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3.出会い

 

 エタンと出会う前、だからグランになる前の黒い猫種の妖獣は魔力が乏しく、同族たちからからかいの的になっていた。


 グランの同族たちは基本的に森の中で暮らしており、広い範囲での猫種の縄張りの中に、それぞれのテリトリーを持った。妖獣の中でもそう強い部類の種族ではないが、とても賢く、その聡明さで大抵のことを切り抜けていた。


 親の庇護から出れば一人前だ。自分で狩りをしてゆくゆくはつがいを得て子をなす。生物が連綿と繰り返してきた営みではあるが、妖獣は長命であるからこそ、その仕組みからはみ出そうとしていた。

 寿命は長いが、平均寿命が短いのは、力がないからだろう。自然魔術を扱う妖獣だけでなく、人間からも狩られた。


 エタンと出会ったのも、なにかしらちょっとした術を使って、魔力を失いふらふらになっているときだった。

 人間だ、狩られるかもしれない、身を隠さなくては。

 いろんな考えがグランの脳裏を巡ったが、身体が言うことをきかない。魔力が欠乏すると、身体のあらゆる機能が停止する。非常に危険な状態だ。


 一方、人間は魔力が少なくても生きていられる。万物には魔力が宿るが、人間はそれほどなくても元気に動き回ることができる。ここが妖獣と人間の違いであり、妖獣が自然物だと言われるゆえんでもある。そういうことらしい。エタンがそう言っていた。あいつ、たまに結構難しいことを言うんだよな。


 エタン———そのときは黒髪黒目の人間だと思った———はグランを見つけて首を傾げ、しゃがみこんだ。こういうとき、人間は前のめりになって、勢い、覆いかぶさるようにしてくる。四足だから体高が人間よりも低い動物に取って、それがどれほど怖いことなのか知らないのだ。けれど、エタンはそうせず、ゆるやかな動作をしていた。だから、自然と警戒が緩んだ。


「お前、妖獣なんだね。きれいな毛並みだなあ」

 そう言って、グランの全体を眺める。目をじっと見つめられないから、グランもそう緊張することなくいられた。


「なあ、お前、俺の召喚獣にならないか?」

 唐突な誘いに面食らう。けれど、グランは召喚獣というものがなんなのか、知っていた。だから、言葉を返してみる気になった。

『召喚獣ってあれか、魔力をもらう代わりに戦うやつ』

「お、知っているのか? そいつは話が早い。まあ、戦闘はそうしなくても良いよ。俺、魔力総量が多いから、たっぷりあげられるよ」


 とたんに、グランの心に警戒心が湧いた。こんなに力のないグランをわざわざ召喚獣にしようとするだろうか。それに、たっぷりやるというのがうさんくさい。誰だって魔力は節約したい。やると言っておきながら、たまにしかくれないかもしれない。


 それでも。

 魔力をもらえる。

 グランには魅力的な言葉だった。


 魔力が少ないとすぐに身体がだるく重くなる。魔力がもっとあったら、もっと身軽に速く動けるだろうに。

 恐ろしい外見の妖獣に雄々しく立ち向かっていく同族たちが羨ましかった。グランは子供たちといっしょに逃げるように言われるのだ。なんて情けない。


「まあ、すぐに決断しなくて良いよ。無理に契約しろとは言わないから———」

 そんなことを言うけれど、やっぱり契約はなしにしようということではないか、とグランは立ちあがろうとした。そのとたん、めまいがして、あ、と思う間もなく気を失った。


 次に目を覚ましたとき、グランは柔らかい毛布の上に寝かされていた。目ざめはすっきりしていて、身が軽い。

「お、起きたか。水でも飲む? ああ、そうだ、魔力欠乏症が起きていたから、勝手にやったよ」


『勝手にやった?』

 なにを?

 まさか、魔力を?




