8.召喚士の仕事2
組合を出たエタンとグランはすぐに牧場へ向かった。
街の壁の外ではあるが、先がとがった丸太がぐるりと敷地を囲い、十分に備えていた。
エタンは自身の頭上の丸太の先を見上げて感心する。
「へえ、ここを飛び越えていくのかな」
『だとしたら、中々の跳躍力だな。気を引き締めて行こう』
その分、膂力もあるということだ。
エタンとグランが組合の紹介書を持って牧場の主に依頼を受けたと告げた。
「ああ、君が猫さんか。娘がお世話になったようで」
少女はグランについていってあげると宣言したが、父親も話を差し引いて聞いたのか、そんな風に言った。その少女は勝手に森に行ったことから、罰として家に閉じ込められているのだという。それは方便で、妖獣から護るためなのであろう。
野犬よりも大きく、それなのに身軽に柵を越えて侵入しては家畜を食い殺されるのだと話す。
「それがね、大胆不敵にも、昼間にやられるんだ。いつの間にか一頭いなくなっていて、引きずった跡を辿って行くと、」
餌食になり、残骸だけが残されているのだという。気づかれ騒がれる前に息の根を止めて、別のところへ移動するのだとしても、相応の知能と力を持つことがうかがい知れる。
「昼間にはどうしても外に出して草を食べさせなければならないし、四六時中広い牧場の隅々までに目を光らせておくことが出来なくて」
「番犬は気づかないのか?」
「それが、気づかないみたいなんだ」
相当に気配を殺すのが得意なのか、あるいは隠蔽の特技を持っているのか。
「毎日来るのか?」
できれば手早く終わらせたい。エタンは、待ちぼうけを食うくらいなら、こちらから探しに行こうと考えた。
「毎日ではないけれど、最近は頻度が上がって来た」
それで、重い腰を上げて冒険ギルドに依頼を出そうとしたところ、娘が召喚士に頼もうと言い出したのだという。
「依頼は家畜を奪う侵入者を倒すか追い払う、ということで良いな?」
「ああ、頼むよ」
エタンは許可を得て、牧場をぐるりと一周歩いてみることにした。グランが少し先行しつつ、辺りを警戒している。ふたつ尾にも力が入っている。
「グラン、今からそんなに緊張していなくても大丈夫だよ」
『でも、相手はずいぶん身軽で姿を消すのが得意そうだ。エタンも気を付けろよ』
グランも敵の特性を予想している。流石は聡明な種族である。
「うん、ありがとう」
エタンは気遣ってくれたことに礼を言いつつも、不意打ちで襲い掛かられても、防壁に阻まれて相手の顔が潰れるんじゃないかな、などと考えていた。
そんなエタンが常時使用している探知に引っかかるものがあった。
グランに「今思いついて魔術を使ってみたらこれこれこういう状況だ」と話す。魔術を常時使用する者はほとんどいないので、控えめな表現にとどめて置いた。
「他の召喚士が妖獣を追いかけているんだけれど、どうも、それがこの牧場を襲っているやつみたいだな」
『え、どこで? なんで分かるんだ?』
「牧場を巡りながら、千里眼の魔術を使ってみた。これは残留思念や残留魔力を具現化させることで過去のできごとを見ることができるんだ」
その千里眼に加えて解明の魔術を使い、魔力を分析した。その結果、エタンは牧場を襲う妖獣を特定したのだという。
『へえ、すごいな!』
感心して見上げるグランに、エタンは微笑みを返す。
常時使用している魔術に加えてさらにふたつの魔術を駆使するなど、一般的な魔術師には不可能だ。だから、控えめに伝えた。あまりエタンがなんでもできれば、グランが委縮するからである。
『それにしても、その妖獣を他の召喚士と召喚獣が追っているということは、狩りの対象にされてしまったということか』
牧場にまた食事にやって来たところを他の召喚獣に見つかって獲物にされてしまったのだろうか。
「他の召喚士に倒された場合、依頼はどうなるんだろうな」
『ともかく、行ってみよう』
反射的に危ないと思ったものの、防壁があるから大丈夫か、と考え直す。グランはすでに身を翻して駆けている。
流石に飛翔の魔術はそれと分かるので、代わりに身体能力強化を用いる。一般的には身体が頑丈になる魔術だが、エタンが使うそれは脚力や膂力も飛躍的に上がる。素早いグランに軽々とついていくことができた。
茶色ベースに黒や褐色の毛が汚く入り混じった大きな犬のような妖獣と、尾が二本ある豹が戦っていた。
「おお、同じ猫科、同じふたつ尾!」
「そちらも召喚士か?」
完全に観戦モードのエタンに、声を掛けてきた者がいた。金茶の髪を額で横に流し、優しく弧を描く眉、緑の瞳、高い鼻、なかなかの美男だ。
「ああ。その妖獣がどうやらこの先の牧場を荒していたらしくてな」
それで組合を通して依頼を受けたのだと話す。
「なるほど。じゃあ、獲物を横取りしてしまったかな」
金茶の髪の男性は少しばかり身構える。
