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最後の夢の彼方へ ~for the light of tomorrow~  作者: edwin
第六章 夢の彼方へ
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第四十九話 『この尊い瞬間』

「わたしには夢がある」


 東のダリアン領で、小さな人間の子供達が無邪気に笑いながら畑で遊んでいる。

 北のトーライン領で、痩せているエルフの少女が古そうなパンの耳を必死にかじっている。

 西のカルヴァクト・セーで、真剣な顔のオークの女の子が綺麗な幼馴染に告白している。


「それは多くの人にとってはあまりにもちっぽけな夢かもしれない。

 あまりにも子供らしくて、あまりにも自分勝手で、あまりにも平凡な夢かもしれない」


 世界中に、何も知らない無垢で無知な人々が普通の生活を普通に送っている。

 可愛い息子や娘達の頭を撫でて、愛する恋人達を抱きしめて、いつもと変わらず生きている。


「でもわたしにはそれでいい。

 人類なんて滅んでもいい。

 世界なんて救わなくてもいい」


 結衣と春乃がお互いの手を繋いで、何も言わずにわたしを見守っている。

 サリアがエルちゃんを優しく抱きしめて、背中をそっとさすっている。


「ただ、わたしの一番大事な人、わたしの誰よりも何よりも大切な人と一緒に生きたい。

 わたしのかけがえのない日々を取り戻したい。

 わたしの大好きな人にもう一度『大好き』って言いたい」


 わたしの煌く杖から溢れ出した緑色の光が、一瞬で青空を覆い尽くした。

 各領に、各都市に、各町に各家にその空の光が不気味に照らし出した。


「そのためならなんだってする。

 帝国でも世界でも、人類でもエルフ類でも、地球でも神でも、わたしの邪魔をするなら潰してやる。

 お前達の光なんて知ったことか」


 そしてわたしが正確に計算した核融合反応が始まった。

 全世界同時にわたしの魔法が炸裂し、閃光と衝撃波と爆風と熱線と放射線が溢れ出した。


「だって、わたしには夢があるから」


 一瞬で、数十億の人間とエルフとオークが即死した。


   ※ ※ ※


「なんてことだ……」


 竜から飛び降りた二人の少女が、空よりも青い顔でわたし達の前に立っている。


「どうして、こんな酷いことを……どうして、あてらの可愛い子供達を……」


 女神アテラの青色の目が神様としての怒り、そして母としての怒りに満ちている。


「それは、お前らを倒すためだ。それは、わたしの愛しいエルちゃんを守るためだ」


 隣の金色の目の少女が強く激しく自分の拳を握った。


「貴様ぁ! ふざけんな! こんなことをするために、あんたを呼び出したんじゃねぇ!」


 きっと、女神アテラと手を繋いでいるこの女の子がいわゆる天界の家出少女、女神イセーロだ。


「やはり、わたし達をこの世界に飛ばしたのは、お前だったんだね」

「その通りだ! アルナリア帝国と戦うために、ボクの大事なアテラを救うために、あんた達を利用したんだ!」

「そりゃどうも」


 わたしが満面の笑顔を浮かべて、女神イセーロに向けて軽く頭を下げた。


「貴様……!」

「だって、この世界に来なければ、わたしの可愛いサリアとエルちゃんとは一生出会わなかったんだろう? だから感謝してるよマジで」

「……あはは……その気持ちわかるよ。ボクも、異世界から逃げ出して、最愛のアテラと出会って、やっと幸せを手に入れたと思ったんだからね」


 微かな苦笑を浮かべている女神イセーロが、一瞬女神アテラと視線を合わせた。


「あてらは本当に、幸せだったんだよ! イセーロと一緒に過ごした時間があんなに楽しくて、あんなにキラキラだったんだよ! 三千年以上も封印されたんだけど後悔なんて、してなかったよ!」

「ボクもそうさ。結局、エルフ達に裏切られて力も希望も失ったんだけど、それでも天界から逃げて来て良かったと今でも思っているよ」

「子供達だって……もちろん悪いことをしてる人達が多かったんだけど、それでもあんなに可愛くて、あんなに愛しかったんだ。笑いながら楽しく生きている人々を見て、あてらは幸せだったんだ」

「みんなはボクと、アテラの愛の結晶だったんだもんね。ボクがあんなにアテラのことが好きで、アテラもボクのことがあんなに大切で、一緒に生み出したんだね」


 何千年も一緒に寄り添った二人の恋人が、お互いを深く長く愛しく見つめ合った。


「ちょっと、質問してもいいっすか? どうして人間を、地球の進化過程で作られたわたし達みたいな人間を、生み出したんすか? 地球と同じような生態系だけど、エルフとオークがいるファンタジーみたいな世界を作った理由を、聞いてもいいっすか?」


