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君への手紙 ~HAIR'S.WORLD~

君の鼻毛が長い訳

作者: まさかす

「百年の恋も一瞬で冷める」と、そう言っても過言でない程に破壊力を持つそれは、果たして本当に必要なのだろうか?


 どれ程の効果があるかは知らないが、それは鼻呼吸の際に大気中の悪い物を食い止める役目を負っていると言われる。そういった有難い存在であれば疎ましく思わず有難く思って然るべきと、そう頭で理解してはいるものの、だとしても諸手を挙げて歓迎する事は出来ない。

 その理由は至極単純。もしもその存在に気付いたのが友達同士といった関係の相手だとすれば、その場だけの笑い話にも出来る。だがしかし、その関係が恋仲といった関係の相手であったとしたならば、それは文字通り「百年の恋も一瞬で冷めてしまう」と、そう言えるからである。

 実際、私は微風にユラユラと揺れるそれを見た瞬間に熱が冷めてしまった。燃え上がっていた恋心が一瞬にして冷え切ってしまった。世界で一番可愛いと思えていた彼女のその顔を見る度に、それが揺れる様子を思い出すようになってしまった。結果、私は彼女の顔をまともに見る事が出来なくなり、それが元で次第に2人の間に心の距離が生まれ、気付けばその恋は終わっていた。


 タバコを吸う人や大気が汚れている場所に住む人は伸びるのが早いと言われるそれ。いくら注意をしていたとしても、中で丸まるようにして隠れていたそれが不意に出て来てしまう事もある。大方、彼女のそれもそんな理由だったのだろう。家を出る時には出ていなかった事で気付かなかったのだろう。よもやそれが出てくるとは夢にも思わなかった事だろう。いっそ私が気付いたその時点でブチッと抜いてあげるべきだったのかもしれない。そうすればその場は笑い話として納める事が出来ていたかもしれない。そして今頃は幸せな時が続いていたのかも知れない。


 鼻毛。いくら切っても抜いても伸びて来る鼻毛。果たしてそれは本当に必要な存在なのだろうか。自らの意思に反して勝手に全てが抜け落ちてしまう頭髪とは反対にいつまでも伸びて来るそれは、果たして本当に必要な存在なのだろうか。



  ◇



 元は白かったであろう茶色く変色した手紙らしき1枚の紙には、そんな事が書いてあった。誰が何の目的で書いたのか分からないその手紙。遥か昔に書かれたであろうその内容が実際の事かは分からない。だが事実を書いてあるのだとしたら時代の違いを強く感じる。現代では考えられないその所業を、昔は平然と送っていたのだなと痛感する。「昔の常識は今の非常識」と、そんな言葉を痛感する。であれば「今の常識は未来の非常識」という事にもなりかねないと、そう考えさせられる内容だなと痛感する。


 21XX年の現代に於いて鼻毛はステータスであり、伸びていてこそ意味がある。結べる程に鼻毛を伸ばして実際に結ぶ。それこそが最高のステータスである。

 維持するには大変に気を遣う鼻毛。下手に寝返りを打つと抜けてしまう可能性もある鼻毛。それは頭髪以上にデリケートな物であり、抜けてしまうと同時にステータスも失う。それが現代の常識である。


 鏡には鼻毛の無いスッキリとした私の顔が映っている。何とも情けない顔が映っている。朝起きたら枕もとに蝶結びの鼻毛の残骸が落ちていた。時間を掛けて左右20センチづつまで伸ばした漆黒の蝶結びが自慢だったのに、鏡にはそれがすっかり消え失せたスッキリとした鼻が映るのみ。ああ、何と言う様だろうか。いっそこの世から消えてしまいたい……


「放っておけばまた延びるだろ?」と、そう軽口を叩く者がいる。確かに鼻毛は延びる。だが長い鼻毛を維持するのにどれだけ気を遣うと思っているのだ。おかげで私のステータスが下がったと同時に給料も下がってしまった。2センチに付き5万円の奨励金が全て無くなってしまった。非常に残念だがそれも受け入れよう。私は鼻毛を失ってしまったのだから……


 私の給料は下がったが、家計に対して実害は発生していない。それは妻の給料が上がった事が要因である。私の妻の鼻毛は自他共に認める逸品である。30センチにも及ぶ漆黒のサラサラとしたその鼻毛は、三つ編みにされると共にツインテールならぬツインヘッダーと呼ばれ、今や時の人として扱われると共にSNS等でも話題となり、各種メディアへ引っ張りだことなっている。会社員である妻の鼻毛奨励金は勿論、妻が話題となった事で会社もフィーチャーされ、ボーナス的ではあるが大幅に給料が上がった。


 愛する妻よ、その美しい鼻毛を維持しておくれ。君の鼻毛の維持については私も全力でサポートしよう。そして私の鼻毛が延びるその日まで待っていておくれ。

 そして約束しよう、君の鼻毛に追いつく事を。そしてまた、互いの鼻毛を世界に見せびらかすような、2人並んだ写真を撮ろう。

2021年04月01日 2版 誤字訂正構成変更他

2019年11月04日 初版

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