第二十四話 『血を流さずに』
「まさか、あのかわいいエルカルサがこんなに立派な領主になるなんて……」
そのまま、わたし達連軍の各リーダー達がソルナ姫の城に入った。
「もう子供じゃないんだから! 言っておくけど、私のダリアン領がすごく盛んだぞ」
エルちゃんとソルナ姫は賑やかに久しぶりの姉妹の再会を楽しんでいる。
「と言っても、結局人間達に失脚されたんじゃない?」
「それは……そうだけど……」
今日、エルちゃんのいろんな新しい面が見られて楽しかった。
「それにしても本当に凄い城だね……やはりこれぞファンタジーの世界!」
わたしの赤髪ショートの親友はとても上機嫌だった。
もちろんわたしは結衣の同行に反対したんだけど、体はだいぶ良くなった結衣が凄く行きたくて聞かなかった。
子供の頃から、わたしはしつこく前向きな結衣に弱いのは変わってないみたい。
「アスカ様、私の妹は迷惑かけてないかしら? 随分生意気だけど根は素直な子だから、どうか捨てないでくださいね」
「大丈夫大丈夫、こんなにかわいい子を捨てるわけないじゃないですか」
「二人とも本当にやめてこれは凄く重要な会談だぞ!」
部屋中にエルフと人間の温かい笑い声が響き渡った。
「それでは、本題に入りましょうか」
一瞬で、ソルナ姫の顔から笑顔が消えた。
「あなた達『連軍』にはね、紹介したい人達がいますわ」
ソルナ姫のその言葉を合図に、周りのメイドの一人が隣の部屋の扉を開いた。
そこから入って来たのは、いろんな子供達であった。
「この子の名前はジョアンです。ジョアンちゃんのお父さんはコルタルシ領の帝国軍の一般兵で、先日の戦争であなた達の『銃』に撃たれ、苦しみながら死にました」
その五歳ぐらいのかわいい女の子は目が赤く、表情が暗く、小さな手が微かに震えている。
「でもそれだけじゃないわ。ジョアンちゃんのお母さんも、魔法使いとしてコルタルシ領の帝国軍の一員でしたよ。戦いの後にあなた達に捕まえて、そして処刑にされました」
「私の部下がいなければ、一人で家に残されたジョアンちゃんは餓死したかしら? ずっと大好きなお父さんとお母さんが帰ってくるのを待ちながら、泣きながら死んだかしら?」
直接、ソルナ姫はわたしの目に視線を合わせた。
「わたしのせいだと、言いたいんですか? わたしが戦争を起こしたから、わたしが人間達を反逆させたから、そのジョアンちゃんがこんな目にあってるんですか?」
「その通りです。あなた達のせいで、どれほどの可哀想な子供達が泣いているんですか? それを理解してるんですか? それを考えたことすら、あったんですか?」
「これは戦争の現実ですわ。人々が死に、人々が苦しみ、そして一番弱くて、一番守らなければならない存在が大切な人を失い、未来を失いますよ。それをわかってるんですか?」
「私はソルナ・ローザルレ・クリオファス・アルナリアです。私は、いわゆる『ハト派』のリーダーです。どんな理由でも、どんな大義名分があっても、私は戦争を認めません」
泣き始めたジョアンちゃんの頭を優しく撫でながら、ソルナ姫はわたし達に強く言い放った。
一瞬の静寂。
「でもソルナ姉様はわかってないよ! 人間達は、人間達は家畜とかじゃなくて、私達と同じように知能のある生物だよ! だから、アルナリア帝国から解放しないといけないぞ!」
「確かに、この子は可哀想だと思うけど、しかたないよ! 領主だった時、私が人間達をいっぱい焼き殺したんだから、その罪を償わないといけない! みんなが平等に暮らせるようにしないといけない!」
ソルナ姫の手を掴んでエルちゃんの目は必死で、ちょっとだけ切なかった。
「ごめんなさい、エルカルサ。でも触るな」
エルちゃんの顔から、サッと色が引いた。
