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カニバテロ  作者: 橘 諒介
1/3

禁断の食人

・グロテスクな描写が含まれています

・連載小説となっております

・初投稿の為、お手柔らかに……

食人とは無論、罷り成らぬ。

同じ種の人間を喰らうことなど誰が許したものか。

この世に神という崇められし存在があるのならば、神は皮肉な笑いを浮かべているだろう。




*

爽やかな夏に似合わないような歌を口ずさみながら僕たちは歩き始めた。

軽やかな足取りは今までの疲労を全く感じさせなかった。

「……和樹さん?」

僕はハッとした。

同じ景色に飽き飽きしたせいか、思わず空ろな顔をしていた。

「和樹さん大丈夫ですか?」

「……あぁ。」

そうだ。僕たち研究部は注意を怠らずに進まなければならないのだった。『あれ』が出るかもしれないから。

「休憩をとろうか」

そう声を掛けたのは梶山崇(かじやまたかし)だ。僕たち研究部の部長でもある。

「そうしましょう!」

潔くこたえたのは中村麗子(なかむられいこ)。崇と恋仲だ。

「全く……疲れたな」

不満を漏らすのは桐村慧覚(きりむらさとあき)だ。黒縁の眼鏡はいつも綺麗に手入れされている。

「あれ?」

僕は違和感に気づいた。そういえば、部員はこれしかいなかったものか。もっと、賑やかだったはずが……。こんなにも閑散としているではないか。

「あいつらなら帰ったよ」

悟ったように崇が口を開く。

そうか。だからこんなにも静寂に包まれていたのか。

先程までの謎が呆気なく消えた途端、虚しさが残る。

「しかし、人が人を喰らう……。怯えるのも無理はないだろう」

慧覚の考えに首肯する。

そうだ、僕たちがここ、愛媛県に来たのには『目的』があったのだ。1932年2月……。人間が犯してはならない罪。食人事件があったのだ。さらに近年、ここ愛媛県に再びカニバリストが現れたという噂が流れた。僕たち研究部はその流言に飛びついたのだ。こんなに平穏で何気ない日々を過ごせる日本にまだ、そのようなところが残っているものなのか。そして、本当に辿り着いた場合、僕たちは生きて帰れるのか。真実を見ることは許されるのか。そんな不安と恐怖が入り混じった気持ちで進み続けることは大丈夫なのだろうか……。




*

ーーバサッ。

謎の気配を感じ、振り返る……が何もいない。

やはり気の所為だったのか。こんな場所に来ているのだから、仕方がない。そう思った。だが、この気配を感じ取ったのは僕だけではなかった。

「ねぇ……」

麗子がか細い声で話しかける。

「なんだ」

慧覚が素っ気なくこたえるも、決して動こうとしない。

そう、僕らは今、『あれ』と目があっているのだ。

僕は勘違いしていた。こんなものただの杞憂で終わると過信していた。でも、神は優しくなかった。これは神の悪戯か。もしかしたら因果律なのかもしれない。

僕たちがここに来たのは偶然でもなんでもない。

運命(さだめ)だったんだ。




*

「……い!……だ……ぶ……か!……」

なんだろう、目を瞑っていればこのまま何も全てなかったかのように。ずっとずっと幸せになれるのに。

「おい!大丈夫か!しっかりしろ!」

「うわっ」

体を強い刺激が目覚めへと誘導した。

「死んだかと思ったじゃねーかよ!」

僕たちは死ぬようなことなんてしてないのに……。何かあったのだろうか。そういえば、やけに騒がしい。

「全く、心配したではないか……しっかりしてくれ木内くん」

木内……?そうか、僕の名前は木内和樹(きうちかずき)だった。

「ねぇ、そんなことよりさ、早く逃げなきゃじゃないですか?」

「逃げる……?麗子、どういうこと?何が起きてるの?」

「和樹さん、あのね、落ち着いて聞いてくださいね。先ず、あそこで火事が……」

なるほど。ずっと続いていた騒音の正体は轟轟と燃えるあの火事か。

「そして、いるんです『あれ』が」

ーーーー!

