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博士と助手のさいえんす日和  作者: ぬまろー
助手とカタツムリ
19/25

第19話 助手とカタツムリ③

 日は改まって。

 翌日の朝は、ジメジメした曇り空ではあるが、雨は振らなかった。

 今日の俺は、昨日の遅刻が嘘のように早起きをしたので、気持ちに余裕を持ちながら通学をし、学校にたどり着いた。昨日とは対象的に今日は学生たちで賑わっている。


「チャリンコ、まだギリギリ乗れるな……」


 昨日、転んだ挙げ句にすっ飛ばした自転車を見て、不安半ばに安堵する。フレームは若干折れてると思ったが、いや、折れてるんだけど、それでも走行に支障はない。まだ故障はない。それよりチェーンから異音がしている気がするが、まぁそれも何とかなるだろう。たぶん。おそらく。


「ま、まぁ気にしてもしかたない。大丈夫だろう。たぶん」


 入学してまだ2ヶ月もしていないのに、買ったばかりの自転車を壊したとなれば、母からなんと言われるか。

 考えたくない。

 止めよう。


 そんな感じに、俺は自転車置き場を後にして、校門に入り、下駄箱に向かう。

 道を進むに連れて、周りも一年ばかりになるため、朝から友人を見つけて喋っている人達も多くなってきた。友人は少ない方の俺にとっては、余り縁のない話だ。


「ん?」


 俺は下駄箱の前あたりに到着したときである。

 花壇のレンガに、一匹のカタツムリを見かけた。


「……」


 昨日、俺が逃してやったアイツだろうか。

 大きさは……2センチ程度か。巻き方は、右巻きだな。時計回り。殻はちょっと茶色っぽくて、体の方は頭は薄茶色で下の方になると肌色。


 ふむ。分からん。

 ナニカタツムリなんだろ、これ。


 そもそも、俺は博士と違ってカタツムリに愛着などない。見分けることなんてとーてい無理な話だ。


「あ、スマホで画像検索できるんだったっけ」


 前に、博士とキノコ刈りに行ったとき、博士は見分けれないキノコをスマホで撮影して、検索していた。

 文明の利器、スマートフォン。

 これを使わんて、何を使うというのか。


 と、思ってカタツムリをスマホで写真を取って、それをアプリでレンズでスキャンし、自動的に検索をしてもらう。

 と、思ったが。

 

「……は?」


 カタツムリ、と検索されるだけで、何も詳しいことは分からない。

 検索結果を詳しく調べてみるが、よくわからない海外のwikipediaに飛ぶだけだ。


「いや、海外のカタツムリって。それっぽいけど、海外と日本のカタツムリとか絶対種類が違うだろ」


 何か上手くいかない。

 うーん、結局わからず終いか?


「それはオナジマイマイだよ」


 突然声をかけられたと思えば、そこにいたのはいつもの金髪ロリがいた。


「何だ。博士か」


「モテないからって、カタツムリを性的対象物とするのは良くないぞ」


「しませんよ」


 コイツ、昨日言われたことを根に持ってやがるな。


「何だ、昨日はあんなこと言いつつも、ちゃっかり興味津々ではないか」


「興味津々ってほどじゃないですよ。別に。ただ、確かに昨日の話を聞いてちょっと気になっただけです」


「おやおや。それはそれは。何、やはりカタツムリが気になるか。この子達だってなかなかに面白い生態をしているのだぞ? ほれ、いい機会だ。少し触って見たらどうだ?」


「嫌ですよ……。ヌルヌルしてて気持ち悪いですし。博士って好きになったら距離感バグってきらわれるタイプですよ」


「失礼な。私ほどの大和撫子はそういないだろう」


 大和撫子って。

 せいぜい七五三の女の子だろ。


「ちなみに、ハワイだったかでカタツムリに触れたら、広東住血線虫カントンじゅうけつせんちゅうに感染されて、死亡したという話もある」


「そんな話聞いて、喜々として触りたいってなると思いますか?」


 何が大和撫子だ。

 山姥みたいな性格してやがる。


「まぁ生き物を素手で触れたら、手はキレイに洗えということだ」


 昨日、ちゃんと手を洗って良かった……。

 

「それでは、今日はたっぷりとカタツムリのことを教えてやろう。私も忙しい身だが、助手の知識欲を思えば、これくらい骨を折ることもやぶさかではないというもの」


「語りたいんですね」


「はっはっは。キミの為さ」


 迷惑な。

 


 ☆☆☆


 さて。

 あの語りたがり博士とは別のクラスなので、部活までは会わないだろうと、教室の前で分かれ、その後のホームルームでは、せめて博士の語りたがりが飽きていればなぁ、と思っていたのだが。


 残念なことに。


 一限の美術の授業は他クラスと合同であり、不運にも俺と博士は再開することとなった。

 それも、今日は校内写生で、各自でそれぞれ好きな校内の光景をスケッチするというもの。


 当然、我らが科学部の博士は、俺を捕まえてこう言い放った。


「カタツムリを描くぞ。助手」


 まぁ、今日の1限が他クラス合同の美術と気づいた時点で、こう言うだろうとは思っていた。


「……ま、良いですけどね」


 何が楽しくてカタツムリなんかを、と言う思いを胸に残しつつも、俺は渋々と下駄箱近くの花壇に向う博士に着いていく。

 正直なところ、他に書きたい物もないし、それより博士の誘いを断るのも面倒臭い。


「ちなみに、カタツムリは軟体動物門の腹足類である有肺陸貝ではあるが、実はその分類までならナメクジも同じなんだ。両者の違いは、そこからカタツムリ科、ナメクジ科に分かれ、殻の有無で見分ける」


