第4話 博士とキノコと育毛剤①
「部費を調達するぞ」
「いきなり呼び出しておいて、何なんですか」
テスト期間の真っ最中、午前で授業も終わるので直帰しようと思っていた頃の事。
唐突に、博士からラインが飛んできて、『至急、部室に来給え』と端的に、かつ上から物を言う内容の指示をされた。
そしてやってきたと思えば開口一番にこれだ。
このロリ娘は、人をフリスビーでも投げればすぐに戻ってくる犬みたいに思っているのだろうか。
「ふむ。今日はその為に呼んだのだ。何事も、資金がなけれは活動も難しいと思ってな」
「はぁ……資金繰りが必要な活動をするほど、みんな科学部に期待してるとは思いませんが」
「ならば皆が期待するような研究成果を生み出すのが研究者の矜持だ」
どうして博士は科学部(と言うか俺)を巻き込みたがるんだろう。科学部自体の活動は良いとしても、謎に意識を高くされても困ると言うもの。
「それで、どんな活動をするっていうんですか」
俺はいつものディスクにカバンを置いて、椅子に腰掛けてながら尋ねた。
「今回行う資金繰りのための活動……それはズバリ、キノコ狩りだ!」
「売春の隠語か何かですか?」
「……。どうして君はそんな最低な発想が出てくるのか、不思議で仕方ないよ」
そりゃあ過程をすっ飛ばして結論から言ってるんだもん。聞いた感想をそのまま憶測で語るしかないじゃんか。
「まぁ、キノコ狩りは良いですけど、それが資金繰りにどう関係するんですか? 松茸とか取ってきて売り捌くとか?」
「その前に、確認したい事項が1つある。部費の申請に必要な過程についてだ」
「えっと、まず科学部の顧問に申請書類を提出。それが生徒会及び教頭を筆頭にした数人の教員に届き、申請内容が正当と認められれば部長に部費が下ります。まぁ事後処理云々またややこしかったり、生徒会が直接、物の購入をするとか、設備の改築とかの場合もあってややこしいですが」
「そこさえ抑えていれば良い。要は、申請の是非を判断する教員がいるのだな。そのメンバーの中に、教頭と、確か古典教師の石塚がいただろう」
「あー、確かいたはずですね。石塚は1年の生徒指導でしたっけ」
て言うか、そこまで把握してるなら説明要らなかったんじゃ。
「教頭と石塚の共通点はなんだ」
「ハゲ」
「そう、ハゲだ」
最悪の認識である。
少し不憫に思えてきた。
「つまり、この2人のハゲが良しと言えば、部費の申請も降りやすい。特に2人は教師陣でもそれなりの地位にいる人物だ」
「この2人に毒でも盛るんですか?」
「君は少し倫理的に物事をいいたまえ」
だってキノコとの共通点そこしかないじゃん。明らかに説明不足の博士が悪いでしょうに。
「だったらこれまでの話とハゲ教師になんの関係語あるんですか」
「キノコで発毛剤を作るのだ」
突拍子もないこと言い始めた。
「まぁまずはきちんとした説明が先が。助手くん! ホワイトボード前に集合!」
博士がチョークペンをコンコンコン! とホワイトボードに叩いて促した。いや、ホワイトボードなんていつの間に用意してたんだ。前まではなかったぞ……。部費を渡した覚えも、そもそも申請もしてないから、博士が自費で用意したようだが。
「早くこっちに来なさい!」
「あの、ここからでもホワイトボード見えますけど」
「講義は前のほうが見やすい!」
☆☆☆
「さて、まずはハゲの治療の基礎知識から講義を始めよう」
「世の男性の為に薄毛って言ってあげてください」
「正確に言えば脱毛症患者と言うべきだな。今回の患者はこの2人」
博士はA4用紙を2つ、ホワイトボードに貼り付ける。教頭と古典教師の石塚の顔写真がプリントされている。
「どちらとも、男性型の脱毛症だな」
「女性型もあるんですか?」
「良い質問だ。この2人のように前頭部からM字型に脱毛が進行するタイプが男性型だ。対して、頭頂部を中心として進行するのが女性型だ。びまん性に薄くなることもある」
あー、なるほど。
ウチのお婆ちゃんも、確かに頭の中心線に沿うように薄くなってるな。
対してホワイトボードに貼り付けられている男性の写真は、両者ともに前髪から始まって薄毛が進行している。思えば、そんな風に薄毛が進行する女性を見たことがない。
「そうなると、あのカッパみたいにハゲていくやつは?」
「円形脱毛症だな。あれは男性型とかなり異なっている」
「え? そうなんですか?」
「後に詳しく説明するが、円形脱毛症は毛根の炎症より脱毛する。男性型は単純に男性ホルモンの不足だ」
なるほど。
素人の俺でも、たしかにこの2つは大きく違うと直感できた。おそらくだけど、皮膚が弱っていてハゲるタイプと、老化とか体の衰えでハゲるタイプってことかね。
「男性型脱毛症について詳しく語ると、ヘアサイクルまたは毛周期とも呼ばれる毛の発育サイクルにおいて、毛の成長期が短くなって毛が十分に成長する前に休止期、退行期に突入し、毛が抜け落ちる。これの成長期が短くなってしまう原因が、男性ホルモンの不足と言うわけだ」
「ハゲの原因が男性ホルモンってのは聞いたことありますね」
