第三十八話 『偽善者』
「反乱軍どもよ! 聞くがいいわ!」
正直、東京に比べたらどの中世時代の都市でも大したことないと思っていた。
なんて愚かだった。
確かにローマとかメンフィスとかだったらそうかもしれない。
でもこの世界には、この帝国には正真正銘の『魔法』がある。
三千年以上も、帝都テラシアは崇高なるアルナリア帝国の中心であり続けた。
三千年以上も、信じられないほどの力を操っている歴代の魔法使い達が今の都を作り上げた。
その巨大な都市全体を囲まれている城壁は万里の長城より高くて、ペンタゴンより固い。
そして城壁の中に千万人の生活の灯りが光の都パリより明るく輝いている。
帝都テラシアの西側に富士山のような山がたくさん堂々と聳えているけれど、
それより文字通り帝都テラシアに『影』を差しているその巨大な城のほうが百倍も凄かった。
テラシア城の最上階にこの帝国の皇帝陛下が住んでいる。
やっと、戦争の終わりが見えてきた。
「妾は崇高なるアルナリア帝国の帝国議会の代表を務めているアリアナ・セラシア・トルセリアですわ! 反乱軍の大将よ、話をしようではないか!」
でもまずは城壁の上に立って金色のドレスを優雅に羽織っているエルフの女と、その軍勢を倒さなければならない。
「いいだろう! 連軍の総統・伊吹飛鳥と言います! 無駄な抵抗はやめ、降伏せよ!」
春乃のために。
「それでは、要求は何かしら? 妾達も、戦いは望ましくありませんわ。欲しいものがあれば言ってください」
春乃が欲しい……とはもちろん言えなかった。
だって、わたしに従っている人間達もエルフ達も、自分の目的と自分の信念があるんだから。
「我々は、自由が欲しい! 皇帝陛下の命令ではなく自分の心を信じて生きたいのだ! 我々人間も、エルフも、奴隷でも家畜でもなく心のある人だ! だからあなた達の千年帝国を否定する!」
これが連軍の共通の夢だ。
「わかりました。その要求は受け入れます」
大臣アリアナがエルフ特有の美しい顔で明るく笑っている。
「意外でしょうか? でもね、妾は元々貴族でもなんでもなく、ただのトーライン領のか弱い孤児ですよ。妾も、必死に自由と権力を求めた側の人ですよ」
「もし違いがあるとすれば、それは妾が選んだ道は戦争ではなく政治でした。仲間を集めて貴族達を説得して、内側からこの国を変えようとした。血を流す必要も、親のいない子供達を増やす理由も、ありません」
「だから妾とアスカ殿は同志です。一緒に頑張って、優しい世界を目指しましょうか? 現在、北の領は歴代最悪の飢餓に苦しんでいます。『銃』ではなく米を作って、人類を救えましょう!」
やはり噂通りの人だね。
弁論が上手くて、強い信念に満ちていて、格差社会を変えようとしている国民の英雄。
「わかった。我々の要求を受け入れてくれるなら、なんて喜ばしいことなんだろう。それでは、帝都テラシアの門を開けて、我々連軍を中に入れさせてください」
もちろん、そう簡単にはいかないのはわかっているけど、それでもやってみる価値はある。
わたしも、戦争がしたいわけではないから。
「一つ、条件があります」
一瞬、大臣アリアナが西の巨大な山脈の方へ視線を向けた。
「それは、一緒にオークどもと戦って欲しいのです。あなた達反乱軍は既に、大将軍ラムゼルの帝国軍を潰しましたよ。だから我々にはオークどもと戦う戦力がもう残っていません」
「先日までは、妾には一人の可愛い娘がいました。名前はキリエで、ちょっと生意気だけど素直で優しい子でしたよ。でもオークどもの侵攻で命を落としました」
「でもこれは妾だけの問題ではありませんわ。ファフノやセリアーにどれほどの人々が住んでいると思っているかしら? 二百万人以上のエルフと人間がオークどもの支配下で苦しんでいます。助けなければなりません」
「もちろん、一人でとは言いませんわ。妾も、帝国軍の生存者を集めて一緒に戦うつもりです。西帝国を奪還出来れば、みんなが幸せに生きる国を作れることがやっと出来ます。あなた達の夢が叶えますよ」
もちろん大臣アリアナの言い分は理にかなっている。
だから危ないのよ。
わたし達はアルナリア帝国の国民ではなく、連軍なのだ。
わたし達は西帝国に行ったことも、見たことすらもない。
助ける義務が、どこにもないのだ。
フローラリア城の作戦会議室で見たあの地図を思い出す。
ダリアン領から帝都テラシアまで行くにはどれほど苦労したのか。
それをもう一度やれとでも言うのか?
できるわけないだろう。
春乃は今すぐ助けたい。
「断る。我々は、西帝国には行かない」
一瞬、怒りに似た感情が大臣アリアナの顔に浮かんだ。
「なぜだ! あなた達は、自由の世界のために戦っているのではないのか! みんなが幸せに生きる未来を作りたいのではないのか!」
結衣の手を強く熱く握った。
「そうだ! 自由が欲しいだからこそ、あなたには、アルナリア帝国には従わない!」
「あなたは結局、自分のことしか考えていないだろう! 自分の娘が殺されたから、オークどもに報復したいだけだろう! 嘘をつかないでくれよ!」
「ああわかるさ。わたしにだって大事な、かけがえのない人がいるんだもん。でもね、あなた達の問題に、あなた達の戦争にわたし達を巻き込まないでくれ」
「この偽善者が! 自分が可哀そうだったから信じられるとでも思ってんのか! 結局、あなたは娘をほっといて自己満足に浸ってるだけじゃない! お母さん失格だ!」
大臣アリアナの顔から、サッと色が引いた。
「違う……妾は、妾は飢えている子供達を救いたかっただけ……キリエはそれをわかってくれたから……」
「自分の子供すらも救えなかったのに?」
「やめて……」
「現在進行中にトーライン領の飢餓で死んでいる子供達も、救えないのに?」
「やめて!!」
「自分は助かったのに?」
「お願いだからやめて!!!」
その甲高い叫べ声は連軍にも、帝国軍にも響き渡った。
「やっぱり戦うしかない! 大砲、用意! 門を狙え!」