第2話
天醒 第2話
____生として存在するもの、三つの忌を犯すべからず
すなわち殺戮、強欲、傲慢である
三忌を犯し過ぎれば神は怒り、偉大なる三龍とその眷属を召喚し世界を滅ぼす
故に、三忌を心に留め生きるべし____
ガイテオル・プロヴィデンス・マーキス公爵
著書『生の忌則』による
***
『どういうことだ…?』
全身どこも痛くはない。頬をつねると、夢でもなかった。
確かに俺は人より治癒能力が高いようで、怪我の治りも早く周りから羨ましがられていたが、明らかに今回のは致命傷だった。
____よう、"天醒"、血と戦いの世界へようこそ____
ミハオンの言葉が蘇る。天醒が何なのかは知らないが、彼の言葉、そして今の俺の状態からして俺が天醒なるモノではないのだろうか?
『おいおい、やっと起きたのかよォ』
頭上から声がした。見ると、まだミハオンが屋根の上に立って俺を見下ろしていた。
『ミハオン…!』
ミハオンは俺の近くに飛び降りると、しゃがんで俺の顔を覗き込んできた。
『賭けて正解だな。やっぱりお前が"天醒"で間違えねえみたいだな』
『ちょ、ちょっと待ってくれ!何だよ、テンセイって』
『は?お前、自覚がないのか?』
ミハオンが舌打ちをする。
『そうかァ、そういうもんだよなぁ。そりゃ治癒能力高いだけじゃなぁ。何かを条件に、完全に目覚めさせなきゃいけねえよなあ』
シルクハットの男が後頭部をかきながらぶつぶつ呟く。
気のせいか、遠くからキーンという音が聞こえた。耳鳴りだろうか。
『お前、名はなんという?』
『アルバート・ゼルヴァン…』
耳鳴りが酷くなる。音が大きくなってきているのだ。
『なるほどな』
ミハオンがそう言った瞬間だった。俺達を巨大な影が覆った。
頭上を見ると、巨大な三角形の黒い影が高速で通り過ぎて行った。
『な、なんだアレ…!』
耳鳴りの正体はこいつだ。耳鳴りではなかった。影が轟音を立てて飛んでいるのだ。
ミハオンが舌打ちをする。
『来いアルバート!お前の力を目覚めさせてやる』
『何…?…って、おい!ちょっと待てよ!』
ミハオンは俺の体を抱き抱えると、驚くべき身体能力で屋根へ駆け上がり、目をつぶっていなくては居られないほどのスピードで屋根の上を駆け抜けた。
屋根に上がると黒い影が小さくなり、遥か彼方に飛んでいくのが見えた。
屋根の下の街は、黒い影の事で騒然としていた。
『別に殺したりはしねえよ。痛くもないさ…アレに捕まりさえしなければな』
『アレ?』
アレが黒い影を指すのはすぐに分かった。
『あれは____の____だ!もうそろそろと言ったところか…』
『え?何だって?』
『聞こえなかったのか?____の____だ!』
『…?』
重要な部分だけが聞き取れない。ミハオンがそこを喋った瞬間、世界から音が消えるかのようだ。
ミハオンは少し目を見開くと、舌打ちをした。
『チッ、もういい!…お?』
声につられ、前方を見る。
見ると、さっきの黒い影がこちらに向かって来ているのがわかった。徐々にキーンという音が聞こえ、姿も大きくなる。
と、不思議な声が聞こえた。
____良いか__お前が____奪うのだ____内部から_____
『?!』
全く心当たりがないが、どこか懐かしい声。
まるで何かを思い出したかのようだ。
『まずい!しっかり掴まってろよ!』
ミハオンが叫ぶ。
彼が左腕で俺を抱きかかえたまま、右手を翳したのと____高速移動する黒い影の先端から2つの炎が吹き出たのは同時だった。
目の前の空間が裂け、青と黒の奇妙な空間が現れる。影から出た炎はそこに吸い込まれて行った。
影は轟音をたてて俺たちの上を通り過ぎ、再び旋回してこちらに向かおうとしていた。
