第3話
天醒 第3話
『三龍と…戦う!』
意味がわからなかった。
『何…?』
三龍はヴェル爺の話にでてきた空想上の怪物。それと戦えというのか?
『あれはヴェル爺の…おとぎ話じゃないのか?!』
『残念ながらそうじゃあない。現実を突きつけてやろう。…いいか、三龍は実在する。三忌はお前も知っているだろう?この世界の人間がアレを犯すと、"三龍の石"っていう神聖な石に穢れが溜まる。その穢れが一定量に達すると、巨大な"三忌の扉"が現れて、偉大なる三龍が降臨。愚かな人間共を討ち滅ぼす』
『…』
しばらくの間、俺は固まっていた。必死に理解しようと努力した。
そしてひとつの結論に、疑問に辿り着いた。
『…何でお前はそれを知っているんだ?』
ミハオンは少しの間黙っていた。
『…それが俺の宿命、とだけ言っておこう』
微かに、隠れ家の大木が軋む音がした。
***
時を同じくして、ここはバドウィック軍務局。大理石の美しく磨きあげられた部屋に散弾銃を持った兵士が立っている。
『本日のホームレス駆除は14件です、任務完了致しました』
向かい側には葉巻を咥え、椅子にドッシリと腰掛ける男があった。白髪の混じる黒髪で、スーツの上からでも筋骨隆々とした体つきがわかる。
『昨日よりは増えてるじゃないか。そのまま続けろ。近々、隣のベルダーン国から使者が参るそうだ。使者の乗る馬車は指定の道を通らせるが、その周辺は徹底的に調査せよ』
『はっ!承知致しました、ナキリ局長!』
『それと…』
ナキリが葉巻を吸う。白煙を吐くと、そのまま続けた。
『ホームレス駆除が終わり次第、ミハオン討伐にバドウィックの治安維持部隊を総動員する。気を引き締めろ』
『はっ!』
***
『アルバート、ここを出るぞ。そろそろ奴らが嗅ぎ付けた頃だ』
俺は、もはや無言で準備をし立ち上がった。
『ここからは少しの間別行動だ。すぐ迎えに来るが、その間お前は好きなようにするがいい』
ミハオンは淡々と述べた。
俺にとっては、何よりも嬉しい言葉だったが。
『お、俺は家に帰れるんだな!』
ミハオンは顔を背けた。
『…帰らない方がいいと思うがな』
聞き返す間もなく、俺は先程の魔法でワープさせられた。
***
俺は、何か間違った世界にでもワープしたのだろうか。
家が、自宅が、俺の帰る場所が、燃えて無くなっていた。
黒く炭に近い木々をなおも焼く炎は天高く燃え上がり、その上には黒煙が広がっている。
周囲には野次馬が群がり、騒然としていた。
『なん……で…』
何も出来ず、発せる言葉もなく、唖然と立ち尽くすのみだった。
と、凄まじい轟音と共に天に立ち上る黒煙を突き抜けて、ひとつの影が出てきた。
『あれは…!』
最新変形式戦闘機。ミハオンのいう"敵"だ。
『きゃああ!』
『な、なんだアレ!』
野次馬は騒ぎ逃げ惑う。
戦闘機は俺の上空を飛び去ると、そのまま旋回して戻ってきた。
ふと気が付いたが、戦闘機の翼の部分から、少し炎が漏れている。そういえば俺がミハオンといた時も炎を吐いていた。
『まさか…』
まさか、あの戦闘機が俺の家を燃やしたのか。
戦闘機はどんどん高度を落とし、俺に近付いてくる。
殺される____
『う、うわあああ!!』
しかし、俺は殺されなかった。
戦闘機は俺の横に降り立った。鋼鉄の一部が開き、中から武装した人が何人もでてきた。
不思議な素材の軽そうな装備で、顔を覆う丸いバイザーが特徴的だった。
____忘れるな____お前の使命を____
またしても不思議な声が聞こえた。
先頭のバイザーが話す。
『私は____の天空部隊イェリューシャン大佐だ。天醒、貴様を試す』
イェリューシャンが右手を上げる。
『構え』
後方に立つバイザーが銃を構えた。
だがゼルダリアの物とはかなり違う。色は美しい銀で、非常にシンプル。表面は滑らかで無駄が一切ない。もはや、ただの棒であった。
指がトリガーにかかった。
『ま、待ってくれ!何かの間違いだ!』
イェリューシャンは無慈悲に返す。
『間違いではない。我々の技術を舐めるな。それに私はまだ貴様の顔を覚えているぞ』
『は…?俺とアンタは、会ったことないだろう!』
『…これはダメだな。始末しろ』
イェリューシャンは右手を____下ろした。
興味もなさげに戦闘機の方へと身を翻す。
銃口が、青白く光る。
____信じよ、お前は強い____
『…うおおっ!』
