第四十六話 『森の神様』
「それであすちゃん、青空の神様にはどうやって勝てるつもり?」
わたしがダリアン領でフィンラとエルちゃんと一緒に作り上げた連軍はもう、存在してない。
黒ずんだ灰だらけの町にあるのはわたしの恋人達と、ガル達だけだ。
「正直良くわからないな……あの竜相手に銃は無意味だろう。地対空ミサイルならやれるけど、残念ながらわたし作れないし」
「軍隊もないもんね」
「うん……魔法の研究も着々進んでいるけど、原理はまだあまり理解できてないから……」
緑色で煌いている杖を眺めながら、わたしが深いため息をついた。
「ね、エルちゃん~? アリアナさんが言ったんだけど、大昔に女神アテラ達を倒したのはエルフの魔法使い達だったよね~?」
「そうだけど、初代皇帝陛下は歴史を作った伝説の英雄なんだぞ。あれほどの力を操れるエルフはもう、存在しない」
「なるほど~」
やはり熱き絢爛たる雷火使いと呼ばれたエルちゃんでも、神に敵うはずがない。
「このままじゃアスカ達だけじゃなくて俺らの夢も叶わないゾ」
ガルがオーク特有の険しい表情をしながら、ヴィリアとヴァルナに視線を向けた。
「そうかもしれませんね……」
「でもヴァルナ達が本当に、人間達を信用できるんでしょうか?」
「信用するしかないです。ヴィリア達だけでは、勝てそうにありません」
「そもそも軍隊も国もないアスカ殿に真実を教えても、意味あるんですか?」
「アスカ殿を侮れない方が良いと思います。アルナリア帝国に勝った唯一の人間ですよ」
「はい……でも相手は女神アテラと、女神イセーロですから」
「とりあえず出来るだけのことをしましょう」
ヴィリアが優しく、でもちょっとだけ力を込めながら、ヴァルナの手を握った。
「どういこと? ガル達は何言ってるの?」
そういえば、どうしてオークのゲンラ族にこの二人の不思議な女の子がいるのか、まだ何も聞いていない。
「それでは、ヴィリアの話を聞いてください」
ヴァルナの手を離した青髪の女の子が、ゆっくりと立ち上げて黒いマントを脱ぎ捨てた。
「ヴィリアの名は、本当の名は女神ヴィリアンドレ。森の神様、そしてオークの守護神です」
少女の真っ白な肌が聖なるオーラを纏っているかのように、太陽の光を照らし出している。
「大昔に、それはもう何百年何千年も昔に、ヴィリアは他の神様と一緒に静かに暮らしました。みんなとも仲良しで、満足で、幸せでした」
「でもある日、すべてが変わりました。そう、あの金色の目でヴィリア達を見下して、あの生意気な声で気軽にアテラに話しかけた、天界の家出少女、女神イセーロです」
「アテラとイセーロはお互いが大好きすぎて、神の恋が世界そのものを書き直しました。ヴィリアも、他の神様も止めようしたんだけど、アテラってばイセーロ以外の声は全然聞いてくれなくなった。あんなに可愛くて素直だったアテラが、です」
「だから愛の結晶である子供達を欲しがってたアテラがオークも、人間もエルフも産みました。だからその子供達が繁盛するように新しい大陸と大洋を彫ってやったのです。それがこの世界の、創造の時代でした」
「せめてアテラがヴィリア達の忠告を聞いてくれたら、あんな結末にはならなかったでしょう。天界の魔法を与えられたエルフ達の反逆者が作った呪いで、アテラが封印され、イセーロもヴィリア達も力を完全に失いました」
ヴィリアが隣で悲しそうな目をしてるピンク髪の女の子の頭に手を乗せて、そして優しく撫で始めた。
「でも三千年以上も経ってある日、一人の人間の少女に出会いました。母から酷い虐待を受けた幼ないヴァルナが、ヴィリアの森に逃げて来たのです」
「健気に泣かないようにしてる可愛いヴァルナを見て、決めました。アテラ達も、アルナリア帝国も止めるって。みんながもう一度、昔のように静かに暮らせる世界を作るって」
「そしてゲンラ族にも、カルヴァ族にもテラン族にも声をかけて、西帝国と戦うためのオークの連盟を結成させました。エルフの魔法使いを倒すために自分の魔法をオーク達に与えました。すべてはヴァルナを守るために」
ヴァルナが嬉しそうな、でもちょっとだけ切ない微笑を浮かんで、青髪の女神の手を取った。
「ヴィリアがいなかったら、ヴァルナはきっと森に迷って無意味に一人で死んだんでしょう。ヴァルナを助けてくれて、ヴァルナを大切にしてくれた、優しくて綺麗なヴィリアが、大好きです」
二人の少女が一斉にわたしに視線を向けて、頭を下げた。
「なるほどわかった。それで、女神アテラ達に逆らいたいか。本当にわたし達の仲間だね、ヴィリア達は」
「その通りです。だから、これで勝てるかどうかわからないけれど、ヴィリアの魔法をアスカ殿に与えます」
ヴィリアの身体から、眩しい緑色の光が嵐のように溢れ出して、そっとわたしの全身を包んだ。
「…………!!!」
情報が、記憶が、そして想いがわたしの心に直接流れ込んでくる。
青髪の森の神様が何を見て、何を考えて、何を愛したのかが大昔の自分の記憶のように、わたしの脳の中に響き渡った。
「………………」
一瞬の静寂。
「飛鳥さん? 大丈夫ですか?」
サリアの声が遥か遠くのように感じた。
「そういうことか……見えた! 見えたぞ!!」
やっとわかるんだ! 世界が!
「どういうことですか? 何が、見えるんですか?」
キラキラな青空へ杖を捧げたわたしが、突然のように必然のように、声高く笑い出した。
「何が魔法だ! 何が力だ! やっぱりそういう非科学的なものなんて、あるわけないじゃない!!」
「我々人類は、所詮ただの炭素系生命体なんだよ! ファンタジー世界みたいに手から炎を撃って、雷を作り出して、自由に物理法則を無視するなんて、出来るわけないじゃない!」
「でもね! 人類の脳は一つのスーパーコンピュータでもあるのよ! 一つの強力なニューラルネットワークで、信じられないほどの計算力を持っている!」
「だからこれは、ただのプログラムだ! 天界の賜物は、USBポートに接続するケーブルのように、わたし達と世界を繋がっている! はぁ、まるでウイルスになった気分だ!」
「そうかそういうことか! お前ら神様はわたし達とあまり変わらないなぁ! 想像力が計算力になり、そして計算力が創造力になるのだ! 結局この世界の魔法使いはただの、無意識的なプログラマーだった!」
結衣と春乃以外に、その場にいる人達はわたしの話を全然理解できてないだろう。
でもそんなのは最早どうでもよかった。
「ならば不可能はない! 火が作れるなら原子を操れるはずだ! 雷が撃てるなら電子を流させるはずだ! わたしは、わたし達は神になれるのだ!」