そうか、僕は全てを思い出した。なぜここにいるのか。そして、なぜこのような境遇にあるのか。僕には目的という名の使命があった。それは、人間の脳にプログラミングしてある、食人。発動してはならない、食人。そうだ、食人だ。

「ーッ!」

慧覚が声にならない声で叫ぶ。

目の前にはいつの間にか『あれ』が迫ってきている。右手には大きな鎌を握りしめて、虎視眈々とした表情でこちらを見ている。

「い、い、いやぁぁぁあ!」

麗子が吹っ切れたように叫ぶ。

ここまで近距離に詰められたものだから理性が保てないのも無理はない。

ーシャキッ

「えっ…………?」

首筋に赤く染め上げられた1本の線。そこを起点として肉が裂ける。骨が突き出しドロドロした血液やら体液やらが混じったものが飛び散った。同時に見覚えのある顔が宙を舞った。落ちていた岩に派手な音をたててぶつかり、骨が砕ける。

ードサッ

自分の足に紛れもない崇の顔面が鈍い音を立ててぶつかる。岩に当たったときの衝撃で右目は潰れて赤と黄に染まっていた。劈く臭いが蔓延して、より一層グロテスクさを増していた。頭蓋骨は沈み、淡い色の脳みそまでも露出させた。

「た、崇……?」

麗子はその場に蹲る。

一体、崇に何が起きたというのか……。

今わかることは、崇は首を一気に斬られた。すなわち、殺されたということ。

「おい、あれだ」

落ち着いた声色の慧覚が示す方向にはやはり、『あれ』。

僕は必死に頭をまわす。

僕たちは、今、『あれ』に襲われている。そして、今目の前で、崇が斃された。

そうか、僕たちは最も危険な状態なのか。

……馬鹿だ。本当に馬鹿だ!

