9.同族の集会、ふたたび1
エタンは知ったばかりの新しい手法をふたたび使ってみることにした。
うちの子の友だちへの餌付け、である。
グランがふたたび同族の集会に行くというので、ふと考えついたのだ。
前回のとき、少しばかり脅かしすぎたように思えたので、懐柔策に出ることにする。
食べ物の力は絶大だ。
わりに良い案に思われ、エタンはグランが出かけた直後に先回りして以前の集会場所へ急ぐ。
探知の魔術でグランの位置は常時把握している。飛翔の魔術を駆使して最短距離を取った。
早々とやって来たグランの同族に、みんなで食べてくれと言って街で買い込んでおいた焼き菓子を渡す。
甘い香りにしきりに鼻を動かしつつも、エタンから視線を外さない同族ににっこり笑って隠蔽の術を使う。
くにゃりと空間がひずむ。エタンの輪郭が大きくゆがんで、色が入り混じり、やがてすう、と森が正常な色彩と輪郭を取り戻す。そこにはエタンの姿はなかった。大賢者が使う術は視覚だけでなく、聴覚にも触覚にも影響を及ぼした。
他の同族たちがぞくぞくと集まって来る。そして、こんもりと置かれた焼き菓子に注目し、どうしたのだと聞く。
『黒いのの守護者が持って来た』
『ああ』
黒いの、とは毛並みからグランのことを表している。そして、その守護者とはエタンのことだ。通常の召喚士と召喚獣の立場が逆転しているが、とんでもない力を見せつけられ、「うちの子をよろしく」と凄まれた同族たちからしてみれば、それで通じる。
そして、今回もまた、エタンが見聞きしているのだと察した。一種異様な緊張感が走る。ふたつ尾が妙な感じで力むことからも明らかだ。
「にゃあ」
そこへ、当事者とも言えるグランがやって来た。
『あれ、良い匂いがする。お菓子だ! こんなにいっぱい、どうしたんだ?』
グランはエタンからもらって焼き菓子というものがどれほど美味しいか知っている。
『差し入れ、というやつらしいよ』
『おおー! どこでこんなにもらってくるんだ?』
『え? あ、あー、なんか、その、ファンの人が、その、みんなで食べてねって、』
アドリブがきかないな!
姿も匂いも隠してグランとその同族たちを楽しく眺めていたエタンは、思わずずっこけた。
『ファン?! そんなのいるのか? すごいな!』
しかし、グランは真っすぐな性質だった。そのまま受け取って感心する。
やだ、うちの子、素直で可愛い。
エタンはすでに「差し入れして良かった、今日来て良かった」、と喜びをかみしめる。集会は始まったばかりだ。
『あー、まあ、すごいよなあ』
『うん、すごい。めっちゃファンだもん。すごい見守っているもん』
同族たちが顔を見合わせて頷き合う。
菓子だけでなく、魔力も貢ぎまくっている。
『うんうん、ずっと見守っている系?』
『え、怖いな、それ。監視かよ』
同族の言葉にグランの腰が引ける。
『ばっか、お前、滅多なこと言うなよ! 気を悪くしたらどうするんだよ!』
氷漬けにされてしまうかもしれないと思ったのだろうが、グランに攻撃するはずもない。
グランの同族の集会は特に開会のあいさつなどもなく、やって来たら合流して銘々好きな話をして、なんなら寝始める者もいる。自由である。
『黒いのは召喚獣なんだろう?』
『そうなんだよ。ちょっと前にようやく初仕事をこなしたんだ!』
よくぞ聞いてくれましたとばかりにグランが胸を張る。先だって、初めて召喚士としての仕事をした。それも、自分がつないだ縁によってだ。
『初めての仕事って、ドラゴンでも討伐したのか?』
『まさか、そんなことできるわけないだろう?』
自分が嘘をついていると思われているのか、それとも、まぜっかえされているのか、とグランはいたく不満げだ。
とたんに、仲間たちは慌てて取りなすように、詳しく聞かせてくれと言う。気を取り直して、グランは話した。
しっかり戦いにも参加した。それも、先輩召喚獣と共闘したのである。しかし、同族たちの反応は期待したのとは違った。
え、そんな感じなの?という反応に、怪訝な表情になる。
『なんだよ?』
『いやあ、さあ、』
『なんか、黒いのの召喚士だったら、もっと、派手なことをやったのかと』
それを、エタンがなにもしていないというのだと受け取った。なぜなら、戦闘は格上の妖獣相手で、グランにとっては派手だったのだ。
『エタンだってイマイチ召喚士ながら頑張っているんだ』
グランも、最近、エタンから魔力を貰い続けているから調子が良い。ちょっと魔力総量も増えた気がする。いや、それはまずいのかも。もらう量を減らすべき?
グランが違うことで頭を悩ませていると、仲間たちがほめたたえる。
すぐ傍で様子を見守っているであろうエタンに気を使ってグランに水を向けた同族だ。もちろん、ちゃんと感心したり労ったりする必要性を知っていたし、実践した。
グランは大いに満足する。
それを、不自然に思う者がいた。通常、猫種は自由気ままなので、あまり興味がない話を長々と聞くのは不得手なのだ。
『それ、そんなにすごいことなんですか?』
『なに?』
しらりとした声音に振り向けば、見たことのない同族がいた。好きに出入りするので、いつも同じ顔ぶれとは限らない。
『見たことがないやつだな』
『最近、この地方にやって来たので』
白にグレーがところどころ入った毛並みで、すらりとした身体つきはまだ若々しい。
グランは若いのと、新参者だから少しでも発言権を得ようと勢い込んでいるんだな、と好意的に捉えた。
『大体、召喚獣ってなんです?』
『召喚獣っていうのはな、』
『いえ、概略は知っています』
グランの説明を途中で遮る。むっとへの字口に力を入れるグランの様子に気づいていながら、いや、だからこそ笑った。
『自分たち種族は力がない分、知恵がある』
言いながら顎を上げて同族たちを見渡す。誇らしげな言い様に、みなも同じような気持ちになってそうだな、と頷く。
一連の出来事を眺めているエタンは、なかなか人心掌握が上手いなと思った。この場合、人ではなくて猫種の妖獣であるが。
『力はあっても頭が良くない他のやつらとは違うんです』
この言葉にも、猫種の妖獣たちは同調する。常々彼らが抱いている感想だからだ。そうして、新参者は彼の意見は正しい、という空気を作り上げていく。同調しやすい事柄を話していくことによって、言葉に説得力を持たせるのだ。
『そんな力自慢が、暇つぶしに召喚獣になる。そうですね?』
新参者がグランに念を押すように言う。
『え、あ、ああ、そうだな』
グランはどういう話の流れになるのかと警戒しつつも読み切れずに、事実に対してその通りだと返事する。
『なのに、なぜ、あなたは召喚獣になったのです?』
『え?』
『頭の良い俺たちは暇つぶしなんか必要ない。なのに、なぜ、力自慢のやつらどころか、俺たちの中でも弱いあなたが召喚獣になったんです?』
ぐっとグランは詰まった。
魔力総量が少ないからだ。
そのことはずっとグランを苦しめ続けてきた。