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村崎羯諦風シュールレアリズム小説『お袋の味を信じますか?』

村崎羯諦先生の作風を物真似したオリジナル小説です。

村崎羯諦先生からはとても温かい許可を頂いております。


「あなたはお袋の味を信じますか?」


 玄関のドアを開けるなりそう聞いて来たシスターに反射的に俺は「あっ、そういうのいいんで」と答えていた。シスターは俺が閉めようとしたドアに足をかけてブロックすると、さらに「あなたにお袋の味はございますか?」と聞いて来た。さっさと追い返せばいいものを、俺は咄嗟に考え込んでしまう。


 俺にお袋の味なんてものはない。母さんはいるが、母子家庭で物心ついた頃から忙しく、いつも夕食といえば冷凍食品やカップラーメンを独りで食べるのがお決まりだった。母さんの得意料理は何だったかと聞かれれば、俺は『なじのもとkkkの冷凍うどん』と答えるしかない。律儀にそう答えると、にっこりと笑いながらシスターが俺に告げる。


「では、なじのもとkkkの冷凍うどんがあなた様のお袋の味ということでいいですね?」


 シスターはそれだけ言うと、満足そうな笑顔を残して帰って行った。


*****


「昨日、変な女が訪ねて来てさぁ……」


 俺は美奈に昨夜のシスターのことを話した。アイスミルクティーに突っ込んだストローを吸いながら、美奈は俺の話を聞き、途中で遮る。


「それ、今ニュースでやってる危険思想の団体だよ? 知らなかったの? 家から家を訪問しまくって、資本主義社会の根幹を揺るがす洗脳をして回ってるって」

「にゃんだって!?」

「追い返したんでしょうね? え、答えちゃったの!? 何も答えずに追い返しちゃえばよかったのに……大変なことになるわよ?」

「大変なことって?」

「家族ドラフト会議にかけられて、あなたの前世はみりんですとか言われて、文化的な最低限度の生活が送れなくなるかも……」

「それは困る」

「おまけにお医者さんから『あなたの余命は3000文字です』とか言われちゃって、△が降る街に引っ越さざるを得なくなって、あなたの浮気確率が63%以上まで高まったら、あたし、あなたと別れるしかないわよ」


 正直言うと美奈が何を言っているのかはよくわからなかったが、どうやら大変なことに巻き込まれたらしいということはわかった。そのままデートは続けたが、映画を観ながら俺は気もそぞろだった。最後にいつものように彼女のアパートの部屋に行くことになり、その前に俺は聞いた。


「なぁ、美奈。俺との婚約、破棄したりしないよな?」

「え。どうして?」

「だって危険思想の団体にお袋の味を聞かれて答えちゃっただろ? こんな俺なんて見限ってもおかしくないんじゃないか?」

「そんなことしないわよ」


 クスッと笑って美奈はアパートの鍵を開け、俺を部屋に上げてくれると、温かいハーブティーをもてなしてくれた。俺はそれを頂きながら美奈に聞く。


「それにしてもなんでお袋の味が危険思想なんだ?」

「今の時代、女性も社会に出てるでしょ? 手作り料理なんてする女性は絶滅して、冷凍食品やインスタント食品、スーパーの惣菜なんかが日本人の食事のメインになってるわ。そんなところにあの団体はお袋の味を復活させようとしているのよ。危険極まりないに決まってるでしょ」

「そもそもお袋の味って何なんだ?」

「バカね。お母さんの手料理の味に決まってるじゃない」

「あ、それなら大丈夫かな。俺、その女に俺のお袋の味は冷凍食品で、なじのもとkkkの冷凍うどんだって答えたから」

「そればっかりだったの!?」

「うん。週に3回はそれだったから、そればっかりだったって言ってもいい」


 美奈は眉間に皺を寄せた。


「それは危険だわ。色んなメーカーの冷凍うどんだったならともかく、同じ商品をずっと与えられてたというのなら、それは充分『お袋の味』になってしまうかもしれない。考えてみて? たとえばモカコーラとへぷしコーラって、原材料はたった1つしか違わないのよ? レモン果汁が入ってるか、入ってないかだけなの。しかもほんの1%ほどのレモン果汁よ。それだけであれだけ味が違うの」

「原材料がほとんど同じでも配合量が微妙に違うんじゃないか?」

「それもあるわ。でも、もし同じ配合量で、へぷしコーラにレモン果汁がもし入ってなかったとしても、果たして同じ味になるかしら?」

「なるんじゃね?」

「ならないと断言する。それを作ってる機械が違うもの。そこで味が変わって来るのよ」

「そんなもん?」

「そうよ。そしてそれこそが『お袋の味』! 不思議だと思わない? 手料理って、まったく同じ材料、まったく同じ分量の調味料を使っても、作るお袋によって味が違うのよ? 不思議だと思わない!?」

「何の話してるのかよくわからなくなって来た」

「まぁ、いいわ。あなたはもうそれ以上あの団体に関わっちゃダメよ?」

「うん。ところで美奈は俺と結婚しても手料理は作ってくれないの?」

「当たり前でしょ。あたしは反社会的な思想なんて持ってないもの。普通に、善良な小市民らしく、毎日色んな冷凍食品やインスタント食品、スーパーの惣菜で食卓を彩ってみせるわ」


