第3話 博士と辛さマウント
割り込み投稿した話です
「科学部に米田モニが入部したってマジ?」
「マジよ」
昼休み。
生徒の喧騒が入り交じる廊下にて、俺と友人の脇田は食堂に向かい歩きつつ、雑談をしていた。
「実際どーなの? 女の子の入部でちょっと花が咲いたとか」
「全く。というかウザい」
「やっぱ気難しい性格してるんだなー。でも、米田といえば、それなりに男人気あるんだぜ」
「この学校、ロリコン多いんだな」
「ホントだよな」
博士の男子人気はちらほら聞いていたが、しかしあまり表面に出ることはない。博士に『誰か付き合ったりしないんですか?』と言うような質問をした事があったが、今のところないらしい。おそらくだが、彼女と付き合うとロリコン認定されるからだろう。
「でもアレ目当てっぽい男子生徒がいくつか部活見学来てたわ」
「お、マジか」
「翌日から連絡ないけど」
「いや何でやねん。ロリコンもっと気合見せーや」
「博士が3時間くらい大学数学の講義を始めて、しかも課題まで出したからね」
「そらロリコンにも同情するわ」
「ホントになぁ。胸くらい触らせて、入部すれば毎日揉み放題サービスとかすれば良いのに」
「減るもんじゃあるまいしなぁ」
「減るほど無いだろ」
アッハッハッハ!
とお互いに笑い合っていたところ、食堂でばったり博士と出くわした。
☆☆☆
「すんませんマジ俺博士リスペクトしてるっす」
「俺もです。米田モニさんの美貌には敵わねぇっすわ」
あれから、俺たちはこのロリ博士にボコボコにされた。
顔面が膨れ上がるほど腫れている俺たちは、気難そうな顔をしている博士にゴマをするように宥め、やっと彼女は満足げな顔をして言い放つ。
「分かれば良い。私としても、助手くんとその友人にあまり非道な事はしたくないしな。これくらいで許してやろう」
「博士の優しさが五臓六腑に染み渡る思いです」
「はい。一生の御恩と思い生きていきます」
顔面を原型が無くなるまで殴っておいてこの言いようである。クレイジーサイコも良い所だ。顔面の形も少し変わってしまった。俺が女の子だったらショックで自殺しててもおかしくない。
「というか、助手ってちゃんと友達いたのだな」
「失礼ですね」
「いや、これまでの君を見ていると、どうも君は倫理観を少し欠落していると言うか、人間性に問題ありと思っていたからな。意外だよ」
「まぁ、こっちの脇田は夏場になると食費節約の為にセミを食い合った幼馴染みなんで」
「なるほど。類は友を呼ぶわけか」
「お前ら失礼だな。昆虫食は世界的にも注目されてるんだが」
脇田はどこかズレた主張をしていた。いや、確かに焼いて食べると美味いんだよね。
「博士こそこんな所でボッチ飯ですか」
「失礼な。私にだって友達くらいいるわ」
「どこにですか」
「……隣だ阿呆」
と、博士が指さした方に、確かに女子生徒が一人、ポツンと、申し訳無さそうに立っていた。
「ど、どうも……」
気弱なキャラクターなのだろうか。彼女はどこか儚げに、肩身狭そうにしている。
「どうも、博士の助手をしているジョン・ウィックと言います」
「愛犬が殺されただけでマフィアを潰しかねない自己紹介するでない。癒音康彦くんだ」
あ、博士以外とサブカルにも造詣があるんだ。
「脇田太一です」
「油田菜々です、よろしくです」
ペコリ、とたどたどしく彼女はお辞儀をする。
「博士」
「なんだ、助手よ。菜々ちゃんは臆病な性格で、男性経験も少ないのだから、気を使ってくれたまえ」
「友達料金、いくら払ってるんですか?」
博士は無言で俺の顔面に拳を突き刺した。
「俺、月五千円までなら払えます」
ついで、脇田の顔面も博士の拳が突き刺さった。
「が、顔面がシュークリームみたいな形してる……」
油田さんが恐ろしいものを見るように呟いた。
なるほど、今の俺たちはそんな顔をしているんだな。前が見えないから分かんねーや。
☆☆☆
「それで助手のやつ、どうしたと思う?」
「全然わからない……」
「部室に出たゴキブリをな? 貴重なタンパク源だからって言ってパックに保存し始めたのだよ」
「えっ⁉ 流石に怖いっ……」
