第三十話 『わたし達の正義』
大事なのは速さだ。
フィンラ達の人軍に追いついて、取り返しのつかないことになる前にフィンラを倒さないと。
「あの競走大会を思い出すよね~」
仮初の軍服を纏って純粋で元気な笑顔を浮かべている結衣は凄く可愛かった。
「大規模の戦争に個人の身体能力はほぼ無意味だよ」
「そりゃそうだけどさ、それでも全然鍛えていないやつは最初に死ぬんじゃない?」
「銃を使っての戦争なら、運の要素が大きいと思う……あとは大将の戦略で」
「だから頼むよあすちゃん閣下! あすちゃん万歳!」
「やめてよ恥ずかしい。わたしはね、誰も死なないように頑張るから」
「はいはい! やっぱり人間同士で殺しあうなんて、日本だと大犯罪よね」
「そりゃそうだろうな。わたし達は殺人鬼かな? いや、テロ組織のリーダーか……」
「いやいやあたし達は英雄だよ! テロリストなのはアルナリア帝国であって、あたし達は対テロ特殊部隊の指揮官で、人類を救っているヒーローなんだろう?」
「それを決めたのは一体誰かしら?」
「あたしだよ! 勝利した方が正義だからね!」
「まったく、結局愛も希望もないんじゃない? まぁファンタジー世界っぽいといえばそうだけど」
「地球でもそうじゃない? 第二次世界大戦でも強い方が勝って正義になったんだし」
「昔はそうだけど、今は民主主義の社会だろう? この帝国と違って、わたし達日本人は一番正しくて、一番公平な選択肢を選ぶべし」
「でも民主主義って結局数の暴力じゃない? やっぱりあたしはあすちゃんが総統でいいと思うよ! あたしの賢くて、綺麗で、ちょっとだけ調子に乗ってるあすちゃん……」
「おいっ」
やっぱり結衣の生意気な笑顔が好きだな。
アルナリア帝国に飛ばされた日からこの他愛無いやり取りがどれほど尊くて、どれほど大切なのかを実感した。
わたしがこの可愛くて、生き生きしてる女の子を守るんだ。
「アスカさん! 目の前に敵です!」
「なんだと?」
人軍の小部隊が鋼鉄の銃を抱えて道を塞いでいる。
「やっぱり来たか……アスカはそういう人だもんね」
そしてその小部隊の先頭に立っている赤髪ショートの女性はフィンラの右腕であり、かつてはわたしの最大の味方だった人。
大将タルノ。
「フィンラは大丈夫って言ったんだけどさ、ボクわかったんだ。ダリアン領で出会ったあの異世界の女の子は何があっても、どんな代償を払っても、諦めないからね」
タルノの声はいつもの調子に聞こえるかもしれないけど、ちょっとだけ汗をかいていることは見逃せなかった。
「その通りだ。投降し我々の連軍に戻ってくれ。さもないと、人類に未来はないよ」
「残念ながらそういうわけにゃいかないよ……アスカは間違っているから」
「ほお?」
タルノが雲の一つもない青空を見上げて、きっぱりとした大声で宣伝した。
「こんなの非論理的なんだよ! ボクらはお互いが無事に生き残って目標を叶えることだけを考えればよくない?」
「ボクとフィンラの夢はわかってる通り、大事な人々を安全のところに導くことだね。だからここで戦わずにさっさとエンサスの荒野へ向かいたいさ」
「そんでね、アスカとユイの夢はそのハルノっていう人を見つかって救い出すことだね。でもそれだと、そもそも戦争なんていらなくない?」
え?
「だからアルナリア帝国に投降しろ。あいつらは自分勝手だけどバカじゃねぇ。この反逆を終わらせてくれるなら、一人の女の子なんて些細な代償なんだろう?」
「それでみんなが幸せになるんじゃない? ボクらは無事に逃げて新しい国を切り拓いて、アルナリア帝国はもう一度平和になって、そしてお前は友達とまた出会えるじゃん?」
一瞬の躊躇。
確かにタルノの提案は魅力的で、妥当な妥協かもしれないけど。
わたしも考えていないわけではないから。
「一つだけ、勘違いしてることがあるよ」
「ああ確かにわたしは春乃ともう一度会いたいんだけどそれだけじゃなくて、これからも一緒に幸せに生きたいよ。ただ探すだけじゃダメなんだよ」
「だからわたしは自由の世界を作る必要があるのだ! わたし達人間がアルナリア帝国に暮らせるはずがないよ! タルノ達みたいに奴隷として生きたくない!」
「できれば一緒に日本に帰りたいけど、見込みも希望もない状況だからこの世界で生きることを考えないと。そしてここは人間が奴隷の世界だというのなら、自分で世界を作り直すしかないじゃない!
「だから戦うんだ! わたしも、タルノ達も、アルナリア帝国に挑んで勝ってわたし達が自由に公平に暮らせる世界を目指すんだ! それしかないから!」
結衣の暖かい言葉を思い出す。
わたしは総統になんてなりたかったわけではないけど、それしかないなら民主主義だって否定してやる。
「それなら、それならボクらと一緒に逃げよう? ボクらもその、人間が平穏に暮らす社会を作りたいから……ね? 戦わなくても、よくない?」
「いや認めない! 認めないぞ! 本当に無事に逃げられるかどうか、本当にエンサスの荒野の向こうに暮らせるかどうかわからないこの状況で、わたしにとって戦争のほうが確実だよ! 今すぐ投降しろ!」
タルノが銃を構えようとした瞬間。
「エルちゃん、今だ」
「The bravest, the greatest, the most noble of souls
With light in their eyes and fiery hearts
But life is but fleeting and fate oh so cruel
But corpses are nought but flesh in the dust」
エルちゃんの杖から生じた衝撃波は誰の手よりも早く、どの弾丸よりも強力で、どの人間よりも残酷だった。
目の前の小部隊だからこそ通じる魔法の脅威は計り知れず。
タルノの体が地に落ちる前に、既に息絶えている。
かつてはわたしに優しくしてくれた親切で勇敢なタルノが。
でもわたしはわたしを信じなければならない。