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12.召喚士と召喚獣の在り様2

 

 マルタンが想像した以上にエタンはさまざまな知識を持っていた。パジリスクとコカトリスの生態や生息地を知っていた。それは石像化した召喚獣が発見された場所と合致する。


「なんでそんなところへ行ったんだ。間の悪いやつだな」

 旅装を整えて現場へ向かうマルタンがそうぼやいた。


 グランは初めての遠出、しかも他の召喚士と召喚獣との同行、さらには非常に強力な妖獣がいる可能性があるとあって、力んでいた。

 そんな黒猫を見やりながら、まあ、これも良い経験かなとエタンは考えていた。


 エタンはどうしてもグランに対して過保護になりがちなので、こうしたハプニングも時には良いだろう。飛翔フライトの魔術で短期決戦で片付けてしまうエタンとしても、えっちらおっちら歩いて行くのは珍しい体験である。

 常に防壁ブルワーク探知ディテクションの魔術を使っているから、危機感はない。


 その探知ディテクションに引っかかるものを感じて、一行をさり気なく誘導する。街道を逸れ、茫漠とした半砂漠化した草原に点在する岩や石に半ば同化するようにそれはあった。


「あれは———」

「見事に石像化しているな」

 石となった兎である。

「野の兎だな」

「じゃあ、この近辺に……!」

 石化の特殊能力を持つ妖獣がいるということかとマルタンが身構え、今にもパッシオネを召喚書から喚び出さんばかりとなる。


「まあ、落ち着け。近くにはいないから」

「わ、分かるのか?」

 のんびりと言うエタンに、マルタンが驚く。

「ああ。ちょっとばかり、魔術を使ってね」

「詠唱していたか? それに、俺は魔術には詳しくないが、確か、術陣というものが必要なのではないのか?」

「いや、十分に詳しいよ。ただ、詠唱や術陣を省略することも可能なんだ」

 畑違いのことを知っているマルタンに感心しながらエタンが答える。


 エタンが探知ディテクションで感知したのはそれだけではなかった。こちらは動いている。その動き方から、エタンは大方の予想をつける。

「周辺を少し探ってみよう」

「あ、ああ」

 腰が引けているが、元々、友人の生死だけでも知りたいと言い出したのは自分だとマルタンは気力を奮い立たせる。グランも緊張気味で周囲を警戒する。パッシオネを喚ぶのはもう少し待とうと言って押し留めたエタンはふたたび一行をそれとなく誘導していく。


