第005話「吸血鬼VSハンター その1」
教会を出て数十分かけて宿に戻った俺たち。
その後二人で昼食を軽く食べると、レリックは疲れたから寝ると言って俺と別れて自室へと戻り、対して俺は部屋の中でさっきの疑問について延々と悩まされていた。
先のシスターの意味が分からないほどの強引な昼食の誘いと神父の言動。
その内容から一瞬だけ神父、もしくはシスターが吸血鬼なのか? と言う疑問を抱くが、それなら聖水や銀などをハンターである俺に売るはずがない。
そんなことをすれば、他の吸血鬼に目を付けられるはずだし、第一自分自身の身も危ない。
「となると、やはり、気のせいか。
まあ、どれだけ考えても堂々巡りになってるだけだし、考えるのは止めて薬の調合でもしておくか」
今日買ったものを広げた俺は、新品の鍋に次々と薬の材料を入れて、調合を始めた。
とは言っても、普段からやっていることは体が覚えているもので、まるで機械のように薬の調合が進んでいく。
一つ、二つと薬が出来上がっていく。
そして、三つ目の薬が完成したとき、俺が買った手袋が地面に落ちた。
「そう言えば渡し忘れていたな」
本当なら今日別れるときに渡す予定だったのだが、いろいろ考えていたせいですっかり忘れていた。
だけど、今レリックは寝るって言ってたけど、今部屋に行っても平気かな?
そんなことを思いながら外を見ると相当集中していたのか、すっかり暗くなっていた。
「このくらいの暗さなら普段なら起きているか」
そう呟いた俺は、手袋を片手にレリックの部屋へと向かい、そのドアをノックする。
「レリック、起きているか?」
「…………」
もう一度ノックするが、やはり返事がない。
今日はいつも以上に日の下にいたし、疲れてまだ寝ているのか?
まあ、そういう事もあるよな。
となると、レリックが起きるまで、これを渡せないよな。
とはいえ、さっきのこともあるし忘れないうちに渡しておきたいのだが、起きるまでの間に何をしようか。
一応調合と言う暇つぶしもあるはあるが、残りはかなり時間がかかるもので、後回しになるのは確実だし、かと言ってこんな時間で散歩で暇つぶしなんて出来ない。
などと、何をすればいいか考えている最中で、突然これが良いというかのように急に腹が空いてきた。
「そう言えば、腹減ったな」
この宿では、基本的には食事の用意はされておらず、一階のレストランで食べるのが一般で、今朝もそこで朝食を食べた。
そこで、俺は暇つぶしを兼ねて夕食をしようと決め、一階へと歩を進めた。
「いらっしゃ……あ、ハンターさん。こんばんわ。夕食ですよね。こちらへどうぞ」
一階のレストランに着くと、さっそく現れた女将の子供が現れ、席に誘導する。
「こちらメニューです。何が良いですか?」
「これとこれと、これを頼む」
「はい、分かりました。
少々お待ちください」
軽く頭を下げ、メニュー表を下げた彼女は、注文内容を伝えに厨房へと向かい、俺は一人で早めに出されたビールを飲む。
やや遅い時間に来たおかげだろうか。客足もほとんどなく、片手で足りる程度しかいないレストランでは、すぐに食事が出された。
ベーコン、パン、スープ、ステーキ、サラダと出された料理はどれも上手そうであり、俺はさっそく食事の時間を楽しむことにした。
「すいません。ちょっと良いですか?」
カチャカチャと、食事している最中、突然先ほどの彼女が現れ、俺の正面の席に座って良いか尋ねる。
まあ、特に困ることでもないし、構わないか。
「ああ、構わないがもしかして、何か注文し忘れたものでもあったか?」
「いえいえ、そんなのじゃないですよ。
単純にちょっとハンターさんとレリックのことを聞きたいだけですよ」
「俺はともかくレリックもか?
