第二十五話 『世界で一番素敵な女の子』
『今晩、わたしの部屋に来てくれ。大事な話がある』
クリオファス領が降伏した日の夕方。
その手紙をとある枕に置いてきたわたしは、一人で静かに待っている。
どうしてこんなに汗をかいているんだろう。
どうして心がこんなにうるさくドキドキしているんだろう。
この世界に来たから、わたしは既に何度でもこれを経験したんじゃないか。
何度でも可愛くて愛しい女の子から一生の愛の告白を受けたんじゃないか。
なのになぜあの時より以上に、想像より遥か以上に、緊張してるんだろう。
なぜ今のわたしは総統でもなんでもなくて、ただの女子高生に戻っているんだろう。
答えはわかったるんだけど、認めたくない。
真実から目を逸らしながら、この気持ちを無駄に落ち着こうとしている。
だって、わたし達は幼馴染だよ。
一番古い記憶でも、わたし達は純真に、純粋に一緒に笑っている。
今更この絆を失うはずがないのはわかっているけど。
何があっても、どんなことをしても、わたし達はずっと親友なのはわかっているけど。
それでも、いや、それだからこそ、わたしは信じられないほど怖い。
拒絶されるのが、愛されなくなるのが怖い。
でもいくら手が震えても、いくら息苦しくても、わたしはあの手紙を書いた。
世界で一番好きな、かけがえのない相手に。
確かに今の関係はどうしようもないほど幸せだけど、それでも足りない。
これからもっともっともっともっと幸せになると心の底から信じている。
わたしは最高の、至上の人生を送りたい。
大切な人と一緒に、太陽より眩しい笑顔で、幸福に生きたい。
※ ※ ※
「わたしはずっと、結衣のことが好きだった」
風呂上りの結衣の真っ白な、滑らかな肌は微かに濡れていて、何か絶妙に甘美な香りがする。
「男の子よりかっこよくて、女の子より可愛い結衣はわたしの憧れで、わたしの理想だった。一緒に過ごした時間は何よりも大切で、何よりも尊いと思った」
「わたしは天邪鬼で、全然素直じゃなかったんだけど、本当はいつも結衣の大胆な、楽しそうなアイデアが好きだった。文句ばかり言ってたけど、本当は誰よりもわくわくしてた」
「でもね、それは親友としての好きだとずっと思ってた。わたし達は友達だけど恋人じゃなくて、大好きだけどラブじゃなくて、ずっと親友として大人になっていくつもりだった」
「それは、わたし達は幼馴染だからだよ。この大切な、素敵な関係が完璧で、当たり前で、それ以外の選択肢は頭にも心にもなかった。それが愚かな、子供のわたしだったよ。この世界に来てまでは」
「この理不尽な、残酷な現実を見て、東京では考えられないような酷くて、苦しいことを体験して、わたしが何を考えて何を想ったのかわかる? それは、結衣に会いたいよ。それだけ」
「だからやっとわかった。親友だけじゃなくて、友達ではもはや物足りなくて、わたしはそれより遥か以上に親密な関係を望んでいる。結衣の身体も、結衣の心も、結衣の一番暗くて一番深いところを知りたい」
「わたしには夢がある。わたしのかけがえのない日々を取り戻したい。わたしの大好きな人にもう一度『大好き』って言いたい」
「大好きだよ、結衣。付き合ってくれ」
その時、一滴の涙がキラキラな星空のように光った。
目を拭わずに、まるで気づいてすらいないかのように、結衣は微笑んでいる。
時間が止まった。
その一瞬の刹那で、息も鼓動もできなかった。
「あすちゃんのバカ」
「あたしも、ずっとあすちゃんが好きだったよ。一瞬でも長く、一ミリでも近くに一緒にいたかったんだよ。子供の頃でも今でも、あすちゃんはあたしの生きている意味だよ」
「あすちゃんは違うかもしれないけど、女の子のほうが好きって気づいた時でも、初めて大人の気持ちよさを感じた時でも、あたしはあすちゃんしか、誰も何も考えていなかった」
「いたずらをしていたのは、あすちゃんの怒っているけどちょっとだけ楽しそうな声を聞くのが好きだったから。女の子を好きになったのは、あすちゃんが女の子だったから。一所懸命競走したのは、あすちゃんがあたしの走っている姿を褒めてくれたから」
「でもね、ずっと無理だと思ってた。だって、あすちゃんはこんなに綺麗で、こんなに頭がよくて、こんなに可愛くて、世界で一番素敵な女の子なんじゃない? あたしなんかが恋人になれるわけがないって思ってた」
「だから、このままでいいって諦観したのかな? 恋人になれなくても、ずっと欲しかった最愛の関係になれなくても、親友として一緒にいられたらそれでいいって思った。これ以上望むのは贅沢って諦めた」
「まさか、あすちゃんのほうから告白されるなんて、夢にも思えなかったよ。あたしなんかに、可愛くも凄くもないあたしでも、あすちゃんが好きになれるなんて、今でも信じられないよ」
「これほど幸せになっても、いいのかな? この大切な、最高な関係以上を望んでも、いいのかな? 十年以上もずっと毎日毎日渇望した人生最大の夢が叶っても、いいのかな?」
「あたしはあすちゃんが好き」
「初めて会った時から好き」
「いつか死ぬ瞬間まで好き」
「あすちゃんが思っている以上に好き」
「世界で、宇宙で一番好き」
「あたしの恋人になってくれ」
結衣の愛情を受け入れて。
恥も服も遠慮も捨てて。
結衣の初めてのキスを激しく奪って。
百回も以上に一緒に寝たことあるけど。
これ以上に幸せな瞬間は記憶になかった。