 そうして、マルタンが探す人物らしき者へ、後方から近づいて行った。

『なにかいる』

 グランが気付いた。

「あ、あれは、」

「誰かいるな」

 マルタンが思わず上げた声に、エタンも今気づいたという風につぶやいてみる。


 大きな岩の影から前方をうかがっている男の後姿が見える。

「たぶん、あれは俺の友人だ」

 目を細めて見定めようとしながらマルタンが言う。

「ちょっと待て」

 エタンは今にも走りだそうとするマルタンを止める。


「もうちょっと先になにかないか?」

 すでに探知ディテクションで読み取った事実を、グランやマルタンが知るように持って行く。

「え?」

『あれ、確かになにか———妖獣だ』

 慎重に進むグランの後ろについていくマルタンがひそめた声で言う。

「あれは、あいつの召喚獣だ」

『じゃあ、召喚獣になにか調査をさせているのかな?』

「バジリスクやコカトリスの目撃情報を得たのかもしれないな」

 グランの言葉にそう返しながら、エタンはその先のことまで予測していた。


「あいつはそんな危険な調査依頼を受けるようなやつじゃないんだが」

 不思議がるマルタンに、エタンはそうだろうなと心の中でつぶやいた。おそらく、調査に来ているのではなく、される方なのだ。


『そうか! マルタンの友人は召喚獣のかたきを取ろうとしてやって来たんだ』

 分かった、とばかりに弾む声を上げるグランに、エタンはそれはどうだろうかと否定的な考えを持つ。

「いや、その、言いにくいのだが、仇を取ろうとするような男ではないんだ」

 マルタンがエタンの思考を読み取ったかのようなことを言う。


 一行は気配を殺して男に接近した。前方ばかりに注意を向ける男に、マルタンがそっと近づき、肩を叩く。

「ひっ」

 驚いて跳びあがり、恐々振り向く。

 中肉中背で頬がこけ気味の、貧相な風采だ。だが、眼に異様な光がある。

「なっ、なんだよ、お前かよ、マルタン!」

「しっ!」

 マルタンは男を岩の影に押し込み、なにをやっているんだ、と問い詰める。


 なお、エタンは隠蔽ヒドゥンの魔術をさり気なく自分とグランにかけている。男を刺激しないためとマルタンが事情を聞き出すのに、他者がいない方が口を割りやすいだろうという考えからだ。

 マルタンはエタンがそういった魔術を使っていると知らない。隠蔽ヒドゥンは使い方次第で、とんでもないことができるからだ。


 また、隠蔽ヒドゥンは出来栄えの落差が大きい魔術だ。たいていは対象者が少し動いただけで露見ろけんしてしまう。ところが、エタンが使う隠蔽ヒドゥンは動こうが話そうが、全く分からない。魔術をかけられたグランですら、自分に使われていると気づいていないほどだ。マルタンと言えば、ようやく見つけた友人の無事な姿に安堵し、一時的に意識がそちらに集中していたから、こちらもエタンとグランの姿が見えないことに気が回らない。


 マルタンの友人はのらくらと言い逃れをしながら、なんとか追及を振り切ろうとした。それがマルタンの不審感を膨れ上がらせる。

「お前、なにを企んでいるんだ?」

「企むって、俺は、別に、」

 マルタンは友人がしどろもどろになるのに疑惑の目を向ける。


「お前が今一番危ないと言われている場所にいること自体がおかしいんだ」

「俺はただ、調べようと思っただけだ」

 なんとか切り抜けようとしながら情報を小出しにしている、とエタンは読み取る。


「召喚士組合から仕事を請け負ったのか?」

「いや、その、石化について調べようとしていたんだ」

「要領を得ないな。だからそれが組合が出した依頼じゃないのか?」

 及び腰の友人を逃がすまいとするマルタンは、心配したからこそ、腹立たしいのだろう。だが、タイムアップだ。エタンは広範囲に広げている探知ディテクションに引っかかるものを感知する。


