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インロイの章4~従士、師と刃を交えること~

 インロイは師のフォロウェンと会うたびに稽古をつけてもらっていた。

 だが、練習でも十に一つ、試合形式ではただの一度も勝ったことはない。

 もっとも、だからこそ決闘を受けるだろうとインロイは考えていた。


 案の定フォロウェンは抜刀し、剣を正眼に構えた。

「わかった。私、騎士フォロウェンは、従士インロイの申し出を受けよう」

 無用の争いを避ける彼も根は戦士なのだ。目が輝いている。

「お前がしばらく会わぬ間にどれほど腕を上げたか、楽しみだ」


 フォロウェンは、高潔な王子ラエスリーダの近くに侍っていることもあり、誇りを重んじる騎士だ。

 決闘の結果をないがしろにすることはまずない。

 これが土壇場でインロイの考えた最善の方法だった。


 幾度も剣を交えてお互いの出方は知悉している。

 二人の剣は対照的だ。

 片やインロイは自分から仕掛けて活路を開く動の剣。

 片やフォロウェンは相手の攻撃を捌いて反撃する静の剣。


 あらゆる戦いにおいて、一般的には攻撃側が有利で、守って反撃で勝つには相手を大きく上回る実力が必要とされる。

 しかし、インロイはそうは思っていなかった。

 フォロウェンとの戦いにおいて、常に、仕掛けさせられている、と感じていた。


 なまじ相手の技がわかっているため、フォロウェンの体勢や視線に誘導され、相手の狙い通りの場所へ打ち込んでしまう。

 そしてそこを楽々といなされ、負けてしまう。

 攻める、という行動。それをする側が、場の主導権を握っているとは限らないのだ。


(逆に、なにも考えなかったらいいんじゃないか?)

 要は、場の支配権を相手に渡さなければいいのではないか。

(その上で必殺の一撃を放つ。これしかない)


 思えば今までは、相手の剣先や手足といった、いわば末端に注意が向いてしまっていた。

 そうではないはずだ。

 相手を全体として観じられれば、次にどう動くか、自ずと見えるはず。


(どの道、何合も渡り合う体力はもうない)

