脱兎田米筆風食事小説『順番』
脱兎田米筆さまの作風を真似したギャグ小説ですので、重く読まないでください。
脱兎田さまからはノリノリで許可を頂いております。
僕の目の前には7皿の料理が並べて置いてあった。僕はこれらを作った覚えがなかった。ウーバーイーツが持って来たものだった。ごろりとした濃い飴色の豚肉の入った酢豚が目を引く。妻の作る酢豚はこんな旨そうではなかった。もっと不必要なほどに独創的で、甘く煮た小豆とか、セロリとかが入っていた。
口ロロ
口ロロで区切ったが場面は変わらない。相変わらず僕は7皿の料理が並べられた食卓を前にして座っている。この小説は最初から最後まで、僕はほぼ動いていないと思って貰って構わない。さて、何から食べようか。僕は少しだけ動き、箸を持つ。青一色の塗箸。後端だけが朱色に塗られている。
なぜ料理は7皿なのだろう。僕一人で食べ切るには多すぎる。箪笥の上には妻の遺影がある。彼女はその中で幸せだったように笑っている。僕を虐めて楽しかったのだろうか。遺影を置いてある後ろの窓に、大きな蛾が止まった。人面のような模様の羽根がじっと僕を見る。僕は目を逸らすように、また食卓に向き直る。
酢豚に手を伸ばそうとして、冷奴に目が止まった。やはり最初は軽くてあっさりしたものからだ、と思い直し、左手でその小鉢を持ち上げようとした。するとサラダが僕を呼んだような気がした。繊維質から摂取すれば消化がいいような気がした。なぜ、そんなことを思ったのだろう。
妻の声が頭の中に甦る。「あなた、まずは野菜からよ。血糖値が急上昇するのを抑えてくれるわ」なんて、そういえば教えてくれた。僕は反抗するように箸を別の皿に動かす。そこにはしば漬けがあった。紫色が血の色のようだ。なぜか気が引けた。一番自分に近いところに置かれた一皿を見る。白ご飯だ。いや、やはり何かおかずを口にしてから、これは手に取りたかった。
向こうを見るとビーフステーキが置いてある。重い。これは重すぎる。しかも僕の常識からすれば、ステーキにはご飯ではなく、フランスパンをつけるべきだ。妻とテーブルを囲んで赤ワインで乾杯した時のことを思い出す。「ワインはこうやってくるくる回してから飲むものよ」と、彼女はまた僕の反抗心を煽ったのだった。紙コップでワインを飲んではなぜ、何がいけないのかと問い正したかった。様々な思い出がそのワイングラスの中に蓄積していた。僕はそのグラスに、毒を入れていた。喉を掻きむしって倒れる妻の顔を思い出しながら、反対の向こう側を見るとそこにはカツ丼があった。
なぜ、白ご飯があるのに、カツ丼があるのだろう?
夢オチだ! 僕は目を覚ました。妻を毒殺したのも夢だったのだろうか。手先の感覚がもうなくなっている。掴んでいる岩が今にも崩れそうだ。足の下は深い谷底が口を開けていた。糸のように細い川が200メートルほど下に見えていた。僕はなぜ、こんな無謀なフリークライミングに挑戦しているのだろう? こっちこそが夢であってほしかった。
そうか、僕はやはり妻を殺してはいない。妻の作る嫌がらせのようなゲテモノ料理と、食べ物に関する偉そうな薀蓄から逃げて、ここへ来たのだった。そして、おそらく、ここで終わりを迎える。
ああ、崩れる。掴んでいる岩が、崩れて落ちる。そう思う前に、僕の握力のほうが尽きた。
口ロロ
今、僕の前には、7皿の料理が並べて置いてある。
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