第二十二話 『ギフト』
三ヶ月前。
「あすちゃんあすちゃん、あの娘めっちゃ可愛くない?」
「おお本当だ。あのリボンかわいい!!」
「そうだろうそうだろう。あたしもほしいぐらい」
「結衣ならきっと似合うよ! つけようよ!」
「えへへ~ どうかなぁ」
「大丈夫だよ結衣も凄くかわいいから!」
「…………」
「結衣?」
「ねぇ、あすちゃん? あたし達レズだよね」
「うん、そうだけど?」
「大人になったらどうする? 女の子の誰かと結婚する?」
「どうだろうね……あまり考えたことなかったけど」
「けど?」
「多分そうじゃない? だって好きな人とずっといられるの最高じゃない?」
「やっぱそうよね……」
「結衣も、将来の夢はお嫁さんじゃなかったっけ?」
「それは……そうだけど…………相手は……」
「相手は? 大丈夫結衣はかわいいからきっと素敵な人と出会うよ!」
「~~」
「結衣? どうしたの?」
「あすちゃんのバカ!!!!!!」
「ええええっ!」
※ ※ ※
「結衣、来たよ!」
「あすちゃん、おはよう」
「調子はどう?」
「平気だよ」
カント領は我々の領土となり、レイナちゃんは仕方なくわたしのエルフ軍に入り、人間達が解放されそして連軍に入れさせた日の翌日。
「あすちゃんは凄いなぁ……本当にこの世界と戦っている」
「ああ、勝つさ。わたし達日本人はエルフなんかに負けない」
「頑張れよ。あすちゃんなら皇帝陛下になれるよきっと」
「いや別にそれを望んでいるわけでは……でもそれもいいかもね……」
数日前の無感情な結衣に比べたら、今結衣が浮かべている微かな微笑のは凄く嬉しかった。
「でもエルフには魔法があるよね? だいじょーぶ?」
「確かにそうだけど、個人的には銃と大砲のほうが強いと思うよ」
「まぁいつも科学者に憧れているあすちゃんはそうだろうね」
「そうだ科学は至高の存在だ我々は論理的な考え方で宇宙を支配するのだってそうじゃなくて!」
何をしても、わたしは結衣の笑顔を取り戻すのだ。
「ただね、この世界の魔法使いは遠距離攻撃が苦手だから、遠くから銃で撃ち殺せば勝てる」
「そうなの?」
「あと、エルちゃんみたいな強力な魔法使いは確かに難敵だけど、少ないのよ。帝国軍の一般兵は簡単な風魔法ぐらいしか使えない。剣士が相手ならそれで十分だけど銃弾は止められないから」
「へえー、なるほどね」
「でも帝都テラシアにはエルちゃんより危険な魔法使いがいるみたいでね、着く前に何か対策を考えないと……」
まだ自分で立つことすら出来ない結衣だけど、今だとわたしの手を取ってくれることはできる。
「本当にありがとうね。あすちゃんはわたしのために、こんなに頑張っているのに」
「大丈夫だよ、むしろこのくらいしか何も出来なくてごめんね」
「十分過ぎるよ。きっとはるはるもすぐ見つけるんだね」
「うん。わたし達は隣の領だったから、春乃もそんなに離れているとは思えない。思いたくもない」
春乃の綺麗な茶色ポニーテールと明るい笑顔を最後に見たのはいつぶりだっけ?
「そういえば、魔法はどうやって使うの? あたしも魔法使いになれるかな?」
「それはまだわからないね……ね、エルちゃん教えてよ」
今まで部屋の隅で静かにわたし達を見守っていたエルちゃんが急に慌てたような顔をした。
「えっとね、理論上は確かにヒュ……人間も魔法を使えると思うぞ。でもアルナリア帝国が完全に禁止にしたんだから見たことない」
「そうなの?」
「うん。私達の魔法は女神イセーロの賜物だから、女神アテラの子供達であるエルフも人間も、オークすらも扱えるはず」
「オークも?」
「まぁそれはさすがにないと思うけど」
この世界のオークはみんな西の『オークの森』に住んでいるらしく、会ったことも見たこともない。
わたしが知っているのはオークが蛮族とか獣とかって呼ばれていることと、ずっと西帝国と不毛な戦争を繰り返していたことだけ。
「みんなが魔法を使えるのはその、女神イセーロのお陰なの?」
「そう。聖書によると、遠いとおい昔に天界から逃げ出した女神イセーロは、長いながい旅の果てにこの世界に降臨した。そこで青空の神様である女神アテラと出会って、二人はやがて恋に落ちた。小さなちいさな恋愛を経て、女神アテラはエルフと人間とオークの先祖を生み出して、そして最愛の嫁の子供達に女神イセーロは天界の賜物を授かった」
「ってことは、魔法の原点はその天界?」
「うん。私が呪文を唱える時に、天界からわたしの中にいる賜物に魔法の力が流れ込むのよ。いっぱい練習するとその力を上手く使えこなせるようになって、より強い魔法使いになるのだ」
「それでその呪文とは? なんで英語なの?」
「……エイゴ? 呪文は、魔法の流れをコントロールするための術式に過ぎないから、深い意味はないぞ」
なるほど。
わたしの世界との繋がりがまだ見えないけど、さすがにエルちゃんはそれを知りそうにない。
科学者らしく自分で世界を観察し、実験し、理解する必要があるだろう。
「ね、あすちゃん」
「なに?」
「あすちゃんは今、魔法の原理とか、この世界の物理法則を調べようとしてるだろう?」
「そりゃそうね、当たり前じゃない?」
一瞬だけ、結衣の微笑がちょっとだけ切なく感じたのはなぜだろう。
「あすちゃんは本当に……本当に凄いよ」
「この世界に飛ばされた日から、あたしには不安と、恐怖しかなかったよ。何も知らずに、何も考えずにエルフ達に捕まえて、毎日がどれほど苦しくて、悲しくて、痛くて、今でも夢に見るよ」
「あたしには希望が、信じる心がなかった。ずっと誰も助けてくれない、誰も愛してくれないって思ってた。でも同時にあたしなんかには何も出来ない、何も成し遂げないって思ってた。あたしは完全に、簡単に絶望に落ちた」
「でもあすちゃんは、あすちゃんは違うだろう? あすちゃんは最初から自分を信じ、自分の意思で行動したんだろう? 魔法を調べ、火薬を作れ、軍隊を集め、帝国と戦ってるだろう?」
「あたしはやはり、あすちゃんみたいに凄くないよ。あすちゃんみたいに、自信満々で頑張れないよ。でもね、あたしがあたしを信じることが出来なくても、あすちゃんを信じることが出来ると思う」
「だから、あたしも頑張るよ。あすちゃんのお陰で、幸せな未来に向かえるよ。だって、この世界には苦しみだけじゃなくて、辛さだけじゃなくて、こんなに愛と希望に満たされているんだから! あすちゃんがこんなに、あたしを大切に想ってくれているんだから! 信じないわけないじゃない!」
「見てろよ、あすちゃん。あたしはリハビリ体操をいっぱいやって、もう一度歩けるようになるのだ! そしてあすちゃんと一緒に、あたし達の最高の世界を作るのだ!」
右手で、わたしは幸せの涙を静かに、純真な笑顔を隠しきれずに、拭った。