”もしも”のコトに関して、樹高さん達にも経緯を説明しておく。
あの土地は、かつては湿地と沼だった。
沼には、いろいろなモノを棄てていた。
その『いろいろなモノ』が、穢れ。
あの土地は、忌み地・穢れ地だ。
それを知らなかったのか、高度成長期に、大型の団地を建ててしまったのだ。
空っぽの社を置いて。
忌み地・穢れた土地に、空っぽの社。団地内での、人間関係のトラブル。
負の感情や他殺自殺が、空っぽの社に溜まっていたケガレと融合した。
それが、おおもと。
部屋ごと、場所ごとを浄化し結界を張りながら、中心地だけを残す。
その中心地を、最終的に浄化させて、然るべき神様を勧請する。
そこまでが、仕事。
でも、ゆくゆくは、件の幽霊騒動マンションも、私達の仕事になってしまう。
そういう結末が、なんとなく視えて、面倒な気分になった。
「あんまり、難しく考えなくてもいいのでは?」
ふと、寺さんが言う。
「そうだよ。もう少し、手を抜いても良いと思うけど。結局、こちらがキレイに仕上げても、そのうち忘れられてしまう。そういうのって、呪術の世界でも同じ」
左京さんが、珍しく諦めモードで言った。
「困ったから助けて欲しい。と、言われ、助ける。守れと言った事を伝え、その人間が守るのは、精々一年くらいだ。喉元すぎたらなんとやら。こちらの言いつけを忘れ、また同じ様な目に遭い、助けてくれと言ってくる。そういうものだと、割り切らないと、腹が立つだけだ。いや、腹を立てるだけ無駄だ」
愚痴っぽく言って、寺さんは、コーヒーを啜った。
その言葉に、左京さんは頷いていた。
「千早ちゃんが、人間嫌いなのは理解出来る。人間よりも、カミやモノを大切にしているのも解っている。ソレを蔑ろにする人を、嫌っているのもね」
―自分で解っていても、人から指摘されると、いたい。
「似非騒動の事は、樹高さん達に任せておけばいい。私達は、あの廃墟を浄化させればいいだけ。樹高さん達が、こっちの土地の事を頼んできたら、執り行えばいいだけ」
左京さんが言った。
「―解った。こっちは、放置しておく」
「ああ、それでいいんだ。それなりの結末になっても、それでいいんだ」
と、寺さんは言って、笑った。
報いを受けさせてもいい。そのことに、関与しない。
そういうこと。―それで、いいのか。
私は、少し気が楽になった。
カミとモノと人間を繋ぐ。そのコトに、私は拘り過ぎているのかもしれない。
エピソード3 土地の歴史とは
廃墟団地の、地質調査結果が出た。調査結果というより、出土した物質の正体が。
「人間の骨や組織。サンプルが少ないから、大まかな結果だ。年齢とか性別までは、判らないが、人間の一部で間違いはないらしい。動物とかも、出土している。完全に土に分解されず、屍蝋に近い状態。あの一帯を掘り返せば、いろいろ出てくるだろう。あとは、植物や土器の一部」
水谷教授が、分析結果の資料を渡してくれた。
「湿地・沼を埋め立てて、森を造って地盤を固定して、土地を利用しようとしたと思う。昔の人間の考えまでは、分析出来ないが。江戸時代に、あちらこちらを埋め立てていたことを考えると、その様なことだろう。戦前は、それでよかったのかもしれないが。高度成長期の乱開発で、土地の属性とかを考えずに、いろいろとデカい建物を建てた。そして、バブルの大開発。ビル群を建てた場所の、地質など構うことなくな」
皮肉に笑う。
「それは、どういう意味ですか? 利益優先で、無知ってコトですか?」
「まあな。最近になって、再開発とかで、地盤に問題アリで工事が出来なかったり、不安定な地盤と埋立地で、震災の時に、大規模な液状化。その影響で、ビルを解体しなければいけなかった。―地盤調査は、建設するのに重要なことだ。それを無視すれば、命に関わる事態にもなるし、住んでいても、体感的に感じなくても、脳が不安定な場だと認識している。それで、体調不良とかなる。あの幽霊騒動マンションも、その一件だろう」
いろいろと、説明をしてくれる。その辺りのことは、ニュースなどで知っているが。
件の幽霊騒動マンションが、水谷教授の口から出るとは。
「教授。あの土地、昔、貝塚が発見された場所ですよね。それに、江戸時代以前のゴミ捨場的な場所だったという記録も」
「ああ。”そういう”土地なんだ。住むのに適さない土地。俺は、自分の目に視えないモノは理解し難いが、人間が持っている本能的なモノは、信じている。貝塚や、昔のゴミ捨場みたいな土地は、人間が住みたくない土地だから、そうなっている。これは、俺の仮説だ。秋葉や、お前らと付き合っていると、目に見えるモノだけが真実だとは、思わなくなった。でも、ソレを物理的に突き詰めていくと、土地・地質と関係するコトがあると思う」
神霊的世界と、物質世界は別モノ。でも、接点はある。
それが『土地・地質』だと、水谷教授は言った。その背景は『歴史』だと。
最近は、神霊的世界も、量子学なるもので解明出来るとか聞く。
でも、それと『信仰や想い』は違う。人によって、物の見かたや捉え方が違うように。
廃墟団地は、土地・地盤の問題が大きいのかもしれない。
ソレが、あの不浄空間を造っている一因。
―忌み地。人が住むのに適さない土地だから、罪穢れ・恨み辛みを棄てた。
棄てたのは、ソレだけでなく、埋葬地的な意味もあったのか、それとも、疫病で死んだ人を棄てた。あるいは、犯罪者。生贄。
つまり、ソレが『土地の歴史』
廃墟団地の持ち主と、二人の教授は話しをしていた。
おそらく、水谷教授が語ったコトだろう。そして、土地に今後は、ビルは建てれない事も伝えたのだろう。私達は、あの土地を浄化するだけ。その先は関係ない。
寺さんには、あまり深く考えすぎるなとは言われたものの、カタチだけの社に巣くっている不浄を、祓ってしまわないといけない。そのあと、その社は壊して焚上ないといけない。
焚上は、寺さんが引き受けてくれる。
今回は、深く探るコトも同調するコトも無い。そこまでする必要は、無いと言われた。
だから、淡々と『作業』をする。
廃墟団地がある場所の、古地図や記録を探していた、細川君と木瓜さんが、資料が見つかったと、編集部に来た。
原本と、自分達が調べたレポート。
原本は、個人が書いている。昭和初期に、地元の怪異と歴史を綴ったもの。
