【告罪の聖女】お前らは人に唾をかけられ、石持て追われるくらいが丁度いい。
「おお、成功したか! 待ちわびたぞ」
国王が立ちあがり、光の柱を生成する魔方陣を凝視する。
我も思わず手を握りしめる。魔法書を解読し、すでに何度も成功している召喚魔法だが今回は特別だ。
願ったのは【聖女】。隣国との戦争に対する絶対防御の結界を張らせるのが目的だ。
傍らには拘束具も用意してあるが、これはあくまで念のためだ。
おそらく来るのはまだ若い娘のはず。因果を含め、この国の実情を離せば案外簡単に説得できるのではないか。
しかし魔方陣の中に人影が現れたと見るや、功をあせる低級貴族が拘束具を手にして魔方陣に駆け寄っていく。馬鹿め! 最初から警戒させてどうするのだ。
あたしは今、召喚の魔方陣の中に転移している。
術式が粗いせいか再構築に時間がかかる。減点対象だな、こいつは。これなら最初から自分でやればよかったと思ったが、この世界に合わせるのがルールだ。とりあえず我慢するか。
魔方陣の発光が収まり、あたしが立ち上がると貴族の出で立ちの男が一人こちらに駆け寄ってくる。手に何を持っている? ほう、拘束具ねぇ。それを見ただけでこいつらの程度がわかろうというものだ。虫唾が走る。そいつはあたしを奴隷か何かと勘違いしているようだ。
黒髪の間からのぞくあたしの紅い目が輝きを増す。それを見た男はぎょっと体を硬直させ動きを止める。何か言おうとしたが、次の瞬間に響いた炸裂音と同時に、男は頭を吹っ飛ばされて絶命した。あたしの愛銃【狼魔Mk.Ⅳ】の銃口から薄く煙が立ちのぼる。
あたしは銃をホルスターに収めると、前髪をかき上げロングコートの懐からキャスケットを取り出し頭に乗せる。ついでに一服。連中が状況について来られず固まっている間に、辺りを一瞥して状況を確認する。
場所は……地下か。光井戸から昼の光が届いているが、湿気がこもってかび臭い。それでも小ぎれいなのは、ここが頻繁に使われている証拠だろう。罪状追加だな。
部屋はそれなりに広い。奥の一段高いところに王らしき壮年の男、その側に同じような服装の少年が二人、王太子か。子供に立ち会わせるとは悪趣味な真似をする。
そして文官らしき貴族が4人、剣で武装した武官が8人。『犯行』は国レベルということに間違いないようだ。
肝心の【魔法書】はどこにある? 祭壇にいる男、あいつか。
状況は把握した。引導を渡したらさっさと終わらせて帰ろう。
今回の仕事は【魔法書】の回収と優秀な術者の確保だ。
しかし術者のあたしからの評価はB。確保に値しない。B+なら保留もあっただろうが温情をかける気はない。
「ど、どういうことだ? 呼び出したのは【聖女】ではなかったのか? 失敗か」
そんなはずはありえない! しかし目の前にいる女は何なのだ? それに手にした短い鉄の杖、若い男爵を殺したのは魔法なのか? だとしたら奴は人間ですらないかもしれない。悪魔なのか? 床に広がる赤い血が、じわじわと広がっていく不安と重なる。
そのとき女が口を開いた。
「あたしの名前はマグダレーナ・アルメンドーラ、【告罪の聖女】さ。期待したお優しい聖女じゃなくて悪かったね。
ああ、覚えて貰わなくて結構。告罪が済めば金輪際会うつもりはないからね」
あたしは障壁を展開し、サイドテーブルと椅子を亜空間から引っ張り出す。それとワイン。これがなきゃ始まらない。酔うわけじゃないから若いやつだけどね。
そして銃をテーブルに置き、連中を見渡す。
さて、お前ら……おい、いい加減に黙れ(銃声)! 先に死にたい奴は前に出ろ! ……よし。そうやっておとなしく告罪を受けな。
お前らが召喚しようとした女は元の世界に還したよ、おあいにく様。さすがに生き返らすのは無理だったけどね。
大体お前らやり過ぎなんだよ。おこがましいとは思わないかい? 王様であれ大富豪であれ、魔法使いでも賢者でも何でもいいけどさ、人の身で神様の真似事をすることの意味が分かってるのかって話だよ。
それにお前ら、彼女を召喚するときに交通事故に巻き込んだだろ。あれが一番の悪手だったね。そこまでは関知してない? 因果を操作しておいて、知らないとは言わせないよ。その結果が事故にしろ通り魔にしろ性急で短絡的な手段を選んで転生させた時点で重罪確定だろうよ。冬山で凍死とか不摂生で病死とか泥酔して風呂で溺れるとか、他にも穏便な方法は選べただろうにさ。
人ひとりの一生を理不尽に終わらせただけじゃなく、お前らは加害者になった人間の運命も変えちまったんだよ。何も分かっちゃいないね。よその世界に干渉しての人殺しだ。万死ぐらいじゃ償えないよ。
存亡の危機だった? 誰が? たかだか数万の人間の増えた減ったが理由になるかい! 盛者必衰って言葉はここには無いのかい?
