第二十話 『領主の招待』
「我々の勢いは止まらないぞ!」
そして、セレクタス領での最低限の休憩期間を経て。
「アルナリア帝国の軍勢は西帝国の戦争や北の領で忙しくて、兵士を呼び戻すには時間がかかる」
兵站線を確保し、銃玉などを用意し、戦える民間人を連軍に入れさせて。
「だから今が唯一無二の好機だ! できるだけ早く、できるだけ効率的に帝都テラシアに辿り着く必要があるのだ!」
我々は全軍でもう一度、西へ向かう。
「次はカント領! 連軍、我に続け!」
待ってろ、春乃。わたしは絶対に見つけるんだから。
※ ※ ※
「アスカさん、ダリアン領からの報告が来ましたよ」
今ではサリアは補佐としての役目を十分以上に全うしている。
「周りの領の動きを調べたんですけど、帝国軍からの襲撃は今のところ全然ないです」
「それは良かったんだけど、何で? 人間の反逆を見逃せるのはおかしくない?」
「それはですね、北のゴンラ領は飢饉の影響を受けているみたいです。食料が足りないだけではなくて、トーライン領からの難民も多くて、人間達は我々の反逆の報道を聞いて何人かも騒動を起こしています。だからゴンラ領の帝国軍は自分達の問題で手いっぱいで、ダリアン領を攻撃する素振りはまったくありません」
「なるほど……」
「後は、東のパリオーナ領はそもそも駐屯してる帝国軍が非常に少なくて、できることがほとんどありません。というか我々が侵攻したらすぐ落ちると思いますよ」
「そうだね……やっぱりいいか。先にも言ったんだけど大事なのは速さであり、東の領域を取る必要も理由もない。電撃戦で一気に帝都テラシアに向かおう」
「はい!」
「それで、南は?」
「ラマシア領はまだわからないみたいです。防衛を固まっているのは確かですけど、我々に攻撃を行う素振りは全然見せていないです」
「ってことは、危ないかもしれないか?」
「可能性はあるんですけど、低いかと思います。報告によると、コルネリア領主は特にラマシア領の領主に嫌われていたみたいで、彼女の領を助けるために動くとは思えないとのことです」
「なるほど……それは良かったね」
「はいです! やっぱり我々の敵は帝都テラシアのみになります!」
「いやいやカント領を忘れないでよ。ほら、もうすぐ到着だ」
目の前に領境線が彼方まで広がっている。
領境線の直前に、一隊の少数の軍隊が忠実に囲まれているのは一人のエルフ。
その少女は真っ白な杖を右手に握って、ピンク色の長い髪を夏風になびかせて、緑色のマントを纏っている。
「ようこそ、私の領へ。私はレイナ・サンザ・カントと申します。どうか、お見知りおきを」
一瞬の躊躇。
今、敵軍のリーダーはほぼ無防備ですぐそこにいる。
わたしの一言だけで、カント領を陥落させることができるかもしれない。
「わたしは伊吹飛鳥と言います。よろしくお願いします」
でも、相手は自らこの状況を招いたのも確かだ。
何か罠があるかもしれないし、そうでなくても攻撃される可能性を考えてないのはありえないだろう。
とりあえずこのエルフの話を聞いたほうが賢明だと思う。
「アスカ殿でよろしいでしょうか? 知っての通り、私はカント領の領主を務めさせていただいている者です。アスカ殿に出会えて誠に光栄です」
「はあ……はい! わたしは連軍の総統をやってます。えっと、光栄です……」
「ありがとうございます。それでは、早速ですがもしよろしければ、あなた方をこの私のカント城に招待させて頂きたいと思います。とても重要で有意義な話ができればと考えています」
「わたし達を、えっと、レイナ殿の城に入れてくれるんですか?」
「ええ、もちろんです。とはいっても、さすがにこの大人数が入るとは思えませんので、残念ながら一部の方だけとさせていただければと思いますがよろしいでしょうか?」
「……はい。ちょっと、考える時間をもらってもいいんですか?」
「全然構いませんわ」
ニコニコな笑顔を浮かべているレイナ領主から少し離れたところで、わたし達連軍のリーダー達が話し合っている。
「行くべきだと思うよ。これはもしかして戦えずに済むチャンスだぞ」
エルちゃんはやはりというかやる気だ。
「レイナ領主は個人的な知り合いではなかったけど、話を聞く限り結構信頼できる人だ。多分、我々の圧倒的な強さを見て、勝てないとわかったから降伏したいんだろう」
「ちょっと待って。本当にそうかな?」
それに対して、フィンラは相変わらずのエルフ不信だ。
「降伏したいならこの場ですればいいんじゃない? なぜ、あいつの城に行く必要があるの? これはエルフ達の狡猾な罠だと思うわ」
「エルカルサ姫の言う通りで、我々は圧倒的に優位な立場にある。でもだからこそ、危険を犯す必要はまったくないわ。今すぐカント領の領主を連軍の力で屈服させればいいじゃない?」
もう一度、カント領の兵士達に視線を送った。
あいつらはわたし達に出会った瞬間に撃ち殺されたかもしれない。
でもその顔には恐怖がほとんどなく、自分達の憧れの領主に誇りを持っているように見えた。
「レイナ領主の城に行く。でも心配するな、罠でもわたしは切り札を用意するから大丈夫」
「わかった」
「了解!」
わたしは決して好きで戦争を起こしているわけではなく、結衣と春乃を助けるために仕方なくやってるだけ。
だから、もし戦えずに勝てる方法があるなら、無罪の人々を死なずに済む方法があるなら、取らない手はない。
例え危険でも、みんなが生きる世界を目指したいから。
わたしは人殺しだけど、悪ではない。
セレクタス領の人達の悲鳴はまだ忘れていない。