黄金旗の章2~騎士、魔の者へ挑むこと~
「皆、よくぞここまで耐えてくれた」
憔悴しきった兵たちが聞いた言葉。その声に初めは驚き、やがて静かな歓喜が全軍へ伝播していった。
「翔けよ、はためく黄金旗! 王道楽土は我が手の先に!」
「ああっ、そのお声は!」
「殿下!」
そう、兵たちへ激励の言葉をかけたのは、王子ラエスリーダだったのだ。
いや、そして王子だけではない。
王子に続いて宿将スノーザが、スノーザの他にもこれまでの戦いでその命を散らした王子軍の将たちが、かつて綺羅星のごとくその陣容を彩った無数の将星たちが、欠けることなく再び集い、王子の後に付き従った。
光の渦はさらにその大きさを広げた。
すると将に続いて王子軍を支えた無名の騎士たち従士たちが続々と姿を現し、隊伍に加わっていくではないか。
それはまさに王子が周辺国の討伐を宣言したあの日、輝けるあの日の光景そのままだった。
光の渦が縮小し、最後に従士が現れる。あらゆる流れを見通す目と、手には漆黒の魔剣を提げた従士。
「インロイ!」
フォロウェンの呼びかけに、インロイは振り返った。
「すまん、何も思い出せないのだ。貴方が誰なのかも。ただひとつ俺が知っているのは──」
彼はラエスリーダの所へ歩み、跪いて従士の礼を取り、
「──殿下。俺が殿下に仕える従士だったということだけだ」
スノーザは従士に感銘を受け、彼を称えた。
「魔剣に全てを喰われてもなお、最後まで殿下への忠誠心を失わなかったとは。見事だインロイ、そなたこそ、まことの騎士」
王子は佩剣を抜き、跪いたインロイの肩と頭上を祝福する。
これは騎士叙任の儀礼だ。
「インロイ。そなたを私の第一の騎士と任ずる」
「ハッ、騎士インロイ、王道楽土を拓かんがため、殿下の剣となってあらゆる敵を討ち果たすと誓います」
「皆よ聞け。
私と魔の者は契約を交わしていた。
戦場で死んだ者の魂を贄と捧げ魔の者を現世へ帰還させ、私は見返りにこの黄金旗を借りる契約だ。
だが、いざ魔の者を契約通り現世へ帰還させる段になって、黄金旗は集めた魂の一部を自らの元に留め、魔の者に渡さなかった。
王道楽土の理想と、それを信じ命を賭して戦い抜いた皆の魂の輝きが黄金旗を感化した」
「黄金旗は私たちに味方した」
王子はこの長い戦いを始めたときを想起させる決然とした表情で下命した。
「戦の大公を討て!!」
「黄金旗は我が力の一部を割いて生み出した物。我を討つほどの力を持っているはずがなかろう」
生者と死者の軍勢が戦の大公へ打ちかかるが、戦の大公は長大な槍を軽々と扱って一蹴していく。
攻撃に対して黄金旗が障壁を生成して防ごうとするものの、力で打ち破られてしまう。
黄金旗の力も有限で、先ほどの戦の大公の渾身の一撃を受け止めるのが精一杯だったのだろう。
「フォロウェン! 黄金旗の力で儂らを奴の所まで行かせてくれ」
「承知しました」
こちらへの宿将の確認に答える。こちらは戦の大公の衝撃で黄金旗を支えるだけで精一杯だ。だが、この場で戦の大公を討てるとすればスノーザとインロイしかいない。
「インロイ! 儂と二人で仕掛ける。儂かそなたのどちらかで奴に一太刀喰らわせるのだ」
宿将スノーザは時喰らいの魔剣を抜いた。
「承知!」
インロイも魔剣を抜き、スノーザの剣と挨拶代わりに軽くカチ合わせる。
キィィンと、時を喰らう飢えた魔の金属の叫びが、静かにあたりへこだました。
「行くぞ!」
「おうっ!」
二人は別々の方角から戦の大公へ迫った。
元より無傷で済むはずがない。一人でも相手へ届けばよい、そういう前提の動きだ。
大公が槍で空を薙いだ。
刺突が点、斬撃が線の攻撃だとすれば、これは「面」の攻撃だった。
例え見切っても絶対に躱すことは不可能。
フォロウェンはスノーザとインロイのどちらを助けるか選択を迫られた。
思いを巡らす暇もなく、黄金旗の障壁でフォロウェンが守ったのは、インロイだった。
槍の一撃と障壁が相殺して光の粒子が舞う。
インロイは無傷だ。彼は速度を緩めず矢のように大公へ突進していく。
馬のいななきが聞こえた。
スノーザも無傷だ。彼を守ったのは割って入った愛馬だ。馬体が吹き飛び空中で四散したのが衝撃の強さを物語っている。
老将も年に似合わぬ俊敏な動きで大公へ肉薄し、二人で左右から挟撃する形となった。
大公の宝剣では両側から迫るスノーザとインロイを同時に狙えない。まずスノーザへ斬りつけた。
老将を一刀で仕留め、切り返して騎士を斃す。そういう算段であろう。
それを察し、スノーザは敢えて大公の斬撃を魔剣で受けた。宝剣と魔剣の魔力が相克して周囲へ金と黒の波動が迸る。
一瞬でも長く大公の剣を止めてインロイの一撃の為に時を稼ごうとしているのだ。
「折れよ!」
戦の大公が一層力を込めると魔剣が砕けた。そのまま宝剣はスノーザの肩口からへそのあたりまでを無惨に切り下げた。
インロイは大公が宿将を斬った千載一遇の好機を逃さず、魔剣を腰だめに構えて戦の大公へ体ごとぶつかっていった。
魔剣が甲冑を貫き、肉を抉る確かな手応え。
それを見届けた宿将スノーザが口から血を吐き叫ぶ。
「今だ! 魔剣の力を使え!」