別に構わないがそんなに深い仲じゃないから答えられないことも多いと思うぞ」
「えー、そうなんですか?
その割には今日は二人で仲良く買い物したじゃないですか」
女性は恋愛話や噂話が好きだとよく聞くがやっぱりそれは本物なのだろうかと思ってしまうほど彼女の顔はニヤニヤとどこか楽し気だった。
「店がどこにあるか分からなかったから彼女に道案内を兼ねて買い物に付き合わせてもらっただけだ」
「えー、そうなんですか? この村に入る時も二人一緒だったって聞いたんですけど。
そこはどうなんですか?」
「確かに二人一緒に村に入ったが、この村に来る途中で偶然に出会って護衛を兼ねて一緒に同行しただけだ」
「えー、それじゃあ二人は本当に赤の他人なんですか?」
「ああ、そうだよ」
と、彼女の俺とレリックとの関係を尋ねられた俺は、現在同居していることを隠し、その言葉を否定する。
本当なら、レリックと俺が同居していようが何だろうが、この村の人には一切関係ないが、ハンターである俺と同居しているレリックが何者なのかと言う疑問を抱く可能性はある。
まあ、流石にレリックが吸血鬼だということまではバレないと思うが、その可能性も0じゃないため、俺たち二人のことを聞かれたら赤の他人と答えると、事前に決めて置いたのだ。
「それで、俺は彼女とは赤の他人だが、そう言う君はどうなんだ?
年長者としての指摘だが、いくら興味があってもそういう事は彼女にちゃんと断りを入れないと嫌われて、もうここを使わなくなるんじゃないか?」
「あー、それはちょっと困るかな?
レリックが来てからうちの客がちょっと増えてきたからね。
出来ればもう2~3年はここに居て欲しいかな」
「まあ、彼女はそれなりに美人だからな。
良い客寄せとして、店も彼女を使っているのか」
美人を見たらお近づきになりたい。それが叶わなくてももっと近くで見たいと思うのは男の性だ。
そんな男たちにとってレリックは確かに絶好の寄せ餌だろう。
「言い方悪いけど、そうだよ。
現にレリックが来る3年前まで、この宿屋は潰れる寸前だったんだから。
それがここまで盛り返せたのはレリックの力も結構あるんだよ。
だから、普通なら一泊銀貨5枚を、彼女だけ1枚に負けているんだから……ってどうしたのなんか変なこと言った?」
不意に彼女が漏らした言葉、その言葉を聞いた瞬間に俺の頭は一気に真っ白になった。
「すまない。一つ確認させてくれ。
レリックがこの村に通うようになったのは3年前なんだな」
俺の言葉に、目の前の彼女は大きく頷く。
「ええ、そうよ。って、レリック呼びってやっぱり二人は仲良――――」
「すまない。急な用事が出来た。
お代はここに置いておく」
「へ? え?」
突然の俺の言動に戸惑った表情を浮かべる彼女だが、そんな暇は俺にはなく、俺はドアを蹴り飛ばしながらレリックの部屋に入る。
すると、そこは完全に真っ暗で、ベッドには誰かが入っている痕跡すらなかった。
「くそっ、俺は馬鹿か」
心の中で自分自身に悪態をつきながら、俺は自分の部屋へと戻り、武装を整えるや否や、窓を使って天井に足をつけ、目的地へ向けて屋根伝いで走り始めた。
俺が今まで抱いていた疑問。
それはあの神父が言っていた『彼女とは昔少しだけ付き合いがあった』と言うセリフだ。
もちろん、その時は何の変哲もないただの言葉だと思っていたが、その対象がレリックの場合、話は別になる。
レリックは吸血鬼で、年を取らない。そんな彼女が紅茶だけとはいえ、一つの村をずっと使い続けるわけがない。
もちろん、1年や2年程度しか使っていないなら問題ないが、これが10年、20年となった時に、一切年を取らない彼女に対して疑問を持つことは当たり前で、彼女もそのことを重々承知している。
だからこそ、少しでも自分が年を取らないことを疑われたら、自分を知る人間が確実に寿命で死ぬ数十年はその村を使わなくなるはずだ。
加えて、レリックはまだこの村に通い始めて3年程度で、住人もまだ誰も疑問に思ったことはない。
ならばこそ、あの神父が言っていた昔少しだけ付き合いがあったと言うあの台詞は人間ではありえず、少なくともあの神父は――――
「レリック!」
ドアを蹴り壊し、教会の中に入るとそこには多くの信徒の前で祈りを捧げる神父が居た。
「おや? ハンター様。こんな夜中に一体どうしたのですか?
