第9話 博士と生徒会②
「君たちが科学部部長・1年の癒音康彦と同じく1年の米田モニで間違いないか」
「はい……」
「いかにも」
俺と博士は、あの騒動の後、生徒会室に連行された。理由は、詳しく語る必要もなかろう。元々、書紀たる阿野麿さんにお呼びがかかった上に、密室で男女(片方はパンツ一丁)で密着していたのだから。
俺と博士を囲うように、席に座っているのは生徒会一同の5名。中央には、生徒会長の鮫島氏。澄んだ蒼い海のような長い髪の、凛とした少女である。
彼女の左右には彼女より大きな青年二人。一人は2メーターはあるだろう巨体で白髪のスポーツ刈りをした男。もう一人は背丈はそれほどだが、顔に傷をつけた赤毛の長髪で眼鏡をかけたインテリヤクザ風の男だ。どちらも格闘技をやっていそうなほどガッチリしていて、目があったら火花でも散らしそうなほど剣呑な雰囲気がある。
左右端には、阿野麿さんともう一人……柔和な顔をしていて、笑顔の男。
阿野麿さんと全校集会で名前を呼ばれているくらいには有名な鮫島さん以外は俺もよく知らないが、まぁ生徒会のメンバーであることは間違いない。
しかしまぁ、なんとも美男美女揃い。
生徒会選挙は顔採用でやっているのか。
「あの、それより何ですけど」
「何です?」
「そろそろ、俺に人権が保証される人間が、最低限着用を許される衣服を着せていただけませんか。それと、手錠も……」
俺はあの後、パンツ一丁のまま、さらに手錠まで外されることなく生徒会室に連行されたのだ。
阿野麿さんが言うには、『とにかく現場の様子はそのまま、癒音さんが加害者か被害者かも判断がつかないので、そのままの姿で生徒会に来てください』とのこと。
いや、その妙な現場保存精神は何なんだよ。
おかげで、様々な生徒が活発に活動している時間帯に、俺は手錠をかけられたパンツ姿を晒す羽目になった。まるで市中引き回しの刑にでもされた気分である。
「……なぜ、癒音氏はパンツ姿で生徒会に来ているのですか?」
「俺が聞きたいんですけど」
俺に聞くなよ。趣味でやってると思ってるのか、この生徒会長は。
「その、先ほど説明した通り、科学部の部室に入る際、癒音さんの助けを求める声を聞いて、入った時には彼はあの様な姿だったんです。それで、下手に現場を荒らすのは良くないと思って彼をそのまま連れてきました」
阿野麿さんが戸惑いつつ説明する。
下手でも上手でも何でもいいから、服くらいは着せて欲しいものですがね。
「まぁ、議論の妨げになることはないでしょう。都合の良い事に、今は青葉も茂る水無月ですし」
さすが生徒会長。
暖かければ服を着ないでもいいという前衛的な新解釈を一般生徒に説いてくれる。何いってんだコイツ。
「それより、科学部3年の平良氏が見当たりませんが」
「ああ、平良先輩は名古屋の塾に通ってるみたいで、基本的には科学部に顔を出してません」
「平良?」
博士は初めて聞く名前に疑問を口にする。
「一応、科学部に所属してることになってる3年生の先輩です。ほら、博士が入部する時に一度だけ話題にしたでしょう」
「あー、あったな。気にしなかったが、そういえば一度も会ったことがないな」
「俺も入部した時の他に彼とあった記憶がありませんね。完全な幽霊です」
本当に一度きりしか顔合わせしたこと無いので、そろそろ俺の中で彼の印象が薄れてきている。たぶん久々に会っても顔と名前が一致しない可能性もあるな。
「まぁ、今回の件に平良氏が関係ないと分かればそれでいいです。それで、まずは最近報告されている科学部部室からの騒音の件についてと、癒音氏がこのような姿で米田氏に襲われていた件についてお聞かせ願えますか」
「ええっと」
何から話そうか、と俺が考えてると、博士が口を挟んできた。
「ここは私が受け持とう」
いや、悪い予感しかしないから止めてくれ、と言う前に彼女の饒舌な口が働いてきた。
