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1.召喚士と召喚獣


「猫飼いの朝は、猫に踏まれて起こされることから始まる」


『寝坊しすぎて起こされているだけだ。さっさと起きろ!』

 容赦なく顔を横断されたエタンは黒猫の肉球の感触を味わいつつ、身を起こした。


『飼いの猫は餌ほしさに起こすんだろう。俺は自分で狩りができる。第一、俺は召喚獣であって、ペットじゃない』

 ベッドの上でお座りして見上げてくる黒猫の尾はふたつある。

「そうだよな。召喚獣だよ。夢にまで見た俺の召喚獣のグラン君!」


『まだ寝ぼけているのかよ。顔でも洗って来い』

 口の悪い妖獣である。


 エタンはベッドに腰掛けたまま、しなやかに長いふたつ尾をゆらめかせて部屋を出ていくグランの後姿を見送った。


 召喚獣は契約した後、召喚書に納めておくことが一般的だ。外に出ている間は微弱だが常に魔力を与え続けることになるからだ。塵も積もれば山となる。いざという時に魔力切れとなる。妖獣によっても様々だが、戦闘で激しく動くときや特殊能力を使用するときには魔力を多く要求されることがある。

 だが、エタンはグランをほとんど召喚書には送らなかった。


「せっかく召喚獣を得たのに、納めておくなんて、もったいない! 魔力の続く限り傍にいてほしい」

 幸い、魔力量は人よりも多い。


 妖獣は野の獣とは一見して違うと分かる。違和感があったり、複数の動物の部位が混じっていたり、尾がふたつあったりした。グランのように。


 グランはふたつ尾を持つ黒猫だ。不思議な術を使う。

『自然魔術だ』

「ああ、直接自然から力を借りるんだったな」


 人が魔術を行使するときは自然の力を一旦体内に取り込み、自身の魔力と融合させる。その際、術式や詠唱、術陣が必要となる。妖獣は世界を取り巻く力をそのままを使うのだ。その際に魔力を使用する。妖獣が自然物であると言われる所以であり、時に強い個体を災害とも称した。


『良く知っているな』

「まあな。魔術を学んだから」

『ふうん』


 グランはそれ以上突っ込んで聞くことは控えた。エタンは以前、魔術師だったと言っていた。きっと、魔術師として落ちこぼれだったのだとグランは見て取っている。だから、召喚士にジョブチェンジしたのだ。召喚士としても頼りないが、なりたてなのだから仕方がない。召喚術がイマイチでも、召喚獣であるグランがフォローしてやれば良いと密かに意気込んでいる。


 エタンは大きな街の傍にある森の浅いところに建つ家に住んでいた。グランからしてみれば住み良いが、人間にとっては不便だ。きっと、街に住めるほど裕福ではないのだ。


 召喚士であると言っても、日がな一日グランを撫でたり、本を読んだり、黒猫に猫用おもちゃをちらつかせて知らん顔されたり、森をぶらついたり、召喚獣をブラッシングしようとして尾ではたかれたり、家事をして失敗したり、ふたつ尾の猫を抱こうとして猫ぱんちをくらったりしていた。大体、グランにまとわりついている。


『仕事しろよ!』

「だってさ、召喚士って召喚獣を使役するじゃないか。うちの子を危険にさらすなんて!」

 想像するだに恐ろしいと言わんばかりのエタンを、グランがうろんげに見やる。琥珀色の瞳がとろりと狭まる。

『お前、なんで召喚士になったんだよ』

「格好良い召喚獣とずっといっしょにいたかったから」

 にゃふんとグランはため息をついた。

 駆け出しの召喚士はろくすっぽ仕事をしていない。


 ふたつ尾の黒猫は初めからグランではなかった。

 グランはエタンがつけた名前だ。契約当初は違うものをつけられそうになった。

「そうだなあ———フォヌ!」

『細いって? 見たまんまじゃないか!』


「えぇ?! じゃあ、レジェ」

 軽い、という意味である。黒猫は瞳をすがめた。そのときも今と同じようにとろりと色が濃くなった。瞳には不機嫌さがありありと現れており、エタンは慌てて次々と候補を上げていく。