 ダリアン領の第14区に飛ばされた日から、ずっとそれが疑問だった。


「そりゃボクらも人間だったんだよ昔は。そう、宇宙に飛び出した人類が、いろんな惑星を作り直して、いろんな技術を手に入れて、いろんな地球外生命体と戦って、そしてやがて神様みたいな存在になっても、不思議じゃないだろう?」


「そうか……そうだったのかぁ」


「うん。この惑星だって確か地球から数百万光年離れているんだから、時空連続体に穴を開いて空間も時間も乗り越えないと普通、あんたみたいな地球人が来られないだろう」

「……」

「エルフとオークがいるのは、ボクは好きだったから、そういう指輪物語みたいなファンタジー世界が。だからアテラと一緒に新しい世界を作るなら、いてもいいんじゃない?」

「……」

「そう、最高で完璧な世界を作りたかったのに……それなのにどうして、こうなっちゃうんだろう……」


 かつては賑やかに繁盛したこの惑星が今、灰と炭に溢れている。

 わたし達が魔法のバリアで守ったため、この辺の動植物が割と無事に生き残ったんだけど、それだけだ。


「ね、やっぱりボク達も殺されるよね?」

「そうだ。エルちゃんを殺そうとしたお前らを生かせるわけがない」


 その言葉を聞いて、女神アテラがとても悲しそうな、でも同時にちょっとだけほっとしたような表情を浮かべた。


「結局あんたはあてらのこと、どう思うの? やはり惨めな、哀れな、役立たずな女神とで思ってるの? あてらのことを笑いながら蔑んでるの?」


「そりゃそうよね。あてらなんて、この程度の女の子だったね。自分の子供達すらも制御できなくて、他の神様達の忠告を聞き入れなくて、すべてを台無しにしたんだもんね」


「ね、どうすればよかったの? あてらは、イセーロのことが好きだっただけなのに! 一緒に、幸せに生きたかっただけなのに! その辺の普通の人間のカップルと同じように、お互いを褒め合って楽しく笑い合って他愛無い日々をずっと続けたかっただけなのに!」


「やはりあてらの人生に意味なんて、なかったのかな? 一生かけて作り上げた全部が、消えてなくなっちゃうのかな? 楽しかったことも、辛かったことも、嬉しかったことも、悲しかったことも、何もかもが無意味で、無価値だったのかな?」


 一瞬の刹那だけ、その青色の目の少女とその金色の目の少女が全世界の創造神でも、青空の神様と天界の家出少女でもなく、普通の、お互いを愛し合っているどこにでもいる普通の女の子同士に見えた気がした。


「そうかもね。お前らが作り上げた世界も人々も、今日この日に終わりを迎えたんだよ。お前らが一緒に過ごした数千年間は完全に忘れ去られ、これからはまるで何もなかったかのようにわたし達は生きるんだよ」


「でもね、青空の神様よ。確かに、誰もあの日々を覚えやしないだろう。確かに、これからのこの惑星にも、宇宙のどこにでも、お前らの人生の中で作ったものが何も、何一つも生き残れないだろう」


「でもだからと言って、あの尊い日々が無意味だったというわけではないのよ! 思い出せよ、あの他愛無いけど息が止まるくらい楽しい瞬間を! 思い出せよ、誰よりも何よりもイセーロが好きだと気付いた刹那を!」


「それらが無価値なはずないだろうが! 世界すらも変えた伝説の恋だったじゃない! 三千年以上も待っても一瞬も怯まなかった、最高の愛だったじゃない! お前らなぁ、お互いが好きなら『好き』って言えよ!」


「未来なんてどうでもいい! 死んだ後のことなんて関係ない! 今、この何よりも尊い瞬間を大事にしろよ! 一緒に生きて、一緒にずべてを捧げて、宇宙も時代も超えたお前らなら、それが一番わかってるはずだ! この、お互いの暖かい手と愛しい息を感じているこの一秒一秒が、どれほど大切で、どれほど()()があるのかを!」


 その瞬間、時間が止まった。


「大好きだよ、イセーロ」


 イセーロの手を優しく握っている青空の少女が、そう呟いた。


「愛してるよ、アテラ」


 アテラの小さなちいさな身体を抱きしめている天界の少女が、そう囁いた。


「あてらと一緒にいてくれて、ありがとう」


 まるで世界に、宇宙にその二人の恋人達だけが存在してるかのように。


「うん。いつも、そして最高に、楽しかったよ」


 あの日に見た青空よりも、核爆発よりも、その一つのキスの方がずっと眩しかった。


 そしてそのキスが終わった瞬間に、二人の可愛い神様の長くて幸せな人生も、終わりを迎えた。

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