第001話「二人の出会い」
10話程度で終わらせる予定ですが、どうぞ最後までよろしくお願いします。
吸血鬼。
地域によっては鬼、不死者と呼ばれるその存在は尽きない寿命を持ち、超人的な力を使って人を弄び、犯し、血肉を食べ、最後には殺す化け物のことで、いわゆる人類の敵と言うべき種族のこを指す。
彼らの恐ろしい点はその凶暴性でも、残虐性でもなく、その繁殖力の高さだ。
彼らが繁殖する方法はただ一つ。人の血を啜り、脳を壊さずに殺すことただそれだけだ。
それだけで、血を吸われた人間は新たな吸血鬼となり、そして何時か自身にやられたことを他人に行い吸血鬼にする。
そんな無限サイクルの中で繁殖するのが吸血鬼と言う種族であり……そして、それが私の正体だ。
無論、人間もただ血を吸われ吸血鬼にされる訳ではなく吸血鬼ハンターと呼ばれる集団を作り上げた。
彼らは非力な体を鍛え上げ、我々吸血鬼の弱点である銀の弾丸や武器を使うことで数多の吸血鬼を殺し続ける言わば一人一人が人類の極地に至った集団だ。
「ああ、その顔、間違いない。
苦節十数年やっと見つけたぞ。
初めまして、絶世の美女。
俺の名前はライト・サンだ」
そんな彼らの中でも上澄みの中の上澄み、史上最強の吸血鬼ハンターと言われているライト・サンは今、身の丈以上の銀鎚を軽々と肩に担ぎ、禍々しい満面の笑みを浮かべながら私の目の前に現れた。
「それで貴方の名前は?」
ただ質問されただけにも関わらずまだ二十代半ばの体とは思えないほど磨き抜かれたその体から放たれる言葉に混ざった威圧感に自分の最期を感じる。
だが、ただ易々と殺される訳にはいかないと私は座っていた椅子から立ち上がり、愛用の鉄扇を構える。
「私の名前は……吸血姫、レリック・アーカードよ! 吸血鬼ハンター!!」
その一言で地面を蹴ると同時に鉄扇を横なぎに放った。
男のがら空きの脇腹に向けて放たれた鉄扇。
空を切る音を奏でながら放たれたその一撃は食らえば確実に気絶する一撃であった。
「たっく、危ないな。
だが……レリック・アーカード。その一撃にあった良い名前だな」
しかし、その私の一撃を一瞥すらせずに味わうように私の名前を呟いた男は杖のように回転させた銀槌の柄で受け止めた。
やはり、この一撃でも倒れないか。
実力差から驚くことでもないがそれでも今まで多くの命を奪っていったその一撃を受け止めたことに少しだけイラつきを感じながら、私は這うように体を移動し、その足で相手の足を薙ぎ払う閃を放つ。
「うおっ!」
私の一撃で足を掬われた男の片足は宙に浮き体幹は崩れ、一気に全身が隙だらけになった。
私の一撃でも足が折れていないことに驚きつつも、体を回転させ、残った片足も宙に浮かせ体を完全に地面から離れさせた。
完全に空中に居る状態。こうなればもうどうやっても避けることはできない。
ゆえに私は逆立ちをする要領で下から上に男の絶対的な急所である股間を潰す蹴りを弾き飛ばす。
自由落下で避けられない蹴り。
男としては確実に終わるだろうが、自分の命を狙っている以上は命を奪われないことに感謝して欲しい。
そんなことを思いながら放たれた足のつま先。
そんな私の考えを察したのか――――
「おいおい、まだ俺のは使う予定があるんだ。
それは勘弁してくれや」
その一言で同じく柄の先端を空中で少し動かし、地面に先端が着くと同時に柄の先を自分の足に変えたかのように蹴り上げるとその体は一気に上方向に移動する。
しかし、それだけでは上に移動しただけで避けられない。
ゆえにそのまま足を更に上に伸ばし蹴りの延長をした。
その瞬間。
「よっと」
その言葉と共に体の体重移動で私のつま先と直線の態勢に変えた男はそのつま先が自分の足に触れると小さな足場で横にジャンプするように力を入れる。
すると、真下に一直線に落ちていくはずだった男の体は横に移動し、私の一撃は男に掠ることなく空を切った。
結果、完璧な態勢の男に対して、私は逆立ち状態かつ背中を向けていると言う完全な無防備かつ回避不能状態となり――――
(ああ、これが私の最期か……)
男の銀槌が振り下ろされ殺されることを察した私は覚悟を決め、不格好な形で死ぬのはちょっと嫌だったななんてことを思いながら覚悟を決めて瞳を閉じた。
「よっと、大丈夫か? レリック」
「……え?」
しかし、私の体に痛みはなく、それどころか不意に誰かに抱きかかえられる感触を感じた私は反射的に目を開く。
するとそこには視界一杯のライトの顔が映っており、私は目の前の男に抱えられていることが分かった。
「な、何で私を殺さない。吸血鬼ハンターは――――」
私たち吸血鬼を憎んで、絶滅するためにいるんでしょ?
