第二十三話 『ソルナ姉様』
「偵察隊からの報告です。北の領からの軍勢は帝都テラシアに着いたみたいです」
サリアの声には少しだけ不安が混ざっているとはいえ、その目は完全にわたしを、わたしの計画を信じている。
「なるほど……残り時間は少ないか」
その期待に答えるかどうかわたしにもわからないけど、やってみるしかない。
「とりあえずまだクリオファス領を取る時間はあるよね?」
「はい、今までのペースを維持できればあると思います」
セレクタス領と同様に、カント領にも最低限の休憩期間の後。
我々連軍は帝都テラシアまでの最後の関門であるクリオファス領へ行進中。
「まさかここまで来るとは、思いもしませんでした!」
「帝都テラシアは本当に凄いぞ。サリアは見て感動するがいい!」
突然、エルちゃんの勝ち誇ったような声が会話に入った。
「でも私もびっくりだぞ、正直私にでもこんなに短い間に三つのアルナリア帝国の領を制圧することなんて、出来ないだろう」
「それはね、銃の使いやすさのお陰だよ」
「どういうこと?」
「魔法はいっぱい練習しないと出来ないし、剣でも素人に使え方を教えるのは難しいよ。でも銃は違う。数日程度で、各領の人達は銃を撃てるようになれる。だからこんなふうに元農民などで軍隊を増やすことができる」
「なるほど……純粋な力より、汎用性のほうが重要ってことか? やっぱりアスカには敵わないな」
「そういうこと。でも勘違いするな、わたし達の軍隊は素人ってことに変わりはないよ。今は順調だから問題ないけど、本当に危険な敵に立ち向かえるのか、ちょっと不安だね……」
「きっと大丈夫ですよ! アスカさんのために、戦えます!」
サリアの純真な笑顔は直視出来ないほど眩しかった。
「…………」
「…………」
クリオファス領に近づけば近づくほど、エルちゃんはなんかそわそわし始めている。
「エルちゃん、どうしたの?」
「い……いえ、なんでもないぞ」
文字通り目をそらしながら答えているエルちゃんに説得力はない。
「ね、ね、エルちゃん、教えてよ。わたし達恋人だろう?」
「お……おい、こんなところでどこ触ってるの? 真っ昼間だぞやめろ!」
「嫌だよ教えてくれないとやめないよ」
「わかった、わかったからちょっと離れてくれ!」
クスクス笑えながらわたしはエルちゃんから手を離した。
全人類の総統になると周りの視線はあまり気にしなくなるもんだね。
「えっとね、私のお姉様達の話覚えている?」
「うん、昔優しくしてくれたんだろう?」
「そう。昔は……」
「……で、そのお姉様達がどうしたの?」
「私のソルナ姉様はね、クリオファス領の領主だぞ」
エルちゃんの表情は嬉しくも悲しくもなく、なんかどう感じればいいのかよくわからないような印象だった。
「そのソルナ姉様ってどういう人なの?」
「最近は全然会ってないからなんとも言えないけど、子供のころは凄く優しかったな……」
外見的にエルちゃんは今でも十分子供だと思うけど、エルフの成長は置いといておくとして。
「ソルナ姉様なら、もしかして私達の味方になってくれるかもしれないぞ。人間には知能があるって教えたら、きっとソルナ姉様も救ってやりたくなる」
「そうだといいね」
「うん……」
「でもさ、もし説得できなかったら、もしエルちゃんのお姉様がわたし達に敵対したら、大丈夫?」
「うん。私決めたぞ。お姉様達よりも、お母様よりも、私はアスカを選ぶって」
「それなら、よかった」
そっと、わたしはエルちゃんの可愛い頭を優しく撫でた。
数十分後。
周りには田んぼや畑が減って、代わりに家や道が増えて、アルナリア帝国の都に近づいていることを実感させた。
そして、やっと目の前に待ちに待ったクリオファス領駐在の帝国軍が現れた。
「エルカルサ!!」
その軍隊の中から、一人の容姿端麗な女性のエルフが出て来た。
「ソルナ姉様!!」
フリフリ豪華な赤色ドレスを身に包んで、右手の杖の先端には見たことないほど大きなキラキラなダイヤモンドがついている。
エルちゃんとまったく同じ金色だがツインテールではなく、足首まで伸びている長くて綺麗なロングだった。
強く、世界のすべての愛情を込めているかのようにその女はエルちゃんを抱きしめた。
「エルカルサ、大きくなったね……」
「ソルナ姉様は全然変わってないぞ……」
その感動的な再会にちょっとだけ嫉妬を覚えたわたしは、心が狭いなのかな。
「…………えっと」
わたしの声で、ソルナ姫は名残惜しくエルちゃんから離れて、連軍の総統であるわたしに視線を向けた。
「あっ、これは失礼しました。私はソルナ・ローザルレ・クリオファス・アルナリアと申します。崇高なるアルナリア帝国の第3王女、クリオファス領全区の最高領主、そしてエルカルサのお姉様ですわ。お初にお目にかかります」
「わたしは伊吹飛鳥と言います。我々連軍の総統で、えっと、エルちゃんの恋人です。よろしくお願いします」
「えっ、そうなのかしら? あらあら、私の妹がいつもお世話になっております。ご迷惑をおかけしますが今後もよろしくお願いいたします」
「いえいえ、こちろこそエルちゃんにはお世話になってますよ」
何これ、敵国に侵攻してるより彼女の親に紹介されている感覚だけど。
まぁそれは案外そんなに的外れでもないかな。
「とりあえず私の城に来てくれませんか? アスカ様とは是非ゆっくり話がしたいですわ」
「よし行きましょう」
「待て待てどういう話をするつもりよ二人とも恥ずかしいよ!」
エルちゃんの焦っている顔も、めっちゃ可愛かった。