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博士と助手のさいえんす日和  作者: ぬまろー
助手とカタツムリ
20/25

第20話 助手とカタツムリ④

 時はまた改まり、放課後の部室。

 部室には誰もいなかった。

 博士、今週は掃除当番じゃなかったはずだが、遅れてるのかね。美術でアスペルガー症候群を晒して担任に叱られてたりしてな。


「まぁ何でもいいや。プリコネでもやるか」


 俺は自分のディスクに着いて、肘を付きながらソシャゲをしていること数十分。そろそろ日課のクエストも終わったかと思い、授業の課題でもやろうかぼんやり考えていた頃のこと。


「助手。ちょっと来たまえ」


 唐突に部室のドアを開いては、挨拶もなしに命令してくるのは、我らが科学の天才博士様である。


「博士、急に何なんですか?」


「なに。悪いようにはしない。まぁ、科学部の活動の一環さ」


「今まで、貴女が『悪いようにしない』と言って、本当に悪いようにならなかったと思いますよ」


「そうか? いや、そんなはずがあるまい。私は現代科学のために知識を使い、君は実験た……モルモッ……使い勝手の良い雑……、残機……そういえば死体になった場合の処分場所ことを忘れてたな……。まぁとにかく、粉骨砕身と現代科学へ貢献してきた仲ではないか」


「そういうところが信頼ならないところですよ」


 この人は科学知識にステータス全振りし過ぎで、隠し事やお世辞ができない本音ダダ漏れで、そして何より倫理観が欠片にもない。

 出来ることならば、博士のIQを20ばかし減らして、倫理観に振り直してほしいところだ。


「まぁ、とにかくついて来たまえ」


 そう言って、博士のやつはそれ以上を語らずに部室を去った。

 何なんだ……、本当に。


「……」


 最初こそは無視してやろうかと思ったが、かと言ってプリコネはもうやることもないし、やることといえば課題をするくらいか。


「まぁ、行きますか」


 課題への現実逃避である。

 実際、行かなかったら、それはそれでグチグチ言われそうだし。

 

 俺が貴重品だけポケットに入れ、部室の鍵を締めつつ外へ出た。

 博士はドアのすぐ側で、腕を組みつつ、俺のことを待っていた。見失っていたらどうしようか、なんてことは杞憂らしい。


「準備が遅いぞ。お前は朝の女子でもあるまい」

 

「そういう文句は、ある程度の段取りをする余裕を用意させて約束を取り付けた人だけが言ってください」


 唐突に来て、来いと命令され、遅いなどと文句を言われるなんて、なんと理不尽か。


「しょうが無いやつだ。まぁ良い。こっちだ。園芸部の方も、まだ活動している頃だろう」


 園芸部……?

 まぁ、植物を育てることは科学的な共通点はあるだろうけど、それにしても唐突だな。


「園芸部がどうしたんですか?」


「来たらわかる」


 そう言って、博士はさっさと移動をはじめた。

 説明はなしですかい。

 いつものこととはいえ、ため息ばかりは我慢できず、呆れながら俺は博士の背中を追う。


「どこに向かってるんすか」


「玄関」


 あー。

 そういえば、玄関の近くの花壇に花を植えていたな。

 雑談でもしに行くんかね。


 博士の言う通り、彼女は部室棟を超え、一年の使う玄関に向かっていた。

 その間は、ずっと無言。

 博士は気さくで、モラルのないジョーク(マジ)を飛ばすこともなく、歩みを進める。

 なんか、いつもの博士とは雰囲気がちがうな。

 