何か好き勝手に言っている女子会を横で聞き流しつつ、俺たちは食堂の待機列にいた。科学部と言うなら、昆虫食にも前向きな視点を置くものかと思いきや、この博士にはそのように視野の広い考えはなかったらしい。
「ゴキブリ食べるのは……マズイよ……」
「意外と美味しいですよ」
「だな。しかもタダだ」
「ひっ!」
「そっちの不味いではないわアンポンタン」
油田さんはひどく怯えるように俺たちに反応した。悲しいかな、俺たちはただ安く食欲を満たす為に虫を食べていると言うのに、世の人間はそれを理解しようとしない。
「そもそも、飯に数百円払う気持ちがわからないなぁ。そこいらの虫を取ってくればタダで食べれるのに」
「本当だな。コストパフォーマンスという言葉を教えてやりたいぜ」
「き、キチガイだ……」
酷い差別用語だ。
LGBT団体のような人権団体に訴えかければお前の人生潰せるんだぞ、と言ってやってやろうか。まぁ、流石にしないけどさ。
「まぁ今日は普通の飯食うくらいのメリハリは大事だと思いますけど」
「ああ。たまの贅沢ってやつだ」
「あの、お金がないなら少し分けてもいいですよ……」
「いやいや、ただ貯金してるだけです
「割と好きで食ってるしな。虫も」
俺と脇田が昆虫食について語っていると、
「アンタ等。食堂の中で気色の悪い話ししてないで、さっさと食券だしな」
恰幅の良い、食堂のオバちゃんに叱られる。
「おぅっと、すんません。はい、牛丼大盛りで」
「私はオムライス」
と、脇田と油田さんが答え、食券を渡す。
そして、俺と博士が注文をしようとした時、食堂のオバちゃんが食券を見るまでもなく言い放つ。
「ああ、アンタ等か。珍しいね。二人で来るなんて」
「ん?」
なんとも不思議なことを言う。
俺と博士が一緒に食堂を利用したことは無いのだが。
「あんた等はいつもの奴だろう。激辛キムチ丼」
俺はそれを聞いたとき、すぐさま博士の方を見た。そして、博士も同じ考えだったらしい。
「ほ、ほう。いい趣味をしてるじゃないか。助手よ。気が合うな」
「ええ、初めて貴方と息があった気がします」
特製キムチ丼は、この学校名物とも言える品物だ。学園内でも、その辛さは折り紙付き。一部のマニアくらいしか食さない上に、匂いが強烈なので隣で隣人が食欲を無くすから友達がいなくなるらしい。
「そうか。ちなみに私は激辛キムチ丼に更にチリソースのトッピングをかけているがな」
「へぇ。甘党なんですね。俺はラー油をそのまま入れてもらってます」
「あんたら、ホント気色の悪い物食べるわね」
食堂のオバちゃんがドン引きしながら食券を受け取った。
「なかなか面白そうじゃないか。オバちゃん。彼に使ってるラー油とやら、私にもかけてくれ。彼の2倍かけてもいい」
「オバちゃん。博士が頼んでるチリソース、彼女の3倍かけてくれ」
「悪い、今ちょっと汗を流したいところだった。やっぱり5倍かけてくれ」
「オバちゃん。俺とやっぱ10倍にしてくれ」
「20倍でもいい」
「俺は50イケる」
「100倍」
「200倍」
「そんなに貯蔵してあるわけ無いだろバカ者ども」
そう言って、オバちゃんはチリソースとラー油を平等に入れたキムチ丼を2つ渡した。しかしオバちゃんは話が分かるようで、その場にあった辛味調味料は全て放出してくれたみたいだ。
「うわっ……」
「見たことないくらい真っ赤だけど……」
脇田と油田さんが嗚咽を漏らす。
しかし、俺はそれに見向きもせず、キムチ丼を取ってすぐに、カウンターに向かった。そして、それは博士も同じで、俺たち2人は同時に、調味料たる七味唐辛子の粉を手に取った。
「助手、離しなさい」
「いえいえ、女性にそれ以上の辛さは酷でしょう。唐辛子を渡してください」
「はぁ? 君はまだ性差による身体格差を物言うか。呆れたな。君こそ、それ以上の辛さに耐えきれるとは思えない。即刻、唐辛子を渡したまえ」
「うるさいロリ」
「言ったな! この野郎!」
それを合図に、俺と博士は服を掴み、髪を掴みの殴り合いに発展した。純粋なパワーは彼女が上を行き、何度も顔を殴られたが、しかし俺も負けじと彼女を引っ掻いたり、髪を引っ張ったりして応戦した。
「止めなさいアンタたち! はんぶんこしないと出禁にするよ!」
「チッ」
「クソが」
結局、お互いに仲良くはんぶんこした。
☆☆☆