 借りた剣を何度か振って手に馴染ませ、構える。

 互いの間合いギリギリのところで睨み合った。


「戦場で何か掴んだな、インロイ。こうして剣を取って向き合うと訓練の時とは別人のようだ」

「俺は殿下とスノーザ様のために、貴方を倒す」

 二人の間に緊張感が高まる。

 機が熟して、その見えない何かが臨界点を超えたとき、インロイは師へ向かって切り込んでいった。


 いざ剣を構えて向き合うまでは、様々の想念が胸中に渦巻いていた。

  自分の剣はどうあっても師には及ばないのではないか、

  王子はどこにいるのだろう、

  流れ矢で死ぬかもしれない、

  魔剣を使うべきだったのではないか、

  師に殺されるのでは、

  黄金旗はほんとうにここにあるのか、

  決闘でフォロウェンを殺してしまったら、

 それらの雑念が、打ち込むときには自然と消え去り、ただ総身空となって、

「──斬る!!」

 乾坤一擲の一撃を放っていた。


 鬼神もこれを避く勢いに、おお、と周りの兵たちから思わず感嘆の声が漏れた。

 その全霊の剛撃をフォロウェンは剣で受け流そうとする。

 しかし、つつ、と流れるようにインロイの刃は軌道を変え、フォロウェンの剣の腹を掬い上げるように打ち、曇り空の天高く弾き飛ばした。


「──!!」

 弾かれたフォロウェンの剣がくるくると宙を舞っている。

 フォロウェンは驚愕に目を見開いた。

 インロイはフェイントしたのではない。

 水が低きへ流れるように、身体が剣を最も強打できる所へ、勝手に打っていったに過ぎない。


「勝った、のか」

 弾かれた剣が落下して地面にどさりと落ちた。

 フォロウェンが驚きの表情を浮かべたのは一瞬のことで、すぐに元の穏やかな様子に戻っていた。

「うむ、見事な一撃だった。私が剣について教えることはもうなくなったな。認めよう、私の負けだ。聞くがいい、インロイ。全てを話そう」


「良い剣だ。感謝する」

 インロイは借りていた剣を持ち主へ返し、魔剣を受け取った。

 騎士フォロウェンを上回る武勇を見せたことで、周囲の兵がインロイを見る目は明らかに変わっていた。

「聞いての通りだ、俺とフォロウェン様は少し話をする。すまないが、少しでいい、時間を稼いでくれないか?」

「ハッ! 承知しました!」


 こうして兵を遠ざけておいて、インロイはいよいよ核心に迫った。

「そもそも黄金旗とは何なのです?」

「黄金旗は……ただの旗ではない。あれは殿下が魔の者から預かった品だ」


 フォロウェンはやや声のトーンを落とし、黄金旗の由来について語り始めた。


「殿下と魔の者は、この長い戦を起こす前にある取引をした」

 インロイはありありと訝しげな表情を浮かべた。

「信じられないのはわかる。私も最初は耳を疑った。この目で魔の者を確認したわけではないから断言できないが、よく考えてみて欲しい。今日までこれだけの勝ちを重ねられたのは、やはり何か常ならざる力の賜物だったのではないか?」

「それは──」

そうかも知れない、と言いかけて言葉を飲み込んだ。


「取引の内容はこうだ。殿下は戦場で魔の者の加護を得る。魔の者は戦いで死んだ者の魂を喰らう……。黄金旗はその契約の証だ。魔の者が死者の魂を集めるのは封印を破り、この世に復活せんがため。周りの国相手に戦いを挑もうとしている殿下は、魂集めに最も適した人間だった」


「ここまで話せばわかるか? 何故殿下が今日に限って頑なに黄金旗を使おうとしなかったか」

「……もう十分に魂は集まり、今日旗を掲げれば魔の者の封印が破られてしまうから、ですか?」

「その通りだ」


「……わかりました」

「うむ、それでいい。お前はもう疲れて動けまい。私がスノーザ様へ使いの者を送ろう」


「その必要はないです、俺が黄金旗を持ってスノーザ様へ届けますから」

「人の話を聞いていたのか?」

「せっかく全軍背水を敷いてノイシェをおびき出したんです、それにすぐ魔の者が出てくるとは限らない。仮に現れたとして、損害は兵力の勝る向こうのほうが大きいでしょう。こっちは負けそうなんだから場をかき乱したほうが得策です」


「お前は自分がどれほど取り返しのつかないことをやろうとしているのか、わかっていない」

「ええ、わかってないですよ。でも俺はこれだけ勝ちを続けて、最後の最後で惨めに負けて何もかも失うなんて納得がいかない」

 インロイは手をずい、とフォロウェンの前に差し出した。

「黄金旗を渡して下さい」


「…………これだ」

 フォロウェンは懐から細長い黄金の筒を取り出して、無遠慮に突き出されたインロイの掌へ預けた。

 筒はインロイの掌に少し余るぐらいの大きさだ。

「この筒が? 旗にしてはやけに小さい」

「魔法の品だ。筒の先端を天に掲げると旗が展開する」


 黄金旗を手に入れたインロイがもう一つ気になるのは、王子の消息だ。

「殿下は本当に離脱されたのですか?」

「そうだ。私が話したことに嘘偽りはない。当然、選りすぐりの兵を護衛でお付けした」


(俺は、殿下の元に向かうべきではないのか?)

 そんな考えがインロイの脳裏をよぎった。

 だがよくよく考えてみれば、本陣へ旗を取りに戻れたのは、おおよその場所がわかっていたからこそ。

 この混戦の中、少人数で移動し続けている王子に合流するのは不可能に近い。

 もう自分は一歩踏み出した。あとは黄金旗の示す勝利への道を信じて、進んでいくしかない。


「俺はもう行きます。色々無茶を言ってすみませんでした」

「いや、この状況では方針を統一しなければならなかった。決闘でお前が勝ったのも天の導きというものだろう。それに殿下が離脱する時間は稼いだ。私もスノーザ様の元へ向かい、助力しよう」