 下駄箱に着いて、博士は学生靴に履き替えて外に出る。

 俺もそれに倣うように、外に出た。


 俺は博士に少し遅れて、ゆっくり靴を履き替えていたところ、博士は花壇にいる女子生徒の方へ行って、気さくに声をかけた。


「やぁ、田村さん。部活の最中だったかな?」


「あ、モニちゃん。そ、部活中」


 田村さんと呼ばれた女の子は、体操着の姿で軍手をはめ、花壇で作業をしているところだった。


 おそらく、園芸部の人だろう。


「どうしたの? 急に」


「いや、なんだ。園芸、つまりは造園技術というものも、自然科学なしに成り立つことのない芸術と思ってな。たまたま見かけたものだから、声をかけた程度さ」


「……? そうなの?」

 

 田村さん、博士の奇妙な言い回しにちゃんと困惑してるやん。

 気さくに声をかけたし、友達かと思ってたけど、顔見知り程度の仲なんじゃねーの?


「あ、そういえば。モニちゃんから教えてもらったナメトール、園芸部でも早速取り入れたよ! 害虫駆除はずっと悩まされてたんだ〜。ホント、田舎って嫌よね、虫は湧くし外は暗いし、私、高校出たらゼッッタイ東京に出てやるんだから!」


 田村さんは博士に、ナメクジのシルエットがある農薬を見せた。

 ナメトール。

 そして、園芸部。


 それだけで、おおよそ、どんな状況かは理解できる。

 しかし、不可解な点もあるが。

 