『土地歴史と怪異』
大手の出版社ではなく、地元新聞社で印刷製本したもので、丁寧とはいえない製本。
「街の図書館の、古書だけを納めている書庫から見つけました」
木瓜さんが、本を見つけた経緯を説明する。
「調査する土地の図書館を、徹底して調べれば、何らかの記録は見つかる。と、秋葉教授に言われて、近辺の図書館などに願い出て、書庫を探させてもらったんです」
「インクが色褪せていますが、それなりに読むことが出来ます。まあ、内容は、個人の日記ていうか、見解持論で、ソレを裏付けする記録は見つかりませんでした」
と、細川君。
私は、その本を捲る。個人的に、地元のコトを書いてみた的な内容。それでも、開発前の土地を知るコトは出来る。
「ありがとう。教授は、なんて言っていたの」
「まあ、そんなモノだろう。時には諦めも必要。と、言っていました。レポートは提出して認定してもらいました。あとは『裏』向けに、論文でも書いてみろとのことです」
言って、細川君と木瓜さんは、顔を見合わせた。
「そう。それじゃあ、その『裏』論文は、二人共同で。こっちも進展があれば、情報を出すから、挑戦してみるといいよ」
二人に、礼を言い見送る。
昭和初期・この本を綴った人は、何を思ったのか。ソレが、あの土地を知る手掛かりになるといいのだが。
【これは、近所に住んでいる明治生まれの爺さんが、よく話してくれたことを綴った書紀。
その爺さんの、爺さんは江戸時代に、この辺りに伝わる怪異を集めていたらしい。
怪異と言ったら怪談となるが、話は怪談ではない。幽霊とか妖怪とかは、出てこない。
なんというか、『人間』が中心。それも『生きている人間』の怪談。
江戸の半ば、今の集落がある場所の端に、湿地が広がっていた。その湿地の真ん中には、大きな沼があった。昔から、その沼には『罪穢れ』を棄てたり、疫病で死んだ家畜を遺棄していた。時には、疫病や奇病で死んだ人間を、弔いもすることなく棄てていた。
だから、集落の人々は近寄ることは、その様な時だけ。ずっと昔からの風習だった。
その沼から、泥などを持ち帰り『マジナイ』に使うこともあった。どのような『マジナイ』かというと、もっぱら呪詛。近隣の集落の人間も、その沼の泥や朽ち果てている物を拾い、呪詛の材料にしていた。なぜ、そうしていたのかと、尋ねると
『罪穢れは、人間の業。恨み辛みは、罪穢れ。ソレを棄てていた沼で、ずっと昔から続いている習慣なので、溜まりに溜まったソレは、呪詛の材料に持ってこい。沼の泥を使えば、確実に『呪い殺せる』とされていた。沼の泥で、呪詛を行った者の末路は、沼で死ぬ。そういうコトが何度もあって、沼をはじめとした湿地は、忌み地となった。当時、簡単に住む場所は変えられなかった。忌み地は、集落の端にある。大雨が降れば、忌み地からの『穢れた水』が流れてくる。その後は、時々、集落を疫病が襲った。
祟りだのどうこうなどと、集落の住職や宮司に言っても、防ぎようがなかった。
そんな話しを耳にした、お上が、沼を含めた湿地を埋め立てて森にすると言った。
木材が足りなくなった時のためにと。集落の人間は、恐れて作業には参加しなかった。
作業は『罪人』が中心だった。それも『死罪が流刑』にあたるような。それで放免される。
そういう条件の人や、高めの賃金に飯付の仕事で、人が集まり、沼と湿地は埋め立てられ
『更地』となった。そして、苗木が植えられていった。お上の管理地になったとはいえ、集落からすれば『忌み地』に変わりはなかった。
『罪人』が、本当に放免されたのかは不明。集落では、『埋めた』のではという、噂が密やかに流れていた。苗木が森を造りだす前に、江戸幕府は終焉した。
『森』は、そのまま放置された。『森』となったが『忌み地・穢れ地』の伝承は残った。
森にはよく『呪詛』を行った形跡が見られたし、自殺者が見つかる事も多かった。
どんなに隠しても『忌み地・穢れ地』は、残る。
人間の無意識が、その場所へ引き寄せられるのか。
それとも『土地』が、そのような人間を呼ぶのか、人間そのものが『恐ろしい』のか。
とにかく、爺さんの話しは、恐ろしく怖いものだと、自分は感じた。
土地の過去を知れば、ろくな話しが無い。その時から、土地に関係する話しを集めている】
推測だけど、この話が原点なのだろう。
口伝を伝え聞いた話だから。でも、水谷教授の解析結果と一致している。
『忌み地・穢れ地』には、間違いない。
別の書物には
【町外れにある、森。江戸時代に造られたらしいが、あそこは『穢れ地』だと伝わっている。多くの木に、藁人形が打ち付けられている。時に、日本人形や西洋人形も打ち付けられていた。店で買えば、それなりの値段がするだろうという品。人形だけでなく、虫や動物の死骸で呪詛を行っていた形跡もあった。それに、自殺の名所。殺人などの『死穢』がある。
それは『穢れ地』だからなのかは、解らない。帝国軍が、木材調達のために、森に入った時にも、呪詛の形跡があった。それでも構わず、木々を伐採した。中心に向かって、外側から伐採していたが、中程に差し掛かった頃に、異変が起こった。森に立ち入った者は、軒並み謎の病に罹ってしまった。伐採していた者は、もっと酷かった。―祟り。
カタブツの軍部ですら、その謂れを聞き、諦めたという。『謎の病』とやらが、祟りとか呪い、障りと関係していたのかは知らない。そこは、何故か箝口令。
昔から、何らかの言い伝えや曰くがある土地には、常人には理解出来ないモノが在る。
私は、信じているが、視たり聴いたりは出来ない。だけど、あの森は、気味が悪いし、近くを通れば、引き寄せられる感じや吐き気に襲われる。
『穢れ地・忌み地には、近寄ってはいけない。あの森が、そうであるように』
町内の老人達は、よく話していた。
空襲で、森は中心を残して燃えてしまった。戦争が終わり、復興と開発で森は、更地になった。その時、森の障りを受けたという話しは聞かなかったが、更地となっても、不気味な感じは変わらなかった。更地になっていても、常に泥水が溜まっている水捌けの悪い土地。
そこに、巨大企業の社員団地が出来ると、聞いた。
あそこは、生きた人間が住める様な土地ではないのに。なにもかもが燃え、新しく伸び上がる方が、強いのだろうか? 燃えたコトで、呪詛は浄化されたのか?