「そこまでだ」

「おわっ、ど、どこから?!」

 マルタンの友人は突然現れたエタンに腰を抜かしてその場に尻餅をつく。大げさな驚きようにマルタンが眉をひそめる。だが、今度は悠長に質問している暇はなかった。


「どうやら、お出ましのようだ」

『ほ、本当だ! なにか強いのが来る!』

 グランの種族は力はないが、感知能力に長けている。エタンの言葉に全幅の信頼を置くグランは疑わずに周囲を警戒し、すさまじい速度で近づいて来る気配に気づいた。


「ひえっ、ね、猫?!」

 エタンと同時に姿を現したように見えるグランにも驚く。

『俺はペットじゃない! 召喚獣だ!』

 グランは憤慨するも、マルタンの友人はマルタンが喚んだパッシオネに気を取られている。

「はあ、いつ見てもいいなあ」

「やらんぞ」

「ちぇっ」

 以前にもそういうやり取りをしているのだろう。


「なるほど。あんたは強い召喚獣を得たいと思っているんだな」

「そうさあ。召喚士なら当たり前じゃないか」

 なにを当たり前のことを、という風に反射的に言い返す。


「あれはあんたの召喚獣だろう? 呼び戻さなくてもいいのか?」

 エタンの指さす方向にはしきりに地面の臭いを嗅ぎ、時折顔を上げて空の臭いも嗅ぎ取ろうとしている妖獣がいる。兎種で小さめの身体は、いかにも心もとなげなく思われる。

 そして、つい先ほど見かけた石化した野の兎を彷彿ほうふつさせる。


『そ、そうだよ。あんな隠れる場所もないところにぽつんといたら、石化されてしまうぞ!』

 男よりもグランの方がよほど心情の籠った声を上げる。


「それが目的だったのか?」

 自ら危険に近づこうとしない男が、わざわざ石化の被害に遭いそうな場所にやって来て、召喚獣を喚び出して、様子を伺う。

『え?』

「なにを?」

 グランとマルタンが戸惑いの声を発するが、質問を向けられた本人はこずるそうな目つきで、エタンを見た後、周囲を見渡す。おそらく、高速で頭を巡らせているのだろう。どうやってこの場を切り抜けるかを、だ。


 さて、エタンもグランもなにかが接近することを察知した。エタンが他のことに意識を向けていられるのは防壁ブルワークの魔術があるからだ。念のため、マルタンとパッシオネにも勝手にかけておく。ふたりになにかあったら、グランが悲しむことは容易に想像できる。


 エタンは男に問うたものの、答えは期待していなかった。

 なぜなら、もうすぐそこに来ていたからだ。


「グェェェェェェェェッ」


「ひ、ひぃっ」

「しまった!」

『わ、忘れていた!』

 濁った案外低い鳴き声が響き渡り、男は潰れた悲鳴を上げ、マルタンは初動で下手を打ったと悔い、グランはすっかり他に気を取られていたと言う。うちの子、実は大物じゃないか、などと暢気な感想をエタンは抱いた。


 鋭い鉤爪が地を蹴るたびに地響きがし、大きな鶏冠とさかが揺らぐ。コウモリのような翼を持ち、うねる尾は蛇だ。


「コカトリスだな」

「岩に隠れろ! 直接対峙するな!」

 マルタンの声に、男があたふたと岩の影に入ろうとする。適切な指示だなと思いつつ、エタンは平然と立っている。大賢者の防壁ブルワークは石化の視線すら無効化する。


『エ、エタン、早く!』

 のんびりしたエタンに、コカトリスが照準を合わせる。コカトリスは巧みに向きを変え、岩ひとつでは身を隠すのに心もとないとエタンを除くその場にいる者たちに危惧と恐怖を抱かせる。


 マルタンの友人が召喚獣に指示を出した。逃げる自分とコカトリスの直線状に移動するように、と。

 兎種の召喚獣は抗った。けれど、重ねて指示を出され、ぎこちない動きで移動する。それを見届けたマルタンの友人は脱兎の勢いで駆けていく。

「逃げるな! ———あいつ、召喚獣を置いて!」

「違うな」

「え?」

「置いて逃げたんじゃない。おとりにして逃げたんだ」

「なっ!」

 絶句するマルタンは、しかし、そう言われてみれば、友人の召喚獣の不自然な動きに理屈が通る、と悟る。


『そ、そんな……』

 一方、グランは召喚士が召喚獣を見捨てるという事態に直面して驚きと悲しみを味わった。じわじわと後者が勢力を強めていく。


「ちなみに、囮は召喚獣だけじゃなく、俺たちも、だな。これだけいたら、ひとりくらいは見逃してくれるだろうと思ったんだろうさ」


 さて、エタンが悠長に話しているのは、防壁ブルワークがあるから安全だと知っているからだ。なお、男が囮にした時点で、彼の召喚獣にも防壁ブルワークの魔術をかけておいた。

