2.同族の集会
エタンの召喚獣グランには強くなりたいという願望がある。憧れの妖獣がいるそうだ。
『ニャンドゥタタだ!』
「ああ、炎のダチョウ? あれって目撃したらその日のうちに死んでしまうっていう災害級の強い妖獣じゃなかったっけ」
グランが顎をくっと逸らして言うと、エタンがなんてことないように答える。
『良く知っているな』
まったくもってその通りで、グランは目を見開く。エタンはたまに妙に物事に詳しいことがある。
炎をまとって物すごいスピードで走るのだ。格好良い。グランの憧れだった。
「それで? 今日集まる仲間たちってのはそのニャンドゥタタとやらも来るのか?」
にゃん(ドゥタタ)、なだけに。
グランは少し前から仲間内の集まりがあると言って楽しみにしていた。昨日はあまり寝付けなかった様子だ。いつも眠った後に撫でまわすエタンは、グランが寝付くのを待っていたから少々寝不足だ。
『まさか! ニャンドゥタタが来る訳ないだろう。今日は同じ猫種だ』
「な、なに?!」
『なんだよ』
大げさなほどエタンがのけぞったので、行くなということなのかとちょっぴり不安になる。
「猫種の集まり? それって猫の集会ってやつじゃあ……!」
『だから、普通の猫じゃない。妖獣だ! いい加減、ペットから離れろ』
エタンはたまにグランを普通の猫扱いする。そうグランは思っている。正確にはそうではなく、グランそのものをものすごく可愛がっているのだ。格好良いとも思っている。
ただ、エタンにとって、猫の集会は一度は見てみたいものだった。
だから、隠蔽の魔術を使ってこっそりのぞくことにした。遠見や遠話の魔術があるから、家にいながらでも覗き見や聞き耳ができるのだが、生で見たいという欲求に勝てなかった。
その欲求のまま、賢者の称号を捨てて召喚士になろうとしていたくらいだ。結局、泣き疲れて大賢者にも一応なっているが、エタンとしては召喚士がメインである。
こういう時には、魔術の才能があることがありがたい。
その才能をいかんなく発揮し、あるいは無駄遣いし、妖獣であるグランに気づかれることなく後をつけた。草むらを突っ切られても、探知の魔術で難なく追うことができた。木の枝に跳び乗られても、浮遊や飛翔の魔術がある。
そうして、エタンはグランに気づかれることなく、機嫌よくゆらめくふたつ尾を眺めて口元を緩めながら、忍び寄らんとする魔獣を密かに返り討ちにしておいた。
「うちの子に手を出そうとするなんて、不届きなやつめ!」
ちなみに、グランには常時、防壁の魔術をかけている。噛みつこうとしたら牙がぽっきり折れてしまうだろう。過剰防衛である。
森の中でひときわ高く太い樹木のそばに、グランの仲間たちがすでに集まっていた。
白猫、ぶち、キジトラ、三毛猫、サバトラ、サビ、様々な毛の模様や色をした猫たちだ。みな、ふたつ尾を持っている。
「にゃうん」
「なおん」
「なん!」
「にうん」
「にぃ」
集まった猫種の妖獣たちが寝そべったりじゃれあったりして毛玉のようになっている。
エタンは口元を手で覆った。やばい。桃源郷か。
もちろん「うちの子が一番可愛い」という感想が根底にある。
「にゃあ」
グランは猫のように鳴かない。なのに、初めて聞くとろりとした声をかけて猫たちに合流する。
ここがユートピアか!
エタンの高揚が絶頂に近づく。
『おお、黒いのじゃないか。久しぶりだな』
『お前、今、なにやっているの? 最近、見かけないな』
『俺はグランだ!』
『名前をつけられたってことは、召喚獣になったのか?』
『まあな!』
『魔力が乏しいお前がぁ?!』
グランはほかの猫種の妖獣たちからよくからかいの的になっているらしく、笑い声が上がり、その後もあれこれ言われている。
『それで、お前の召喚士はどんなことをしているんだ?』
『今まで、どんな妖獣を倒した?』
話はエタンのことにも及んだ。
『まだ契約したばかりで仕事はしていないよ』
『なぁんだ、駆け出し召喚士の召喚獣か』
とたんに、大したことないな、という空気が流れる。
グランはむっと口を引き締める。
エタンはグランに自由にしていてほしいと言って、召喚書に留め置こうとしない。おまけに、よく魔力欠乏症になるからといって、たっぷり魔力をくれるのだ。イマイチであっても、優しい召喚士なのだ。
『うるさい。エタンだって頑張っているんだよ。……たぶん』
自身の召喚士のことを思い返してみるとあまりやる気はなさそうで、弱々しく付け加える。
それを見て、仲間たちがにやにやと笑う。
『ふん。いいんだよ、召喚士がイマイチの分、俺ががんばるんだから。エタンはな、魔術師をやめてまでも召喚士になったんだ。だから、俺と契約することができたんだよ』