解らないが、『穢れ地』には違いない。森の中にあった祠も、無くなっていた。
社員団地が、幽霊団地にならないことを、心底、祈るしかない。】
呪詛や死穢の、穢れ地・忌み地。
置かれていた祠が、なんであったかは不明。単に、祠を置いていただけだったと思う。
どのみち、あの土地にマンションなどの大きな建物は、物理的に建てれない。
民家ですら、無理だ。
当初の予定通り、更地にしてから、用途を考えるとか言っているが。
今どき、更地は何故か、太陽光発電のパネルだらけになっている。
ここも、そうなるのか。でも、まあ、逆に良いのかもしれないな
太陽の光は、最強の浄化だから。
水谷教授の調査報告と土地の歴史の調査結果を、依頼主に渡す。
取り壊す為の、浄霊と浄化作業だから。依頼主の答えは、関係ない。
ただ、あの土地には、きちんとした社を建てて、土地に合う神様を勧請をする。
そこまでが、私の仕事。
寺さんが言うように、あまり深く考えない様にしたいが、そう出来るようになれるのかな。
残していた西棟の、浄霊作業を開始する。
入った瞬間に、強烈な腐臭がして吐きそうになった。
霊は時に『臭い』と、関係するという。おそらく、腐臭は西棟に存在する『霊』だ。
ただの霊ではなく、『負の塊』。悪霊どころではない、人間の『負の感情』を数十年かけて、凝縮されたモノだ。
悪意・恨み・僻み・呪い―そのような感情。
建物全体に、ソレが染み付いていて、蠢いている感じだ。
金蚕屋敷の深部を、思い出す。あんな感じ。
浄化は勿論だけど、水谷教授から、西棟内部の物理的数値を測って欲しいと頼まれていた。
水平器だけの計測でいいけど、昔からあるアナログタイプと、最新型のデジタル測定器。
アナログは単純な数値だけど、デジタルより『正確』な時があるとのこと。
特に、この様な、色々と乱れている場所ならとくに。
西棟以外は、水谷教授が内部を測量したいと言ったので、付き合った。
やはり、公園の方へ傾いている。西棟も、測量したいと言ったけど、さすがにソレは無理だと説明した。だから、自分でするしかなかった。
まあ、水谷教授との付き合いも数年。調査のアドバイスを色々と、貰っていた。
『物理的な』調査のために。
「騒がしいな」
寺さんが、言った。
「こんなに騒がしかったら、フツウの人でも『ナニか』感じるし、心霊体験をするだろうな。最近の霊や、かなり古い霊もいる。人間だけでなく、他の生き物も」
溜息を吐く。
「江戸時代どころではない、ね。もっと古い。よくこんな場所に住めてたよねぇ」
埃を払うかのような仕草をし、左京さんが言う。
実際、埃を払っているのではなく『祓って』いるのだ。
アスベストや有害物質を警戒して、防塵マスクをしての作業。
何度か経験したけど、結構疲れる。
「こんな厄介な事、頼んで悪かったかな?」
「いや、気にしなくていい。何事も『修行』だって、じーさんが言ってたからな。また、そのうち話す」
と、寺さんは答え、吹溜りになっている廊下の角に向かって、真言を唱えた。
たむろっていた霊が、一瞬にして光に包まれて消えた。
寺さんの背後に、不動明王が視えたのは、その『力』故なのか、それとも信仰心なのか。
左京さんも、ソレが視えたのか、驚いた表情をしていた。
「―やっぱ、視えた? 仏さんが『指示』するんだよな。俺的には、指示されなくても、やるのに。力を貸してはくれるけど、それだけ。自分で行動しろって」
そう言って、笑う。
「それに、浄化したい霊は視れば解るし、向こうから来る。ここは、穢れや邪霊が多い。そういうモノは、他の幽霊を呼び込んで仲間にしようとする。だから、成仏したいのに出来ない霊がいる。そういう霊は、素直に真言を聞いてくれるからな」
と。
「なるほど。だったら、手分けしない? 千早ちゃんが、穢れを祓う。私が、邪魔するモノを一旦散らす。それで、成仏したい霊だけにして、寺さんに上げてもらう」
左京さんが、提案する。
「最終的に、散らしたモノだけを『片付ける』と?」
寺さんが、問う。
「うん。上手くいくかは、解らないけれど。そうすることで『根源』の存在が、出てくるかもしれないし」
左京さんの考えは、一理ある。
私達の目的は、この土地の浄化。西棟だけに、あらゆるモノが集中している原因。ソレを探さなくては。公園が沼だったらしいが、西棟もまた、不浄の上に建っていると考えたら、何処かに『ソレ』がいる。
西棟が、邪霊の巣窟状態になっている『根源』が。
始めの見立てと違ってきた。
住人がいた頃にあった、諍いからの呪詛や自殺・殺人。ソレが、今なお残っていて、廃墟になった現代でも、そのモノに向かって集まって来ているのだと。
―そうでは、無かったとしたら?