『いい加減、見た目から離れろよ』

「ううんと、ジョワイユー……」

『あぁん? 俺のどこが愉快なんだよ!』

「痛っ! 分かった、分かったから、噛まないで!」


 その後、偉大な、という意味合いの名前に落ち着いたのだ。




 エタンはろくに召喚士らしい仕事もしていないし、それほど派手な暮らしぶりではない。それでも、グランはエタンの召喚獣だった。契約を結び、魔力をもらい、役に立つ。


 森の中にはたまに好戦的な妖獣が現れ、誰彼構わず牙を剥いてくることもある。

 その時も繁みを揺らして現れた虎の顔がふたつある妖獣に、すぐにきびすを返せば逃げ延びただろうに、エタンの前に出て自然魔術を発動させた。グランは頼りなく思うエタンを必死に守ろうとしたのだ。


『ふんぬぬぬぬぬ』

 頭を下げ、四肢を踏ん張り、ふたつ尾をぴんと立てて力を籠める。大気の力を具現化させ、風の刃を作り出す。かまいたちはひとつだけでなく、ふたつ、みっつといくつも乱れ飛ぶ。数が多くなれば避けられる確率も減る。


「うちの子、健気すぎるだろう」

 召喚士を守ろうとする召喚獣に、エタンは感激で胸がいっぱいになる。


「うちの子が怪我したら大変だ」

 幸せを噛みしめつつ、グランに気づかれないように、魔術を行使して敵の力を削いだ。妖獣の歩みにそって地面を陥没させ、隙を作りだす。同時に、妖獣の周辺の空気圧を下げる。体内のガスが膨張し、内臓を圧迫し、激しい目まいと頭痛を引き起こす。


 召喚獣がやる気に満ちているので、悟られないように気を配る。高火力の魔術を一発放てばそれで終わりなのだが、グランのやる気に水を差したくない。


 敵はグランよりもよほどエタンの方が恐ろしいと察したらしく、怯み慎重になる姿勢を見せる。

『あっ! い、今だっ』

 グランは敵の心情全てを読み取ったのではないものの、攻撃が緩んだのを察して一気に畳みかける。

 その後ろで、エタンは無理するなよとはらはらしつつ、グランに魔力を送る。召喚士から魔力を受け取った召喚獣は自然魔術を次々に放つ。

 周囲の空気を切り裂く鈍い音をたてながらかまいたちがふたつ首の妖獣に殺到する。硬い毛皮を突き破り、肉や骨を切断する。とうとう、虎の妖獣は倒れた。


『やった! 倒した!』

「おおー。すごいな、グラン」


『ふふん。まあな』

 えっへんと得意げに首をあげる黒猫は、よろけた。

「おっと」

 エタンは慌てて両前足の下を両手で掴んで持ち上げた。消耗が激しいらしく、いつもなら暴れるのがくったりとおとなしい。

「そのまま寝ていろ」

『うん。ちゃんと倒したのを回収しておけよ』

 これでしばらく暮らしが楽になるだろうと言う黒猫は、家計も気に掛けている。頼りない召喚士の代わりに自分がしっかりせねば、と思っているのだ。


「うちの子は有能だな」

 エタンがそう褒めると、ちょっと口元を緩める。


『それとな、さっきの戦闘は、エタンが魔力を送ってくれたから勝てたんだからな。俺とエタンの勝利だ』

 元々、グランは魔力総量は多くない。だから、ちょっと使えば激しい疲労や眠気が襲ってくる。エタンが魔力をくれるからこそ、戦って勝利することができたのだ。

「うちの子、優しい」


 エタンはうとうとと眼を細めるグランの様子をうかがいながら、無詠唱で魔術を行使する。戦闘の音を聞きつけ、他の妖獣が近寄ってきている。戦闘が終わった直後を狙って襲い掛かろうとしていた。勝った方も消耗していることから、漁夫の利を狙おうとした。

 グランが完全に寝入るまで、エタンは派手な魔術を使わずにいようとして拘束リストリクトの魔術で足止めしていた。


炎熱地獄ブレイジング・インフェルノ

 エタンは上級魔術を、詠唱のほとんどを省略して魔術を放つ。

 とたんに、ごう、と炎が燃え盛る。獣は火を怖がる。一瞬、ひるむ様子を見せたものの、ハイエナに似た姿の力ある妖獣は炎を飛び越えようとする。


「無駄だ。どうして、拘束リストリクトを解いたと思う?」

 燃え盛る炎が呼んだ風に髪をかきまぜられながら、唇の片側を釣り上げる。跳ね上がった眉が挑戦的だ。

 拘束を解いたのは、捕捉しておく必要がないからである。


 炎熱地獄ブレイジング・インフェルノは火属性と地属性を必要とされる上級魔術である。一流の魔術師ならば、横長に炎の壁を作り出すことも可能だ。しかし、今、炎は妖獣を囲むように大きな弧を描き、円を作りださんとしていた。包囲網から抜け出そうとする妖獣に呼応して、高温の炎がぐう、と伸びあがる。炎の円筒の先は互いに引き寄せられるように伸び、てっぺんで繋がり天井を作った。そのまま、蒸し焼きにする。


