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インロイの章3~従士、魔剣を手に再び敵中を駆けること~

(フォロウェン様は無事だろうか)

 インロイはこれから会うべきフォロウェンをよく知っていた。

 スノーザがこの任務を自分に命じたのは、そのせいもあるだろう。


 端的に言うとインロイにとって、フォロウェンは師だ。

 武器の扱い、戦場での立ち回り、騎士を目指す者にとっての礼儀……等々、それらを見習い時代に叩き込んでくれたのがフォロウェンだった。


 本陣までの距離は遠い。

 先程スノーザの所まで移動した時は、敵が多いと言っても所詮は声が届く範囲だった。

 今回は先陣と本陣とを寸断している敵陣を駆け抜けなければならない。


 逡巡している暇はない。

 寸刻も惜しい。

 インロイは戦場の流れを見極め、駆けだした。


 無用の戦闘は極力避ける。

 ほぼ勝敗の決まった戦場で命を賭ける者は少ない。

 インロイが一刀のもとに一人斬り伏せて離脱すると、大抵の敵兵は追ってこなかった。


 魔剣の力は絶大だった。

 それは鎖帷子だろうが、板金鎧だろうが、あるいは大盾でさえも、易々と切り裂いた。

 しかし、魔剣は力を発揮しようとするたびに、「何か」をインロイへ要求し、彼は魔剣が望むままにそれを捧げた。


 インロイには自分が捧げたそれが何なのかわからなかった。

 ただ、己の中の大切な何かが失われていくのだけは、はっきりと感じられた。

 あるいは失ってしまったから、なくなったそれが何なのか認識できないのかも知れなかった。


 目指す本陣へは着実に近付いている。

 自分の中の捧げるべき何かが枯れ果てる前に辿り着きたかった。


「うおおぉぉっっ!!」

 インロイは雄叫びを上げると渾身の力で斬り付け、漆黒の刀身が立ちはだかる騎兵を馬ごと両断した。

 人馬の噴き上げる大量の血が灰色の空と緑の大地を彩る。

 と、同時にまるで自分も斬られたような悪寒が走った。

 魂を両手で掴んで搾り上げ、こぼれた雫を無限の大海へ溶かし込むような、自我が希薄化していく冷たい恐怖をインロイは感じていた。


(いつまで耐えられるんだ、俺は)

 肉体的にも精神的にもとうに限界を迎えている。

 不思議なもので、だからこそ、その透徹した瞳には今まで見えなかったものが見えるようになっていた。

 せめてスノーザ様へ黄金旗を届けるまでは、そうインロイは祈っていた。


 剣戟と喊声が一際大きくなる。

 インロイは目指す味方本陣のすぐそばまで来ていると悟った。

「従士インロイだ! スノーザ様の使いで参った。 フォロウェン様にお会いしたい!」

 敵中を駆けたインロイの語気は鬼気迫るものがあった。

 その気迫に押されたのか、数名の味方従士がフォロウェンを呼びに散っていく。


 程なくして──

「従士インロイよ、フォロウェン様はこちらだ」

 インロイは案内され、本陣中枢に移動する。


 そこには騎士フォロウェンがいた。


 フォロウェンに会うのは数ヵ月ぶりのことだった。彼も自ら剣を取って戦っていたのか、鎧もマントも血と泥に汚れている。

 平時は常に穏やかな表情を浮かべている男だが、さすがに今は厳しい顔をし、疲労の色も濃かった。

 それでもフォロウェンは、インロイが現れると労うような笑みを見せた。


「敵陣を突破してよくぞここまで辿り着いた」

「スノーザ様の使いで参りました」

「うむ、そうか。で、スノーザ様はなんと?」


「この戦局を覆すには黄金旗が必要だ、と」

 インロイは相手の僅かな心の動きも見逃さぬよう、フォロウェンの瞳を見据えて宿将の言を伝える。

「黄金旗はフォロウェン様が持っているはずだ、と」


 フォロウェンは表情を崩さなかった。

「確かに。黄金旗は私が預かっている。だが例えスノーザ様の命令としても、黄金旗は渡せない」

「なぜです」

「殿下は私に黄金旗の扱いを一任して下さった。私はこの戦さでは黄金旗を掲げるべきではないと考える。それが答えだ」


 インロイは黄金旗の他にもう一つ気にかかることがあった。

 他でもない。王子ラエスリーダの所在だ。

 自分がみた限り、本陣に王子の姿はない。


「殿下はいずこへ?」

「……殿下は私たちの説得で既に離脱された」

「!! それは、本当ですか? 殿下が俺たちを置いてここを去った、と?」

「殿下は最後まで納得されていない様子だった。だが、兵の代わりはいても将の代わりはいない。私たちの再三の説得にようやく了承して頂いたのだ」


 インロイには理解できなかった。

 何故そこまで皆が黄金旗にこだわるのか。

 勿論、特別なものであることはわかる。だが、所詮はただの旗ではないか?

 これまでに黄金旗を掲げた戦いは王子軍がことごとく勝利を収めてきた。

 それに土がつくことで、黄金旗のいわば神通力が失われることを恐れているのか?


 そもそも、目の前の男の話は全てが真実なのか?


 インロイは苦悩した。

(わからん)


 だが手ぶらで帰れば老将の期待を裏切ることになる。


 結局。

 従士インロイはある意味最も難しい道を選んだ。

(わからんなら、俺の目で真実を知って決めるしかない)

 あるいはこの決意は、一介の従士としては己の分を超えていたかも知れない。

 それでも彼は、真実を知ることが、究極的にはスノーザとラエスリーダへの忠を尽くすことになると信じた。


 真実へ至るには情報が足りない。インロイにはフォロウェンが全てを語っているとはどうしても思えなかった。

 彼の口から真実を聞き出したい。

 その為には──


「フォロウェン様、旗は借りて行きます。俺はスノーザ様の命を受けてここまできました。やはり手ぶらでは帰れない」

「スノーザ様には殿下の意を伝えれば良い」


「それは本当に殿下の御意思なのですか?」


 場の空気が凍り付いた。


 フォロウェンは双眸をすがめてインロイへ問い質した。

「聞き捨てならんな。つまり、私が殿下の言をでっち上げ、お前を騙っていると?」


「だってそうでしょう? いくら我が軍の象徴とはいえ、所詮は単なる旗。俺には出し惜しみする理由がわかりません」

「それほどのものなのだ、黄金旗とは」


 インロイは大きく一歩踏み込んでフォロウェンへ顔を近付けた。

「そう、貴方は黄金旗について何か知っていて、俺に隠している。俺はそれを知りたい」

「知ってなんとする」

「知ったうえで俺が決めます、旗をどうするか」


 インロイは近付けていた顔を離すと、遠巻きに見守っている兵の一人の方へ向かった。

「時間がない。こうしませんか?」

 兵に魔剣を預け、代わりにその兵の剣を借りる。


「決闘です」

 フォロウェンの方へ向かって抜刀する。

「先に一撃したほうが勝ち。俺が勝ったら知ってることを話してもらいます。負けたら旗は諦めます」

2019.12.25サブタイトル修正

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