住人達を、そういう方向へ追いやった存在がいるということ―
おそらく、例の沼は、西棟の下まで広がっていた。
そう考えれば、住人が暮らしていた頃からあった、心霊現象は説明がつく。
繋がっているのだ。今もなお。
作業をこなしながら進んでいると、ふと左京さんが立ち止まる。
そして、ナニかの気配でも探るように氣を張り巡らす。その気配を追う。
寺さんも、気がついたのか、左京さんを見つめる。
「千早ちゃん、ここって地下になにかある?」
「え、図面には無いけれど。地下室ってこと?」
「うん。『地の底』ではなくて『地下』。そこが、ヤバい。図面に無いとしても、あるよ」
私は、事前に渡されていた図面を広げる。至って普通の図面だけど。
他の棟と比べて見てみると、西棟だけが基礎部分が分厚い。地盤の影響を考えての基礎にしては、分厚いというか。不自然な程。そこに空間がある、感じがする。
建築の専門家なら、それを『地下室』と答えるかもしれない。
西等には、他の棟にはない管理室というものがある。
何故か、防犯カメラは管理室内には設置されていない。
理由は、ドアをセメントの様な物で塞いでいて、見た感じは壁。受付の様な小窓があり、そこから少しだけ内部が見える。
西棟は、他の棟よりグレードが高い。廻って来た部屋も広い間取りだった。
「俺も、そこが怪しいと思う。地下にヤバいナニかがある。祈祷壇か呪詛系の祭壇。密教の秘術を悪用している感じがする。気に止めなければ、気付かなかったが」
図面を見つめ、寺さんは言う。
―確かに、言われてみれば。
私達は、顔を見合わせて頷いた。
一階に一度戻り、管理室の前に。
「壊して、大丈夫か?」
寺さんが、塞がれた扉の前に立って言う。
「一応、許可は貰っているけど、防犯が保てる範囲で」
答えると、寺さんは頷く。
「はぁ!」
一気に氣を込めたかと思った瞬間、蹴りでセメントみたいな壁を蹴った。
もともと簡単な物だったのか、経年劣化だったのかは判らない。
塗り塞がれた壁は、ボロボロと崩れ、鉄製の扉が現れた。
「凄い」
左京さんは、テンション高めで言った。
寺さんは、そのまま続いて、その扉を開いた。
金属が擦れる嫌な音と共に、猛烈な腐臭が吹き出した。
防塵マスクをしていても感じる、臭い。持っていた計器が一瞬、ガスの警告をする。幸い、有害ではない。
物理的臭いだけでなく、悪いモノが放つ腐臭。
そう考えたら、嫌な汗が出た。
管理室の内部は、当時の書類や食器類が散乱していた。色褪せた書類の日付は、昭和から平成初期。名簿や団地の管理表の様なもの。受付窓口以外に窓は、無い。
シロアリでも湧いていたのか、壁側の本棚はボロボロになっていた。
下水の臭いがする、湿気の多い部屋。そんなイメージ。
「本棚の後、ドアがある」
左京さんが、ボロボロの本棚の隙間を指す。
「よっしゃ」
寺さんが、その本棚を横へ動かすと、ドアが現れる。
重そうなドア。錆びている。
―触りたくない。
本能的に思った。その先は、ヤバい。
嫌な汗が、どんどん出てきて気分が悪い。
『人間の欲と悪意』
それが、ドアの先、下の方から漂ってくる。
「どうやら、当たりだな」
私の様子に気づき、寺さんが言った。
ドアを勢いよく開くと、その先は闇だった。地の底へ続く、闇が視えた。
「呪術が、まだ生きている」
左京さんは、怪談をライトで照らし言った。
「ソレを破壊すれば、浄化もさせやすくなるな。―大丈夫か?」
寺さんが、私を見る。多分、傍から見ても、固まっているかの様に見えたのだろう。
私が、最も苦手とする『意思』が、吹き出しているのだから。
でも、ソレを破壊しなければ意味が無い。
「だいじょうぶ。どのみち、やらないといけない」
心の中で、祓詞を唱えながら進む。
何故、団地の地下で呪術が? しかも、ソレは現役で作動している。
「足元、滑っているから、気をつけて」
左京さんの声が、遠くで聞こえる。
長い階段を降りた先には、八畳程の広さの部屋があった。
ライトで照らすと、部屋中に札や木札、ワケの解らない文字が落書きの様に書かれている。
その部屋の中央に、祭壇らしきモノがあった。
直視したら、吐きそうになる。
専門外だけど、『悪意』あるモノだ。
ソレが、この『土地』自体に潜む『穢れ』と繋がっているのかまでは、解らない。
でも、『利用』しているかんじ。
「うわ。最悪。企業の発展の為に、住人を贄にするような呪術の類じゃん。しかも、稼働している。あーだから、西棟だけヤバいモノが集まっていたのかぁ」
左京さんが、今まで見たことないような、嫌な表情を浮かべる。
「本体の企業が、倒産してしまった現代では、ソノ呪法は意味をなさない。だから、邪霊を引き寄せている。ソレが、土地ならではの『悪しきモノ』まで、活性化させている。―そういうコトかよ。これは、ちょっと俺の『仏さん』に力を借りるのは、無理だな」
「―燃やす。このまま、燃やしてしまってから。清めるのがいい。コレを創った術者は、この世にはいない。ここに囚われて、既に魂すら崩れてしまっているから、救済は出来ない。こういうのは、問答無用で燃やすのが一番。それしかない」
これでもかと、いうほど深い溜息を吐いて、左京さんは言った。
幸い、祭壇は木製だ。この部屋もコンクリートだから燃え広がる事も、無いだろう。
足元は、沼の感触がする。それは錯覚なのか、無人となった為に地下から湿気が湧き上がってきて溜まったせいなのか。
―穢れの中心は、この部屋。沼だった頃、ここが棄てる場所だったのだろう。
一旦、車に戻って準備をする。
編集長が『もしかすると必要になるかも』と、御焚上セットなる物を持たせてくれていた。
その中身が、御焚上の札だけでなく、『聖油』。しかも、大量。
何処そかの密教僧に、創ってもらったという。
「凄いな。でも、予測がつくくらいなら、自分ですればいいのでは?」
呆れ半分、寺さんは言った。
「編集長は、傍観者だから。お膳立てや後処理くらいしかしてくれない」
私が答えると
「でも、こんな大量の『聖油』だぞ。ナニか、知っていたとしか思えない」
寺さんは、御焚上セットを運びながら言う。
「まあ。深くは考えないで。今は、あの部屋を、炎で清めるのを優先しましょう」
