第二話 『明日の光の為』
「貴様らぁぁ!! 起きろ!!」
「なんだなんだ?」
「監督様だ! みんな起きて!」
外がうるさい。
この世界のベッドはふわふわでもぽかぽかでもなくて、昨夜あまり眠れなかったのに、何この騒ぎ。
春乃ほどではないけど、朝はあまり得意ではないなぁ。
「アスカさんアスカさん、起きてください……みんな、行かないと、ダメなのです」
「サリアか……わかった……」
「いやいや本当に急がないと、監督様、凄く怒りますよ! お願いしますアスカさん!」
サリアの切羽詰まってる声は相変わらずかわいいけど、なんか不安にも、不穏にもさせた。
何が起ころうとしてるんだろう。
寮のみんなの前に立ってるその男は、真っ黒な鎧に身を包んでいる。
肌は月のように真っ白で、髪はキラキラな金色。
そして耳は長くて、硬くて、尖っている。
エルフだ。
「行くぞ」
みんなが従順に、当然のように、歩き出した。
「ちょっとちょっと、サリア、どういうこと? 誰あいつ?」
「彼は、私達の今の監督様です。声、抑えてください」
「ああ、はい。で、どこに行くの?」
「お姫様が私達を、恐らく第14区全員を、呼び出している、みたいです」
「お姫様?」
「見れば、わかるのです」
数時間後。
町の真ん中のその広場に、人間の群衆が集まっていて、ヒソヒソ話しながら何かを待っている。
外から、黒鎧のエルフ達が静かに見守っている。
そして、荘厳な演壇に上がっているのは。
「よく来たぞ、人間ども!」
小学生みたいにちっちゃくて可愛くて、でも高圧的なオーラを纏ってる一人のエルフ。
豪華なドレスに身を包んで、手には煌びやかな杖。
金髪ツインテールが風になびかせている。
「私の名はエルカルサ・フローラリア・ダリアン・アルナリア! 崇高なるアルナリア帝国の第7王女、ダリアン領全区の最高領主、熱き絢爛たる雷火使い! 聞くが良いぞ!」
一瞬で、周りが完全に静まっている。
寒気がした。
「貴様ら人間どもは我々の奴隷だ! 我々の道具だ! 我々のために生き、我々のために死ぬ家畜なのだ! 崇高なるアルナリア帝国に尽くすことのみが貴様らの存在意味と言っても良い!」
「貴様らの九割ぐらいはわかってるだろう。従順に、惨めに、我々エルフの命令に従ってるだろう。でも、でもわかってないバカどももいるのよ! 我々に牙を剥いて、崇高なるアルナリア帝国への恩を仇で返して、愚劣な、酷悪なクズどもが!」
「だから見せてやる! 我々を裏切ったら、どうなるかを! このゴミたちはね、逃げたのよ! 自分の作業、自分の役目を放り出して、パリオーナ領へ逃げたのよ!」
「許せない。許せるわけがない。劣等生物が我々エルフの命令に従わないなら、それはもはや獣でしかない! だから獣らしく、焼き尽くしてやるぞ!」
そのエルフのお姫様の後ろに、一人ひとり、鎖で縛って恐怖で怯えている人達が演壇に上がっていく。
誰も、何も言わなかった。
言えなかった。
「崇高なるアルナリア帝国は平和な国なんだぞ! 仕事をきちんとやれば、食料も、安全も、意味も与えてやる! 西の蛮族どもとも、東の荒野とも違くて、最高の、最強の千年帝国なんだぞ!」
「でも、その平和を守るためには、犠牲が必要。最強であり続けるためには、ゲスどもを排除しなければならない。貴様ら! 目に焼き付けろ! 裏切り者の末路を!」
縛られている数人が静かに泣いている。
「For the light of tomorrow, for the birth of our dream.
We bring hope, we bring justice, we bring fire and dust.
Before dawn comes the shining bright armies of death.
So be embraced in our love, so taste the heat of our truth.」
姫様の杖から、大量の炎が溢れ出した。
ここからでもその光と熱さを目で、肌で、心で強く強く感じた。
広場に、町に、頭に悲鳴が響き渡った。
人が死ぬ瞬間、見たことがなかった。
全く知らない人達だけど、彼らにも友達が、家族が、かけがえのない人がいるだろう。
彼らのことを想って、彼らのことを愛して、彼らと一緒に幸せになりたかった人もいるだろう。
この広場にもいるだろう。
あの、世界が終わったかのように、絶望的に、泣いている女の子、とか。
なぜ、こうなったんだろう。
ここ、幸せな、夢のような異世界じゃなかったの?
手に、温かい感触を感じた。
隣に、サリアの心配そうな顔があった。
「ごめんなさい。
言えなくて、ごめんなさい。
こういう、世界です、ここは」