こんなことに気づけないなんて、ただの(えさ)でしかないではないか。




*

「ねぇ!お母さん!あれなぁに?」

「和樹、これはねお母さんの高校時代のアルバムよ」

「見てもいいの?」

「いいわよ。でも……ね。」

「でも……?」

「ほらこの通り」

「え、?真っ黒?」

「そうなの。実はいつの間にか黒くなっちゃって」

「なんで?」

「わからないわ……。でもね、もしかしたらダラのせいかもって」

「ダラ……?」

「ええ。ダラって言うのはね、昔からこの地域に伝わるイタズラ好きな精霊なの。直接人間に害はないの。でも、自然を壊そうとすると怒って人をたべるのよ」

「え!食べられちゃうの!?」

「そうよ。だからね、いい子にしなさいね?」

「わ、わかったよ」

「いい?もし、ダラに出会った時は……




*

ガクガクと震える軀を必死に3人で寄せあっていた。なんとか『あれ』から逃げてきた僕たちは、空いている小屋を見つけたのだ。

目の前で起きた恋人の呆気ない死に一縷の望みすら失ったのか、麗子は焦点の合わない目を覆った。

「さて、脱出する術を探さねば……」

「慧覚はこの状況で外を歩くというのか!?」

「はぁ……。和樹、逆に黙ってここで死ぬのか?」

確かに、逃げなければ何れ見つかって死んでしまうだろう。だが、無事に逃げられる保証はない。

「とりあえず、ここの窓から外の状況を確認しよう」

そう言って慧覚は徐ろに立ち上がり、窓を覗く。

「何もなさそうだ」

慧覚が安堵した声で呟き、振り返った瞬間。

ーバンッ

鈍い音と共に窓ガラスに人影が現れる。それは紛れもない『あれ』だった。バラバラの方向を見つめる奇妙な目玉に、血を垂れ流す口。とても人間とは言い難いものであった。

「逃げるぞ!」

慧覚の声に続くように脚を運ぶ。だが、麗子は目を塞いだまま動こうとしない。

「麗子!麗子!」

僕たちの声は麗子に届かない。この状況に理解が追いつかないのだろう。本当に訳の分からない状況に陥ったとき、人間はこうも自分を塞ぎこもうとするものなのか。

「麗子!」

慧覚は駆け出した。麗子の方へ。目の前には『あれ』がいた。手に持った凶器を振り回し、威嚇する『あれ』は僕らが想像していた食人とは全く別のものだった。人間とは思えぬ形相で襲いかかってくる。振り回しているものは、恐らく鉄パイプだろうか。慧覚の頬を掠ると同時に軽やかな音を立てながら黒い物体が宙を舞った。それは慧覚の眼鏡だった。眼鏡は慧覚の命といっても過言ではないほどのものであった。そんなものが一瞬で壊されていく。なんと酷く悍ましいものか。

「うおおっ」

唸り声とも言い難い声で慧覚は麗子を抱えたままこちらへ駆けてきた。しかし、『あれ』は僕たちのことを逃がすまいと追いかけてくる。何か、『あれ』から逃れる策はないものか。必死に走りながら、昔の記憶が鮮明に脳内で再生された……




*

「その時はね、あるものを貢がなければならないのよ」

「そうなの?お母さん、あるものって?」

「生贄……生きた人間よ」

「え?なんで、じゃあ、結局死んじゃうの?」

「そうとは限らないわよ、この前、ダラに襲われたけれど帰ってきた男人がいると聞いたわ」

「怖いね」

「あくまでも噂よ。信じちゃだめよ?」




*

殺風景な芝生に強ばる空気はとても重々しくて、僕には耐えきれなかった。

「麗子、なぜ逃げなかった」

慧覚の声も煤んでいた。

「だって……っ……うっ……」

泣いているだけか、はたまた空嘔なのか。

「死にたいのか」

「っ!ばかっ!」

流石に冷たい態度に堪忍袋の緒が切れたのか麗子は先程とは打って変わって怒鳴り声をあげた。

「こんな状況なのに喧嘩してる場合かよ」

呆れて目を背けると、そこには祭殿のようなものがあった。

「うわぁ……」

それは、途轍もなく大きくて、ただただ凄まじく聳えたっていた。

「生贄……」

僕は確実に昔の記憶がフラッシュバックしていた。

「なんだ、不快な単語だな」

慧覚が怪訝そうにこちらを見た。

そうだ、僕の耳にもよく残っているあの2文字の言葉は今こうして蘇ったのだ。生贄を捧げるのは……ダラ。確か、精霊だったはずだ。だが、不可解な点がある。それは”人間に害はない”という点だ。『あれ』とはカニバリストで間違いないはずだ。何故ならば崇の死体に他のカニバリストが集っていたからだ。だが、ダラなのかと推測してもおかしくはない。火事で、自然を破滅させたからである。では、最終問題、ここが争点である。……生贄だ。生きた人間を捧げるのだ。無論、そんなことできる訳がない。

「ねぇ、和樹さん、あれ……」

『あれ』なのかと思い鋭い視線を向けると、そこには不気味に揺らめく炎が見えた。それは、僕らへの合図であることを誰も……神様も知りもしなかった。




*

「……なんだこれは」

慧覚の声が不気味に跳ね返ってくる。

「あっ……」

意図したわけでもなく、心の底から漏れた声。如何に滑稽だったものか。その声はまた、慧覚と同様、跳ね返ってくる。

「骨か?」

人間か……将又別の生物だろうか。そこらに散らばった白粉は不気味さをより一層掻き立てていた。僕たちがあの炎につられて入った場所は洞窟のようなものだったのだ。

「和樹、麗子。これは……」

爀い焔に揺らめく1つの影。それは巨大で、気味悪く蠢いていた。

こちらへの合図か、警告か……。大きな陰はただ揺れていた。

「うっ、ううううううう」

呻き声が地響きのように轟く。それは、紛れもなく僕たち3人以外の声だった。

「な、なに!?誰かいるんですか!?」

麗子も耐えきれなくなったのか終に口を開いた。すると、麗子の声が届いたのか呻き声がより大きくなる。

「うっ、うう、か、か、」

枯れた声で呻いている。僕らへのメッセージなのか。意図が読み取れなかった。

「行ってみるか」

慧覚は覚悟を決めて、1歩だけ前に出た。僕らも慧覚に続いて奥へと足を踏み入れた。




*

「おーい!亮!」

神谷亮(かみたにりょう)。研究部の部員だ。背が高く整った顔立ちで女子からの支持は圧倒的に多い。そして、この亮を呼んだのは鈴城拓斗(すずしろたくと)。同じく研究部員だ。