 常識的な美奈の言葉を聞きながら、俺はなぜだろう、心の奥が淋しかった。


*****


 翌日、俺が仕事を終えて帰宅するために夜道を歩いていると、後ろからどうも尾行されているような気がして仕方ない。試しに小走りに駆け出すと、電柱の陰から姿を現した何者かが明らかに追って来る。俺が怖くなって全速力で逃げ出すと、突然、前を大男の身体で塞がれた。「なっ、何ですか!?」と声を震わせて聞くと、後ろから尾行していた細身に黒スーツの男が追いついて来て、俺に一枚の紙を見せる。


「あなたには『お袋の味信者』の疑いがあります。これは逮捕状のようなものです。取り調べに応じて貰えますか?」

「誤認だ! 確かに私は訪ねて来たシスターにお袋の味を聞かれ、答えましたが……」

「何と答えたか、覚えてらっしゃいますか?」

「な、なじのもとkkkの冷凍うどん、と……」

「そうです。調べの通りです。だから、ちょっとこれを踏んでみて頂けますか?」


 黒スーツの男がそう言いながら懐から取り出したのは、外袋に入ったままの『なじのもとkkkの冷凍うどん』だった。いい具合にしっとりとなっている。昔、母さんが食卓の上に置いてくれていたそれのように。俺はそれを見ると、とても温かい気持ちになってしまった。まるで懐かしい子供の頃の我が家に帰ったようだった。決して幸せだとは思っていなかった。しかし大人になった今振り返ると、そこへ戻れないことが心が締めつけられるほどに狂おしい。あの頃の母さんの顔が浮かぶ。いつも苛々していたという記憶の中にも、子供の自分だったからこそ受けられた優しさというものがあった。


 冷凍うどんを鍋に入れて、少しずつ溶け出す、あの湯気の香りが蘇る。他のメーカーのものとは微妙に違う鰹だしと醤油とみりんの配合の香りが記憶をくすぐる。


「これを踏んでみて貰いましょうか」


 黒いスーツの男が『なじのもとkkkの冷凍うどん』を俺の足下の地面に放り投げ、迫る。俺はそれをまじまじと見つめた。冷たい汗が滴り落ちた。俺にとって、間違いなくそれは神だった。無理だ、俺にこれを踏むなんてことは。これは俺の子供時代の愛狂おしい記憶そのものなのだ。「踏めませんか?」と聞いて来る男に、俺はイヤイヤをするように首を振る。


「それでは『お袋の味信者』と断定し、組織に連行しますが、よろしいですね?」


 黒スーツの男が俺に手錠をかけようとした時、道の上に小さなダイナマイトのようなものが降って来た。爆竹だ。それが激しい破裂音と煙を上げ、男達が怯む。


「こっちよ!」


 俺にお袋の味を問うたシスターがいつの間にか後ろにいて、俺の手を掴んだ。その手の温もりに俺はすべてを任せた。今の時代には何かが足りないとずっと思っていた。それが彼女と一緒に逃げた先に、あるような気がした。俺はシスターに手を引かれるまでもなく、彼女と並んで駆け出した。


「待てっ!」


 黒服の男2人が揃って懐から銃を抜き、発砲して来た。パニックを起こした俺とは正反対にシスターは冷静だった。僧服のどこかから家族写真らしきものを2枚取り出すと、「My Sweet Orange」と技名らしきものを口にしながらそれを投げた。シスターの首から懸けているバイオレットの花飾りが美しく揺れた。攻撃を受けた黒服達は1人が倒れ、もう1人がそいつを抱き起こすと、「僕の家族にしよう」と言いながらどうやら彼の家に連れて帰った。


 俺達はビルの隙間に逃げ込み、息を整えた。シスターの横顔がすぐ隣にある。美しく、聖母のようだと思った。彼女なら、きっと冷凍食品やインスタントではなく、彼女にしか作れない味の『お袋の味』を作ってくれる気がした。彼女と家庭を持てば、俺がずっと欲しかった何かが得られるような気がした。美奈はきっとそれを与えてはくれない。


 いきなり結婚してくださいというのはさすがに憚られたので、俺はこう言った。


「俺をあなたの仲間にしてください」

「本当に!?」

「ええ……。僕、目が覚めました。人間には温かな『お袋の味』が必要だ」

「ありがとう。じゃあ、まず入信手続きとしてこの本を購入して」

「えっ?」

「村崎羯諦先生の『△が降る街』という本よ。天下のS学館から好評発売中。定価は726円と半端だから、特別に信者価格として72万6千円にしておくわ。これさえ買えば、あなたはお袋の味を信じる資格が得られるのよ」

「やっぱりやめておきます」

「これさえ買えば温かいお袋の味が得られるのよ!? 安いものでしょう!? 幸せになれるのよ!?」

「いや、定価で買います。726円がなんだかむっちゃ安く思えて来ました。皆さんも買いましょう」


 シスターに幻滅した俺は美奈の元へ帰った。一時とはいえお袋の味を信じてしまいそうになった罪は、村崎羯諦先生の本を買ったことですべて許された。




『△が降る街』が小○館から絶賛発売中!(726円)、ネット純文学の第一人者、村崎羯諦先生のページはこちら↓

https://mypage.syosetu.com/506728/

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― 新着の感想 ―
[一言] 『△が降る街』大好きです! ぎゃてい作品は素晴らしい!
2022/05/25 17:07 退会済み
管理
[良い点] 今回は難易度高いのにすごいのですヽ(=´▽`=)ノ 本当に憑依しているみたいで笑いました(笑)
[良い点] お上手wwwwww シュール(光属性)モードの羯諦さんをよく掴めていると思いました。 [気になる点] シスターと美奈が、ぎゃてい教の別カルトっぽく読めて仕舞いますた…………(ガクブル) …
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