黄金旗の章1~騎士、魔の者に圧倒されること~
魔の者が降臨した。
その者は獅子の頭を持っていた。
その者の姿は常人の数倍の背丈をして金色の甲冑をまとった男だった。
その者は四本の腕があり、その手に剣を、槍を、頭蓋骨を持っていた。
剣は将の、槍は兵の、頭蓋骨は死の、それぞれ象徴だった。
本来、最後に残った腕には、栄光を象徴する黄金の旗を持つはずだった。
それがフォロウェンの見た魔の者、「戦の大公」の姿だった。
「我は魔の者。戦の大公。王子ラエスリーダと彼に従う者達よ」
戦の大公は黄金旗を持つフォロウェンへ向かって声を発した。
魔の者が巨躯を揺らして発した音はそれだけで物理的な衝撃波となってフォロウェンたちを襲った。
兵たちはまともに立っているのが精一杯の有り様だ。
「お前たちが今掲げている黄金旗は、我の作り出した物。王子ラエスリーダが我の帰還に協力する、その見返りに貸した物だ。貸与の刻限は我がこちらへ帰るまでの間となっていた。返してもらおう」
戦の大公が黄金旗とそれを掲げるフォロウェンへ向かって大股に踏み出した。
ズシリと大地が揺れる。魔の者の重量ではなくその存在感に大地が悲鳴を上げているのだ。
魔の者にとって自分は、その気になれば一息で吹き飛ばせる卑小な存在だろう。
フォロウェンは本能的な恐怖と共にそれを悟らされていた。
だが、この旗だけは失うわけにはいかなかった。黄金旗は王子と生死を共にした者たちのすべてなのだ、例えそれが借り物であったとしても。
死の覚悟をもって戦の大公へ宣言した。
「黄金旗は、渡さぬ」
魔の者は手間が増えたという風に獅子の顔を歪めて舌打ちした。
「ちっ、なんと浅はかな。人の子の命は短く儚い。わざわざ捨てることもあるまいに」
戦の大公は黄金の宝剣を握る手に力を込めた。筋肉の束が膨れ上がって血管が浮き上がる。
「死ね」
無造作に宝剣で空を横薙ぎに払う。フォロウェンへ黄金色の剣圧が走った。
絶対的な存在を前に抱く確定した死の予感に、自分の意思で体が動かせない。
呪縛を破ったのは守りの剣を極めた騎士の本能か。
フォロウェンは咄嗟に巨大な黄金旗を掲げて剣圧を受け止めようとした。
耳を聾する衝撃音が響く。
同時にフォロウェンの身体へ人の身には耐え難い負荷がかかり、体のどこかがひしゃげた音を立てて折れた。
激痛で飛びそうになる意識を根性で手放さずに耐え、閉じていた目を開ける。
なんとかフォロウェンは生きて、丘に立っていた。
周りの兵も生きている。
黄金旗が宝剣の一撃を弾いていた。
戦の大公は怒りに体を震わせ咆哮した。
「あり得ぬ! 被造物に過ぎぬ旗が! 我に背くか!」
フォロウェンは戦の大公の一撃を止めたとき、物言わぬ黄金旗の意思を確かに感じていた。
「……黄金旗。主を捨て私たちに味方するのか」
知らず声が震えるのを止められない。
「ならば折れよ黄金旗! その忌々しい人の子らと共に、跡形もなく消し去ってくれよう!」
戦の大公は剣と槍を構え、気を練り、力を込めると、山をも崩さんばかりの一撃を放った。
一度目の剣の攻撃とは比べ物にならない、丘全体を塵に帰すほどの衝撃がフォロウェンたちを襲った。
だが、黄金旗が眩い閃光を発すると光の防護壁が一瞬現れ、戦の大公の攻撃を再び弾いた。
今度はフォロウェン以外の、その場に居合わせた敵味方すべての者にも完全に明らかだった。
黄金旗は造物主に背き、共に戦場を駆けた王子軍に与したのだと。
黄金旗は戦の大公の攻撃を防ぐだけでは終わらなかった。
旗の根元、フォロウェンが立つその眼前、魔の者と王子軍の間の地面に光の渦が出現した。
戦の大公が虚空から降臨したときに現れた光の渦と同じだ。
やはり同様に光の渦が揺らぐや、そこから何者かが現れた。
その声に王子軍の兵たちは驚き、そして──




