第四十三話 『リリア姉様』
「我が名はリリア! リリア・ユリナレ・テラシア・アルナリア!」
その金髪ポニーテールのエルフは黒マントに身を纏って、我々連軍に声高く語りかけている。
「我は崇高なるアルナリア帝国の皇太子だ。いえ、母上が亡くなった今、我は皇帝陛下代理として、この場にある」
わたしが見渡せる限り、帝都テラシアは紅蓮の炎と濃い黒煙に覆われている。
「レイナ殿から話は聞いておる。そなたとの休戦は喜んで受け入れよう。更に、出来るだけ多くの人々を助けるよう協力してくれるとありがたい」
これで正式にわたし達連軍の戦争が終わりを迎えた。
そして新たな戦争の始まりでもあった。
「ありがとうリリア姉様!」
「何、我の可愛い妹のためなら仕方あるまい」
空よりも眩しい笑顔を浮かべているエルちゃんの頭を、リリア姫が元気よく撫でた。
「本当に久しいなエルカルサ」
「うん! リリア姉様は相変わらず綺麗だね……」
「エルカルサこそ立派に育っておるね」
「えへへ~」
「いつか素敵に嫁さんになるであろう」
「実は、実は私、好きな人が出来たんだよ!」
「ほお……詳しく聞かせて貰おう」
エルちゃんの明るい話を聞きながら、リリア姫が冷たい視線をわたしに向けた。
凄く恥ずかしいんだけど。
「そなたがエルちゃんの大切な人なのか……ふむ」
「はい、わたしは伊吹飛鳥と言います。えっと、よろしくお願いします」
「うむ、よろしゅうのぅ。我が可愛い妹を大事にすると良い」
「もちろんです。エルちゃ……エルカルサを必ず幸せにします」
「それにしても、まさかあのエルカルサが人間を選ぶとはのぅ……」
「僭越ながら、愛に種族は関係ないと思っています」
「うむうむ、その意気や良し! 頑張ると良いぞ、アスカ殿!」
「ありがとうございます!」
エルちゃんのお姉さんがいい人そうで良かったぁ。
「あのね、リリア姉様、お母様に何があったのかは……しらないの?」
「嗚呼、エルカルサがやったと、聞いておる」
「……うん」
「責めはしないぞ。エルカルサにはエルカルサの理由があったであろう?」
「そうだ」
「兎に角、過ぎたことは仕方あるまい。後でじっくりと話をするとしよう」
「わかった。今は、帝都テラシアの人々の命を救う方が重要だからね」
「うむ、その通りだ!」
最早その場には差別も区別もない。
エルフでも人間でも、帝国軍でも連軍でも、みんなは力を合わせて市民の避難を手伝っている。
飲み水を配って、火傷を負った人に手当てをして、親とはぐれた子供達を保護している。
見ろこの光景! これはわたしが待ち望んだ未来ではないのか!
平等な、愛に満ちている優しい世界。
でも実現するためには大災害が必要だった。
帝都テラシアの中で苦しみながら焼き殺された人達はどれほどいるんだろう。
「大儀であった。助力に感謝する、アスカ殿」
「こちらこそ、協力してくれてありがとうございます」
「うむ、これからは崇高なるアルナリア帝国を立て直そ……何だその音?」
遠く西から、今まで聞いたことのないような猛烈な鳴き声が轟いた。
「まさか……戦闘用意を! 至急に!」
その瞬間、リリア姫の顔に恐怖と言うより絶望に近い感情が浮かんだ気がした。
「あれは何ですか?」
「どうせ我の勘違いであろう……きっと……」
その、不安に満ちている声で言われても。
「早すぎる……」
甲高い悲鳴が、周りから響き渡った。
「ね、あすちゃん、そこに飛んでいるのは……まさか」
結衣が指差した方向に、複数の影が空に浮いている。
次の瞬間、青空が赤空に変わった。
「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
竜の口から熾烈な炎が溢れだして、地面の人々を激しく包んでいる。
大きな翼を広げた獣達が、象よりも巨大であるにも関わらずすいすいと空に飛んでいる。
魔法のない世界なら、その魔獣の存在は物理的に不可能だろう。
でも目の前の現実を受け入れるしか、生き残る方法はない。
「アスカ殿、エルカルサを連れて逃げるが良い! 我が可愛い妹を頼んだぞ!」
一瞬の躊躇の後、わたしはその凛々しいお姉さんに素直に頷いて、エルちゃんの手を握りながら戦場から逃げ出し始めた。
「We sing a song of shining light
to bring hope across the world.
Power pulses through the air
a dream of spring, behold.」
リリア姫の金色で煌いている杖から、台風が湧き上がって、竜達へ激しく衝突した。
炎が消え、竜の鬨の声が痛ましい叫び声に変わり、そして空が眩しい青色を取り戻した。
「あなたが、リリア姫でしょうか」
その明るい少女の声が青空から響き渡った。
「そうだ。我が名はリリア・ユリナレ・テラシア・アルナリア。貴様は誰だ、名乗るが良い!」
杖を強く握っているリリア姫の右手から、一粒の汗がゆっくりと地面に零れ落ちた。
「あてらのこと、知らないの? まぁ、久しぶりだから仕方ないなぁ」
後ろへ振り向こうとした結衣の手を掴んで、わたし達は走り続けた。
「貴様……ふざけるでないぞ! 我は崇高なるアルナリア帝国の次代の皇帝陛下である!」
竜達が、主の命令を待っている犬のように、静かに空に浮いている。
「わかった。あてらはね、青空の神様と呼ばれている」
一番巨大な竜の上に、青色の目をした一人の少女がすんなりと立っている。
「貴様、また世界を支配しようとするのか! またエルフ類をウサギのように狩るつもりか!」
リリア姫の目が怒りと、畏怖に満ちている。
「何言ってんの? あてらはそんなこと、しないよ。みんなはあてらの可愛いかわいい子供達なんだから~」
死屍累々の周りを見渡したリリア姫が、突然狂ったかのように、大きく笑い始めた。
「じゃあこれは何だと言うのだ! どうして、帝都テラシアの人々を鏖殺する必要があった!」
女神アテラが意外そうな顔で、クスクスと笑い返した。
「あなたのためだ、リリア姫よ。あてらはね、もう二度と封印されたくないの。ずっと、永遠に、イセーロと一緒に生きたいの。だから呪いを作った皇族はみんな、殺すの。ごめんね」
竜達の口から一斉に、熾烈な炎の玉が弾丸のようにその凛々しい姫様へ向けて飛んだ。
「貴様ぁぁぁぁぁ!!!!!」
神の力を前に、その金髪ポニーテールのお姉さんの魔法は無力だった。
『リリア姉様は純真な笑顔を浮かべながら、わたしをからかってくれる』
隣で、必死に走りながら、エルちゃんの目から一粒の涙がそっと零れ落ちた。