〜運命を、超えろ〜
デビュー作です
メモ帳アプリで事前に下書きをしてから掲載しています
最終回までキッチリ考えており、伏線も沢山張っている自信作となっています
ここがあれに繋がるのか、ということを楽しんで読んでいただけたらと思います
天醒 第1話
天醒____
神が人間に授けた至高の力
全てを超越し、世界にただ1人存在する
潜在するその力が目覚めれば、真の神となる
全ての人間の理想である____
***
『陛下…遂に誕生でございます!』
老眼鏡をかけた老人が歓喜に全身を震わせながら言う。
『これが…よくやったシャルボット博士!』
"陛下"と呼ばれた男も全身を震わせながら"博士"の傍に歩み寄る。
『お褒めに預かり光栄でございます陛下。では、歴史を変える時ですぞ…』
『余の願いはようやく叶う…!』
"陛下"は不気味な笑みを浮かべた。
***
『クソッ!この量じゃ抑えきれねえ!…隊長!指示を!』
『何としてもここを抑えろ!ここを抜けられたらもう街までは一直線だ!死守せよ!』
夜の闇に、刃が閃く。紅の炎もあちこちから立ち上り、凄惨な光景である。
隊長と呼ばれた男のほんの数十メートル先には、奇怪な生物が何体も立っている。全身が黒紫色の巨大な触手に覆われており、頭部と思わしき部分には巨大な単眼があるのみ。眼は隊長をしっかりと見据えている。
『メイジ隊!中距離炎撃魔法用意!』
隊長が後ろに向かって叫ぶ。
『既に準備完了です!』
『撃てー!』
隊長の合図と共に、何十というフードに身を包んだ男達が、杖から無数の炎を発射した。炎は一直線に化け物へと向かい____そして大爆発を起こした。
『グギュルルアァー!』
化け物が奇声をあげる。
『…やったか?!』
煙が晴れると____しかしそこには、ほんの少ししか溶けず、すぐに再生する化け物が立つのみだった。
『グルルアァ!』
『隊長もうダメです!人間では、奴らには勝てないんです!』
隊長が舌打ちをする。
『ここで抑えなければ…クソっ!一体どこから湧いたってんだ!』
化け物達の鋭利な触手が、何十という隊員を貫いた。
***
『…はっ!』
悪夢を見ていたようだ。気付けば自室のベッドで目が覚めていた。
『なんだ…今の…』
頭痛がする。ゆっくりとベッドから立ち上がり、顔を洗いに下に行く。
『おはよう、母さん』
リビングでは母が朝食を準備して待っていた。
『おはようゼルヴァン。今日はあなたの好きなメルムの羊肉よ』
『うお!さすがわかってるぜ!』
『もちろんよ、昨日の剣術大会優勝したものね!』
『なら晩飯に好物を出して欲しかったぜ…』
『あら、あなた昨日帰ってきたらすぐ寝ちゃったじゃない』
『そうだっけか、はは…』
凄まじい勢いで朝食を平らげると、外に飛び出した。
『行ってきます!母さん!』
『あらあら、行ってらっしゃい』
家を出るとすぐに右折し、迷路のような路地を駆け抜ける。
『また来たぜ、爺さん!』
人気のない路地裏、水路のすぐそばの日陰。ここが俺の毎日の楽しみなのだ。
"博識のヴェル爺"そう呼ばれた老人に、この世界のことについて毎日色々聞かされることにワクワクを隠せない日々だった。ヴェル爺は家を持たないホームレスではあるものの、希望に満ち溢れ、彼なりに充実した人生を送っていた。
『ほっほ、また来たかアルバート坊。そうじゃのう、今日は"龍逆の呪い"について聞かせてやろうかのう』
顔が見えないほどの量の髭を生やした白髪の老人が椅子に腰掛けていた。彼こそがヴェル爺だ。
『楽しみだ!爺さん!龍逆の呪いって、どんな話なんだ?』
『…龍逆の呪いはのう、古よりこの世界にかけられている大きな呪い。人々が三忌____殺戮、傲慢、強欲を犯すと、三龍の石という石に"穢れ"が溜まっての、それがいーっぱいになると…』
『三忌は常識だよな!…で、いっぱいになると?』
『三龍と呼ばれるおそろしーい怪物が三体も出現して、愚かな人間共を皆殺しにしようとするのじゃ!』
『えー!そんなことあんのかよ!俺の知ってるのは、三忌を犯すなってことだけだぞ!』
『ほっほ、わしは博識のヴェル爺じゃからのう。…じゃが、ただのおとぎ話じゃよ』
『なーんだ、そうなのか。ありがとうなヴェル爺!明日もまた来るぜ!』
『ほっほ、元気よのう』