「どうした」

「見てよ!この記事!面白くね!?」

いつものハイテンションで亮に話しかける。そして、真新しい机に新聞紙を徐ろに広げた。

「新聞紙がどうした?」

「違う違う!これ!見てよ!」

拓斗が指すところには事件の記事があった。

「なぁ、亮、本当にこんな『食人族』なんていると思うか!?」

「無論、いるわけがない」

「ええええ!だって!娘の首をきって、冷蔵庫に保管……って!」

「喰ったかはわからんだろ」

亮の言葉と同時に部室の扉が開いた。

「ちょっとー!私たちに秘密で何を話してるのかなぁ!?」

潔く扉を開けたのは影塚優花(かげつかゆうか)影塚美花(かげつかみか)だった。姉妹の2人はいつも行動を共にしている。

「おっ!見てよこれー!」

拓斗は唆すようにして新聞紙を突き出す。

「バラバラ殺人じゃないの……」

「きもいっ!」

やはり、残虐な殺害だからだろうか。新聞紙の一面を大きく使い、目一杯書かれていた。

「これ、研究になるのでは?」

1番関心がないように思えた亮の発言は一同を静まらせた。その空気はただの静けさだけではなく妙な重さをもっていた。

「そこで、こんな噂が……」

亮は気まずさを無視して続けた。それは、近年、愛知県名古屋市にカニバリストが現れたという内容だった。すれ違う人々を次々に斃し、喰らっていたという。

「……行こう」

強い覚悟と決心を伺う声色で誰かが言った。




*

「あれ……」

慧覚の足が止まる。偶々リュックサックに入っていた懐中電灯が、道を照らしていた。

「分岐……か」

こんなにも狭い洞窟に分岐点があったのだ。呻き声は既に止んでいて、頼りになるものはひとつもなかった。

「ねぇ、これって」

僕は気づいた。いや、最初から知っていたのかもしれない。わかっていたんだ。初っ端から。ずっとずっと隠していたのは僕ではないか。そうか、違和感があったのは僕の心の中だったのか。

「おい、和樹、麗子。これは……影塚の鞄だ」

そうだ、僕は気付いていたんだ。ずっと、微睡んだ記憶の中で着々と発芽していたのだ。神の悪戯なんかではない、愚かな復讎が。




*

「私、もう疲れた」

美花がわざとらしく呟く。

「うむ……」

何か考えるように亮は眉間に皺を寄せた。

「やっぱり引き返さないか」

誰も言いたくても言えずにいた事を終に拓斗が告げた。

先陣をきる崇たちに拓斗たちは徐々に離れつつあった。

「メールでもしておくか」

そう言って亮は崇へと引き返しの連絡を入れた。待っていたかのようにすぐさま返信がきた。許可が下りると満更でもない態度で勢いよく駆け出した。その刹那……

ーゴツッ

始まってしまったのだ。地獄のような……悪夢のような現実が。




*

僕は本当の自分に気づいてしまったんだ。刻々と過ぎていく流れを遡り、考え出した復讐劇(シナリオ)が着々と築き上げられていたことを……。

「なぁ、どうするか」

慧覚の声に我が戻る。

「3人バラバラになるのが1番効率がいいですよね」

「だが、1歩間違えば3人一緒にさよならだな」

麗子の判断は極めて正しいものだった。慧覚の言葉も然り。

「ううあああうあうううあうあ」

右耳を劈く呻き声。先程と同じ響きで聞こえてくる。轟々と唸る声はこちらを誘導するように鳴っていた。

「まだ、見捨てられてはいなかったみたいだな」

恰も皆の心を悟ったかのように、足並みを揃えて歩みだした。

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