第三十七話 『嘘つきのわたし』
一年前。
「わたし、飛鳥ちゃんのこと好きだ~! 親友以上に、女の子として、好きだよ~!」
「……えっ」
「飛鳥ちゃんも、男子より女子のほうが好みだよね~! だから、もしよかったら、わたしの、恋人に、なってくれない……?」
「春乃……」
「結衣ちゃんなら、わかってくれるよ~。誰よりもわたし達のことが好きな結衣ちゃんなら、きっと喜んで祝福してくれるよ~。だから、だから……?」
「春乃はどうして、わたしを選んだの? 春乃は桜ヶ丘女子で一番綺麗な子だし、女の子でも好き放題だし、結衣だってめっちゃ可愛いし」
「ううん、飛鳥ちゃんじゃないとイヤだよ~。わたしが好きなのは他の誰でもなく飛鳥ちゃんなんだから~」
「だからどうして?」
「それは、それは飛鳥ちゃんがわたしを救ってくれたからだよ! 九年も前だけどわたし忘れてないよ、あの時の気持ちを! 飛鳥ちゃんはわたしの白馬の王子様、わたしの憧れ、わたしの光! わたしを苦しみから、絶望から助けてくれたヒーローだったから!」
「それが理由なの……わたしが強かったから、わたしには勇気があったから……」
「そうなのよ~!」
「……ごめん」
「…………ぇ」
「わたし、実は強くないから……春乃が憧れている飛鳥ちゃんは、存在しないから」
「何言ってんの……」
「わたし、ずっと言えなかったけど、幻滅してほしくなかったんだけど、実は怖かったんだよ。凄く、凄く怖かったんだよ」
「飛鳥ちゃん?」
「わたし子供だったよ! 男の子相手に勝てるわけないじゃない! でも、でも泣いている春乃があんなに可愛かったんだから、つい、嘘ついたんだよ。カッコつけたんだよ」
「そうか……そうだったのか……」
「それで、春乃がわたしの大切な親友になってくれて、一緒に過ごした日々があんなに楽しくて、あんなに尊くて、このままでいいのかなぁって思った……ごめんなさい!」
「うん……」
「それでも、友達でいてくれる? この嘘つきのわたしが親友でも、いいのかな?」
「うん~! もちろんだよ、飛鳥ちゃん!」
「よかった……よかったよ! ずっと心配だったけど、絶交されるのかなぁって思ったんだけど……春乃、大好き!」
「わたしも、飛鳥ちゃんが大好きだよ~!」
「春乃!」
(わたし、諦めてないよ~。今は無理だけど、今はまだ早いみたいだけど、それでも飛鳥ちゃんが女の子として好きだよ~。いつか、恋人になってみせる~)
※ ※ ※
わたし、間違ってたのかな。
あの時、春乃の気持ちを素直に受け入れたら、少なくとも一年の間は恋人として幸せに暮らせたのかな。
いえ、これからだ。
アルナリア帝国を制圧し、春乃を見つけるんだから。
絶対に。
「大将軍ラムゼルの帝国軍は敗れたけど、戦争はまだ終わってないぞ。帝都テラシアが残ってるから。お母様が、残ってるから」
連軍の幹部兼わたしの恋人達であるエルちゃんとサリアと結衣と一緒に作戦会議を行っている最中。
「でもあたし達なら余裕で勝てるじゃん? 先の戦いみたいに?」
「そうです! アスカさんが負けるわけがないです!」
「いやお前らわかってないぞ。お母様達はこの世界で一番強い魔法使いなんだよ。そう簡単にはいかない」
総統であるわたしがこんな時に春乃のことばかり考えてるなんて、ダメだね。
「お母様だけじゃないぞ、大臣アリアナも大将軍ラムゼルと同じぐらい強敵だぞ。あいつは政治とかが本当にうまいぞ、侮れないほうがいい」
「私聞いたことあります! 確か近年食事の質が段々上がっているのはその大臣のお陰でしたよね! 人間でもファンが結構多いですよ」
「へー、そうなの? でもしょせん政治家だろう、あたし達の敵じゃないって」
でも仕方がない。こんなに春乃のことが好きなんだもん。
「いやいや私も、アスカすらも政治家じゃない? 国民のみんなを賢く、効率的に率いるのは結構大変だぞ」
「そうかもしれないけど、武器無しじゃ意味ないわ。あすちゃんの銃や霧には叶えない」
「でも敵も、私達が知らない魔法もあるんですね。やっぱりエルちゃんの言う通りかもしれないです」
恋人達の前に他の女の子が好きって、日本じゃ考えられないよね。
でもそこはまぁどうでもいい、ここはわたし達の世界なんだから。
「エルちゃんさ、お前皇帝陛下の娘なんだろう? なんか役に立ちそうな情報持ってない?」
「残念ながら私、あまり帝都の政治には関わってないぞ。ダリアン領の領主だったから」
「使えない姫様だね……」
「お前なんかよりはアスカの役に立っているぞ」
「あたしはあすちゃんの幼馴染だから、関係ないもん」
「子供かっ!」
「いや子供はお前のほうだろう! ていうか何歳? エルフだからやっぱりただの小学生じゃないよね?」
「お前には教えないー」
「ちょっとちょっと二人とも! アスカさんの前に喧嘩しないでください!」
みんな、わたしのこと本当に好きだよね。
わたし、本当に必要とされ、大事にされ、愛されているよね。
「アスカ?」
「アスカさん?」
「あすちゃん?」
でも、それだけじゃ足りないよ。
わたしにとって、春乃は十年以上も一緒に過ごしたかけがえのない親友なんだから。
大将軍ラムゼルに勝って、あと一歩まで春乃を見つける日に近づいたはずなんだけど、もしいなかったらどうしよう。
もしどこを探しても見つからないなら、どうしよう。
確かに今の結衣はいつも通りに元気だけど、あの時は本当に死ぬかと思った。
もし春乃も同じような目にあっているなら、どうしよう。
大好きだよ、春乃。
失いたくない。
「あすちゃん! 大丈夫だから! しっかりして!」
「……結衣?」
突然、わたしは結衣に抱きしめられて、柔らかい女子高生の温もりを感じている。
「はるはるのこと、考えたんだよね?」
「うん……どうしてわかったの?」
「どれほどの時間を一緒に過ごしたと思ってんの? 表情でわかるよそのぐらい」
「さすが結衣だね……」
「大丈夫だよ。あたし達は必ず帝都に勝って、必ずはるはるを助けるんだ。大切な仲間も、魔法も科学もあるんだから、あたし達に不可能はない」
「うんそうだね……ありがとう」
「そして何よりあたし達にはあすちゃんがいる! 連軍を作ってアルナリア帝国を倒して、世界で一番かっこよくて可愛い女子高生が! あすちゃんなら、負けるわけがない!」
「そう……そうよね。大丈夫、だよね」
結局、わたしは十年前から何も、何一つも変わっていないかもしれない。
かっこいいフリをして、自信があるかのように振る舞って、完璧な正義の味方を演じている。
でもそれでいいかもしれない。
春乃を救えるなら、なんだってする。