第006話「脅され、捕らわれた吸血姫」
「お腹、空いた。喉、乾いた」
そんなことを呟きながら、私は教会で遊んでいた子供のことを思い出していた。
あの後、子供と遊んでいた私の突如目の前に現れたシスター。
そのシスターが言うには子供は教会で育てている捨て子で、昼食の時間だから連れてきたとのことらしい。
しかし、それは自分は家族と離れただけだと言っていた子供の言動とは全く違っており、私はどっちが正しいのか悩んでいた。
とはいえ、私にはそれが正しいのかどうかを確かめる術はなく、仕方なく子供の手を離し、シスターに彼を渡した。
すると、私の手とシスターの手が触れるその瞬間に、恐らく私にだけ知らせたいのだろう。すれ違ったライトには渡さず、私に何か紙を渡され、私はそれを受け取った。
その後、宿に戻った私はその紙を開き、中を見る。
するとそこには、『あなたが吸血鬼だと知らされたくなかったら一人で教会に来い。来なかったり、複数人で来たらあの子供を殺す』と書かれていた。
一瞬、頭が完全に停止するが、次の瞬間には何時ものかと思った私は、紙をびりびりに破り、火で完全に燃やした。
正直言って子供のことなんてどうでも良いため、見殺しにするかと言う思考が、頭をよぎる。
しかしこのまま見殺しにした結果、私の正体がバレれば私の平穏な日常は壊れることは確実だろう。
ゆえに私は念のために武器の鉄扇を用意し、教会へと向かった。
全力で夜道を走り、教会に着いた私はゆっくりと教会の中へと入り、周囲を確認する。
すると、見えやすいように部屋の中心に居たシスターを見つける。
その左手にはナイフがあり、そのナイフは子供の首に添えられていた。
「ねえ、言われたとおりに来たから子供をさっさと離しなさい。
殺したいのは私でしょ? 関係のない子供を巻き込むのは止めなさいよ」
一応鉄扇を隠しつつ、両手を上げてシスターの前に出てきた私は、ゆっくりとシスターの方へ向かう。
「止まれ!」
そんな私を見て、シスターは銀で出来たナイフを少し子供の首に強く押し込め、私の足を無理矢理停止させた。
「はぁ、分かったわよ。
止まるし、殺されても抵抗しないであげるから、子供を巻き込むのは――――」
「ほぉ、なら人間の血を吸うのも抵抗しないでくれますよね」
「え?」
その瞬間、小さなささやき越えと共に不意に下腹部に痛みと血の熱さを感じた私は思わずそこに目を向ける。
するとそこには、三叉の燭台が私の腹に突き刺さっており、銀が少し入っているのだろうか、一気に体の平衡感覚が狂いだした。
「あ、がっ、はっ」
息がうまく出来ない!
気持ちが、悪い。
意識が朦朧と……して、何も考えられ……ない。
「神父……これで、私……ハンターの一員と……て、ライト……一緒に吸血鬼を」
ああ、そうか。この人はハンターになりたいから神父と協力して、私を殺そうとしていたのか。
まあ、何となく予想はしていたし、吸血鬼としてはいつも覚悟していたことだけど……ね。
などと、思い、一か月前と同じく自分の死ぬ確信と覚悟を抱きながら二人の光景を見ていると――――
「ええ、あなたをハンターとして認めます。
ですので、あなたはハンターとして死になさい」
「え?」
小さな燭台で首を刺された彼女は素っ頓狂な声を漏らすと、喉を押さえながらふらふらと歩く。
すると、どこに隠れていたのか、大量の吸血鬼に囲まれた彼女は一気にその体を噛まれ、血を吸われ、殺された。
「あなた……何を……」
「おや、まだ意識があるんですか。流石我らの姫ですね」
「お前……誰……」
朦朧とする意識の中、上手く見えない神父の顔が、月光で徐々に見えるようになっていく。
するとそこに移ったのは……
「あ、あなたは、始祖の……」
「おお、覚えているんですか。姫。
最後にあったのは500年前でしたからてっきり忘れていたのかと思っていましたよ」
私がまだ始祖と暮らしていた時、何度も私に血を飲めと言っていた男の顔そのものだった。
「何で、こんなことを……」
「何でですか? そうですね……強いて言えば、我らの姫である貴方を我らの長にするためですかね?」
「そんなもの、なる気は……」
「なるならないは関係ないですよ。
長とは象徴。その存在さえあれば、あとはその下が動けば我らの組織はきちんと動く。
我らの父がその証拠だったでしょ?」
確かにそうだ。
始祖はほとんど動かず、ただ偶に出された人間の血を吸うか、血肉を食うかのどちらかをするだけで、戦闘力含めてただそこに居るだけの存在だった。
だが、それだけの存在にも関わらず、吸血鬼は始祖たちに従っていた。
「あなたは自覚はないかもしれないですが、その美貌に加えて始祖の唯一の女の吸血鬼と言う唯一の存在であるあなたは、少なくとも私にとっては始祖と同じくらい尊い存在なのですよ。
ゆえに、あなたを長にしようとしたのですが、そこに一つ問題があった。
あなたは未だなお人の血を飲んでいないですよね?