 一気に炎で押し包んで焼いてしまった方が早い。だが、それをすると、せっかくの獲物が消し炭になる。こんがり焼けば、肉は食べられるし、残った部位で売れるものは売却する。

「グランが我が家の家計を気にするからな」

 部位が売れたら、グランに菓子でも買ってやろう。


 大賢者の称号を持つ召喚士は腕の中で液体のようにぐんにゃりと力を抜いて眠る召喚獣を抱え直す。


 森の中で火を放てば延焼の危険性が高い。そのため、エタンは対象周辺を覆うように防壁ブルワークの術を発動し、森林火災を防いだ。

 エタンが召喚獣を探すために居を構えた森は、グランが同族たちと住んでいた場所だ。損失させてしまうわけにはいかない。


 なお、一般的な魔術師は同時に魔術をふたつもみっつも発動することができない。エタンが大賢者の称号を得た一端はそこにある。




 エタンは魔術師だった。だが、どうしても格好良い召喚獣を持ちたくて召喚士となった。そう聞いたグランは黒猫の姿をした自身がどうも「格好良い召喚獣」には当てはまらないと思っているようで、懸命に役に立とうとしていた。力が物を言う世界では強さが格好良さに関わって来ると認識されている。


「グランは十分に格好良くて可愛いよ」

 エタンはそう言うのだが、慰めだと思っているらしく、必死で今のように格上の妖獣にも向かっていくのだ。すぐに逃げれば戦う必要もないのに。


「その気持ちが尊い」

 イマイチだと言うくせに、その召喚士を守って強い妖獣に立ち向かうなんて、十二分に格好良いではないか。

 グランの心意気を無にしたくないものだから、エタンは傷つかないようにフォローに回ることにしている。


 エタンはグランが思っている召喚士ではない。召喚士としてはなりたてで、イマイチではあるが、召喚士兼大賢者なのである。上位の力を持つ妖獣とすら渡り合える魔術の力量を持つ。ちなみに、上位の妖獣というのは人間の手に負えないと言われている。有翼の獣に国を滅ぼされただの、討伐に差し向けた軍隊が壊滅しただの、伝説はたくさんある。


 エタンは幼い頃に魔術の才能を見出され、魔術学院に招かれて学び、卒業時に賢者の称号を授与されそうになって拒否した。ひと通り魔術を身に付けたので、その後は召喚士になるつもりだったのだ。

 周囲からは止められた。エタンは学院で学ぶうち、空前絶後とも言われるほどの魔術の才能を見出されていたからだ。

 世の中はままならない。


 魔術師の中でも一握りの者に与えられる称号、賢者をやろうと言われたが、断った。それをもらってしまえば、魔術関連の職務に据えられることは火を見るよりも明らかだったからだ。

「大賢者にもなれるだろうに!」

 歴史上、片手で数えられるくらいしかいなかった称号だ。


 その称号があれば、年に一度くらい働けば、あとは遊んで暮らせる。だから、大賢者兼召喚士になれば良いと教授たちに泣いて説得された。


「召喚士兼大賢者だったら」

 順番などどちらでも良い。

 そんなわけで、史上初のだいけ「召喚士が先な」———召喚士兼大賢者が誕生することとなった。


「賢者じゃなかったのか。いつの間に大賢者になっているんだよ」

 押し付けられた感がひしひしとする。なにをやらせようと言うのか。ひとりでエンシェントドラゴンを討伐して来いとでも言われそうだ。あれは神の領域に片前足をかけている。


 ともあれ、エタンはたまに魔術師としての仕事をして、後はのんびりグランと暮らせればそれで良いと思っている。


「問題はいつグランに言うかだよなあ」

 だったら魔術師になれば良いと言って、契約を打ち切られそうだ。もう少し、召喚獣として馴染んで来てからにしよう。

 それまでは、こっそり支援し続けるつもりだ。

「うちの子が危険な目に遭ったらいけないからな」


 こうして、召喚士(兼大賢者)にガチガチに護られる召喚獣が誕生したのである。





へなちょこなのを「イマイチ」と表現するグラン。

口は悪いけれど、優しい召喚獣です。


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