10.同族の集会、ふたたび2
人間とは違い、妖獣であるグランは保有魔力量が乏しいというのは致命的な欠陥だった。なにをするにも魔力は必要となる。魔力が欠乏すると肉体にも影響がある。
だから、エタンの召喚獣となる前はいつもみそっかす扱いをされてきた。
でも、最近は調子が良い。それは召喚獣になってエタンから魔力をもらうようになったからだ。しかも、不自由がないようにとほとんどエタンは召喚書に入ったことはない。その間、潤沢なほど魔力をもらっていた。
妖獣が召喚獣となるのは暇つぶしという理由のケースが多い。では、召喚士はなぜ妖獣と召喚獣契約を結ぶのかと言えば、役に立つからだ。だからこそ、召喚士は召喚獣に魔力をやるのだ。そういう契約だ。
グランはエタンの役に立っているだろうか?
エタンはグランの傍にいるとき、常に幸せそうではある。それでいいのだろうか。いや、でも、何度もエタンはグランが良いのだと言っていた。こんな初対面の者よりも、エタンの言うことを信じるべきではないか。エタンにはエタンの考えがあり、今のままで良いのだと言っているのであれば、そうなのであろう。
グランは迷いつつも、他者に理解させ得るほどうまく説明することができないものの、これで良いのだ、と結論付けた。
グランは事実、頭の良い種族の一員だった。自己完結せず、ちゃんと真実を見出したのだ。
その間、新参者は青ざめる同族たちから口々に、「何てことを言うんだ」「黒いのに謝れ」「黒いのは召喚獣なんだ、そのままで良いんだ」と集中砲火を浴びて戸惑った。
新参者からしてみれば、見事な理論展開で言い負かしたにもかかわらず、自分が間違っているとみなが口を揃えて言う。しかも、どこか怯えている風である。「とにかく、そういうことだ!」という強固な壁が存在する。その事実は覆らないのだ、という意志をひしひしと感じる。
新参者はならば、とグランに飛びついた。
いかに智恵の回る妖獣だとは言え、「力が全て」の世界である。
最後には力が物を言う。
また、だからこそ、同族たちは甚大な力を見せつけたエタンの気持ちを逆なでするような事態は避けたかった。
新参者に飛び掛かられたグランは応戦した。二匹の猫種は団子状になって転がったり、互いに噛みつき合おうと口を大きく開け、シャァッと牙を剥いた。新参者の爪がグランの頬をかする。
これに跳びあがったのは同族たちだ。
今、この争いを、更に正確にいえば、新参者が黒いのに突っかかっていったのを、エタンが見ているのだ。
同族たちは大慌てで二匹の間に割って入る。十数匹がわっとばかりに飛び掛かり、猫団子が形成される。途中から、みんなで遊んでいる態になっていった。
ひとしきり転がった後、しなやかな身体をそれぞれ引き離し、くーんと伸びをする。
『あれ、なにをやっていたんだっけ』
『ええと、———あ、そうだ、このお菓子、食べようよ』
『食べる!』
『いっぱいあるから、一匹でひとつは食べられるな!』
残った焼き菓子はゲームで勝った者が得ることにする。
『美味しいね!』
一連の出来事を眺めていたエタンは懸命に笑いをこらえていた。手で押さえた隙間から吹き出す声が漏れる。腹を抱えて笑ったとて、その音は魔術に阻まれるが、大賢者をして自身の術の出来栄えを忘れさせるほどのおかしみがあった。
猫種、本当に聡明なのか? アホ可愛い。いや、あれは本能に忠実で、自由気ままなだけなのだ。
『あれ、黒いの、食べないの、それ?』
はぐはぐと夢中で食べていた者のうち、グランが半分ほど食べた焼き菓子から顔を上げて口回りを舌でなめているのに気づいた。
『いやいやいや、お前が食べないとっ』
『ファンの人がっ』
『俺らが怒られる!』
とたんに、食べている途中にもかかわらず、同族たちが注目する。食欲よりも恐怖が上回ったのだ。
『俺はもうお腹いっぱいだから。これはエタンに持って帰ってやるんだ』
『え?』
同族たちが一斉に動きを止める。
エタンも思わず、「え」と声を出した。しかし、すさまじい完成度の隠蔽の魔術はそれすらも隠し通す。
グランは他の者たちが食べているのに、美味しい匂いを漂わせる焼き菓子の残りを食べるのを我慢しているのが辛くなってきた。自分はもう帰ると言って、焼き菓子を口に咥えて身を翻す。
『な、なあ、これって、あの人、なんて思うかなあ』
『いや、嬉しいんじゃないか?』
『とにかく、俺たちはお咎めなし、だよな?』
『「あの人」ってなんですか?』
同族たちが焼き菓子そっちのけでひそひそやっているのに、不思議そうに質問したのはグランになにかと絡んだ新参者だ。
『あっ! お前、黒いのにちょっかいかけるなよ!』