 妖獣は好戦的なものとそうでないものがいる。そして、長命種であればあるほど、いつだって退屈している。力があるため、苦労してなにかをするという経験が少ないからだ。そんな強くて長生きの妖獣はふとなにかに興味を引かれることがある。それが人間だった場合、その者を守護したり、宝(人間にとっての)をやったりする。そういうのが言い伝えられてなんとかの伝説とかなんとかの逸話とか言われているのだとエタンの召喚獣になってからグランは知った。さらには、その人間が召喚士なら、召喚獣として契約を結ぶ。つまりは、妖獣にとって、遊びの一環なのだ。


 グランは眼が覚めたら黒髪の人間の家にいた。森の端っこという人間が住むには妙な場所に建っている。こんなところに住んでいて、妖獣だけでなく野獣に襲われたらどうするのだろう。


 ともあれ、なし崩し的ではあるが、魔力をもらって助けてもらったのだから、恩返しをしなければならないと考えた。

『召喚獣になってやる』

「本当?! わあ、嬉しいな!」

 エタンは手放しで喜んだ。


 グランはこうしてエタンの召喚獣となった。名前ももらった。魔力が乏しいことから馬鹿にされがちなところへ、優しくされてのぼせ上がりそうになる。それは、グランも自覚していた。でも、エタンは魔力量が多いからといっていつもたっぷりくれる。


 大丈夫か、こいつ。

 普通は出し惜しみするだろう。


 ああ、グランしか召喚獣を持たないから。だったら、なおさら頑張らなくては。いつかエタンはもっと強い妖獣と契約するかもしれない。そうしたら、魔力はこんなにもらえない。それどころか、お前はいらないと言われてしまうかもしれない。


 今のうちに役に立つところを見せておかなくては。

 家計のやりくりもできるし!


 なのに、エタンはいるだけで良いという。エタンの召喚獣として傍にいるだけで良いのだと。


 そ、そんなわけ、あるか!


 きっと、心変わりしてしまうだろう。

 でも、要らないと言って放り出されてしまうまで、ずっと傍にいてやろうと思う。イマイチの召喚士でも、グランが強い召喚獣になるから、大丈夫。




「あこがれるなら、猛獣でもいい。せめて猫科にして!」


 ぎっしり本を詰め込んだ部屋から出てきたエタンが突然そんなことを言った。

『なんだよ』

「ニャンドゥタタだよ」

 本を引っ張り出して来て見せる。ニャンドゥタタについて調べていたと言いながら。

「ほら」


 本は貴重なものだと聞いているが、エタンはグランによく絵本を読んでくれる。その際、膝に乗せたグランに挿絵が良く見えるようにしてくれる。絵本は結構おもしろい。人間とはいろんな話を作り出すものなのだと感心する。色とりどりの絵を眺めるのも楽しい。


 ただ、グランは人間の文字を読めない。エタンが指示した箇所には挿絵はついていなかった。

 グランが不満げに顔を上げると、エタンが読み上げる。


『へえ、どっちかって言うと、妖獣よりも悪卑のような存在なんだな』

 グランが感心したように感想を述べるが、そこが問題なのだ。


「ほら、この部分に、「感動して、病気になる」ってある」

 エタンはグランが憧れ過ぎて食事(魔力)ものどを通らなくなり、病気になる、と想像する。そして、慌てたエタンがニャンドゥタタを探して連れてきたら、会えた感動でぱったりと逝ってしまうのだ。

