第四十二話 『連帯責任』
「何だ! 何が起こってるの!」
悲鳴と怒号が飛び交う中、炎と黒煙が帝都テラシア全体から立ち上ってる。
「クソ、誰か情報はないのか! 我々連軍の勝利じゃ、ないのかよ!」
東門の瓦礫から、不安と恐怖に怯えている避難者がアリのように溢れ出している。
敵軍であるはずのわたし達より、背後の大火災の方が怖いみたい。
「テラシア城で爆発が起こった、との報告があったんですけど、原因は今のところ不明ですね。帝国軍の生き残りも何もわかってないみたいです」
レイナちゃんのピンク色の髪は灰と炭で汚れていて、かつては領主だった少女はただの孤児のような姿になっている。
「とにかく避難を手伝おう。できるだけ多くの人々が無事に生き残るように! 今は戦ってる場合じゃないよ!」
「「了解!」」
どうしていつもこうなっちゃうんだろう。
どうして勝ったと思う時だけに、何か最悪のことが起こるんだろう。
わたしがやっと春乃を救い出して、アルナリア帝国と真正面から挑んでそして勝利したんだよ!
それで十分じゃない!
もう戦いたくも、頑張りたくもないのだ!
これはわたしの責任であることはわかってるつもりだ。
連軍のみんながわたしの命令に従って、わたしの希望を信じて、わたしのためにこの場にいる。
でもわたしはそんなに寛大で、立派で、何でもできるような人ではないのよ。
本来なら、今わたしは桜ケ丘女子に三年生として気軽に通っているはずなんだよ。
結衣と春乃と、サリアとエルちゃんと一緒に楽しく過ごしたいだけなのに。
やっと春乃と恋人になったばかりなのに、どうして世界が邪魔するのよ。
それでも、それでもわたしは総統であり、皇帝殺しであり、そして一人の人間でもある。
わたしのせいで炎に焼き殺されている人々がいる限り、見捨てることなんてできるはずがない。
「水を汲んできてよ水を! 怪我人は医者達まで運んで! レイナちゃん、連軍が全面協力することを帝国側に伝えて!」
「「了解!」」
アルナリア帝国との戦争が終わったんだ。
これからは命を尊重して、自由を与えて、今よりもっと輝かしい社会を作るんだ。
「アスカ、こいつはアスカに大事な話があるそうだぞ。どうする?」
エルちゃんの隣のエルフの女性は肩に深い傷を負っていて、荒い息を吐いている。
「お前生きてたんだ……何か知ってるのか?」
彼女の名はアリアナ・セラシア・トルセリアだ。
「アスカ殿……はぁはぁ……聞いてください」
「早く! 時間がないぞ!」
帝国議会の最高上位、亡き皇帝陛下の左腕。
「はい……アスカ殿が皇帝陛下を殺したのは、真実でしょうか?」
「そうだ」
その女性の顔が今の眩しい青空のように、真っ青になった。
「やはり極秘にするのは、良くなかったんですね……アルナリア帝国の皇帝陛下が、死んではならないって……」
「どういうこと?」
エルちゃんが心配そうに、まだ血で濡れている右手を強く握った。
「この話を知っていたのは皇帝陛下と大将軍と、妾とリリア姫だけですわ。例えエルカルサ姫でも、他人に教えるのは、大逆罪なんだけど、今では仕方がありませんね」
「大昔に我々エルフも、人間もオークも女神アテラに作られたのです。でもだからと言って、あの時代は平和で幸せだったというわけではありません」
「我々は神の支配下で暮らして、神の気まぐれに弄ばれていて、ペットのような存在でしかなかった。この酷い扱いが長くながく続いたんだけど、もう耐えられなくなったエルフ類が、反逆したんだ」
「幸いにして、女神イセーロからの魔法の賜物を持っている我々には、神にも挑む術がありました。崇高なるアルナリア帝国の初代皇帝陛下が最強の魔法使い達を集めて、この世界の神々と戦って、そして勝った」
「でも母なる女神アテラは我々と深く繋がっています。我々が生きている限り、神を殺すことはできません。だから封印するしかなかったのです」
わたし達の上の空が、深くて明るい青色で、キラキラと煌いている。
「……封印?」
「待て何言ってんのお前! 女神アテラは私達の神様なんだぞ! 皇帝陛下を自ら選んで、アルナリア帝国に恩恵を与える青空の神様だ! そのバカげた話を信じるわけが――」
「とにかく最後まで聞こうっ」
憤るエルちゃんを遮ったわたしが、視線を大臣アリアナに戻した。
「それは嘘です。プロパガンダです。崇高なるアルナリア帝国の皇帝陛下の存在を裏付けるために、みんなが安心に暮らせるために作られた偽りの神話ですわ」
「テラシア城は皇居でもあるんだけど、本来の目的は女神アテラのために作られた牢獄です。その最上階に、初代皇帝陛下が創造した魔法石に女神アテラが縛りついたんです」
「でもその封印を維持するためには、皇族が必要でした。死ぬ前に、代々の皇帝陛下から後継者がその封印の魔術を引き継いだんです。神からエルフ類を、世界を守るために」
遠くから、帝都テラシアを激しく包んでいる炎の中から、誰かの甲高い悲鳴が響き渡った。
「なるほど……わたし達が皇帝陛下を殺したんだから、その封印が解けたのか……やはり、わたしのせいなのか」
やはり、わたしが間違っていたのか?
結衣と春乃だけじゃなくて、世界も救おうとしたわたしが、バカだったのか?
どの行動でも世界に予想できない影響を与えるのはわかってたはずだ。
自然世界のすべては深く繋がっているから、どの変化でも秩序を壊す恐れがある。
でもまさか自分がこんなに深い過ちを犯すとは思わなかった。
自分はすべてを論理的に分析し理性的に行動するはずだった。
それで取り返しのつかないことになったら、どうしよう。
わたしのバカ!
「違うよ~! 飛鳥ちゃんのせいじゃないよ~!」
春乃の綺麗な声がわたしの暗い思考を遮った。
「飛鳥ちゃんがわたしを、人類を救おうとしただけだ! どんなことになっても、あのままではダメだったじゃない!」
「わたしは飛鳥ちゃんを信じているよ~。わたしだけじゃなくて、みんなが飛鳥ちゃんの命令に従って、飛鳥ちゃんの言葉を信頼して、飛鳥ちゃんの希望を夢見たじゃない!」
「だから、これは我々人類とエルフ類の連帯責任だ~。我々が新しい未来を目指して、頑張ってきたんだ。飛鳥ちゃんが責任を負う必要は、どこにもないよ」
春乃の言葉は甘すぎて、優しすぎて、温かすぎる。
「飛鳥ちゃん、大好きだよ。一緒に戦おう~」
青空を見上げたわたしが、静かに微笑んだ。
「ありがとう、春乃。そうだ、まだ何も終わっていない。戦いはこれからだ」