『お前、どうなっても知らないぞ』
『俺たちもやばいんだって! 俺たちの寿命を縮める気か?!』
新入りがくさした召喚獣の契約者である召喚士がとんでもない相手なのだ。そのエタンはグランには手を出すなと宣言した。それは恐怖と共に猫種たちに焼き付いた。
エタンについて同族たちは口々に語った。初めはうさん臭そうに聞いていた新参者も、徐々に蒼ざめていく。
『このお菓子もあの人が持って来たんだからな!』
さて、その菓子を半分やるのだと帰って行ったグランやいかに。
口に咥えて移動するというのは人間からしてみれば、なかなかに難しいことだ。しかし、動物は違う。もともと、四足で移動するために、物を運ぶのは口に咥えることとなるからだ。
グランは焼き菓子に牙をたてないように気を付けた。自然と、やんわりと挟み込む形となる。それがいけなかった。
倒木を跳躍して飛び越え着地するとき、そちらに気を取られて、焼き菓子がぽろりと口からこぼれおちた。
『あっ!』
だが、唐突に吹いた一陣の突風が焼き菓子が落下するのを押し戻す。グランは慌ててくらいついた。少しばかり端が欠けてこぼれ落ちてしまったのを惜しんだが、致し方がない。
その後、グランは家にたどり着くまでに何度か「幸運の突風」に恵まれて、事なきを得た。 もちろん、姿を隠したエタンが魔術でフォローしていたのである。
「なんで気づかないかなあ」
そんなに都合の良い幸運で風が吹くはずはないと。
「グランの種族って頭は良いけれど、妙に抜けているところがあるよなあ」
しかし、「うちの子」に関してはそんなところも愛らしく思えるのだ。なんなら、「うちの子」が混じった集会とそれを構成する同族たちを保護したい気にすらなってくる。だからこそ、同族が頼みごとをしてきたのも引き受けたのである。可愛さで上位存在から守護され得る。ある意味、恐ろしい種族である。
その可愛さは姿や仕草だけでなく、健気さや素直さ真っすぐさ、精いっぱいで愛そうとする姿勢をも含んでいる。
『ただいま!』
「おー、お帰り。楽しかったか?」
先回りして帰っていたエタンはグランを出迎えた。
『まあな。集会に差し入れがあったんだ。半分持って帰って来たから、エタンにやるよ』
「お土産か? ありがとう。嬉しいよ。俺も出かけたついでにお菓子を買ってきたんだ。いっしょに食べよう」
もちろん、猫種の集会に持って行った菓子とは別種の菓子を用意しておいたのだ。
『わあ! 今日は良い日だな。こんなにお菓子を食べられるなんて』
エタンはひんぱんに菓子を用意する。グランが好きだからだ。でも、そんなことを言ってグランの楽しい気持ちに水を差すことはない。発言を正したってなんの益も生まないことはあるのだ。
エタンはさっそくグランが持ち帰った菓子を手に取る。
『こっちのきれいな方を食べろよ。俺がそっちを食べるよ』
グランは気にしないが、人間は食べ差しとか見た目とかを気にするのだと知っている。だからそう言ったのに、エタンはこれが食べたいのだと言う。
『へえ。エタンは人間の中でも変わっているのかもな』
「ああ、たまにそう言われるよ」
賢者の称号よりも召喚士にこだわった。多くの者が勿体ないと言った。口にはしなかったが変わり者だと思っているだろう。
更に言えば、エタンは強い力を持つ召喚獣よりも、健気で素直な力のない召喚獣を愛した。その召喚獣もまた、真っすぐに愛してくれるのだから、それで良いのだ。幸い、足りない部分は自身の持つ魔術の才でなんとでもなる。
他人から見たら効率の悪いことをしているように見えるだろう。富や地位や名誉といったものを手に入れていない。けれど、エタンは欲しいものを手に入れたのだ。だから、十二分に幸せだ。
「でも、俺はグランを召喚獣にできて、こうやっていっしょに美味しいお菓子を食べることができている。今、とても幸せだよ」
美味しい菓子を半分分けてくれる優しさと愛情、それは何物にも代えがたい。そして、そうそう手に入れられるものではない。だから、グランがエタンのためにいろいろしてくれる現状は奇跡のように尊いものに思えるのだ。
『そんなにお菓子が食べたかったのか? こっちも食べるか?』
エタンはグランの口元についた焼き菓子のかすを取ってやりながら笑った。頭は良いけれど、妙に察しが悪いところがある。そういうところも愛らしい妖獣だ。エタンの、得たいと希った格好良い召喚獣だ。
※言うまでもないかもしれませんが、あくまで「猫種」の妖獣であって、
「猫」ではありません。
そのため、猫の習性と合致しないかと思いますが、ご了承ください。
あくまで、「アホ可愛い種族」ということで、ひとつ、よろしくお願いします。