6-5 襖の向こう
「いらっしゃいませ、早希様。お待ちしておりました」
那楽華に行くと、梢女が迎えてくれた。
「梢女さん、私が来るのを知ってたみたいですね」
「ええ、……と言っても数分前ですけどね。タバコ屋のじいさんが知らせてくれるんですよ」
早希は(なぜタバコ屋のじいさんが)と思ったが、気にしないことにした。
「そんなことより、早希様、あなたを待っていました。一つ引き受けてほしい仕事があるのです。お時間よろしいですか?」
「ええ、娘はしばらく帰ってきませんし……梢女さんの願いであれば、できるだけのことをしますよ」
梢女は早希が持ってきたお風呂セットを見た。
「あっ、お風呂はその仕事の後がいいと思います。汗を掻くと思いますから」
話をしているうちに、早希は梢女に先導されて、ロビーの端に来た。
「ここに襖がありますよね」
梢女が指差す先には、周りの雰囲気とはミスマッチな襖があった。
「この襖の奥に行ってほしいんです」
「それだけ……ですか?」
妙な依頼に、早希の声は裏返った。
「そうです。まずは行ってみてもらえますか?すると私のねらいも分かるはずなので……。けっして危険なことではありません。むしろ早希様にとっては有益なことでございます。ここは私を信じて、どうかーー」
「いいですよ」
早希はあっさりと承諾し、襖を開けた。人の家の匂いがして、奥から声も聞こえた。早希が立ち止まっていると、梢女が背中を押した。
「では閉めますね。頑張ってください。あと、戻る時はこの襖からどうぞ」
襖が閉められ、早希は声が聞こえる方に歩いて行った。