何時もより、ゆとりのない左京さんがいた。
呪術専門家ならではの、『ナニか』が視えているのだろうか。
住人の命を使った、企業発展の呪術って。どういうつもりなんだ。
世界進出した有名企業だったのに、な。
それが『本当』に実力だったのか、それとも『呪術』によるものかは、私には解らないし、解りたいと思わない。
私が、引いているあいだ、左京さんと寺さんは、地下室に『聖油』を設置し終えていた。
「湿気が酷いから、一気に燃えるかは微妙そうだけど」
ライターを手にし、寺さんは言った。
「そういえば、謎の液体が入った容器が残っているんだけど」
私は、魔法瓶の様な容器を見せる。
「ん、これって」
封を切った、寺さんは、苦笑した。
「なに?」
「ガソリン」
「編集長。本気だ。知っていたんだねぇ。これは、私達も本気で行わないと」
左京さんの表情から、何時もの笑顔が消え、取り巻く気配も変わる。
「撒くぞ」
寺さんの声と共に、辺りにガソリン臭が立ち込める。
私達は、階段の中程から部屋を見つめる。
氣を込めて、寺さんは火を灯したライターを部屋の中へ投げ込んだ。
瞬間、熱気が吹き上がった、
炎の向こうに、穢れたモノが無数に蠢いているのが視えた。
ソレが、炎が収まるにつれて、煙と共に消えていくのが解った。
燃え尽きるのを、外から見守った後、念には念を入れ、消火剤を撒いておく。
元凶だったといえる『呪術の壇』が燃え尽きた事もあり、西棟を包んでいた嫌な空気が、幾分消えた感じがする。
後は、彷徨える霊の浄霊。
そして、結界を張ること。
終わったら、編集長に話を聞かなければいけない。話してくれるかは、解らないけれど。
何故『そんなモノ』を、団地の地下に造っていたのか。
どうして、穢れ地に団地を建てたのか?
土地の問題は、高度成長期ならではの勢いだったとしても、地下の呪術部屋は、当時から存在していたのか。
疑問を残して、浄化依頼は完了した。
エピソード4 我欲の末路
納得がいかなかったコトを、教授と編集長に告げた。
人間の命を利用するような呪術が絡んでいたコトもあり、ゼミ生達には下がってもらった。
納得いかなかったのは、私だけでなく、左京さんも同じだった。それは、寺さんも同じ。
依頼主は、呪術のコトは知らない。だから、知らせる必要は無い。
私達だけの、秘密事項で封印しておく。
しかし、教授と編集長が知っていて、隠していた事に納得は出来ない。
私が何度も詰め寄ったのと、左京さんと寺さんも同調してくれた事もあり、教授と編集長は、やっと説明してくれた。
いつものレストランの、個室。
「本当は、黙っていたかったんだけど。それに、これから話すことは口外しないで」
溜息混じりに編集長は、言った。
「飛び火する事が問題とかではなくて、胸糞悪い話だから」
と。
「論文にも記事にも出来ない?」
「何時もの様に『裏』なら書いてもいい。書いておくべきだ。でも、いくら『本物』のみを扱う記事だとしても、コレは書かない方がいい」
教授と編集長は、互いに顔を見合わせる。
「いわゆる、部落差別とか穢多非人が関係するとか?」
寺さんが問う。
「むしろ、その人達より酷いかもしれない」
重苦しい表情を浮かべて、編集長が言った。
「―業病が関係していた。そこは察して」
言葉を区切り、溜息を吐くように
「コトリバコ」
と、
左京さんが反応する。
「でも、あそこには、そういった系統の呪術は感じなかったけど」
「コトリバコが、子孫断絶の呪術ならば、ソレを逆の意味での利用」
教授が答える。
「あの地下で行われていた呪術が、企業の繁栄の為に従業員を贄にしていた感じのモノだろう。コトリバコの呪術的仕組みを逆にした。でも、上手くいかなかった。だから、倒産した。誰が仕組んだのかは残っていないが、着眼点は悪い意味で関心するな」
教授の答えに、ゾッとする。
「そういうのって、創業者だろう? その人物が、歴史とか呪術とかに詳しく『力』のある人間だったら。しかも、強欲人間なら、使うだろうと、思うぞ」
寺さんが言う。
「そう考えるのが、まあ本筋だろうな。創業者一族は、殆ど死んでいるし。その死に方は、無様だったというし。報いだろうな」
と、教授。
「今の土地を持っている人は、大丈夫ですか?」
なんとなく、疑問があった。
「曰く付だと知って、あの土地を買い管理している。なんとかして、ソノ曰くを払拭したいと言っていた。土地の利用は、それから考えると言っていたが、水谷の調査結果を渡したら、『やはり、ダメなんですね。でも、浄化だけでもお願いします』と言って、深く頭を下げたから、依頼人も土地に縁のある血筋だろうな。本人や家族が、善人過ぎるくらいの人物だし。過去『前世』絡みの精算もあるのかもしれん」
「呪術とは、関係のない人物?」
左京さんが問う。
「障りはあったけど、関係無いよ。あれくらい『善人』キャラでないと、あの土地を扱えないでしょうね。今時、珍しいわ」
編集長は答えた。
「あの土地、神様の代わりに『呪詛』が祠に安置されていた。そういうことかな?」
「もともと、土地神すら祀られていない。社寺が無い土地だった。神仏の加護を受けず、その代わりに『呪詛』が、支えだったのかもしれないねぇ」
私の問に、編集長は、哀れみを込めて答えた。
団地の話は、そこで区切って、幽霊騒動マンションの話となる。
「ところで、例のマンションは、どうするんです?」
教授と編集長に問う。
「ああ。護国が動くらしいが、どちらかというと『公安』としてだな」
と、教授。
「アレ、嘘だろ? 公安が動くっていうなら、ただの『騒動』では無いのでは? ヤラセ的な事。なんか、昔、そういう方法使って強引に立ち退きさせた事件があったような」
寺さんが言った。
「あの県営団地とは、違うの?」
左京さんが、問う。
「別よ。県営団地の件は、実際に『本物』が絡んでいたけど、半分は欠陥とか物理的な原因だった。それとは別の立退き事件は、土地を手に入れたい業者と反社が手を組んで、幽霊騒動や夜中に馬鹿騒ぎをした結果、住人が泣き寝入りで逃げた。今回は、後者だけど……」
そこまで話、編集長は口をつぐんで私を見る。
「貝塚だったせいか、九十九神がいる」
私が答えると