「我々、科学部は現在、育毛剤の開発を行っている。メインはシナノダケによる男性ホルモン促進剤だが、やはり様々なアプローチが必要だという考えもあり、REDによる破壊と再生プロセスからなる人体皮膚の強化も進めていた。おそらく、件の騒音被害というのは、REDを塗布した助手の悲鳴だろう。彼は献身にも科学の発展の為にと人体実験に協力してくれたのだ」
「育毛剤? 高々、育毛剤で悲鳴ってどういうことなんです?」
赤毛のヤクザ風が的確なツッコミを入れてくれた。
「言っただろう。破壊と再生のサイクルで皮膚を強化する。ならば、相応に人体に負荷をかける」
「ちゃんとリスクの説明をして、お互いに了承してるんだろうな?」
今度は白髪からの確認。
「事前に了解は得ている」
「銃で脅されました」
「実験はアットホームな雰囲気で行っている」
「拘束椅子に無理やり座らされました。中止を懇願しても無碍に扱われました」
「先程までも実験の途中だったが、私がつい足をくじいて倒れた所、彼が受け止める形となった。服を着ていないのは、彼がREDを全身に塗布する為だ。もちろんお互いの合意は取れている」
「博士に押し倒されました。博士が無理矢理に服を剥いできて、手錠をかけられました」
「……」
「……」
その場が沈黙した。
「助手。ちょっと面貸せ」
まるで一世代前の不良じみたセリフを博士は言った。面貸せ、なんて現代高校生がまず言われることのない言葉であろう。恐竜化石レベルで珍しいに違いあるまい。
俺は博士に胸ぐらを捕まれ、引っ張られながら部屋の隅に追いやられた。よくまぁ、権力者が集う生徒会室で、このような蛮行を行えたものだ。
「いやいや、助手よ。話くらい合わせたまえよ。これでは誤解されるだろう」
「事実を言ったまでですが」
「あのねぇ……。私が悪者だと思われたらどうするんだ」
「そう思われるのなら、客観的に見て博士は悪者なんじゃないですか」
何呆れた顔をして被害者ぶっているのだろう。
「とにかく、上手いこと穏便に事を運ぶよう、君も協力したまえ。言っておくが、これだからな?」
これ、と言いながら懐の銃を見せつけてくる博士。もう銃器を見せれば俺が素直に従うことを覚えたようだ。クソが。
俺は何も言えずにいると、博士はそれを肯定と解釈したのか、満足げに元の立ち位置に戻った。
「悪かったな。どうやら、私と彼の間で認識の齟齬があったらしい」
「……では、癒音氏の説明は虚偽であるか思い違いによるものだと?」
「そうだよな? 助手」
「……」
「助手よ、返事くらいしなさい」
「……はい」
「米田モニ、その手にある銃をしまいなさい」
鮫島さんは流石に状況が滑稽すぎると感じてきたのか、最初の鉄仮面みたいな顔が崩れてきて、とうとう呆れてきている。
「はぁ……」
鮫島さんはついに自分では判断できないと思ったらしく、ため息を付いた。
「奥藤、倉亜、どう思います?」
「どう思うも何も、米田モニによる癒音康彦へのパワハラでしょう」
「だな。ただの意見の不一致ならともかく、米田の方は明らかに脅しをしているだろ。そもそも、銃の所持って校則的にどうなんだ? 奥藤、何かそういう校則あったかね?」
「さぁ……。まず持ってくる生徒の前例がないので、規則を設ける機会が無かったと思います」
「生徒の銃所持については今後の課題としましょう」
鮫島さんと、赤髪の奥藤、白髪の倉亜の議論が勝手に進んでいく。何というか、目の前に銃で脅されている生徒がいるというのに日和主義というか、規則重視というか、もっと感情的に憤慨してくれても良いんじゃないか。
「会長」
唐突に、これまで会話に参加しなかった書紀の阿野麿さんが口を出しに来た。
「入鹿先輩が何か言いたげです」
「黙ってなさい、入鹿庶務」
「いや、言う」
「黙ってなさい」
入鹿と呼ばれた、柔和な……まるで笑顔が張り付いているような大きな男は堂々とした佇まいで答える。