あと神の家でその扉を壊すようなことはご遠慮――――」
「神父。レリックは何処にいる」
「彼女ですか? 彼女は外で気絶していたので、保護していたのですが」
「なら、今すぐ彼女をこちらに渡せ」
「申し訳ないですが、渡せと言われましても、彼女はまだ寝ている最中なので……今は安静にするべきだと」
「そうか。なら、それで良い。
それじゃあ、代わりに一つ聞かせろ。
お前たちの中で人を殺していないやつが居るなら手を挙げろ」
「人を殺した? 一体何の――――ハンター様。利き手を潰すなんて、私のこの老い先短い人生を不便にするつもりですか?」
神父の言葉を聞かずに、地面を蹴り飛ばす勢いで移動した俺はそのままその勢いを乗せたまま、一気に銀槌でその右手を潰し切った。
空中に飛んでいく神父の手。しかし、その光景に驚愕するものは一人も居らず、各々から感じる血の臭いから俺はこの場所に居る人間全員が吸血鬼であると確信した。
「吸血鬼にとってその程度、蚊に刺された程度だろ。
それに保護なんて嘘だろ。レリックは数時間前までは宿に居たんだ。
そんなあいつが、ここに来るなんて相当な理由があってのことだろ。
それを隠している以上、レリックを取り返すまではとことんやらせてもらうぞ」
全力を込めた俺の殺気。
その殺気を全身で受け止めつつも、神父は完全に治った両手を使って、意味が分からないと言うかのようなポーズをする。
「何故、ハンターであるあなたが私たちの姫にそこまで執着するのですか?
ハンターはハンター。吸血鬼は吸血鬼で過ごすことこそ正しいありかたじゃないのですか?」
「ああそうかもな。
俺も家族を殺した吸血鬼は憎いし、それに過去に何度もハンターとして吸血鬼を殺してきた。
そんな俺が吸血鬼のあいつの傍に居るなんて、矛盾しているな。
でも、あいつは吸血鬼だが、人として生きようとしている」
一切血を飲まずに、紅茶を飲んだり、屋敷を掃除したり、食べなくてもいい食料を食べたり、人と遊んだりと、そのどれもが人としての姿そのものだ。
「なら、そんな人間を守るのがハンターとして正しいありかただろうが!!」
叫び声に似たその言葉と同時に放たれた銀槌。
それを自身の近くにあった燭台で受け止めた神父はその朗らかな顔から一気に笑みを消し、その老いた体のどこから出したか分からないほどの威力の篭った蹴りを放った。
「う、ぐっ!」
体が宙に浮くほどの蹴り。それを防御なく受け取った俺は、地面を数度回転するが、銀槌の柄を使い、一気に体制を立て直す。
そして、そんな俺の姿を見た神父は、呆れたような表情を浮かべる。
「その一撃で気絶すれば良いものを……
そうですか。それほど彼女を吸血鬼にさせたくないのなら、私たちの姫を本物の吸血鬼の姫にするために、あなたは殺させてもらいますよ」
「はっ、そんなことさせるかよ!!」
その一言で、立ち上がった計百を超える吸血鬼。
そんな彼らを前に俺は銀槌を構えつつ、歩を進めるのだった。