***
俺は次の日も迷路のような路地を駆け抜け、ヴェル爺のもとへ向かった。
『あれ?爺さん?』
いつも腰掛けている古びた椅子に、老人の姿はなかった。
そして、椅子には無数の大穴が空き原型を留めていなかった。
『…ッ?!』
ヒュッと心臓が縮む。
心臓の鼓動が聞こえる。心拍数が上がる。嫌な予感がし、冷や汗が止まらない。
恐る恐る進むと____人目のつかない日の当たらない陰に、老人ヴェルは血塗れで倒れていた。
『…じ、爺さんッ!』
慌てて駆け寄る。信じられなかった。
博識の老師は____殺されていた。
まだ死んで間も無い。ヴェル爺を殺した犯人が近くにいるはずだ。
『おいポーリー。見つかるの早すぎるだろ、だから夜にやれって…』
『想定外だ、近くに人がいたとは…』
頭上から男2人の声がした。反射的に上を見る。
逆光でシルエットだけが見えた。全身軽鎧に複銃身式散弾銃二丁を腰に提げた男が建物の屋根に2人。
『…治安維持部隊!』
この装備はゼルダリア帝国軍治安維持部隊のものだ。軽くて動きやすい服装と優れた身体能力で、複雑な地形での戦闘を得意とする。もちろん本来の目的はその名の通り治安維持だ。
『ガキ1人かァ、殺す訳にはいかねえなあ。ポーリー、あんたに任せる』
『落ち着けマルコット、これは我々の任務だ。隠す必要などないだろう』
ポーリーとマルコットが屋根から飛び降り、俺の目の前に立つ。
『落ち着いて聞け少年』
2人は顔こそ優しく朗らかだが、声には緊張が含まれ、両手はいつでも散弾銃を抜ける位置にある。彼らからは、火薬の匂いがした。
『我々は街に蔓延るホームレスの駆除という任務を遂行しただけだ』
『なっ…!』
信じられなかった。
現実に引き戻された時に湧き上がるのは怒り。
こいつらこそ、ヴェル爺を殺した犯人だというのか。
全身が熱くてたまらない。今すぐにでもこの敵を打ち倒してやりたい。
『良いか少年。ホームレスの駆除は領主様のご命令だ。我がバドウィックは心地よい綺麗な街にせよ、とな。隣国の方々がお見えになった時にホームレスがいては街の価値が下がる。そのために薄汚いホームレスが死ぬのは当然だろう?』
『そうだ、これも街のためだ。…悪く思うなよ』
治安維持部隊はそう言い残すと、立ち去ろうとした。
『ま…』
それ以上の言葉は出なかった。
激しい衝動に駆られたのは事実だが、恐怖も事実だった。
怖くて動けないのだ。全身から汗が吹き出て膝が震える。足は根が張ったように動かない。
治安維持部隊の姿が見えなくなってからも、しばらくその場に残り続けた。石畳を殴り、ひたすらに涙した。
悔しかった。こんな世界を変えてやりたかった。
『おい、そこのガキ』
『…』
『お前だよ、そこの泣きっ面のやつ』
顎を掴まれ、顔をあげさせられた。涙で歪んだ視界には____奇妙な男が映っていた。
縦に長いシルクハットを被り、三角に尖った物騒な鉄のマスクをつけている。眼は美しい紅で、藍色のスーツを着ていた。
『全部見てたぜ。お前はあいつらを殺したいんだろ?大切な人を理不尽な理由で殺されて』
『…』
『おい、いつまで泣いてん…』
男の声が止まった。次いで息を呑む音がした。
『お前…か…持ってたのは…。探したぜ…』
涙が収まり、男の顔が鮮明に見えるようになった。驚愕の、そして歓喜の表情だった。
『俺はミハオンだ。…よう、"天醒"、血と戦いの世界へようこそ』
『天醒…?』
ミハオンはいきなり後ろ腰から拳銃を出して俺に突きつけた。
『さぁ…見せてくれよ?』
『な…に…?』
ミハオンの指はトリガーを引くべく曲げられ____そして銃口が輝いた。
バァン!
『ぐはあっ!』
俺の脳天を銃弾が貫いた。
『何っ!?』
ミハオンは目を見開き、驚きの表情を見せる。
『おい…おいおいどうしちまったんだよ天醒様よォ!』
額から溢れる血が止まらない。激痛で立つことはできない。視界が徐々に暗くなる____
『何やってんだよ、今のは1番弱え拳銃だろうが…人違いか…』
ミハオンの声が、薄れゆく知識の中で響いた。
焼かれた空が広がっていた。気付けば夕方になっていた。
『あ…?寝てい…』
違和感を覚えた。ミハオンに撃たれた記憶が戻ってきたのだ。確かにあの時脳天を貫かれ、死んだと思った。しかし今、俺は生きている。
触ってみると、額の傷は完治していた。