だから、出会えた。だったら、現在、召喚士であるということを、自分が支えるのだとグランは言う。
エタンは目頭が熱くなった。こんなにも自分の気持ちを汲もうとしてくれている。
「うちの子、なんて良い子!」
グランも強い妖獣に憧れていると言っていたし、妖獣とは力があることが重要なのだろう。
しかし、嫌味を言われているのを聞くと、腹立たしい。
「うちの子になんてことを!」
隠蔽で姿も臭いも物音も遮断されていることを良いことに、エタンはやきもきと身もだえした。なお、魔術を施された者はその違和感に気づくものだが、グランは防壁の魔術に気づいていない。あり得ないことであり、エタンの魔術の凄みでもある。
これからはもう少し渡す魔力量を増やそうか、などとエタンが考えている際、常時発動させている探知が妖獣の接近を感知する。
幻影か何かでも作りだして別の方へ誘導させようと考えた時、エタンの仲間たちの中で、人一倍気配に敏い者がいち早く気づいたようで、警告の声を上げる。
『なにか、来る!』
『なにかって?』
『わからない、でも、敵だ!』
敵意を読み取ってそう言うと、逃げ足の速い者がすぐさま逃げ出す。戦う意志の乏しいものはぱっと散開する。
グランと他の数匹はその場に残り、周囲を警戒する。
逃げれば良いのになあ、と思いつつも、防壁で強固に守られているから、エタンは傍観の構えである。
木々の間をすり抜けて跳びだしてきたのは豚と猪を足して二で割ったような妖獣だった。牙も中途半場に飛び出ている。
勇敢な仲間が飛び掛かる。グランはそれに付き合う形で戦闘に加わった。自分もなにかの役に立とうとしたのだろう。
だが、まとめて吹き飛ばされ、木の幹に激突する。防壁のおかげで傷一つないが、吹き飛ばされた勢いに驚いて気を失ってしまう。
グランが意識を手放したし、隠れている必要もないとばかりにエタンは隠蔽の術を解いた。
ゆらりと空間が歪み、姿を現したエタンに、グランの同族たちが驚き、すわ、新手の敵かとばかりに警戒態勢を取る。虚空がくたりと揺らぐのに合わせて、ゆうらり、と現れ出たエタンは、一種異様だった。
「永久凍土。———あ、俺はエタン。グランと召喚契約を結んだ召喚士ね」
エタンはひと言発しただけで魔術を放ち、地面から這い上がる冷気で妖獣を氷漬けにした後、のんびりとグランの仲間たちに自己紹介する。
『え? グラン? ああ、黒いのの』
全く敵意がないので、猫種の妖獣たちが戸惑う。
『あれ? 妖獣が氷に、』
『え、これ、魔術で? こんな一瞬で凍りつかせることができるのか?』
『なんで、召喚士なのに魔術を———そう言えば、魔術師を辞めて召喚士になったって』
『一瞬で妖獣を凍らせることができる魔術師だったのに?』
エタンは混乱する猫種の妖獣たちを他所に、グランに近寄って抱き上げる。規則正しく呼吸をしているのを確認し、安心する。
逃げ出した仲間たちもそろりと戻って来て様子をうかがっている。
彼らを見渡しながら、エタンはにっこり笑って言う。
「うちの子、いじめないでね?」
黒い髪に黒いくっきりとした眉と瞳。鼻筋は通っているが、眉と目の間が狭いため、気が強そうである。全体的には理知的な相貌だ。
そんなエタンは唇を斜め上に上げ、つい今しがた一瞬で妖獣を凍らせるほどの魔術を見せただけあって威圧的であり、挑戦的でもあった。
グランの仲間たちは震え上がる。
「あ、俺がこうだってこと、グランには黙っておいてね」
具体的にどういうことかは言わなかったが、瞬時に妖獣を屠ることができる実力のことを指しているのだと賢明な猫種たちはすぐに察し、がくがくと頷いた。
エタンは身じろぎするグランに、「あ、起きる!」と言って、地面にそっと横たえた後、ふたたび隠蔽の魔術で姿を消す。
『ううん———、あれ? 敵は?』
ほどなくしてグランは目を覚まし、首を上げて周囲を見渡す。
『氷漬け?! だ、誰がやったんだ?』
仲間たちは互いに顔を見あわせたり、複雑そうな表情をするが、エタンに口止めされている。しゃべったら、自分も氷の中に入ることになるかもしれない。
しきりに不思議がるグランに、仲間たちは「通りすがりの魔術師が助けてくれた」と、嘘とも本当ともつかない微妙な線の話をした。
「言い訳が下手過ぎるだろう。そういや、グランもそんな感じだな。ふたつ尾の猫種ってみんなそうなのか? 知能は高いはずなんだがなあ」
中には狡猾な猫種の妖獣もいたと記憶している。だとすれば、エタンは非常に善良で可愛らしい妖獣と契約を結ぶことができたのだ。周囲もそれなりに善良な仲間たちのようで、ひと安心である。———うちの子のことをお願いしておいたし(脅すとも言う)。
そんな風にして、エタンは猫の集会、もといグランの同族たちとの交流をこっそり眺めて楽しんだのだった。