 なお、これらの長々とした一連のできごとは、エタンの妄想である。


「だめ! ぱったり、だめ!」

 なにを言い出すのかこの召喚士は、とグランはうろんげな目つきになる。


『あのなあ。まず、第一に、どうやってニャンドゥタタを見つけるんだよ。どっかの外国に住んでいるんだろう? 住まいに行けたとしても、どうやって探すんだよ』

 ニャンドゥタタはとても速く走るので、遠くから見ることしかできない。しかも、見かけたら翌日を待たずに死んでしまうのだという。


 突っ込むところが多すぎてグランがあれこれ指摘する。その最中に、エタンはぶつぶつとつぶやく。

「悪卑退治ができるようになっておくか」

 悪卑退治ができる偉い聖職者なら追い払えるとされている。

『そんなことで。というか、妄想もいい加減にしろ!』


 まったくである。大賢者らしさは欠片もない。ともあれ、召喚士兼大賢者兼聖職者にはならなかった模様である。




 エタンは最初に言ったように、グランに毎日たっぷり魔力をくれた。グランは徐々に魔力総量を増やしていく。


 すぐにだるく重くなっていた身体は身軽にしなやかに速く動くことができるようになった。

 恐ろしい外見の妖獣にも向かって行き、倒すことができるようになった。グランはエタンの召喚獣になってから妙にツイている。戦う妖獣はよく足を滑らせたり、ちょっとしたミスを連発して隙を作るのだ。


 そして、ついにグランは翼を得るにまで至った。

 有翼は妖獣の中でも強いと位置づけられる。飛行が可能になるというのはそれだけで相当なアドバンテージとなり、力量に加味される。

 有翼の猫は、ベルリオーズ建国王の召喚獣となり、多くの召喚獣の頂点に立つ。


 翼が生えてきたときの、信じられないというグランの表情。なんどもなんども翼を広げ、たわめ、羽ばたかせてみたり、飛んでみたりしながら、への字口を緩ませていた。

 身もだえしそうなくらい可愛い。

 魔力を貢いだ———もとい、与え続けた甲斐があるというものだ。もちろん、今後もせっせと渡し続けるつもりである。


 翼は白地に、瞳と同じ琥珀色で模様が入り、猛禽のそれのようである。

「恰好良いなあ」

『そ、そうか?』

 うれしそうに口元を緩める。かと思いきや、きゅっと口元を引き締める。

『俺が必ず、エタンをみんながすごいって認める召喚士にしてやるからな!』

「頼もしいなあ」

 でれっでれの顔で言うと、「こいつ、本当に暢気だなあ」、という呆れた視線を向けられる。そんな表情も、イイ。


 推しのためにせっせと魔力を貢ぎ、最終的にはトップスター(国一番の召喚獣)にまで押し上げた。

「我が人生に悔いなし!」

 貢いだ甲斐があるというものだ。幸せな人生である。


 ちなみに、ベルリオーズは召喚士がなにかと優遇される国となる。それは、建国王が召喚士だったからだとも、召喚獣を大切にしたからだとも言われている。




 水に黒い顔料をとかしこんだかのように、ふわりふわりと黒い尾が舞い上がる。

 丸い顔を高くに掲げる直立する細く長い首、倒れた卵型の身体にぴったりそった翼、そこから続く細い脚二本の先の鋭い蹴爪が力強く地を蹴る。纏った黒い炎がふうわりと尾をたなびかせる。


 ニャンドゥタタ。

 黒い炎を纏ったダチョウ。


 あまりの速さに見る者が少ないという。しかし、目撃しなかった者は幸運だ。見れば一日のうちに死が訪れるというのだから。黒い炎にかすむ向こう、ぎらりと光る炯眼を見れば、魂が抜かれてもおかしくはないと思わせる。


 エタンは恐ろしいことに、防壁ブルワークの魔術の完成度をさらにあげた。悪卑が放つ死の運命さえも防ぐのだ。格好良くて可愛い召喚獣の望みを果たすためならば、魔術も極めようものである。

 だから、グランは素晴らしい召喚獣だと言える。召喚士を強くする召喚獣なのだから。

『あれが、ニャンドゥタタ! 格好良いな』

 笑顔で見上げてくるグランはだが、エタンにとっていちばん格好良い召喚獣である。




※参考資料

世界の妖怪たち 日本民話の会・外国民話研究会編訳 三弥井書店



猫(種の妖獣)に絵本を読んであげる、という情景が妙に心くすぐります。

夢中になって身を乗り出して、片前足を本に置くから、その個所が読めなくても、まあいいかな、って思えそう。



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