 方針を定めるとフォロウェンは兵へ向けて声を張った。

「本陣は崩す! 皆個々に散ってスノーザ隊を目指し、合流せよ!」


 インロイはフォロウェンの意図を推察した。

 この状況で本陣の兵をまとめてスノーザ隊と合流を企図しても、囲まれて磨り潰され全滅するだけだ。

 ならば本陣を解散してそれぞれの運命に任せたほうが、より多くの兵が突破できると目算したのだろう。

 そしてもう一つ。

 これ以上戦いたくない者は落ち延びよ、という言外の意味も込められているのではないか。


 フォロウェンの指示を受け、兵が思い思いの方角へ散っていく。

(この中で一体何人が生き残るのか)

 冷静にそう考えてしまい、何の感慨も湧き起らない。


 長い戦闘で、敵を殺すのも、味方が死んでいくのも、慣れてしまった。

(俺は心を無くしている)

 インロイは、そう冷静に自分を分析していた。


「インロイよ、スノーザ様の元で会おう」

「はい!」




 フォロウェンが兵を散らしてくれたのはインロイにとって好都合だった。

 目標が分散して多少なりとも突破しやすくなっている。


 眼前に三人の兵が立ち塞がった。

 馬を捨て徒歩になった騎士とその従士二人だ。

 インロイは三人の槍を易々とかいくぐり、従士から手を付けて瞬く間に全員撫で斬りに片づけた。


 ぞくり、と剣を握る両手の血管が逆流して、心臓を縮み上がらせるような悪寒。

 それでも人間はどんな悍ましい感覚にも順応してしまうものだ。

 もはやこの感覚にさえも、インロイは全く動ずることはなくなっていた。


(いや、そうか……恐怖に慣れたのでも、克服したのでもない……喰われてなくなった、ということか)


 その事を恐ろしく嫌だと抗う心も既に捧げた。


(喰わせるものがなくなったらどうなる?)

 単に魔剣が力を発揮しなくなるのか、そして心を失った人間はどうなってしまうのか。

 これまでインロイは魔剣の望むままに心を喰わせてきた。

 だが一つだけ、失ってはいけない心がある。


 それは忠誠心。

 忠誠心を捧げてしまったら、これまで王子の騎士たらんとしてきた自分を否定することになってしまう。


 だが、その時すぐにはやってきた。

 暴君のように貪欲な魔剣は、最後に残ったインロイの忠誠心を求めた。


「殿下は渡せぬ!!」


 インロイは喉を嗄らして叫ぶ。

 魔剣は心の代わりのものをインロイから奪って力を発揮した。


 インロイが奪われたのは「時」だった。

 未来を、可能性を喪失したインロイの胸に、流れ矢が吸い込まれるように刺さった。


 矢は流れ矢であるにもかかわらず、奇跡的な偶然でもってインロイの胴鎧の僅かな隙間をぬい、急所を射止めていた。

 魔剣を杖に体を支えていたのも束の間。

 体がかしぎ、インロイは仰向けにどうと倒れた。


 意識が急速に薄れていく。

 その中で、心を渡さなかったためか、精神力が克ったためか、魔剣がインロイを主と認めたのがわかった。

「へっ……、いまさ……ら、おそ……い、ぜ」


 スノーザの持つ対になった魔剣が呼応する。

 老将はもうすぐそばまで来ている。

 これならば命を果たせたと言えるだろう。


 インロイは微かな笑みを浮かべると、左手で旗筒を掴み、死力を振り絞って灰色に塞がる曇天へと掲げた。

 黄金の筒が天へと高く伸びていく。

 伸びきった一拍間をおいて、鷲獅子が羽ばたいて翼を広げるように、燦然と輝く黄金の旗が現れ、天を覆いつくした。

 今わの際の従士の眼にはそれが、灰色の世界が、金色の世界へ塗りかえられたように映った。




 黄金旗が顕現した。




 黄金の旗のたもとには従士の死体があって、彼は左手に旗を固く握り、そして主と認めた者の魂と死出の旅路を共にしたのか、右手にあったはずの魔剣は消え失せていた。

2019.12.25サブタイトル修正

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