「やはり議論と言うのは、一方向の意見で占められるのは良くないと思う。だから、俺は敢えて対立の立場に立とうと思う」
「えっと、銃規制について懐疑派ということですか?」
「そっちではないぞ、阿野麿」
「意見は御尤もですが、常識的な意見をお願いしますね」
「うむ」
何というか、会長の態度で入鹿と呼ばれた男の大体を把握したような気がする。なぜだか、物凄い嫌な予感がするので、会長の言うとおり黙っていて頂きたい。
「確かに、ここまでの聴取をまとめると、癒音康彦くんは米田モニにパワハラ紛いの被害を受けていると思うのが妥当だろう。しかし、視点を変えてみてほしい」
「視点、ですか?」
「普通に考えて、銃で脅されるような状況なのに、なぜ康彦くんは律儀に科学部に通っているのだろうか。通常であれば、退部してしまってもおかしくはない」
「それは被害を受けていない人間の感想では? パワハラ被害者というのは、その過酷なストレス負荷に対して逃避反応ができない状況になりえます。厚生労働省の調査によると、パワハラ被害者の約4割が状況を変えようと思うことができなかったと言いますね。この心理的な状況下は、学習性無力感と呼ばれています」
「その可能性もあり得よう。数値で言えば4割程度だがね。しかし、彼がストレスで正常でなくなったのでは無く、『最初から正常でなかった』としたら?」
「何が言いてぇのかハッキリしねぇな。さっさと結論を言え」
倉亜がイライラしてきたのか、つっけんどんな態度で言い放つ。
「じゃあ、結論を言う。俺は、彼が被虐趣味の女児性愛者何じゃないかと思っている」
「……は?」
「はぁ……入鹿庶務はなぜいつも場を荒らすような発言をするのでしょうかねぇ」
入鹿の発言は心外も良いところであった。思わず不躾な言葉が出てしまったが、一切の罪悪感はない。
俺が会長に目をやると、彼女も彼女で『また始まったよ』と、言いたげな顔をしている。
「しかし、一理あります。確かに、被虐趣味の女児性愛、つまり糞Mロリコンペド野郎ならば、退部しなかった道理にも納得できます」
奥藤がメガネをクイッとしながら納得していた。ぶん殴りたい。
「むしろ、そう考えるのが妥当とさえ、俺は思う。確かに、米田モニは未成熟でまるで女性としての魅力に欠ける。しかし、ロリコンとなれば別だ。ロリコンであれば、過酷な実験ももはやご褒美、マゾならば、服を剥がされて手錠をかけられたのも得心がいくというもの」
「この人、法的に訴えてもええどすか?」
「……事が済み次第、勝手にどうぞ」
鮫島さんはやれやれ、とため息混じりに言葉を漏らす。
「入鹿庶務。貴方の屁理屈はよくわかりました。しかし、被虐趣味の女児性愛者というのは、マイナー中のマイナー性癖。この世に何人いるかも知れぬHENTAI中のHENTAIです。確たる証拠さえなければ、貴方の理屈は机上の空論といえましょう」
そうだそうだ。
言ってやれ、鮫島さん!
「助手……他人の性癖にとやかく言うつもりはないが、それはあまり褒められたものではないぞ?」
「テメェは黙ってろ発育途上女」
「なんだとー!」
博士がキレて俺の髪を引っ張っているが、俺にとってそんなことはどうでも良かった。
「しかしだな? ここにスーパー銭湯……じゃなかった、数%でも可能性があるのならば、その可能性は捨てきれないのではないかな? それを0%にできる証拠でもない限り」
「それは、そうですが」
生徒会長! 押されないでください!
「分かりました。では、それを検証することが必要と言いたいのですね」
「その通り。やはり会長は話がわかる」
「絶対誘導しに来たでしょうに」
なんだか雲行きが怪しくなってきたような……。
「康彦くん、おちんちんを見せなさい」
「は?」
入鹿が支離滅裂なことを言い出した。
「俺が提唱した、癒音康彦の被虐趣味女児性愛者説を否定するには、君がおちんちんを出すしかないのだ」
「気が狂ったか? 生徒会」
「キチガイは彼だけです」