第三話 『自由の世界』
サリアによると、『崇高なるアルナリア帝国』の歴史はこう。
人間は奴隷。
人間はエルフの命令に従う下等な存在。
皇帝陛下は絶対。
皇帝陛下は女神アテラに選ばれている至高な存在。
オークは敵。
オークは狩るべき下劣で無価値な存在。
エルフは高等生物。
エルフはどの種族より賢くて、どの種族より尊い存在。
ずっとそうであった。
ずっとそうであり続けるのだ。
※ ※ ※
もちろん、そんなのは嘘だ。プロパガンダだ。
どの国にでも、どの社会制度にでも始まりがあって、そして終わりもある。
でもサリアも、タルノもフィンラもどの人間もそれを完全に信じている。
それ以外の世界、それ以外の社会制度を知らないから。
教わったことも、見たこともないから。
サリアと二人で、最初の畑に座っている。
あの公開処刑から、一日後。
「なんでよ……これからどうすればいいのよ」
「ごめんなさいアスカさん。わからないのです」
「人間が領から出ることを許されてないなら……人間に、基本的人権がないなら、どうやって結衣と春乃を探せばいいのよ?」
「……」
「ていうか、この世界はおかしいのよ! ふざけんな!」
「おかしいですか?」
「そうよ! 例えばね、距離を測るにはメートルを使うよね? で、一メートルはだいたいこのぐらいの長さよね?」
「そうですけど?」
「それはなぜ?」
「えっと、わからないのです」
「地球ではね、パリを通る北極点から赤道までの長さの一千万分の一が、一メートルだよ」
「はぁ……」
「だから! なぜ地球とまったく同じ基本単位が、この異世界にも使われてるのよ!?」
「えっと……」
「言語だってそうだ! 生態系だってそうだ! なぜ、わたし達とまったく同じ人間がこの世界にも普通に生きているのよ?」
「えっと、この世界の種族は、みんな女神イセーロと女神アテラに作られたって言われているんですけど」
「そうだ! なぜ、その女神達が、地球で三百万年かけて類人猿から進化した我々人間とまったく同じ種族を作ったの?」
「ただの偶然でしょうか?」
「いや、それはありえない。偶然は存在しない。あるのは確率論と、原因と結果のみ。そうでなくてはならない」
「……じゃ、じゃあもしかして、アスカさんの世界の人間も、私達と同じように、女神達に作られたのでしょうか?」
「現代生物学を全否定することになるんだけど、魔法の世界にいる限り、そうかもしれないね……」
数分の間、ただ静かに座っていた。
サリアの笑顔は優しくて、そして切なかった。
「もしよかったらですけど、私達と一緒に住みませんか? ちゃんと仕事をやれば、監督様は私達を放って置きます。食料も、衣料も貰えます。他に行き先がないなら、他に、居場所がないなら、私達、アスカさんを歓迎しますよ?」
「そうだね……」
「私、もっとアスカさんと話をしたいです! もっと、アスカさんの世界について、教えてほしいです! でも、もし第14区から出て行ったら、そして、もしエルフ達に見つかったら、昨日の人達のように、焼き殺されますよ!? そんなの、見たくないです!」
「わたしだって嫌だね……」
「私達の生活はあまり自由じゃないけど、安全です。幸せと言ってもいい、と思います。どうでしょうか?」
「…………」
「…………」
「じゃぁ地球について教えるよ、サリア」
「はい?」
「地球の人達は自由だ。学校で大事なことを教われて、暇な時にどこにでも遊びに行く。やりがいを感じる仕事に就職して、愛する人と結婚する。他人に迷惑をかけなければ、好きに生けばいい」
「……」
「この小さな領に閉じ込めてるんじゃなくて、世界のどこにでも行けるよ。海にでも、森にでも、山にでも、空を飛んで世界の反対側にでも、金さえあればこの世はあなたの思いのまま。自由って素晴らしいのよ、サリア」
「……すごい」
「そしてわたしはわたしの大好きな結衣とわたしの大切な春乃を取り戻すんだ。あいつらのいない世界なんてイラナイ。わたしには夢がある」
「はい」
「だから、一緒に来いよ」
「えっ?」
「サリアにも、この世界の人間にも、見せてやる。我々は下等生物なんかじゃないって。我々はエルフ達の奴隷なんかじゃないって」
「……」
「わたし一人では、どうしようもないだろう。でもサリアの、サリア達の協力があれば、なんとかできるかもしれない」
「本当?」
「ああ。わたしを信じて、サリア。わたしの夢を、わたしの希望を、わたしの光を信じて。そして作ろうよ、わたし達の新世界を。誰もが笑える、誰もが自由に生きる世界を」
「はい!」
「一緒に来るか、サリア?」
「はい!! アスカさんの自由な世界、見てみたいです! 生きてみたいです! 可能だと言うのなら、可能にすると言うのなら、信じますよ! そして、手伝いますよ! 何をしても!」
「そうだそうだよサリア! 人類を救おう! 人類に自由を取り戻そう!」
そうだそうだよ結衣、春乃。必ず助けるよ。何をしても。