 エタンはその上で、隠蔽ヒドゥンを用いた。気配に敏い妖獣からも遮断する。囮にされたことから、容赦してやる気持ちは失せた。


 大勢のうちのひとりならば見逃されるだろうという男の思惑は外れ、妖獣にとって、その場には男以外はいなくなった。となれば、照準は男に切り替わる。

「げっ! な、なんでっ! 来るな! こっちに来るなよ!」

 振り向いた男は迫りくるコカトリスに恐慌に陥った。足がもつれる。


「パッシオネ!」

 マルタンが思わずといった態で指示を出す。


 まあ、そうなるだろうなとエタンは思う。

 災害級に近い妖獣など、格上どころか逃げる一手しかないというのに、友人を助けようと動く。


『エタン!』

「おお、行って来い」

 自分にも指示をと振り仰ぐグランに、エタンは軽い調子で言う。

『本当に暢気なやつだな!』

 文句を残して身軽に駆けていく。グランは緩やかな弧を描くようにコカトリスに向かっていくパッシオネに合わせ、逆方向から攻めていく。


「なにをしたんだ? コカトリスが接近されてもパッシオネたちに注意を払わないなんて、」

 マルタンが戸惑いの声を上げる。

 どれだけ取るに足りない相手だとはいえ、迫りくる複数の妖獣に、妖獣が反応しないのはおかしい。

「ほら、よそ見していると、パッシオネの足を引っ張るぞ」

 エタンの言葉は的を射ているが、それでも後ろ髪を引かれる態のマルタンは努力してコカトリスに肉薄するパッシオネに注意を向ける。


 エタンはタイミングを合わせて隠蔽ヒドゥンの魔術を解いた。しかも、パッシオネのみである。グランは姿を隠したままで、パッシオネを振り払ったコカトリスに食らいつく。まったく気配のない何者かが噛みつき、爪をたてる。


 言い知れない恐怖を、コカトリスは生まれて初めて感じた。力ある妖獣として、常に捕食者であったコカトリスは初めて追いつめられる側に回った。

 なりふり構わず、首を振り、石化の視線を放ち、コウモリの翼を広げて威嚇し、蛇の尾をしならせる。しかし、どれほど凄まじい攻撃も、大賢者が施した防壁ブルワークの術が阻む。それがコカトリスにより一層恐怖を募らせる。


 一度共闘したグランとパッシオネは同じ猫科だからか、いっしょに美味いものを食べて気心が知れたのか、中々の息の合う具合を見せる。どうしたことか、敵がグランの存在を読み取れないでいるらしいことを悟った二頭は、グランが死角に回ってとにかく飛びつき、ひっかき、噛みつくことで注意を逸らし、生じた隙にパッシオネが飛び掛かる、という戦法を取った。


 通常ならば、そんな攻撃は児戯じぎに等しいだろう。けれど、確実にひとつの正体不明の気配があるということは、コカトリスの注意を逸らせた。なんなら、見えるパッシオネは大したことがないとばかりに捨て置いた。もちろん、猛獣種の妖獣相手にそんなことをしてはいかな強者といえど、ただでは済まない。


 とうとう、コカトリスはパッシオネに喉笛に噛みつかれ、激しく首を振られ、半ばからちぎられた。こと切れてなお、蛇の尾はしつこくうごめいていたが、徐々に力を失って行った。


「す、すごい。あり得ない。コカトリスなんてものを討伐するとは」

「やったな、グラン、パッシオネ! すごいぞ!」

 呆然とするマルタンを他所に、エタンが二頭を称賛する。


『おお! ———でも、なんか、こいつ、俺のこと、見えてなかったみたいなんだ』

「ああ、俺がちょっと魔術で補助したからな」

『なんだ、そうだったんだ! ありがとうな。お陰で倒すことができた!』

 コカトリスのような災害級一歩手前の妖獣に、あれほど動き回ってもなお存在を不明にする魔術とはなんなのか。それに考え至らずに「そうだったのか」で済ませて良いのか、などなど、マルタンには言いたいことがたくさんあったが、エタンに視線で止められたので口をつぐんでおいた。


 エタンは召喚士兼魔術師だと言っていたが、実はものすごい魔術師なのかもしれないと遅ればせながら思い至る。

 しかし、マルタンも召喚獣を大切に扱う召喚士だ。よろよろとやって来たパッシオネを労い、怪我の有無を調べるのに意識を持って行かれる。


「さて、コカトリスも倒したことだし。本当のところを話してもらおうか」

 エタンはマルタンの友人に視線を移す。


 少し離れた場所で座り込んだ男の右足は膝から下が石化していた。縦横無尽に石化の視線を放った際、当たったのだ。




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