それでは駄目です。どんなに素晴らしい存在でも、我らの存在意義である血を吸うことが出来ないと知られれば、下が着いてこなくなる。
私があなたと離れた時は何時か血を飲み、その味を覚えたころにまた再開して、長になってもらおうと考え、少し離れたこの場所でその時を楽しみにしていましたが、500年経った今なおあなたは血を飲まなかった。
もちろん、あなたが自主的に飲むのを待つと言う今まで通りの選択肢もありましたが、ハンターが力をつけ、そしてあなたが私の前に現れてくれた正に神がくださったかのようなこのチャンスを見逃すのは惜しい。
だからこそ――――」
そう言うと、先ほど殺したシスターの体の一部を私の方へ持っていき――――
「さあ、血を飲んで我らと同じ存在になりましょう。
それこそが姫が幸せに生きる道ですよ」
私の口へと無理矢理入れたのだった。
無理矢理口に入れられた不快感に抵抗をするが、その血肉の全てを吐き出すことは出来ず、喉元にそれらが流れ込む。
その瞬間、今までないほどの快感や爽快感、絶頂感を感じ、同時に今までないほどに肉体の飢えを感じた。
「あ、うっ、はぁ!」
「どうですか?
まだ少量ですが、自分の存在を再確認するには十分な量でしょ?
我々に必要なのは紅茶でも、砂糖でも、ましてや肉でもないんですよ。
我々に必要なのは人の血肉。ただそれだけです」
そう言って、お代わりだと言うかのようにシスターの血肉を私へ投げる。
それが視界に入った瞬間、その血肉を食べたくなる欲求に駆られるが――――
「う、ぐっ!」
「ほぉ、まだ抵抗するんですか」
椅子の角を使い、私は自分の眼球と鼻を潰した。
吸血鬼ゆえに、数分あれば止まる無駄な行為だが、それでも痛みと潰れた五感で血肉への欲求は一気に激減した。
「なら仕方ないですね。
ここは長期戦で行きましょうか。
皆さん、彼女を地下に連れて行ってください。ああ、丁寧に扱ってくださいよ」
その掛け声と共にぞろぞろと現れてくる濃い血の臭いを発する吸血鬼たち。
「それでは皆様。
我らの姫が真なる吸血鬼となるその瞬間を待ちながら、我らの主に感謝の祈りを捧げましょう」
銀と体の痛みで朦朧とする意識の中、最後に聞いたのはそんな神父のわくわくした声だった。
そして、しばらくして目が覚めると私は教会の折檻室に居た。
手足には何も繋がれていないが、出入り口は銀で出来ているせいか、触れるだけで体に痛みが走る。
無論、それだけなら特に問題は無いが、その部屋の奥にある血肉の臭い。
それが私の心を狂わせ、口から涎がたれていく。
加えて、先ほどから感じる今まで感じたことが無いほどの飢えや渇き。
「お腹、空いた。喉、乾いた」
そのせいだろうか、そんな言葉が思わず零れる。
このまま行けば私は遅かれ早かれ、完全に吸血衝動に駆られて、完全な吸血鬼になる。
それを阻止するためには――――などと思いながら私は首にあるペンダントに触れる。
「はぁ、やっぱり走馬灯なんて絵空事だったのね」
そんなことを呟きながら、私はそのペンダントを飲み込むのだった。
最初から子供のことを見殺しにする云々言いながらも真っ先に子供を心配するレリックをこれがツンデレなのかなと思いながら書いていました。