「そうなんだけど。実体化しつつあるみたい。まあ、今までは様子見で良かったんだけど。偽りの幽霊騒動が、人間の業をコアに『本物』になってしまった『ソレ』と『妖怪九十九神』が対立している。騒ぎは飽きられてきているけれど、護国と公安が動く前に、こちらとしても、横槍を入れたいと、考えている」
編集長は、そう言ってニヤリと笑う。
―結局、そうなるのか。
「そう言えば、寺さんは、どうして騒動のマンションの情報が欲しかったの?」
「あそこ、知り合いの寺の檀家さんが、土地を管理しているんだよ。以前から、嫌がらせとかあって。ソレが今回の騒ぎと関係しているのか、原因を調べて、何かあるなら祓って欲しいって。でも、ヤラセだと解っていた。でも、嫌がらせとの関係が知りたくて、それとなく詳しい情報が欲しかったんだ」
と。
「嫌がらせ? 土地関係の?」
私が問うと、寺さんは頷いた。
「だったら、寺さんが中心となって、祓ってしまえばいい。人間の業『煩悩』は、明王様辺りに、どーんと」
教授が、言う。
「そちらが、それで良いのなら。ぱぱっと、やりますけど」
寺さんは、笑って言う。
「それに、その業者は、渦辺銛町の土地を買収しようとしていた会社とも繋がりがあった。罰を喰らわなかったのが不思議だけど。そういうことだったのね」
編集長は、苦笑いを浮かべた。
―繋がってたのか。
関係しているなら、共に『罰』を受けていたはず。受けなかったのは、渦辺銛町に手を出さなかったからだろう。
悪どい事をする人間は、一見関係なく見えて同じ。
そして、同じ様な悪どい事をして、破滅へと進んでいる事に気付かない。
人間の『業』が根源にあって、生きている人間がソレであるならば、むしろ私の様な、方法よりも、寺さんの様な『御仏の力』が良いのかもしれない。
生きている人間の『業』に、罰を与えるような。
護国と話をしてから、この先どう動くか決める。
寺さんの、知り合いの土地とあって、彼が中心となり、お祓いをする。
その裏で、違法業者を公安で締め上げる。
それが、この先の予定。
ヤラセでも、九十九神が実害化している。仕掛けた方は、気づいていない。
騒ぎは再燃し、再びネット上では炎上し始めていた。
あの廃病院が、似非心霊スポットとして有名になり、『本物』の心霊スポットになってしまったように、件のマンションもまた、人間の『業』と『思い込み』で『本物』となってしまった。どちらも、心霊スポット化する要因は根源にあった。
忘れ去られて、ソレは眠っていた。あるいは消え去ろうとしていた。
ソコに騒動が起こって、ソレは目を覚ましたのだ。
心霊スポットの大半は、人の思い込みの成れの果てか、人間の『業』が作り出したモノだ。
そういう場所の方が『本物』の場所より、ある意味、恐ろしくて厄介だ。
件のマンションに、部屋を借りる。と言っても、住むわけではない。
どんな現象を起こすのか、そのトリックと仕込みを探す。
もともと、貝塚。江戸時代でもゴミ捨て場だったので、古道具が九十九神化した妖怪を視る為と、どんな様子なのかを調べる為。
似非心霊現象を、暴くのが目的なので、根本君も参加している。
細川君や木瓜さんも、同席。
「なんだか、幽霊とか出そうな感じでは無いのに、頭が痛い」
木瓜さんが、部屋の中を歩きながら言った。
「何処かに、そういう錯覚を起こさせる仕掛けがあるはず」
根本君が言って、電波関係の機材を組み立てる。
「そこまでする必要は、なんだろう?」
木瓜さんが言った。
「土地が欲しい。でも、かなり高騰している土地だし、人が暮らしている。立退き料とかも払いたくないし、自ら出ていって欲しい。だから、こんな面倒な仕掛けを作動させて、心霊現象を再現する。たまに、使われる手段らしい」
と、根本君。
「嘘なのに、体験したって、どういう事?」
木瓜さん
「幻覚を見てしまう周波数があって、それを使うと見えてしまう。これは、科学的に証明されている。住民が体験した事は、おそらく『作られた霊体験』だと思う」
丁寧に説明する、根本君。
「実際、本物が出ているけどね。視た人は少ない。小さな子供が、視たのは、この土地に住んでいる妖怪の一種だと思う」
細川くんは言い、その資料を木瓜さんに渡した。
この辺りは、細川くんの独自調査だ。
そういう情報は、すでに編集部でも掴んでいるし、密かに調査もしている。
貝塚と、古道具の九十九神―妖怪の事だ。
「知り合いに手伝ってもらって、この辺りの電磁波や低周波を調べた結果、不安定でした。普通は安定しているもので、工場とか電気送信の動きがあったら変動するけれど、それが意図的に操作されたという分析結果が出ました」
根本君が、資料を広げる。
「結果、人間の脳が錯覚する周波数が何度も計測された。この結果は教授達に提出してます。あとは、そちらが、より詳しく調べると思う。僕達の調査でこの結果。現に今も、その周波数がマンション内で発生しているし」
「そのせいで、頭痛がするってこと。目もチカチカする」
木瓜さんが言う。
私は、不快感こそあれ頭痛とかはない。
脳科学とかで、幽霊を見る部分とかが、普段から使われているからなのか。
「妙な音が、その発生装置なのかしら」
と、左京さん。
「おそらく、盗聴器みたいに超小型の発生機を部屋ごとに、仕掛けているのかもしれない。音を聞くのは、個人差が大きい。見るのと同じで、住人によって症状が違っている。だから、証言がちぐはぐ」
根本君は、PCの画面に映し出されている、波線と数値を見る。
「大きな送電線の近くでは、人体に電気が干渉して、体調を崩す人がいるのも事実。だから、近所に建設予定となると反対運動が起こる。そのようなことを利用して、住人を追い出そうとしているのが、ここを買いたい人間」
私達が、原因について話していると、他の部屋から悲鳴の様な声が聞こえてくる。それと同時に、部屋が振動する。
「ここまで手の込んだ事をする方が、高くなる気がする」
と、細川君。
「ポルターガイストまで、再現できるの?」
左京さんが、問う。
「ある程度なら。電磁波か音波で振動させるか、家電を誤作動させる。心霊動画は、糸や振動を利用しているフェイクが大半。上手く仕掛けを造っているのは、少し褒めたい」
言って、根本君は笑う。