そもそも異世界召喚魔法が封印されている理由を考えたことはあるかい?
魂はその世界の有限な財産なんだよ。本来増えもしないし減りもしない。その中で輪廻転生を繰り返して純度を増した魂は世界を構成する力そのもの、世界を生み出した神様にとっちゃ他に掛け替えのないものなのさ。
そもそも彼女は天寿を全うして、次に生まれ変わったら【法王】になる予定だったんだよ。それをお前らが身勝手な私利私欲でパーにしちまったんだ。今頃慌ててもどうにもならないだろうけどね。
それでも、だ。折角育てた極上の魂を欲の皮をつっぱらせた連中にむざむざ横からかっ攫われる訳にはいかないってんで、こうやってあたしが出ばって来たのさ。お布施もたんまり頂くけどね。判事官? ああ勘違いするんじゃないよ。あたしの役目は裁くことじゃなく、決まった罪を告げるだけだからね。悪しからず。
突然に何かを告げるような単調な音楽が女のコートの中から聞こえてくる。内側から薄い手のひら大の板を取り出すと、女は指で触れて音楽を止めた。続いて板を耳に当て、独りで我の知らない言葉をしゃべり出す。しかし間の取り方や表情を見ていると、誰かと話をしているようでもある。
女は時折笑いながらしゃべり続ける。次いで手元のグラスに手を伸ばす。ワインだろうか? 人を殺しておいて剛胆な女だ。いや、虫を踏んだぐらいにしか思っていないのか?
だがそうやっていられるのも今だけだ。この召喚が成功すれば形勢逆転、聖女を詐称する悪魔に目にものを見せてくれる!
あたしは神様との話を終えて、連中を見る。
じゃあ、これからお前らがどうなるか教えておこうかね。
今回のことは、出るとこに出たらこっちの神様も格下げされるのは必至だからね。まあ、神様同士も大変だってことだよ。
それでこっちの神様も、土下座する勢いでどうかそれだけは! って頼んでたから、向こうの神様も3分の1で許してくれたみたいだけどね。ん? 何たいしたことないって顔してんだい? この国の人間の死ぬ数じゃないのかって? ふん、馬鹿も休み休み言いな。そんな端な数で神様同士が手打ちにする訳ないだろ。
この地上に残れる魂の数のことを言ってるんだよ。その内で人類はどれだけ生き残れるのかねぇ。
ん、何だい? 所持者のあんたは再試験希望かい? 意外と向上心があるねぇ。
この女、どこまで減らず口を! だがこれを見ても笑っていられるか!
「蒼臥蛇、召喚」
我の言葉と共に床から青い鱗におおわれたヒュドラの首が出現する。首の数は5本。それぞれが身をくねらせながら女に迫っていく。巻き添えになって逃げまどう貴族どもの絶叫が響くが、そんなものは今はどうでもいい!
「なるほど、【青の写本】の所持者にしては上出来の部類だ。だけど首だけなのはいただけないね。それだとB+止まりだ。A評価はやれないね。
それと覚えておきな。【写本】は【原本】には勝てないって事をさ」
そう言う女の手には、赤い【魔法書】があった。あれが【原本】なのか?
「紅鷲獅、召喚」
女の前に火球が生まれ、中から赤いグリフォンが出現する。たちまちヒュドラの首のひとつに襲いかかり、鋭い嘴で目をえぐる。
その間にも女の持つ鉄の杖が雷鳴を響かせるたびに、ヒュドラの鱗が爆ぜ割れていく。我でも分かる……圧倒的な差があった。
「まあ頑張ったほうだね。その【写本】は貸しといてやるよ。まあ気まぐれだ。ただしやりすぎるんじゃないよ。
ついでに言っておくと【写本】には大抵手落ちがあるもんだ。その間違いや抜け落ちに気づくようなら見込みがある。そのときにはもう一度試験をしてやろうじゃないか」
そう言って女は楽しそうに笑った。
……さて、最後に暴れさせてもらったし、そろそろお暇するとするかね。
この世界の暦で1999年の7の月、その時何が起こるかはお楽しみってやつだ。あと半年もないけどね。
ん? 何で今ここでお前らを殺さないのかって? ああ、そうできるなら楽だけど、こっちの神様にお前らは殺さず生かしておいてくれって頼まれてるのさ。その分の報酬も貰ってあるし、まあアフターサービスみたいなもんさ。
何のため? はあ……お前ら神様の怒りを買って楽に死ねると思ってるのかい?
お前らは神の慈悲をもってこの先300年、ずっと生きていくのさ。たとえ世界を滅ぼしかけた大罪人として人に唾をかけられ、石持て追われたとしてもね。有難くて涙が出るだろ? そして死ねない慈悲は子孫にも受け継がれる。まあ、子や孫にまで恨まれたくないなら、そのまま何も成さず黙って枯れていけってことさ。せいぜい頑張んな。
そう言い残して女は消えた。後には荒廃した静寂。
……よかろう。ならば我はその300年で、必ずお前に届いてみせるぞ。マグダレーナ・アルメンドーラ!