第四十七話 『電離気体砲』
だからと言って、そう簡単にいくはずがなかった。
「論理上ではなんでも可能だけど、実際にやると本っ当に難しいよね」
数日が経て、ひたすら試行錯誤で魔法の練習や研究をやってみたんだけど、進展が遅い。
「そりゃそうだろう。私なんて、何年頑張ってきたと思う? 高度な魔法を使うには、集中力と想像力を鍛えるしかないぞ」
エルちゃんは勝ち誇ったようなドヤ顔を浮かべているんだけど、ここ数日わたしに丁寧に魔法を教えてくれたんだよ。
「やはりエルちゃんは可愛いなぁ」
「ちょっ! 何すんのよ! そこ触るな!」
「でもね、わたしにはチートがある。そう、原子物理学をちゃんと理解してるわたしなら、粒子の操作を出来るはずだ」
「どいうこと?」
「そうね……この世界の普通の魔法使いはね、炎をイメージするだけで、無意識的にそれが酸化還元反応の計算になるんだ。でもわたしはそれを意識的にやろうとしてるんだから、もっと簡単に、そして正確に行えるんだよ」
「なるほど……でも、それには限界があるんじゃない? できないことが、急にできるようになったりしないんだろう?」
「いやそうでもないよ。なぜなら人間は、想像できないことはやらないからだ。わたしの世界も、スマホとかインターネットとか宇宙船とかを作れるようになったのは、物理法則が変わったわけでも、人類の性質が変わったわけでもなく、それに伴う知識と想像力が変わっただけだ。それと同じことよ」
一瞬、エルちゃんの瞳に希望に似た感情が湧いてきたけど、すぐほろりと消えた。
「…………私、そういうのよくわからないけど、それでも女神アテラに勝てるとは思えないぞ。この世界の種族を生み出した女神アテラは、我々と深く繋がっている。我々エルフのすべての力を操れるよ」
「そうか……やはりそれも女神イセーロの賜物の影響なのかな? すべての人々の計算力を自分の力として扱える、ボットネットのように」
「そうかもしれない。だから初代皇帝陛下みたいに、世界最強の魔法使い達を集めない限り、青空の神様に敵えるはずがない」
「なるほど。相手の計算力が桁違いなら、どんな技術や能力を持っても意味がないってことか」
「それが魔法なんだよ」
キラキラと煌いている杖を眺めながら、わたしがもう一度深いため息をついた。
※ ※ ※
「報告です! 報告来ましたよ!」
サリアの切羽詰まっている声と表情は、なぜか凄く可愛いと感じた。
「誰から?」
「クリオファス領からです! えっと、竜の襲撃を受けたローザルレ城が、壊滅しました! ソルナ姫の死も確認されています!」
「……そうか」
膝をついたエルちゃんの目から、大量の涙が嵐のように激しく零れ落ちた。
「そんな……ソルナ姉様まで……
「ごめんなさい、エルちゃん」
「どうして、こうなっちゃうんだろう……」
わたしがそっと、赤ちゃんを抱きしめる母のように、エルちゃんの頭を優しく撫でた。
「でもね、次はわたし達だよね? 女神アテラが皇族を狙っているなら、エルちゃんを殺しに来るんだろう」
わたしの大切な、大好きなエルちゃんを。
家族に認められるために、何もかも捨てて一所懸命頑張ったわたしの可愛いエルちゃん。
その大好きだった家族を、たった今失った可哀そうなエルちゃん。
でも、家族よりも皇位よりもわたしの方を選んだ、愛しいエルちゃん。
身体も人生もわたしに捧げた純粋なエルちゃん。
だから、恋人として家族として、わたしがエルちゃんを守らなければならない。
リリア姫のように、ソルナ姫のように、無駄死にさせるわけがない。
「何か……何か方法があるはずだ! 女神アテラを倒せる方法が! エルちゃんの笑顔を守れる方法が!」
結衣達も、ヴィリア達も、下を俯いて何も言わなかった。
わたし、ここまで来たんだ!
アルナリア帝国に挑んでそして勝って、結衣も春乃も無事に救い出して、やっと幸せな未来を手に入れようとしたのに!
女神アテラさえいなければ!
女神アテラに無意識的に力を捧げてる全人類さえ、いなければ!
「…………そうかぁ」
結衣達も、ヴィリア達も、微かな希望を抱きつつ、わたしをゆっくりと見上げた。
「わたし達は青空の神様が殺せないのは、自分の子供達である世界中の人々から力を貰っているからだ。数十億の人間とエルフとオークの脳の計算力を利用しながら、戦っているからだ」
「だから、女神アテラを倒すには、人類を全滅させればいい」
一瞬の静寂。
「あんた、正気ですか?」
森の神様である女神ヴィリアンドレの声だ。
「そりゃ効果はあるかもしれないけど、そんなの出来るわけがありません! と言うか許されるはずがありません!」
拳を握っている青髪の少女が、怒りと言うより恐怖に近い感情に満ちている目でわたしを見ている。
「いや可能かも……今のわたしの力なら、できるかも……」
「冗談はやめてください! そんな場合じゃないでしょう!」
わたしがゆっくりと、急に自信に溢れているかのように、煌く杖を持ち上げた。
「エルちゃんを守るためだ。エルちゃんがいないと、ダメなんだから」
「あんた、おかしいです……狂っています!」
そしてその杖を強く熱く握って、ヴィリアの方へ向けた。
「このわたしに逆らうのか、森の神様よ! 一緒に女神アテラを止めるんじゃ、なかったか!」
ヴィリアの身体が緑色のオーラを纏っているかのように、明るく激しく光り出した。
「あんた何言ってんのかわかるんですか! 世界のために戦っていますよ! 世界中の人々が静かに、幸せに暮らせるために、女神アテラを倒したいです! そんなやり方なんて、認めるはずがありません!」
オークのガルも斧を抜いて、少女のヴァルナもいつの間にナイフを握っている。
「そうか……ならば死ぬがいい!」
エルちゃんのために。
そして、わたしのために。
「We stand for the light, and we dream of a world
Free of fire, free of pain, free of guns and of swords.
Where a drop of nectar glistens like the sun in the sky
and all else is silence, as life runs adry.」
杖から紫色の光線が高速かつ正確に走って、町と空を熾烈に照らし出した。
女神ヴィリアンドレが作り上げた神秘的なバリアを一瞬で切り裂いて、そして敵に接触した瞬間に、少女の肌が文字通り溶け出した。
悲鳴を上げる暇もなく、かつては森の神様だった女の子が生臭い紫色の液体と化した。
これはわたしが素粒子物理学の知識を用いて新しく作った魔法の一つ、『電離気体砲』だ。
「安心してね、エルちゃん。わたしが必ず、助けるんだから」
なぜか満面の笑顔を浮かべているわたしがゆっくりと、結衣達の方へ視線を向けた。