「千早ちゃん。何か解る? 古道具の妖怪以外で」
「根底は、ソレかもしれないけれど。嫌がらせの仕掛けが邪魔をしていて、探りにくい。探ろうとすれば、物理的な干渉なのか頭痛がする」
この土地は、元は貝塚。江戸の頃はゴミ捨て場。戦前の風土記では、この土地に妖怪が住んでいるという話が多い。その妖怪と、古道具の九十九神は別の存在だと記されている。
この土地には、根源に『妖怪』がいる。
始めは、ソノ妖怪が関係しているのかと、思ったけど。違った。
『妖怪』は、大掛かりな仕掛けのせいで、何処かに潜んだまま不明。
『妖怪は、零落した神である』
だから、会って話してみたいのだ。
『零落』してしまった原因を。想像はつくけど、やはり直接、聴いてみたい。
マンションを間借りして、二日目の夜になり、用事を済ませた、寺さんが来た。
その間の怪奇現象は、ラップ音やポルターガイスト的な現象。それは意図的に行われている、トリックだと知っているけど、その現象の度に、もとからマンションにいる、無害な妖怪の類まで騒ぐ事に気づいた。つまり、本物に干渉している。
「どう? 相変わらずってとこ?」
いつもの軽い口調で問う。
「そのような感じだけど。ヤラセの現象が起こると、本物が騒ぐ。子供が視た、九十九神の様なモノが騒いでいる」
経過を説明すると
「ヤバいな。そういうコトだったのか」
寺さんは、しかめっ面になる。
「どうかした?」
左京さんが問う。
「ここの地主、知り合いの檀家さんになるんだけど、数日前に倒れたんだ。その原因が、どうやら障り『霊障』の類。騒ぎの心労だと、医者や家族は言っているけど。本人が『祀り直さないと』と、うわ言の様に繰り返しているんだ」
「祀り直す。―土地神は不明。だけど、ソレ並の妖怪の様なモノはいる。まだ、はっきりとしないけど。おそらく、関係していると思う」
何故、零落したのだろうか?
祀り忘れ去られたというのが、一般的だけど。
障りで寝込み、うわ言で繰り返しているのだとしたら。
考えていると、マンション中がザワザワし始めた。
「始まった」
根本さんが、PC画面を見た。
電波などが発生すれば、どんな種類の電波で強さの値をグラフで表示する。
私には、サッパリ解らない。
そこからは、定番の怪奇現象のオンパレード。
さすがに、物は飛ばないけれど。振動が強いのか、共振現象が起こっている。
それと共に『本物』が、騒ぐ。一緒に騒いでいるのではなく、どうやら『不快』で騒いでいるみたいだった。
部屋の電気が点滅する。今時、そんな事が起こるのかと思うが、築年数の古いマンションだから、電波で電気に干渉する事が出来るらしい。
それは、電波法とかで犯罪になるのだけど。すでに、そのレベルを超えた事をやっている。
視える私達からすれば、茶番。住んでいる?『妖怪』達からすれば『不快』なこと。
検出されるレベルだと、マンション内だけでなく、周囲にも影響があるとか。
法令に引っかかっているのに、捜査がされていないのは、『怪奇現象』だから。
「仕掛けは、すぐに見つけられるけど、下手に探すのは相手にバレるし、密やかでは無い。斎月さんの知人に任せた方が良いと思う。データは渡すから」
溜息混じりに、根本さんは言った。
「解った。ソレでいく」
マンション・土地を手に入れたくて、手段を選ばない人物像が浮かんで、うんざりした。
「なあ。裏で糸を引いたり、その首謀者に、式神でも送りつけて驚かすなんて、どうだ?」
黙って資料を読んでいた、寺さんが唐突に言った。
「なんか、色々探っていたら、腹が立って来た。怨敵調伏まではいかないが、それなりに罰が必要では。欲にまみれた相手には」
言って、左京さんを見た。左京さんは、しばらく考え
「協力するよ。でも、驚かす程度。あと、本人が自爆発言する様に仕向ける」
と、答えた。
「あと、マンションの住人になりすましている、仕掛け人も」
大掛かりな、機材と仕掛け人。それが、この幽霊マンションの『幽霊』の正体。
根源に在るモノや妖怪を除いて。
この件の黒幕は、色々と汚い事をしていると『噂』の大企業。
最近、経営不振になっているとか、パワハラ問題とかで、ニユースになっている。
大企業ともなれば、裏で色々は普通なのかもしれないが。それが、汚すぎるのもどうかと。
樹高さん達『公安』が、目をつけるのも当然か。
廃墟団地の地主の様な、善人は少ない。むしろ、稀有なのだろう。
土地を扱うのは、その土地の『業』も背負うということ。
土地の『業』が、恨み辛みや呪いだったら、地主や住む人に障りが起こる。
―忌地。だから、清めの意味での地鎮祭は必要。
地鎮祭は、土地の神様に対する「お願い」だと思う。
「この場所に、建物を建てさせて下さい」と。
土地の話は、二つに別れると思う。
信仰的なモノ、例えば神様の土地であったり、古い曰くがあるとか。いわゆる『現代科学』では説明出来ないコトで、人間が住んではいけない土地。そういう土地は、存在する。
科学的な事では。地盤に問題ありとか、真下に活断層があったりするのも、住む人に悪影響を与える。埋立地は、うまいこと整地しても経年劣化するし、地震で液状化する。
それに、谷筋なども向いていない。乱開発と地名の変更で、昔から住んではいけない土地に住宅地が増えた。そして近年の災害は、その様な土地で起こっている。
昔から住んではいけないという土地には、地学的な理由が存在しているのだ。
ここのマンションは、貝塚だった場所に建っている。
物理的、地盤の問題は無くても、昔から、九十九神や妖怪が住んでいる土地。
今までは、ひっそりと共存していたのだけど、この騒動で、彼らは人間の世界へ来た。
棲み分けていた、境界が壊されたから。
そのモノ達が、また静かに暮らしたいと望んでいる以上、それを叶えるしかない。
だから、黒幕には手を引いてもらわないといけない。
そして、『本物』が存在しているコトを知ってもらい、謝って欲しい。
式神を使うのは、そういった意味もある。
式神を使って『黒幕と関係者』に、怪奇現象を体験させた。
もともと、怪奇現象など信じていない人間だったらしく、こちらが思っていた以上に、驚き怯えていた。信じていないのに、どうして、そういう反応になるのだろうか?