「そして、その男性ホルモンの分泌を助けるのが発毛剤と言うわけだ!」
なるほどなるほど。
まぁ脱毛症の症状などによって対応もピンキリだろうが、大体は把握できた。
「そして、その最強の育毛剤に必要となるのが、シナノダケと呼ばれる長野県に分ぷするキノコなのだ」
※実在しないキノコです。
「具体的に他の育毛剤と何が違うんですか?」
「今後の研究・検証次第だが、効果は1か月で発揮し、副作用もかなり抑えることを目標としている」
「1か月? 長くないですか?」
「いや、ミノキシジルは効果の実感に一年くらいのスパンが必要だろう。副作用のかゆみや炎症もあると聞くぞ。知っているだろう」
「いや知りませんけど」
「現在の日本皮膚学会の推奨度Aランクの外用薬だ」
たまに当然のように専門用語を知っている前提で話してくるんだよな博士は。
ただ、現状の育毛剤より遥かに効果的な見積もりがあるらしい。確かに、実用化すれば大金になりそうだが……。
「実際に作れたとして、1か月間も検証期間があるんですよね。気が遠くないですか?」
「そもそも、実用性の検討自体月単位でできるわけが無かろう。奇跡でも起きない限り、数年は実用化されまい」
「じゃあ、『教頭&石塚先生、これハゲ特効薬です。部費くださいブヒブヒ』って訳に行かないんじゃ」
「はっはっは。天才博士と名高い私が開発した発毛剤だ。過剰な期待をして飛びつくに違いない。それを餌にしつつ、更には人体を使った検証ができる。一石二鳥ではないか」
教師を実験台にして、更に金まで取るのかよ。
しかし理にかなってるのが恐ろしいな。教頭も石塚も中途半端なハゲ頭だ。スキンヘッドにしようとせず、無駄に残りある髪に固執している。つまりは、俺まだハゲ頭にはなりたくないという意志の現れであり、そこに博士の育毛剤ともなれば飛びつくに違いない。
「まぁ、製薬会社に研究論文を送りつければ融資してくれそうだがな」
「絶対そっちのほうがいいやつでしょう」
博士の立場なら学校の部活とは思えない研究資金が転がり込んできそうだ。そもそもの問題、研究施設なんぞ引く手数多なのだから、わざわざこんなチンケな科学部にいる意味もないだろうに。
「とにかく、今週の土日にかけてフィールドワークに赴くとする」
「頑張ってください。応援しています」
「いや、君も来るのだぞ」
「……」
嫌だなぁ。
☆☆☆
博士は用意周到な事に、今回のフィールドワークに関する小冊子を用意していた。要は、旅のしおりだ。全二十ページに渡り、緒言から始まって、採取目標のキノコについての解説、当日の服装、持ち物、分刻みのスケジュール、結言で締められる構成だ。この人、テスト期間中にこんなもの作ってたのか……。
「しかし、もらった当日にちゃんと目を通して正解だったわ」
というのも、日帰りかと思ったら一泊二日予定となっている。旅館に泊まるらしい。で、宿泊費は経費で落とせるか。否、すべて実費だ。その他、レジャー用品も購入必須らしい。
「入学祝いで親戚から貰ったお金を下ろしてくるか」
たまたま、資金の目処が立ったから良しにしても、今後この様な出費の激しい活動が続くならば流石に抗議しなければ。いや、育毛剤が成功すれば、部費で旅行できるのかね? まぁ、その辺りはちゃんと聞いておこう。
「おい康彦。入るぞ」
ノックもせず入室するのは、俺の姉だった。ウェーブのかかったショートヘアに、短パンティーシャツというラフな格好。
「姉貴、ノックくらいして……」
パンッ! と鋭い平手打ちが俺の頬を抉った。
「申し訳ございませんでした。姉上……」
「良し」
平身低頭な態度で接すると、姉は満足したように答えた。
姉貴、ノックくらいしてくれ。その言葉の何に苛ついたのか、体罰を与える意味があったのか、そんなものを俺は知らない。しかし、全国津々浦々共通認識として、姉や兄は何に怒るかわからんけど、とにかく殴ってくる。その時、大抵は気分を悪くした理由を弟が理解する事はできないことが多い。
「で、康彦。お前、キャンプにでも行くらしいな」
情報が早い。
母親経由か。
「はい。科学部の活動でキノコ狩りを少々……。部費のためにです」
「キノコ狩りで部費? 売春の隠語か何かか?」
やっぱ一見そう思っちゃうよね。
「いえ、本来の意味です。なので、一泊二日ほど長野の方へ行く予定です」
「誰と行く」
「科学部の部員と2人です」
「男か」
「女の子です」
「外見的特徴」
「米田モニで検索すればでてきます」
俺が答えると、すぐに姉はスマホで彼女の名前を調べる。すると、一瞬ほど沈黙しつつ、
「……。お前はロリコンではないよな」
「はい。姉上の指導の賜物もあり、女児性愛には関心のない生き方をしております」
「ああ。お前をロリコンにだけはしないよう、アタシはちゃんと教育してきたからな」
「はい。感謝しております」
「だが、わかってるな」
「はい」
「アタシが良いと言った女以外と付き合ったら、殺すから」
「……はい」
恐ろしさで出そうになった涙を堪えつつ、俺は振り絞るような声で答えた。