「東京にも虫くらいいるだろう」


「まっさかー! 東京に虫がいるわけないじゃない!」


「北海道はゴキブリが出ないことで有名だが」


「えー。北海道は寒いし〜」


 博士と田村さんが雑談している横で、俺は形見狭そうに、置物になっていた。

 そんな様子を田村さんが見て、俺に声をかける。


「そこの男の子は?」


「彼は私の助手だ」


「あー、私は田村っていうの。よろしくねー」


「あ、はい。どうも」


 俺は軽く一礼をする。


「田村さんは、園芸部なんですかね。いまやってるのは……」


「カタツムリの駆除!」


 田村さんは、憤るように言ってのけた。


「もー、ほんと酷くてね! 植えた花をどんどん食べてくのよ! イライラしてくるのよね。てかなんであんな気持ちの悪い形してるのかしら!」


「ふむ。そういえば、ビールトラップは流石に無理だったか」


「まぁねー。学生の活動だし、ビールは用意できなかったの。まぁナメトールでちゃんと駆除できれば問題ないケド」


「園芸部の害虫駆除は、博士も入れ知恵してるんですね」


「まぁな」


「依頼でもされたんですか?」


「いや? 自分から声をかけた」


「……」


 そう言って、博士は田村さんと雑談を再開した。

 読めない人だ。

 さっきまで、この人は嬉々としてカタツムリの生態を語っていた。『あの子達』とまで読んで、まるで犬や猫の飼い主みたいであったというのに。

 今じゃ、カタツムリを効率的に駆除する活動を支援している。


 俺は若干の居心地の悪さを感じながら、博士と田村さんの会話の裏で、園芸部の植えた花を眺める。

 鮮やかな黄色をしたマリーゴールドがある。

 普段通学で通っている道だが、気づいて観察してみると、すくすくと育っていて、中々キレイな花だ。

 手入れもちゃんとしているのだろう。


「さて、そろそろ私は行くよ。田村さん。部活頑張ってくれたまえ」


「あいよー。またね、モニちゃん」


 しばらくして、博士と田村さんは挨拶をして別れた。


「黄色のマリーゴールドの花言葉は、健康だそうだ」


 田村さんと別れ、博士は呟いた。


「田村さんがそう言っていた。部活とはいえ、けっこう映えた良い花だ。意識しなければ見落としてしまうが、園芸部もなかなか良い仕事をする」


「ちょっと聞きたいんですけど、博士はなんで園芸部に、カタツムリの駆除に入れ知恵してるんです? あんなに、愛着があるみたいだったのに」


「ふむ」


 博士は短く返事をして、


「私はカタツムリも好きだが、彼らが植える、マリーゴールドも好きだ。ただ、それだけだよ」


「はぁ……。でも、それが育つために、カタツムリを駆除しなきゃいけないわけで……」


「しかし、駆除しなければ花のほうが駄目になる」


「まぁ、そうですが……」


「助手よ。君はつい最近、一つの生物の魅力に気づいた。気に入った。それは素晴らしいことだ」


「……」


「ただ。自然の摂理というものに、人間が感情で肩入れするべきではない、と私は思ってる。いや、違うな。肩入れしても仕方ない、だな」


「何が違うんです?」


「そうさな。私はヴィーガンの思想に批判的ではないが、彼、ないし彼女たちが家畜動物への保護を目的に活動している姿をよく見るな。しかし、その理由は根本的に『動物が可哀想』があると思う。『畜産業が温暖化に及ぼす地球環境への影響』は一理あると思うがね」


「まぁ、俺は牛が旨いから食べますけどね」


「しかし、『動物が可哀想』という感情は、それこそ無限に波及される可能性がある。牛や豚がダメ、この時点で乳製品もダメだな。で、次に何が食べれなくなるだろう。鳥かな? 魚かな? 野菜だって生物のカテゴリだ。我々は何を食べれるというのだろう」


「ここまで、Twitterとか5chでのヴィーガン批判とほとんど一緒のこと言ってますよ」


「は? ぶっ殺すぞ」


 そう言って、博士は睨んできた。

 怖っ。


「いや、前置きが長すぎたな。私が言いたいのは、自然というものは、むしろ厳しい生存競争が本質なのだと思っている。植物が生えてきて、それを食う害虫が寄ってくる。そして、それを人間が農薬で殺す。

 根本的に、賢く、強かで、そして生き延びる力があるものこそが生き残るべきなんだ。

 これが、生存競争なのだ」


「生存競争ですか」


「そう。そして、それに人間がどんなアクションをしようと、生存競争に勝つ生物もいれば、負けて、数を減らす生き物はいるだろう。そして、弱肉強食、生存競争というのは続いてゆくのだ」


「……」


 俺はよくわからない博士の言葉を黙って聞いていた。


「だからな、助手。私は、カタツムリも好きだが、それを愛玩する為に、黄色いマリーゴールドの健康を、損なうほどではないと思う。あちらが立てばこちらが立たず。自然を博愛するならば、感情を持たず、平等で、俯瞰すべきと思うのだ。そして、それが生存するか絶滅するかは……その種の、運命なのだと」


「博士の言いたいこと、意味不明ですが、何となく分かりました。その上で、聞かせて欲しいです」


「なんだ?」


「その、弱肉強食の一部とやらを、なぜ俺に見せたんです? だって、博士が本当に平等に俯瞰してるなら、俺にその景色を見せる必要はないです。カタツムリを、ただ花壇に避難させる、無知なやつが一人いて、園芸部はそのカタツムリを殺す。博士が俯瞰し続ければ、それが続く。でも、博士がそれをしなかったから、今後、俺は少なくともカタツムリは花壇意外な避難させる行動をして、少しでも彼らを生き残らせるアクションを取ります」


「……」


「行動と言動が一致してませんよ」


「……」


「知らんけど、その、弱肉強食とか生存競争とか、平等とか俯瞰とか、そんな哲学ですけど。博士、無理してません? 科学者として、とか。自然を愛するものとして、とか。難しく考えすぎなのに、所々、言動では貴女の、感情が見えたんじゃないかなって」


 博士は思い口を開けて、続けた。


「さて、な。しかし、非合理的な行動はしていたな……。まぁ、思考は改めるとするよ。頭を冷やしたいし、今日は先に上がるが、部室の片付け、任せても良いか?」


「良いですよ。いつものことじゃないですか」


「そうだったっけな。まぁ、また明日会おう」


「ええ、また明日」


 博士は俺に表情一つ見せず、去って行った。

 珍しい博士だった。


 レスバに負けて、そんな悔しかったかな。


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