銃口から放たれた電撃のように白い弾を避ける。考えるより先に体が動いていた。
『何ッ!』
右手が銃口と同じように青白く光る。
足も白い光を帯びる。地を蹴り、飛翔する。
『うおおおおらああっ!』
右手は吸い込まれるようにバイザーの方に飛び、銃を銃口から真っ二つにした。そのまま貫通して鎧を破壊、バイザー男を吹き飛ばした。
『ぐあああっ!』
吹き飛ばされたバイザー男は戦闘機の翼に激突し、あろうことか折ってしまった。
『貴様!"発現"したか…?!』
イェリューシャンが振り返る。
『俺にも何が何だかわかんねえ!でもなぁ、わかるぜ!…お前らが敵だって事はな!』
再び右手が青白く光るのを見たイェリューシャンは、慌てて否定する。
『待て!私は貴様の味方だ!』
『何が味方だ!撃とうとしたくせに!』
『違ッ、あれは…ぐほっ!』
言い終わる前に、俺の右手が鎧を貫いていた。
『クソッ…俺をただの軍人だと思うなよッ!』
よろめきつつも体勢を立て直し、一人称の変わったイェリューシャンはバイザーの上からでもわかる怒りの形相で叫ぶ。
『俺は大佐だッ!天醒といえどただのガキに負ける訳にはいかん!』
両腰にさげられた二丁の銃を即座に引き抜く。
『もはや____はお前を必要としていない!駒も替えも山ほどいるのだ!』
銃が真っ直ぐに構えられる。
『死ねええ!!』
ズダダダダッ、という音と共に電撃が飛び出す。こいつらの使う銃弾は電気なのだろうか。
またしても滑り込むようにして電撃を避け、イェリューシャンの腹に拳をお見舞い、銃ごと吹き飛ばす。
『うおっ…?!』
イェリューシャンはそのまま回転して体勢を立て直すと、腰の後ろから水色の刀身の短剣を取り出した。
『舐めるな!ガキがァ!』
水色の軌道が見えるほどの速さでナイフを振るが、全て避ける。
『がふっ…!』
足を蹴り転けさせる。ナイフを奪い取り、バイザーを踏みつけて言った。
『何の目的で俺を狙う?』
イェリューシャンは掠れ声で答えた。
『…お前が…用済みだからだ…!』
体を思い切り戦闘機の____イェリューシャン達が出てきた部分へ蹴り飛ばした。鋼鉄が凹み、ぐったりとする。気絶したようだ。
『いかん…!イェリューシャン大佐!オブデプト!』
残った兵士が気絶した2人の兵士を慌てて戦闘機に乗せる。
『待て!お前も…!』
俺は残った兵士に叫ぶ。
『黙れ、能無しめが!』
兵が叫び戦闘機に乗り込む。中から終わりだ!と叫ぶ声が聞こえた。
刹那、戦闘機の下部から豪炎が吹き出し、俺は吹き飛ばされた。
『ぐあっ…!』
周囲の建物____俺の家も尽く焼かれ、石畳は溶けていた。
最新変形式戦闘機はそのまま高度をあげ、飛び去った。
『何なんだ…あいつらは…』
と思ったのも束の間。
『囲め!包囲しろ!』
今度はなんだ?と起き上がると、俺は治安維持部隊に囲まれていた。
『スパイめ、大人しくしろ!』
長髪の男隊員が叫ぶ。
『スパイ…?』
『見たぞ!お前が訳の分からない言語で奴らと会話していたのを!あれからすぐに周りの兵を集めたんだ!』
『何…?俺はずっとゼルダリア語を話していたぞ!?』
『違う!何と言っていたのか知らないが、あれはゼルダリア語ではない!』
『そうだ!異国のスパイめ、すぐにでも処刑してやる!』
『ち、違う!何かの間違いだ!俺はゼルダリアで育った!奴らは敵なんだ!』
『敵だ?どこの国の者だ?』
治安維持部隊の隊員が嘲笑する。
『それは…』
____喜べ____お前は歴史に名を残すのだ____
『……わからない』
『そら見ろ!言えないんだな?お前はスパイだ!ゼルダリア語と異国語を話すバイリンガルのスパイだ!殺せ!』
長髪が興奮気味に叫び、喚き散らす。
『落ち着け、ゾルド』
長髪の後ろから、一際装備の豪華な髭面の巨漢が歩み寄ってきた。
『た、隊長…』
『うちの隊の者がすまない。君はどこの国の者なんだ?』
隊長は声色を柔らかくして問いかける。
『…本当に、ゼルダリア帝国です』
『隊長!分かりましたよ!そいつ、隣国のベルダーンのスパイなのでは?』
『ベルダーンがスパイを派遣するわけないだろう。…アベシュ・エイフレル・ベルデン・ドウピダ・バザープラン?(お前はベルダーン国からのスパイか?)』
『…?』
『…ベルダーン語は分からないようだ、とりあえず局まで来てもらう』
俺は黙ったまま、治安維持部隊に連行された。心の中では、ミハオンの助けを待っていた。