第21話 博士と名誉性的弱者男性の叫び
「博士。日本は性的マイノリティーへの配慮が足りないんじゃないですかね」
「……突然どうした、助手」
俺はプリコネのブラウザをそっと閉じ、厳かに言った。
「性的マイノリティーやポリティカル・コレクトネスの問題は、確かに世界的に議論されているが……しかし、君みたいなタイプは、むしろゲイなどを中傷する側の人間だと思っていたな……」
「失礼ですね」
「いや、悪い。見かけで判断してしまったな」
「人をゲイとか言うの、下品だからやめたほうがいいですよ」
「あ、そっち……」
なんだコイツ。
いきなり俺をゲイみたいに言いやがって。
「で、だ。これまた唐突な議題を出してきたな。思うに、助手には現代日本の性的マイノリティーへの対応が不満だと言いたいんだな」
「ええ、何というか、本当に配慮が足りないと感じています」
「その心は?」
「なんでアニメのキャラクターは巨乳しかいねぇんだよ」
そう言って、俺はプリコネで新実装されたキャラクターの絵を見せた。
それは、薄着で、腹と胸元露出した女の子の絵である。
「これがプリコネで新しく実装された女の子です……胸元を見せつけるような衣装、なんです? これ、牛? 牛の擬人化? 牛が良いのは焼肉だけで、牛に欲情するとか頭おかしいだろ……」
「ふむ……確かに馬鹿みたいな乳のキャラクターだな。脳の成長はきっととられ、IQ20程度の安いキャラクターに違いないな」
「何いってんだよ。キャラはいいんだよ。IQのために胸も身長も性格も栄養が取れなかったアンタと一緒にするな」
「なんだとー!」
博士は顔を真っ赤にして怒ったが、俺はそれを無視した。
「現代日本の、性的マイノリティーの問題点はそこなんですよ……みんな気づいてませんが、ソーシャルアプリ、コミック、ノベル、アニメ……どれもその作品の看板となるキャラクター……ほとんどが巨乳なんですよ。これ、日常化されてますけど、異常ですよ……何でみんな牛に欲情してるんですか……?」
「まぁ……私はそのあたり詳しくないが、一理あるかもしれん」
「てか普段の衣装だと普通なのに水着になると巨乳になる展開やめろ! お前が穏やかな乳を持つ乳級育ちのサイヤ人だっただろ! 何激しい怒りに目覚めてんだよ! ハゲチビの親友でも殺されたのかよ!」
「何この人、急にキレてる。怖い」
「設定、生い立ち、キャラ、どれも凄くいい……応援したい、ガチャで狙いたいくらいだ……でもお前は巨乳! 扇情的な衣装を着て、男を誑かす格好をしている……。そんなキャラクターが、例えば清楚だとか、おしとやかだとか、そんな設定が納得できるものになりますか!?」
「何か凄い熱心に語っているが、内容がアニメとなると途端に気持ち悪くなる効果に名前をつけたい気持ちだよ」
「頼むサイ○ームス! 巨乳好きだとかいう名誉性癖弱者男性共を、媚に売りに行くために巨乳を量産するのやめろ……!」
「……詳しくはないが、助手のやってるゲームはそれほど扇情的なキャラクターが多くなかったと記憶している。他のアプリはもっと際どいキャラクターが多かったような」
「巨乳が素肌晒すゲーム、俺は基本やらないんで知らんです」
「あ、そう」
適当な返しだ。
絶対興味無いだろ。
「とにかく、俺が言いたいのは現代の名誉性癖弱者男性へ媚びへつらう為に、不必要に巨乳キャラを量産することが多すぎるんです! もーイライラしてきた。ちょっとサイ○ームスにクレーム入れてくる!」
「やめなよ」
「これは正義のため……弱き民を救うための行為何です……決起せよ、性癖弱者諸君!」
「これが現代の学生運動と思えば、日本も随分と貧弱になったもんだと悲しくなるよ」
そう言って俺は本当に行動した。
そしてしばらくして。
「どうだった」
「なんか、クレーム担当の人、めちゃくちゃ面倒くさそうに対応してて、こっちも萎えちゃいました」
「当然だろ……」
博士は軽蔑しているかのような視線を送った。
まぁ、クレームはやりすぎたわ。
「う、うん。君の主張は分かったよ。しかし、な……」
「しかし、なんです?」
「キミ、単純に巨乳が嫌いなだけじゃ……」
「嫌いですけど」
「言い切りおったわ」
「もっと言えば、モデル体型で胸は強調しない、俺より背が高い美人な女性が好みです。できれば胸はないほうがいいです。そんな人に蹴られたいですね」
「きも……」
俺の宣言に圧倒されたのか、博士はあっけにとられている。
「ですが、この感情を持ったとことで、色々と学ぶことは多かったです。性的マイノリティって、こんな気持ちだったんですね」
「こんな形で理解を示されるなぞ、性的マイノリティーも思わなかっただろうな……」
「ちなみにロリは?」
「あれ好きなやつは犯罪者予備軍」
「ははっ。君が社会的倫理を損なう思想を持っていることだけは、感心したよ」
「ええ、だから、博士は二度と。倫理的にまともな男性に愛されることはないんだろうと思うと、同情します」
パツン!
その、発砲音が鳴ると、俺は胸に強い衝撃を受けて、吹き飛んだ。
それ以降、記憶はない。