その言葉に対して、ライトは首を横に振りながら口を開いた。
「ああ、そうだ。俺たち吸血鬼ハンターは吸血鬼を殺すために存在している。
だが、レリック。お前はまだ一人も殺したことないだろ?
それにお前は人を守るだけじゃなく同族の吸血鬼を人から守り、殺している。
なら、お前を殺す権利も理由も俺はないんだよ。
実際に俺への攻撃も殺さないように手加減していたしな」
「…………」
どうやらばれてたみたいね。
「ええ、そうよ。
私はまだ誰も人を殺してないし、何なら血を吸いたいと思ったことも無いわ。
まあ、あなたのように私を殺そうとした人を誤って殺したことはあるかもしれないけど」
「そうか。
まあ、俺もそういう経験はあるし、なら尚更俺はお前を殺す権利も理由もないよ。
因みに何で同族の吸血鬼を殺しているんだ?」
「別に理由なんて無いわ。
強いて言うなら……私は平穏で何も変わらない日々が好きなの。
だから、私の耳と頭に不快感を与える人の叫び声や人を弄ぶ時の彼らの下卑た声を聞きたくないから殺しているだけよ」
「それだけか?」
「ええ、それだけよ」
「そうか」
そう言って、少し考えるように唸るライト。
「ねえ、ところで私を殺さないのなら早く離してもらえない?
流石に私でもこの体制はきついのだけど」
「ああ、そうだな。すまない。
ほら、立てるか?」
「ええ、ありがとう」
ライトの手によってゆっくりと地面に降ろしてもらった私は膝から立ち上がり、ライトに手招きをすると自室へと向かった。
「それで、あなたは一体何のために私に会いに来たの?」
そう言って、私はソファーに座ったライトに紅茶と砂糖を出し、彼の反対側に座り、自分用の紅茶を飲む。
「ほお、高級茶葉に角砂糖なんて随分と豪勢じゃないか。
もしかして吸血鬼でもこう言うのは飲むのか?」
「ええ、吸血鬼にとって血を飲むのは乾きやすい喉を潤す一手段でしかないもの。
あなた達だって井戸の水が飲めないのならサボテンから水を飲むでしょ? それと同じよ。
まあ、とろみがある分、血の方が乾きにくいから彼らは飲んでいるらしいけどね……ってそんなに砂糖入れたら体に悪いわよ」
気づいたら用意していた角砂糖の半分くらいが紅茶の中に消えているんだけど
「それは体を動かさない場合の話だろ?
毎日吸血鬼と激しく戦う俺にとってはこのくらいの量が必要なんだよ。
お前も結構激しく動くみたいだし……何なら飲むか?」
「遠慮しておく」
「そうか、残念だ」
本当に悲しそうな表情を浮かべながら一息で紅茶を飲みほした男に久々の胸やけのような感覚を感じる。
「それでさっきの俺がレリックに会いに来た理由だが、なあレリック。お前吸血鬼ハンターにならないか?」
「断るわ」
先の話して何となく予想していたその提案を私は即座に却下した。
「何故だ? 吸血鬼ハンターになれば、少なくともハンターから狙われることが無いんだぞ?」
「さっきも言ったでしょ? 私は別に好きで戦っているわけじゃないの。
ただ不快だから戦っているだけだし、あなたには負けたけど他のハンターに負けるつもりは無いわ」
「そうか。残念だ」
そう言って残念とだろうなと言う矛盾した思いを顔に浮かべながら、角砂糖を食べ始めるライト。
……あれ? 角砂糖って生で食べるものだったけ?