「うわっ! 何か臭っ!」
「あの席からだよ……。特製キムチ丼に加えて、唐辛子にチリソースかけた汚物を食べてるやべーやつ」
「なんか食欲なくなってきたわ」
俺たちが席についた途端に、周囲がざわつき始めた。特製キムチ丼の更に上を征く、もはやただ口内にマグマを詰め込むだけに生まれてきた食べ物を見て、誰もが困惑しているらしい。失礼な奴らだ。
「モニちゃん……それ、人間が食べるものじゃないよ」
「何を言うか菜々ちゃん。私には、日々の生活で弛んだ脳を覚醒させるに相応しい、至高の料理に見えるぞ」
「俺、流石にちょっと離れて食うわ」
そう言って、脇田は俺から二席分くらい距離を取った。油田さんの方も同意見らしく、黙って博士から椅子を離した。
「いやー、美味しそうですねぇ」
「全くだ」
スゲぇ匂いがする。
いや、匂いというか湯気が目に当たっただけで、角膜が溶けるんじゃないかと思う程だ。
ただ、それは博士も似たりよったりな感想を覚えたらしい。目の前の特製キムチ丼(ラー油とチリソース、七味たっぷり)を見て、流石に人類の食べ物じゃないという顔をしている。
ただ。
それでも、博士と俺……お互いの気持ちは一緒だろう。
辛さマウント取りてぇなぁ。
俺のほうが辛いものを食べて、隣で博士が辛い辛いと言ってたら、「え? その程度で辛いなんて言うんですか?」と言ってやりたい。
「では、頂きます」
「頂きます」
俺と博士が仲良く、真似し合うように手を合わせた。
そして、早速キムチを一切れほど箸で摘んで、口に運ぶ。
「うぉっ……んんん⁉」
辛いという感覚が口内を刺激する瞬間は、ワンテンポほど遅れてやってきた。
様々な調味料が混ざっているせいだろうか、殴られたり刺されたりするような、痛いという刺激より、直接的に不快が殴りかかってきているようだった。
いや、何というか。
普通に不味い。
よく考えたら、同じ辛味とはいえ、混ぜて食べるものではないからだろう。
「い、良い刺激になるな」
博士の声は震えていた。
ああ、うん。刺激というより料理としてゲテモノ紛いであることも要因してか、顔が蒼白している。
「……い、いやぁ! 俺はちょっと刺激足りないかなぁ? 俺の舌を満足させるには、まだ辛味が、必要かも、なぁ!」
「⁉」
そう言って、俺はカバンからタバスコを一本、ドンッ! とヤケクソのように机に叩きつける。
「おい康彦! 『アレ』を出す気が⁉ 悪いこと言わねぇから、マジでその辺にしとけって!」
「……」
俺は脇田の驚愕混じりの忠告に答えることなく、無言でタバスコの蓋を開け、キムチ丼にかけていく。
「ええい、チマチマと面倒だ」
ちょびちょびと瓶の口から出るタバスコにウンザリし、俺はタバスコの瓶の口を割って、中身をドバドバとキムチ丼に投入。
「く、クレイジィだ……」
油田さん、普通にひどいこと言いますね。
「助手……今日の君とは、特別な星の下に生まれた運命を感じるよ……」
「⁉」
俺が博士に目をやると、博士の手にも、俺と同じタバスコを持っていた。
まさか、博士の方もタバスコを常備していたとは……。
「も、モニちゃん……」
油田さんはもはやドン引きである。
「お前ら、いい加減にしておけ」
脇田は脇田で呆れてる始末。
「はっはっはっは! 美味い!」
「いやぁ! 珍味だなぁ!」
俺と博士は、涙を流しながらよくわからないものを食べた。
☆☆☆
昼休みが開けて、5限目の授業中のことである。
「先生ぃ……トイレ行ってきていいっすかぁ……」
「お、おう」
死にかけのセミみたいな顔をしながら、俺は静かに席を立ち、教室を出る。
「あーあ言わんこっちゃない」
脇田が小さく呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
俺が教室の外に出たのとほぼ同時に、隣の教室からも生徒が出てきた。
小さい影。
間違いない、博士だ。
「あ、博士……」
「……助手か」
博士の方も、疲労困憊という感じである。
「花を、摘みに?」
「そちらこそ、鷹でも狩りに行くのか?」
まぁ、そりゃあそうか。
「できれば、耳を塞いでいてほしい」
「分かりました」
何がとは言わないが、二人のそれは教室に響き渡るほど大きかったらしい。