ナザクの章~傭兵隊長、王子と語らうこと~
時間を少し遡る。
インロイが本陣へ向かっている頃。
傭兵隊長のナザクは部下も連れずに一人、戦場の外れを移動していた。
血の匂いを孕んだ風が彼の浅黒く精悍な横顔を撫で付けている。
部下たちとは激戦の中はぐれた。死んだ者も生き残った者もいるだろう。
戦いの音は遠い。
万が一敵が現れても抜き打ちにできるよう曲刀の柄に手をかけ、今後の身の振り方を思案していた。
彼はこの戦場の北にある山岳地帯の異民族出身だ。
山の者は平地の者と違って富貴に流れず勇猛であったから、その武力を買われて雇われ兵となる者も多い。
ナザクはラエスリーダに雇われていた。
勝つにせよ負けるにせよこれが最後の戦いになるのはわかっていた。
もう十分金は稼いだ。
これを元手に商売を始めるか、あるいは部下がたまたま多く生き残っていたら、独立勢力として一旗あげるのもアリだ。
こもごもとそんなことを考えながら歩いていた。
ナザクの行くてに低木が僅かに生えていた。
その木の傍らに人が座っている。
ナザクは北へ向かっていた。
座っているのはナザク同様こちらへ落ち延びてきた傭兵だろうか。
だが近付くにつれ、その人物は傭兵などではないことがわかった。
(──王子?! )
低木の傍らに座って地面をじっと見つめていたのは他でもない、総大将のラエスリーダ王子だったのだ。
ナザクは王子の元へ駆け寄った。
その気配にようやく気付いたようで、ラエスリーダも俯いていた顔を上げてナザクを見た。
その線の細い貴族的な顔立ちは間違いない、やはり王子その人であった。
「王子様! こんなところにいたんですかい」
「ああ」
王子はのろのろと立ち上がった。
ざっと見おそらく負傷はしてはいない。
「ご無事なようで」
「ああ、私は無事だ」
こうして言葉を交わすほどに接近して観察すると、王子の顔色は蒼白で表情も冴えない。
「フォロウェンたちが私を逃がしてくれた」
「そりゃあそうでしょうよ。兵や将の代わりはいても王子様の代わりはいないんです」
「フォロウェンと同じことを言う」
「国ってのはそういうもんです。王は兵を身代わりにしても生きなきゃいけねえ。生きて、立派な王になった時、死んだ奴らは報われる」
「私もそう教えられた。王あっての国だと」
「私は今、考えていた」
ラエスリーダは眩しそうに空を見上げた。
「私はこうして皆のお陰で生きている。だが、私一人生き残ったところで何が出来よう」
王子は雲の向こうにある太陽を見ているのだ、ナザクはそう感じた。
「皆は私がいなくてはと言う。私はそうは思えない。皆あってこその私だ」
「……王子様」
ラエスリーダはこちらへ振り向いた。
「弱気になっちゃいけねえ。体一つで逃れて巻き返した王はいくらでもいますぜ」
「俺もあっちこっちで雇われて何人かの王や大将を知ってますがね、王子様、アンタは特別な人間だと思いますよ」
「私が?」
「ひとつは人の良さ。俺みたいなわけのわからん人間とも分け隔てなく接してくれる」
「私は普通に接しているだけだ」
「身分の高い人にはその普通が難しいんです。しかも意識せずにそれが出来る」
「そうなのか」
「ええ。……そしてそれは兵を死なせる才能とも言える。騎士や従士はアンタのためなら喜んで死ぬ。王としては得難い才能です」
ラエスリーダは遠くを見ていた。
きっと今も戦場で戦っている将兵を気にかけているのだ。
「もうひとつ。傭兵隊長として何度か一緒に戦ってわかりました。王子様は戦術指揮の才もある。今もわかるんでしょう? 戦場がどうなっているか」
「そうだ。さすが歴戦の傭兵隊長。私にはなぜか戦場がよく見える」
「王子様は鷲が空から獲物を狙うように、戦場を高い視点から見通せる。こんな人は万に一人もいやしません」
「俺が言いたいのは──」
王子の肩に手をかけて力を込める。
「だから死ぬな、ってことです」
「そうか。ナザクの言うことはわかった。だがやはり私は──」
ラエスリーダはその先を口にできず瞠目した。
何か目にしてはならない光景を見て言葉に詰まってしまったような、そんな雰囲気だ。
口で説明する代わりに王子はナザクの後ろの戦場を指差した。
「ああ、あれは……」
指差す方へ向き直る。
王子はようやく鋭い叫びを発した。
「あれは黄金旗!!」
遠い戦場の中心に金色の旗が翩翻と翻り、こちらまで金色の波濤が押し寄せるような圧を放っていた。
黄金旗の様子は今まで戦場で掲げられていた時とは明らかに違っている。
「フォロウェンから取り上げておくべきだったか……」
ラエスリーダは慌てて戦場へ戻ろうとしている。体を掴んで強引に引き留めた。
「ちょっと待ってください! 王子様一人であそこまで行けっこない。無駄死にです」
「放せ! あの旗はもう使ってはいけないんだ!」
「どうあってもまた戦場へ戻るつもりなんですか?」
ナザクは王子を発見してからずっと迷っていた。
ガラにもなく会話を重ねたのはその現れだった。
しかし、もう迷いはない。
傭兵隊長は一度決めてしまえばそれを実行する男だった。
「戻る。なんとしても旗を降ろさせる。それに私は皆を見捨てることはできない」
「そうですかい──」
肩を掴んでいた手を放す。
王子はバランスを崩してたたらを踏んだ。
「ならば死ね!!」
ナザクは抜く手も見せぬ神速で曲刀を抜きざまに下から切り上げ、無慈悲な刃は狙いあやまたず、一刀のもとにラエスリーダの首を刎ねた。
主を失った王子の胴がゆっくりと仰向けに倒れていく。
切断面から血が噴き出す。
こうして周辺国を震撼させた王子ラエスリーダは、傭兵隊長の手にかかって死んだ。
仰向けの王子の胴を足で裏返す。
首を王子のマントで包もうと考えたのだ。
(人間ってのは首を刎ねられた後、どのぐらいのあいだ意識が残ってるんだろうな)
ナザクが見渡すと、すぐ近くにある王子の首と目が合った。
言葉が口を突いて出た。
「王子様、アンタは最高の雇い主だった。
俺みたいな奴の話も聞いてくれたし、金払いも良かった。
それよりなにより、アンタの下で戦うのは最高に楽しかったよ。
無茶な作戦も多かった。けど、最後は必ず勝った。
小が大を呑む。戦さと博打は賭かってるもんがでかいほど燃える。
多分もうこんなぞくぞくするような毎日は来ねえだろう。
俺はよ、殺っちまっていうのもなんだが、本当に感謝してるんだぜ?」
首をうやうやしくマントに包む。
「アンタは最高の雇い主だった。最後までこうして儲けさせてくれるんだからな」
ラエスリーダの首には敵国から莫大な賞金が懸かっていたはずだ。
うまいことありつければ大事を成せるかもしれない。
山の民の統一が彼の悲願であった。
ナザクはマントの包みを手に三ヶ国連合の本陣へ向かった。




