第三十二話 『屍の上の勝利』
「タルノはどこだ?」
そして我々連軍がもう一度合流することとなった。
「貴様ら何をした!?」
最悪の形で。
「聞いてくれ、フィンラ。わたし達は諦めるわけにはいかないよ。抵抗をやめて、連軍に戻ればもう無駄な血は流さずに済むんだ」
フィンラの顔は怒りと失望に満ちていて、小さな拳を固く握っている。
「ふざけないでよ! どうして追いついたのか理解できないわ! わたしの最後の言葉を忘れたのかしら? アスカは信用できないって」
「私にとってはね、人間の命が何よりも尊いんだよ。みんなにはそれぞれの夢があって、心があって、愛する人がいるんだから。みんなを守るために戦ってるんだから」
「だからもう一度問おう。タルノはどこだ?」
隣でサリアが心配そうに、すべてを後悔してるかのように、わたしを見上げている。
でも、わたしは強い決意をさらに固めて、この場に臨んだんだから。
「そうだその通りだ。わたしがタルノを殺したんだよ。連軍を止めようとした、人類に敗北をもたらそうとしたタルノを魔法で撃ち殺したんだよ」
「ああ命は尊いんだよ。ああ殺人は最大の罪であり人類への冒涜だよ。でも、それでもわたし達が間違っているとは思えない!!」
「アルナリア帝国のせいで何万、何億の人間が無意味に死んだと思ってんのよ? この千年帝国に生まれてきたどれだけの子供達が泣きながら、苦しみながら命を落としたんだよ?」
「それを阻止するために我々が戦ってるんじゃない? みんなが安全に、幸福に生きるために! そしてその正義の味方であるわたし達を止めようとしたのはタルノの方じゃない?」
「だからタルノを殺すことで多くの人々が生き残ることを信じている! だから我々の方が正しい!」
一瞬の静寂。
「は……はは……」
目の前の茶色ロングの女が本当におかしそうに、世界に絶望したかのように、笑っている。
「はっはははははは!!!」
その大きい笑い声が両軍にも響き渡った。
「貴様がそれを言うのか! 嘘つきにもほどがあるわ! やっぱり最初から信じるんじゃなかった!」
「私わかってるよ。アスカは人類なんかのためじゃなくて、アスカの世界の友達を助けるためにこの戦争を始めたことを。そのユイとハルノがどれだけ大事で、どれだけ大切で、どれだけ愛されているのかを」
「だから嘘をつかないでくれ。アスカにとってわたしも、タルノも、この世界のすべての人々は割とどうでもいいわ。そうなんだろう?」
怯むな。
躊躇するな。
わたしは正しい。
「当たり前じゃないか。わたしも、フィンラもしょせん人間だろう? 一番大切な人、一番かけがえのない人を優先するのは当然じゃない?」
「でもだからと言って、わたしの目的がなんであれ、現実は変わらないよ! わたしが結衣と春乃のために新しい世界を作っても、その世界に住むのはわたし達だけじゃないのよ! 全国の人々も一緒に幸福を与えてやるよ!」
「なぜならそれが一番効率的で、一番論理的なやり方だからだ。我々人間は集団で生きる生き物である限り、お互いを支え合って一緒に障害を乗り切ることが重要だとわたしは思うよ!」
「だから諦めないでくれ! 問題から逃げては何も解決しないよ! 一緒にアルナリア帝国と戦えば必ず勝つ! 命を懸けて約束しよう!」
タルノの時とは違って、フィンラは人軍と一緒にそこに立っている。
だからここで一歩でも間違ってたら、本格的な内戦になりかねない。
そうなったら勝っても負けても、連軍に未来はないだろう。
お互いを潰し合えばアルナリア帝国の勝利に繋がるだけだから。
「信じるとでも思ってるかしら? 私も出来ればアルナリア帝国を倒して人類を救いたいのよ、勘違いしないでくれ。でもアスカの言うことは何も、何一つも信用できないわ」
「言ったじゃないか。オークと組むことはできないって。アスカは仕方ないと割り切れるかもしれないけど私はできないよ。西帝国で苦しんでいる人々を見捨てることなんて、できるはずがない」
「屍の上の勝利に意味なんてないわ! 勝てばいいってもんじゃないのよ、アスカ! 途中で死んだ人の家族に、タルノの可愛い妹達にどう説明するつもりかしら? はい仕方ないでしたで済むとでも思ってるの?」
「アスカのやり方ではアルナリア帝国に勝てるかもしれないけど、自分自身には勝てないわ。だから何というと、わたしは納得も、降伏も、できない。できるわけがない」
「下がってくれ。そして諦めてくれ。ここで戦うことだけは避けたいだろう」
どうしょう。
どうすればフィンラを説得できるんだろう。
やっぱり無理かな?
どう頑張っても、どんな綺麗な言葉を並べても、今のフィンラは聞く耳を持たないのかな?
そりゃそうか。
タルノを殺した時点で交渉決裂になったはずだし。
「フィンラさん……待ってください」
その声は小さくて控えめだけど、なぜかはっきりとフィンラ達まで通った。
わたしの大好きな金髪ボブ少女は誰もが知ってる、誰もが大切にしてるからかな?
「私、説得してみます。信じてください」
サリアはわたしの可愛い恋人ではあるんだけど、ダリアン領の子供でもある。
フィンラ達と一緒に暮らして、フィンラ達と一緒に働いて、フィンラ達と一緒に自由の世界の夢を見た一人の少女。
やっぱりサリアを信じよう。
「頑張ってくれ」
「はい! いってきます!」