影は、一瞬だけ見たが鋼鉄のようで、後方から炎が吹き出る三角形という不思議な見た目をしていた。
『まさか天醒の位置を示すレーダーでも積んであるんじゃないだろうな。いくら____の最新変形式戦闘機だからって…』
『サイシンヘンケイシキセントウキ?』
『何だ?さっきから言ってるんじゃないか。お前は聞き取れなくて聞き返してたが、今更か?』
さっきから言っていただと?もしかすると、俺が聞き取れなかった部分のことだろうか。
不思議な声が聞こえると、ミハオンの言葉も聞き取れるようになった。偶然とは思えない。
『お前…そっか、____は誰も経験してないからな』
『何?』
『もういい!とにかくあれは、最新変形式戦闘機っていうやつだ。今、あれは敵だ。かなり高性能で手強いから逃げるぞ!』
ミハオンが両手を広げると、またしても目の前の空間が裂け、青と黒の不思議な異空間が現れた。
『転移する!さすがに追ってはこれん!』
『テンイ?』
『いいから黙ってろ!』
俺が聞く間もなく、ミハオンは俺を抱き抱えたまま異空間へと飛び込んだ。
異空間が徐々に収束し消え去るのと、最新変形式戦闘機が異空間のあった場所を電撃を纏って突き抜けたのはほぼ同時だった。
***
目が覚めると、不思議な場所にいた。大木の内部なのだろうか。幹をそのままくり抜いたようなちょっとした小部屋に俺達は寝ていた。
机やベッド、無数の紙、そして銃が立てかけてあった。
『ここは…?』
『俺の隠れ家だ』
ミハオンが俺の横に座り込んでいた。
『最新変形式戦闘機、あいつらはお前を狙っている』
『あいつら?なんで複数なんだ?』
『…いいか、あの最新変形式戦闘機っていうのは乗り物だ。お前には信じられないかもしれないが、ジェットエンジン…不思議な力で鋼鉄が飛んでいる』
『鋼鉄が飛ぶだって?』
『ああそうさ。そして、あの中は部屋になっていて、そこに戦闘機を操る人間が何人もいる。だから複数なんだよ』
『鋼鉄を操れるのか?それも、不思議な力なのか?』
『まあ、そんなところだ』
『どこの誰が?なんの為に?』
『…どうせ、言ったところで聞こえないんだろう。やはり____のショックは大きかったか』
『…』
『とにかく、あの戦闘機はお前にとって敵なんだ。いいな、覚えろ。最新変形式戦闘機は敵だ』
『最新変形式戦闘機は…敵…』
『そうだ。…この隠れ家はゼルダリアの南の外れだからしばらく俺たちが見つかることはないと思うが』
『しばらく?ここなら永遠に見つからない気もするが…』
『あの戦闘機が何でピンポイントで俺達の場所に来たかわかるか?お前の天醒のエネルギーを察知してるんだ。…魔法でな』
『魔法だって?』
『ああ、____の魔法技術は著しく高い。はっきり言えば、____は魔法でなんでも出来る』
『…よくわからんが、ホントに俺はその天醒ってやつなのか?』
『眼が青いだろう、お前は。天醒は青眼なんだよ。それに…』
ミハオンは続ける。
『あの治癒能力は並の人間じゃねえよ。まだ"発現"してないだけだ』
『…その天醒ってのは、どうやったらハツゲンするんだ?』
ミハオンは即答した。
『命の危機に瀕した時だ。だから俺はお前を撃った』
『……やっぱり俺は違うんじゃないか?』
ミハオンが俺を睨みつける。
『お前、天醒のくせして恐れてるんじゃないか?これから始まる戦いを』
心臓がドクンと跳ねた。
『…戦いは分からないが…俺はいつもの日常に戻りたい。早く家に帰してくれ!』
ミハオンはまたしても即答した。
『駄目だ。お前には宿命があるんだよ』
ニヤリと笑う。
『これから幾千もの戦いを乗り越え、俺と共に生き…』
そして信じられない言葉が発された。
『三龍と…戦う!』