「いや、こういうこともあるだろう。妖獣は自由に動くから」
「そう言ってもらえるとありがたい」
エタンの言うとおりではあるが、横から掻っ攫われることになった者は面白くなく、もめ事に発展しやすいのだろう。男の安堵の声音からも分かる。
「ところで、俺は召喚士の仕事をほとんどしたことがないんだが、こういう時の依頼はどうなるんだ?」
話が通じそうだということと、男の召喚獣である豹が余裕を持って戦っているので、質問をしてみた。
グランは召喚獣と妖獣の戦いに目が釘付けである。激しくもみ合い、牙を剥き、身軽に跳ねまわる。グランがするには、少々身体の大きさや迫力が足りないだろう。グランが欲する大きなしなやかな身体、膂力、迫力、それら全て目の前の召喚獣は持っていた。自分もいつかはああなりたいと思っているのだろう。
「申し訳ないんだが、報酬は倒した者のものになる」
「そうか。まあ、危険を冒して勝利した者が手にすべきだものな」
「でも、ちゃんと組合やその依頼主には経緯を話しておくし、なんなら、報酬の一部を渡す」
仕事を失敗すれば、組合や依頼者からの評価が落ちる。どこでもそれは同じか、と思いつつうなずく。報酬が得られないことより、エタンとしては気の好い召喚士と知り合えたことの方が大きい。金銭は不要ですらある。
「そうしてくれ。それと、俺はエタン。駆け出しなんで、いろいろ教えてくれるとありがたい」
性質の良さそうな者に対しては素直に出るのが一番である。
「俺はマルタンだ」
「あの召喚獣は? あ、うちの子はグランな」
「よろしくな、グラン。あれはパッシオネだ」
マルタンは察しが良いのか、「うちの子」という表現からエタンのグランへの思いを読み取って、挨拶をする。グランもまた、尾を振って応える。
「熱心、か。確かに、戦いに夢中だな。素晴らしい集中力だ。格上にも位負けしていない」
「格上なのか?」
「まあ、大丈夫だろう」
互角の戦いに見えたのは、パッシオネが気持ちの上で負けていなかったからである。しかし、彼と絆を結んでいる召喚士であるマルタンの気持ちが揺らいでしまった。
動揺するのを察し、エタンは余計なことを言ったと悔やんだ。なにより、グランに同じ猫科の召喚獣が傷つくのを見せたくはない。
「少し手を貸しても良いか?」
「あ、ああ、頼む」
エタンの提案に、気もそぞろの様子で答える。視線はまっすぐに召喚獣と妖獣の争いに注がれている。
『任せろ!』
グランは出番だとばかりに勇躍して跳びだしていく。いつもの調子でエタンが魔術を用いて妖獣の足止めをして隙を作る。とたんに、妖獣の動きが怪しくなる。もちろん、それをグランもパッシオネも見逃さない。エタンの支援は絶妙で、召喚獣二頭はもちろん、マルタンにも気づかせることはなかった。
介入して早々に妖獣を倒すことができたので、パッシオネも深手を負うことがなかった。そんなパッシオネを気遣いつつ、強い召喚獣に憧れの眼差しを送るグランに、エタンはこっそり苦笑する。
「助かったよ」
「こちらこそ、戦闘中にあれこれ話しかけた上に余計なことを言って済まなかったな」
「いや、それは俺が未熟だから心を乱されたんだ」
マルタンはそう言って報酬を折半すると言う。
エタンは素早く報酬額を思い出し、それよりも少額の提案をした。
「じゃあ、今日の夕食をおごってくれよ。どこかに妖獣も入れる店はないか?」
「あまりお上品な店ではないが、うまい料理を出すところを知っている」
「いいね。いろいろ話を聞かせてくれ」
報酬としては金銭よりもそちらの方がよほどありがたいと言うと、マルタンはこころよく受けた。
そうして、エタンとグランはマルタンとパッシオネと共に、妖獣を回収して牧場と召喚士組合に報告した。
妖獣を倒したと聞いた牧場主から娘に会って行ってくれと言う。グランは少女に大いに感謝されて得意げだった。犯人である妖獣の特定、倒すことへの大きなアシストを果たしたエタンとしては、グランが評価されたので、いたく満足である。
エタンは自分の分はマルタンにおごってもらうが、グランとパッシオネが食べる分は自分が出すと言って、あれこれ食べさせた。パッシオネは身体の大きい妖獣だから、大きな肉の塊もあっという間になくなる。
「おいおい、あまり美食に慣れさせないでくれよ」
「今日は特別だよな、パッシオネ」
あまり食べることのない人間の料理も気に入ったらしいパッシオネは機嫌が良さそうに喉を鳴らす。その横でグランもせっせと食べながら、あれこれパッシオネに召喚獣の仕事のことを聞いている。
うちの子の友だちへの餌付け、である。
こうして、エタンとグランはようやっと召喚士らしい仕事を終えた。同時に、召喚士と召喚獣と知り合ったのである。エタンからしてみれば、金銭よりもよほど価値のあるものであったし、グランも良い出会いを得て喜んでいる。
そんな風にして、召喚士の初仕事を終えたのだった。