第二十九話 『涙のせいで』
わたしはどこで間違ってたのかなぁ。
最初からすべてを考慮し計画したわけではもちろんない。
いつも臨機応変で、この新しい世界での新しい常識を学びながら作戦を考えている。
それでも、自信はあった。
わたしには地球の科学の知識も、信頼できる強い仲間もあるんだから。
なのに、どうしてこうなっちゃうんだろう。
どうすればよかったんだんだろう。
やっぱりわたしはただの女子高生で、軍隊のリーダーを務めるはずがなかったのかな?
普通にダリアン領で働いて、普通にサリアと結婚して普通にのんびり生活したほうが良かったのかな?
でも結衣を助ける必要が間違いなくあった。
今でも時々夢で結衣の甲高い悲鳴を聞こえることがあるんだから。
だから、春乃も見つけなければならない。
何をしても、何を犠牲にしても、わたしは春乃を必ず助けるんだ。
「やっぱり諦めるわけにはいけない。ここで連軍が解散したら、アルナリア帝国に残っている人間は帝国軍に蹂躙され、今度こそ逆らえない奴隷にされるだろう」
この作戦会議室に集まっているのは今の連軍の幹部とオークの代表ガル達だけだ。
「でも勝算がないなら、フィンラ達と一緒に逃げたほうがよくない? 今の連軍で帝都テラシアに挑んでも無駄死にになるだけだぞ」
誰よりもフィンラを嫌ってたエルちゃんの目に怒りが燃えているけれど、それでも冷静に的確に状況判断をしている。
「そうかもしれないけど、それだけはできないよ。わたしにはアルナリア帝国でやらなければならないことがあるんだから」
テーブルの下で、隣の結衣の暖かい手を強く握った。
「すべての人軍が逃亡したわけではない。カント領とクリオファス領の人軍はフィンラではなくわたしに忠誠を誓っているので。それにエルフ軍ももちろんある」
「かと言って、このままでは帝国軍に勝てないのも確かだ。だからフィンラを倒して、無理やりにでも我々の人軍を取り戻さなければならない」
それだけは我々の唯一の希望だと思う。
「時間、あるんですか? 偵察の報告では、帝国軍はもうすぐクリオファス領に到着し、我々に攻撃を行うみたいです。立て直す前に潰される可能性だってあるんですよ」
「それなら、俺らに任せロ。オーク軍の小部隊は事前に送ってあるゾ。帝都の帝国軍と正面からはまだ戦えないけど、奇襲を繰り返すことで時間だけは稼げると思ウ」
サリアの質問を待ってましたかのように、ガルが自信満々に支援を提供してくれた。
実にありがたいことではあるんだけど、ちょっと怪しいというかなんというか……本当にオークを信用してもいいのかな?
「大丈夫だヴィリア達はこういうの慣れているんだよ!」
「ヴァルナ達は子供の頃から西帝国と戦っているんだから!」
どうしてこの二人の人間の女の子はオークと一緒にいるのかまだよくわからないけど、とにかく信じる以外の選択肢はなさそう。
「わかった。それでは、準備を始めようか」
本当にこれでいいのか不安しかないけど、前に進まなきゃ。
また失敗を繰り返さないように、必死に頑張るしかない。
リーダーはわたしなんかでいいのかな。
他の誰かだったらもっと適切に、賢く振る舞えたのかな。
突然、手が強く、けど凄く優しく握り返されている感触を感じた。
「そんなに心配しないでよ。あすちゃんはあたし達を助けてくれた。他の誰でもなく、あすちゃん自身の力でみんながここまで戦ってきたんだよ」
「あたしがまだ時々夢で見るよ、あすちゃんが来てくれた日を。すべてに絶望したあたしに、何よりも死にたかったあたしに、あすちゃんが手を差し出してくれた」
「地球でもこの世界でも、あたしの知ってるあすちゃんは一番強くて、一番の努力家で天才で、未来を自らで切り拓いていく凄い人です。自信を持ってくれ!」
結衣の笑顔は直視できないぐらい眩しくて、そして手より太陽より暖かった。
「そうだよその通りだよ! アスカは私達の光で、私達の希望なんだぞ! アスカがいなければ、誰も何もできなかったんじゃないか!」
「ああ間違えることだってあるだろう。でもそれは誰だってそうであり、女神アテラですら例外ではないよ! 姫様として天才教育を受けた私でも、アスカよりもっと酷くて、もっと深い間違いを犯したよ!」
「だから自分を信じてくれ! この部屋にいるみんながアスカを信じているように! この領にいる全軍がアスカを信じているように!」
エルちゃんの声は熱くて必死で、その強い気持ちが何よりも嬉しかった。
「いつか、元気な子供達が幸せに育っていく日を待っています。美味しく健康なご飯を食べて、他愛もないことで笑いあって、自分がどれだけ幸福なのか全然わからないまま生きていく日を」
「その日を実現できる人はただ一人です! アスカさんです! 私の大好きな、かっこいいアスカさん! 私に銃の使い方を丁寧に、確実に教えてくれた最高に優しいアスカさん!」
「フィンラ達は間違っていると思います。信じきれていないのは彼女達の力不足であって、アスカさんは全然悪くないです。アスカさんは私にとって神様で、完璧で、本当に本当に愛していますよ!」
サリアの心の底からの優しい言葉を聞いても、その可愛くて幼い顔は全然見えない。
涙のせいで。