「こっちの子の名前はフェリスです。フェリスちゃんの両親は兵士でもなんでもなくて、ただの使用人でした。そう、セレクタス領の貴族達の使用人でした」
ソルナ姫の声に反応したのは茶髪の七歳ぐらいの人間の女の子だった。
「フェリスちゃんの両親があなた達の『大砲』に吹き飛ばされて死にましたよ。人間の子でも、あなた達の手で家族を、人生を狂わせましたよ。これが、人類を救うためだとでも言うんですか?」
「人間達は家畜じゃないのはわかってるんです。わからないはずがないですわ。確かに私も救いたいし、自由で平等な社会を作り上げたいです」
「でもだからと言って戦争は許せませんわ。その理想の社会は血を流さずに、平和的に作らなければなりません。フェリスちゃんの未来を奪っていいはずがないです」
泣きそうな顔のエルちゃんは何も言わずに、視線を床に落として、席に戻った。
「待ってください。コルタルシ領の『監獄』に、無罪の人々が無慈悲に拷問されてるのはわかってるんですね。それを見逃せとでも言うんですか? 戦争がダメなら、ライナー領主に好きにさせたほうがいいとでも言うんですか?」
次に声を上げたのは我々の人軍の総長であるフィンラだった。
「この子は名前はハンスです。ハンス・セレザル・コルタルシです。ライナー領主の一人息子で、今は生き残っている家族が誰もいないですよ」
ちょっと背が高いそのエルフの男の子は怒りに満ちている目でわたしを睨んでいる。
「ハンスくんが怖くて眠れない夜はね、ライナー領主が優しく子守唄を歌ってくれて、最愛の息子が眠るまでそっと頭を撫でてくれた。ハンスくんにとって、ライナー領主は手が温かくて、完璧なお父さんで、彼の世界のすべてでした」
「もちろん、ライナー領主がやったことは許されないけど、戦争はなんの解決にもなりませんわ。憎しみの、苦しみの種を世界に蒔いているだけです。ハンスくんのような子供達には暴力じゃなくて、愛を示せなければなりません」
ソルナ姫の迫力のある言葉に、フィンラは怯んで、何も言えなかった。
でも代わりに、わたしの隣に座ってる結衣が突然声を上げた。
「ふざけないでよ」
「あすちゃんがあの監獄からあたしを助けてくれた。あたしの大好きな、かけがえのない親友が命をかけて、あたしを虐めているエルフ達を殺したんだよ」
「あいつらの家族なんか知るか! そのハンスくんなんかどうでもいい! あたしにとって、何よりも誰よりも、世界で一番好きな人はあすちゃんだ! そしてあすちゃんはあたしが好き! だから逆の立場なら、あたしはいくら名も知らない人達を殺しても、あすちゃんのほうを選ぶよ!」
「あんたの世界に愛はないのかよ! みんなの命が平等なら、大好きな人のために他人の人生を無慈悲に壊せないなら、それはあんたが誰も愛していないからだよ! 真の愛を全然知らないからだよ!」
「だからあたしは、あたし達は大切な人を守るために戦うんだ! いくらこんな可哀想な子供達を見せても、大好きな人の命が危ないなら諦めるわけがない! それがあたし達の愛だよ! それがあたし達の望む未来だよ!」
エルちゃんは目から鱗が落ちたかのように、顔が眩しく輝いている。
フィンラはなんかショックを受けたみたいに、結衣を眺めている。
そして、わたしは……
「結衣の言う通りだ。何と言おうと、我々はこの戦争をやめない。だからこの会談はもはや無意味だ。これからどうする、クリオファス領の領主よ? 我々連軍と戦うか、それとも降伏するか?」
悲しそうな目で、絶望に満ちた声で、ソルナ姫が答えた。
「言いましたよ、私はハト派です。あなた達でも、誰が相手でも、私達は戦えません」
クリオファス領が落ちた。
これで最後に残っているのは帝都テラシアだけとなった。
わたしはどうして、嬉しくないのだろう。