「ナメクジってカタツムリが進化したとか、大人になったとかで成長した姿でしたっけ?」


「まぁ、そういう認識もとりたて間違ってはないか……。進化というが、ナメクジは狭いところにも移動できるようになった分、外敵からの攻撃に弱くなったのがナメクジだ」


 確かにそれは、進化と言うにはメリットばかりじゃなさそうだな。

 ナメクジなんて狭いところにウロウロしているイメージで、そういう意味では外敵に狙われにくいんだろーが、確かにカタツムリみたいに、殻に引きこもって逃げることはできないだろう。

 引きこもりが外に出てきたというのに、メリットばかりじゃないというのはなんとも悲しい話だ。

 


「と、説明すると、助手としてはカタツムリを無理矢理引き剥がしてでもナメクジにしたくなっている頃だろう」


「え、したいとは思いませんけど。そんなサイコパス的なこと」


「しかし、残念だったな。

 カタツムリは殻に内蔵を収めている。殻を取ってしまったら死んでしまうぞ」


「言われなくてもしませんって」


「本当か?」


「ええ」


「……やるなよ?」


「だからやらないですって」


 こいつの中で俺の評価はどうなってるんだよ。


「とりあえず、下手なことしたら、これだからな?」


 そう言って、博士は懐の銃をちらりと見せる。酷い信頼関係だ。

 博士は俺に対して、カタツムリの殻を無理やり引き剥がすサイコパスと思われ、更に銃で脅すしかないサイコパスと思われている。

 ひでー話だ。

 

「まぁ良いですよ。それより、今は美術の写生が先です。さっさと終わらせちゃいましょう。まぁ博士みたいな人は美術は適当にやるんでしょーが、俺みたいな凡人にはちゃんと成績取りたいんでね」


「おい助手」


「なんですか。貴女が美術の授業をマトモにやってないのは知ってますし、事実でしょう。文句は聞きませんよ」


「いや、何でカタツムリの絵に影をつけている。輪郭が分かりにくくなるだろう」


「いや何でって、そりゃー一応は美術の授業だからでしょうが」


「そんなもんいらん。消してしまえ。そして、今日は今が美術の時間だということは忘れ、私のように生物の特徴や構造が分かりやすく見えるように意識したまえ」


 そう言って博士が見せてきた絵は、写真で撮ったものを切り取って白黒に加工したようなカタツムリだった。

 けっこう上手いので、まぁ芸術的かと言われればそうかもしれないが、うん、どうなんだこれ? 理科のスケッチなら満点だろうが……。


「いやまぁ、実際上手いと思いますけどね。博士のことだし、子供の落書きみたいなやつを出すか、平然と白紙で提出するもんかと思ってましたけど」


「私がそんな、『博士キャラだけど文系とか芸術系の分野はてんでダメ』みたいな萌キャラみたいなことをするわけ無いだろう」


「いや、介護必須というか、なんと言うんだろう。美術のコンセプトにな平然と抗っているので、社会不適合者的というか、空気読めないというか、アスペルガー症候群というか」


「失礼な!」


 博士は顔を真っ赤にして、不平を言う。

 まぁ高校と言っても、普通科の美術の授業だし、対して何も言われんだろうが、この平然とコンセプトをぶち壊しに行ってるあたりが、博士の悪いところが出てるというか何というかね。

 

「言っておきますけど、俺は俺で自由に書かせてもらいますからね」


「ええい、何をいうか。貴様も理系の徒。写実性などという現実を妄想に書き換える愚かしい美術に傾倒するなど許さん」


 絵画って別に一枚岩じゃないし、それだけじゃないと思うけど。


「いや、俺は別に絵の書き方なんてどーだっていいと思ってます。好き勝手に書けばいいって。だから、今日、この日、残り寿命が短いカタツムリを描いて、そのときに生きていたそいつを記録するだけでも、価値はあるんじゃないですか」


 我ながら、意識の高い創作者みたいなことを言ってしまい、少し気恥ずかしさを覚えた。

 


「……」


「なんですか?」


「いや、思いの外、カタツムリに思い入れがあるみたいだが……何だ、キミ、そんなに惚れたか?」


「心外だな……」


 別にこんな軟体動物なんか全然興味ないんだからね!

 まぁ、冗談だが。


「正直、愛着は湧きましたよ。たかだか、ドアの前にいたカタツムリを花壇に放り投げただけですがね」


「あぁ、言っていたな。命を救ったとかなんとか。……花壇に放ったのか」


「ええ、あいつらが何食べるか知りませんけど、草とか食べるんでしょう?」


「ああ、草を食べる」


「ふーん、なら良かったですね」


 あいつも、少しは長く生きれることだろう。

 

「助手よ。私は、ときたま、運命というものを考えることがある」


「……は?」


 今何つった?

 雲梯うんてい


「あの、聞き間違いでなけれられば、運命とおっしゃいましたか?」


「ああ、そうだ。……そんなに驚くことか?」


 そりゃ驚くわ。

 博士の口から、そんなスピリチュアルな言葉が出るなんて、明日は天地がひっくり返ってもおかしくない。

 普段なら、『運命? それは測定できる概念なのかね?』とでも言うだろう。


「なに、何のことはない、哲学さ。科学と哲学は元を辿ればルーツは同じことだろう」


「まぁ、そう言いくるめられると否定しにくいですが……。じゃあ、博士はその運命とやらにどんなことを考えてるんですか?」


「死の運命。そして、それにヒトが介入することの是非」


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