そんなことを考えながら二杯目の紅茶を啜るとライトは意を決したように私に別の提案を始めた。
「ならその代わりと言っては何だが、しばらくの間俺をここに住まわせてくれ」
「……は?」
しかし、その提案はあまりにも予想外過ぎて、私は思わず素っ頓狂な声を漏らしていた。
「そんなの嫌よ。さっきも言ったでしょ。
私は平穏で何も変わらない日々が好きなの。
何であなたと一緒に過ごさなきゃいけないのよ」
「まあ、言わんとしていることは分かるが、残念だがそうもいかないんだよ。
正直に言うがお前の居場所は既にハンターにばれている。
だから俺がレリックを殺したと言う報告が来れば、この屋敷に過去の犠牲者の遺品が無いか調べたりするためにハンターが来るし、逆に俺が報告しないと俺が死んだと報告されて、大量のハンターがお前を討伐しに来る。
それは嫌だろ?」
「ええ、そうね。ここは私が吸血鬼になる前から居たところだし、今更五百年間生きたこの場所以上の場所を探すなんてしたくないわ。
まあ、実際にハンターが来たら容赦なく殺すし、」
「俺もそうだ。
もしレリックが人を殺したらもう俺も見逃すことなんて出来ないし、いやいや殺しに行かなきゃいけない。
そんなのは嫌だし、出来ることなら避けたい。
それにただでさえ人間を殺していないなんてレア中のレアな吸血鬼な上にこんな美女を困らせるなんてことはしたくないんだよ」
美女って、ハンターであること抜きで吸血鬼相手に珍しいこと言う人間だな。
そんなことを思いながら私はケラケラと笑うレリックに紅茶のお代わりを注いだ。
「なるほど。要するにお前は私の屋敷にハンターが来ないようにハンターたちには私がまだこの屋敷に帰ってきていないから帰ってくるまで屋敷内を監視していると嘘を吐くためにこの屋敷に住みたいのね」
「ああ、そうだ。
他の奴もレリックが安全だと信じてくれればいいんだが、そう信じる奴は経験上0だからな。
まあ、一、二年程度住めばもうこの屋敷に戻らないと判断されるだろうからそれまではここに住みたい。
その間に、遺留品も監視間に見つけたと言って渡せば、その後もハンターは来ないだろう」
まあ、確かに理屈は通っている。だが、彼の安直的なその考えに私は思わずため息を吐いた。
「でもそれは私が人を殺して遺留品を残していること前提でしょ?
さっきも言ったけど、私は人なんて殺したことないし、ましてや遺留品なんて存在しないわ
そうね。精々あるとすればこれくらいよ」
肌に触れないように注意しながら体からペンダントを離すとそれをライトに渡す。
「なんだこれ?
随分と古いが銀の指輪のペンダントか?」
「ええ、私が吸血鬼に殺されて死んだ後に両親が棺に入れたペンダントよ。
当時は冥婚と言われる独身の人間が死んだ場合は死後その魂を神と結婚させるために、結婚指輪を棺と一緒に入れる風習があったのよ」
「ほお、ここにはそんな風習があったのか」
「ええ、まあ私が吸血鬼として蘇った後にはもう吸血鬼によって滅ぼされたからもう影も形も無い風習ね」
もう五百年前も昔の話だが、それでもこの話を思い出すたびに脳裏に浮かぶあの光景。
目が覚め、喉の渇きから死に物狂いで墓場から外から出ると同時に視界に移った父親と母親が首を切られて殺され、老若男女構わず蘇らないほど血肉を食われ、死体を弄ぶ地獄のようなあの光景が。
思い出したその光景に少し唇を噛むと、ライトは嫌なことを思い出させたことを謝罪しながら、私にペンダントを返した。
「嫌なことを思い出させてすまない。
因みにこれ銀の指輪だが、大丈夫なのか?」
「ええ、いくら銀が吸血鬼の弱点だと言っても、肌に触れても静電気程度の痛みだけだし、短い時間ならそんなに影響はないわ。
実際に先の戦いのときも軽く触れたりはしたけど、特に戦闘に影響はなかったし、何より銀を持っている吸血鬼なんて良いカモフラージュになるでしょ?
まあ、長時間指にはめたら話は別だと思うし、気を付けないといけないのはそうなんだけどね。
これを別に遺留品にしても良いけど、こんなのだけじゃ流石に認めてくれないでしょ?」
「いや、そんな大切なものならレリックが持ったままでいいし、俺もそれを遺留品にするのは流石に心苦しい。
とするとならだ。やっぱりこれを使うしかないか」
懐から出した数枚の金貨やペンダントなどを出すライトなのだが……
「血がついているのが何個かあるが、これはなんだ?」
「ここに来るまでの道中で殺した吸血鬼の巣窟の中から適当にかっぱらったものだ」
「かっぱらったって、ハンターがそれで良いの?」
「ハンター自体が返せない遺留品で運営されているし、それに最終的には同じところに行くし別に構わないだろ」
ケラケラと笑うライト。
確かにハンターは吸血鬼の討伐に依頼が無い代わりに遺留品の一部で運営されているとされているが、あまりにも罰当たりじゃないか?
まあ、私には関係ないことだし、たった一、二年我慢すればハンターに狙われなくなるなら良いか。
「はぁ、分かった。
ならしばらくの間、ここに居れば良いわ」
「おう、ありがとう。
ならしばらくの間よろしく頼むな」
そう言って、期間限定であるが吸血鬼である私と吸血鬼ハンターであるライトと言う矛盾した二人の同居生活が始まったのだった。