第二十一話 『同盟の勧誘』
「ようこそ、私の城へ」
そこにはフローラリア城のような巨大な壁はなく、コルタルシ領のような軍勢もない。
「どうか遠慮なく、ごゆっくりおくつろぎください」
代わりに、フリフリのメイド姿の可愛い女の子達がカーテシーでわたし達を出迎えている。
「お邪魔します……」
この挨拶でいいのかよくわからないけど、とりあえず日本人らしく、その豪華な城に入った。
「…………」
わたしと一緒に、人軍のフィンラとタルノと、エルフ軍のエルちゃん、そしてサリアが来城している。
「お茶を入れましょうか? それともコーヒーのほうがお好みでしょうか?」
相変わらずの眩しい笑顔と丁寧な口調で、レイナ領主がわたし達を歓迎した。
「それじゃ、お茶でお願いします」
「かしこまりました」
次の瞬間、メイド達はわたし達の前に茶碗を置いて、素早く優雅な動きで温かい茶を淹れている。
茶碗を両手に取ったわたしは躊躇なく飲むふりをした。
「それでは、本題に入りましょうか?」
「はい」
「アスカ殿が戦っているのは人間達を崇高なるアルナリア帝国の支配から解放するためで間違いありませんか?」
「そう、その通りです」
「私と、同盟を組みませんか?」
「……はい?」
レイナ領主の目に火が灯ったように、メラっと光った。
「アルナリア帝国の時代は終わりつつあるのです。既にオークどもに敗れた西帝国だけでなく、北の領も飢饉の影響でだんだん混乱に陥っています。今、この瞬間は千年帝国の断末魔であるのは明白です」
「だから次の時代はどうなるんでしょうか? オークの軍勢に攻め込まれて、エルフも人間も永遠に奴隷になるんでしょうか? 否! 断じた否! 帝国が崩壊しても私は、私達は終わりません!」
「だから私は新しい帝国を作ります! この千年の機を掴んで、帝都テラシアに立ち向かって、私が新の皇帝陛下になります! 私の力で、私の名のもとにこの腐っている国を作り直しましょう!」
「だからアスカ殿の連軍の協力を仰ぎたいのです。私のカント領の軍勢に入って、一緒にアルナリア帝国を終わらせましょうか? 私、レイナ皇帝を信じて、一緒に新しい未来を切り開きましょうか?」
「その代わり、アスカ殿の願いを必ず叶えますよ。人間達に権利と尊厳を与えて、平等の社会を作りましょう。これは皇帝陛下としての約束です」
正直に言うと、このピンク髪の少女の熱い言葉にあまり驚かなかった。
この世界のエルフの貴族はみんなプライドが高くて、素直に降参するとはとても思えなかった。
だからやはり、これは同盟ではなく、我々の降伏の勧誘だ。
それでも、魅力的ではないわけでもなかった。
だって、わたしは皇帝になるためにこの戦争を始めたわけではない。
レイナ領主がアルナリア帝国を潰してくれるなら、人類に自由を与えてくれるなら、それに越したことはないと思う。
そう、問題があるとすれば。
「できるんですか?」
「レイナ殿は知らないかもしれないけど、わたしは異世界から来た者です。わたしには科学の力が、銃と火薬っていう武器がある。わたしはただの女の子でも、ただの人間でもないですよ」
「その力で、わたしはダリアン領だけでなく、コルタルシ領もセレクタス領も制圧したんですよ。我々連軍は人間だけでなく、エルフも加えて凄まじい戦力になっています」
「どうしてわたしが、わたし達がレイナ殿をリーダーとして認めなければならないんですか? 逆じゃないですか? 失礼ながらただの領主であるレイナ殿がわたしの連軍に入るべきなのでは?」
「だから、その提案はお断りします。同盟を組むのはもちろんいいんですけど、それは対等じゃなければなりません。我々は決してレイナ殿を皇帝として認めるわけにはいかないのです」
一瞬の静寂。
「そうですか」
レイナ領主はとても残念そうな、でもちょっとだけ嘲笑が混じっているような声で答えた。
「やはりそう簡単には行きませんか……アスカ殿の言う通りです。私はただの一つの領の領主であり、皇帝になる資格なんてあるはずがありません」
「でもね。みんなは最初からそうですもの。ただの鍛冶屋さんが村長となり、ただの農民が貴族となり、そしてただの領主が皇帝となるのがこの世の運命ではありませんか? 重要なのは血筋でも地位でもなく、欲望だ!」
「だから説得できないなら屈服させればいい!!!」
その刹那に、部屋中のメイド達が手を繋いだ。
「To the depths of the realm, free of light and of warmth
Without movement, without hope, without heartbeat or breath
The chill in the air brings peace to our heart
The end is nigh, so let the world fall apart.」
空に捧げたレイナ領主の杖から、そして各メイドの手の平から、真っ青な光が溢れ出した。
一瞬で、部屋の気温が氷点下より下がったように感じた。
そしてわたし達の周りに部厚い氷の壁が、始めからあったかのように結晶した。
「確かにあなた達の銃は強力だけど、ここにはありませんよ。外からアスカ殿の軍隊は何も出来ません。ここは私の城で、私の領域です」
「もう一度問います。私の部下になってください! 私に忠義を誓い、私の命令を守れ、そして私を皇帝陛下まで導いてください! さもないと、あなた達はここで凍りますよ!」
やはりそう来たか。
「お断りします」
床へ、とある銀色の首輪がゆっくり落ちた。
「For the light of tomorrow, for the birth of our dream.
We bring hope, we bring justice, we bring fire and dust.
Before dawn comes the shining bright armies of death.
So be embraced in our love, so taste the heat of our truth.」
エルちゃんの指が激しく光って、鮮烈な炎が氷の壁に衝突し叩き壊した。
真っ青な光が一瞬で鮮やかな赤色に変わった。
どのメイドもその痛烈な熱さに耐えられず、手を放し顔をしかめ膝を付いた。
「私の名はエルカルサ・フローラリア・ダリアン・アルナリア! 熱き絢爛たる雷火使いの力を知るがいい!」
氷より真っ青な顔を浮かべているレイナ領主に、わたしはちょっとだけ嘲笑が混じっている笑顔で手を差し出した。
「だから、逆じゃないか? レイナちゃんより、カント領より、わたし達のほうが強くて、狡くて、そして勝算のある勢力だ」
「わたしの連軍に入れよ」