腹黒く、自分の利益の為に誰かを踏み躙る事をしてきた人間でも、どこかに『罪悪感』の欠片が残っているからか? それとも単に、虚勢を張っていただけなのか?
人間は理解不能。
「本人達が、改心しない限り続く様にしておいた。洗いざらい自分達の行ってきた犯行を、全て自供するまで」
寺さんが言う。
「それは、仏罰?」
「いや、個人的なところ。詳しくは話せないが、檀家さんというか、俺が関係している寺院の信者さんが、この黒幕企業に騙されて、大変だった。まあ、正義の味方では無いが、何件か同じような被害があって、そのお仕置」
答えて、くすりと笑い
「逮捕され求刑されたとしても、心底反省する人間ではない相手には、仏さんの力を借りて、本人が心底反省出来るようにする。まあ、それで反省出来る者は半数にもいかないけどな」
と、溜息混じりに言った。
その仕上げに、編集部でネットに詳しいスタッフに頼み、怪奇現象・幽霊騒動が、住民を追い出すための『嫌がらせ』であるという『証拠』を、SNSを中心にネットに流すと、オカルト界隈問わず、勢いよく食い付いてくれた。
半日も経たない間に、拡散されて祭り状態。それとなく『黒幕』のことを流すと、特定班と呼ばれるネット民が、ずばり『黒幕』を突き止めた。それを晒したものだから、瞬く間に炎上した。
あとは、樹高さん達『公安』が、『黒幕』を逮捕するだけ。
エピローグ
当初、このマンションは取壊すとか話があったけれど、怪奇現象の『仕掛け』を作るのに壊された部分などを修復し、保全することが決まった。
住人達は、それで納得したけれど―。
問題は、嫌がらせで目覚めた、九十九神や妖怪。
その根底に在る『零落神』。
ヤラセだった怪奇現象でも、あれだけ『似非霊能者』の類が押しかけたのだ、この先が心配だという声も多い。そこは、樹高さん達に『似非霊能者』達を任せる。
そして、地主である寺さんの知合いが、住人に説明してから、寺さんがお祓いをする。
それで住人が納得するかは、解らないけれど。
『こちら側』ではない相手には、もっともらしいパフォーマンスが必要だと、教授や編集長は言っていた。
マンションの祓いは、九十九神や妖怪相手ではなく、ヤラセによって発生した『念』や、その『悪意ある念』や『欲の念』につられてやってきた『幽霊』に対してだ。
マンション自体が静まれば、彼等もまた鎮まる。
寺さんが行うのは、所謂『煩悩・欲望』を清める祈祷。
だから、私は『零落神』を探す。
このマンションが建っている土地の何処かに、『零落神』に関係するモノがあるはず。
敷地内を歩きながら、探す。すると、敷地内にある植込みの辺りに、九十九神が集まっていた。古道具が植込みを囲っている、なかなかシュールな光景。
植込みを掻き分けてみると、そこには、半分、土に埋もれ苔むした石が積まれていた。
おそらく、もとは一つだった。建設工事中に壊してしまったのか、住人が壊したのか、処分するのは気が引けたのか、敷地の隅に置いておいたのが、こうなったのだろう。
よくある話だ。
この石は、かつては御神体だった。だけど、忘れ去られた。
土地神様だったのだろう。
信仰を忘れられ、存在を忘れられた。
そして、神として零落してしまい、妖怪となった。敷地内にいる妖怪の、おおもと。
祀り直しても、無理だと解ったけど、このままでは。
かつて御神体だったモノを、植込みから出して、陽の当たる場所に置く。
コレを清めて、御神体として土地神を新たに祀るコトは出来る。
古道具の九十九神も、一緒に祀れば、再び人の目の間に現れることはないだろう。
そのコトを決めるのは、私ではなく地主さんだ。私は、助言するだけ。
処分となったのなら、清めて魂抜きをして砕くしかない。
放置したならば、悪いモノを引き寄せてしまう。
ソレが妖怪の類や幽霊だけでなく、人間の『欲望』なども。
樹高さん達が手を回してくれているお陰で、マンションは野次馬から守られている。
大企業が土地を手に入れる為に、ヤラセの怪奇現象を起こし、住人を追い出そうとした事は、ネット民が騒いで祭りにするネタには十分すぎるものだった。
編集長は、この件を記事に載せるとか言い始めた。
やはり、オカルトを冒涜し利用するのは赦せないらしい。
「黒幕は破滅ね。会社は倒産する」
編集長は、意味深な笑みを浮かべ言った。
「逮捕されるって事ですか?」
「うん。他にも色々とあるから。現世の裁きを受けるのなら、それで終わり。だけど、受けないのならば、それなりの報いが起こるでしょうね」
と。
私と左京さんは、顔を見合わせて苦笑い。
―絶対、裏でなにかしたのだろう。
敵にしたくない相手だ。
「千早ちゃん。あの石を祀り直すと言うから、よろしく。住人が安心できる様な神様が、良いって言っていたから、騒動が収まったら、お願い」
編集長は言った。
いつの間に話をしてきたのだろう。地主さんが言うなら、そういう神様を祀ればいい。
あるいは、そういう『願い』を込めたモノを。